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第20話 責任感のある人物

「報告しますっ!」


「何だ?騒がしい。」


 慌てた様子の男が飛び込んでいったのは豪勢な一室であった。

 ここはボルンを治める大貴族、トッケン侯爵家の執務室である。普通であればノックもなしに飛び込めば大目玉であるが男はその時間すら待てないほど慌てていた。


「現在東の大平原にてジメジメドミネーターおよびジメジメカミカゼが大量に発生しております。」


「何だ、そのことか。いつも通りハンター組合に依頼を出したではないか。」


 この町の支配者であるトッケン侯爵は慌てることなくそう返すが、次の部下の報告によってその態度は一変した。


「はっ、そのことですが監視部隊からの情報によるとハンターたちは壊滅した模様です。」


「何だとお?どういうことだ?攻めてくるのか?」


「監視部隊からの報告によれば空を埋め尽くすほどの大群が町に迫っているようです。これは今までにない規模とのことです。」


「な、何い?どうすれば良いのだ?そ、そうだ博士、わしは何をすればいい?軍を出すべきだろうか?」


 侯爵が頼ったのは最初から落ち着いた表情で報告を聞いていた白衣の男であった。

 博士と呼ばれたその男は少し考えるそぶりを見せてから口を開く。


「ふむ、それだけの大軍であればここに常駐している軍では厳しいですな。例え勝てたとしても町も軍も壊滅的な被害を受けるでしょう。」


「そ、それだったら博士が参戦してくれればなんとかなるのではないか?『黄金の夜明け』の会員であった博士ならば・・・」


 どうやらその白衣の男は名の知れた魔法使いであったようだ。しかし


「ふむ、さすがに多勢に無勢ですな。せめてあと10人会員がいればなんとかなったかもしれませんが。」


「くっ、ではどうしたら良いのだ?」


「なんとか奴らの狙いをそらすしかないでしょうな。」


「ど、どうやって?」


「それは私にもわかりません。」


「なんと・・・」


 あまりに情けない話であった。しかしただ手をこまねいているわけにもいかないのは事実である。

 ボルンは国内でも有数の商業都市だ。当然周辺の町と比べても人口は多く、攻め込まれたら甚大な被害が出るのは目に見えていた。

 当然防衛力も他の都市に比べれば高いのだが、それは陸軍が主体であり、航空戦力などはあるはずがなかった。敵が空軍のみであることを考えると地上戦力のほとんどは意味をなさなくなってしまう。博士が軍を出しても厳しいと言ったのはこういった背景からであった。


「仕方あるまい、町の東に軍を展開し、時間を稼げ、そして王都の対空魔法部隊に援軍を求めるのだ。」


「はっ」


 踵を返し走り去っていく部下を眺めながら侯爵は博士に尋ねる。


「果たして間に合うだろうか?」


「距離にもよりますが監視部隊の索敵範囲内と考えると難しいでしょうな。我々は一時避難すべきかと。」


「うむ、そうだな。為政者として万が一にも我々がやられるわけにはいかんからな。よし、だれか娘たちを呼んでくるのだ。」


 為政者の鏡のような男であった。








「な、何でこんなことに・・・」


 平原ではキツネたちの参戦によって戦況は混迷を極めていた。

 ハンターたちを放っておいて戦争を始めるクラゲとキツネ。どうやら両者の中はすこぶる険悪だったようだ。


「我らが帝の大望のため、憎きアカ共を殲滅するのだ!」


「ひるむなあ!精神的優位は我らにある。奴らの喉笛を噛み千切れえ!」


 結果としてユリカたちが狙われることは少なくなったが、弾幕の密度が上がったので危険度にそう変わりはなかった。

 クラゲたちの特攻絨毯爆撃をキツネの人民魔法が迎え撃つ。


「こ、これどうすんのよ?」


「走るしかねえだろおぉ!」


 とはいえ少しだけ希望は見えてきた。キツネとクラゲが衝突したことによって戦線は膠着している。このまま走り続ければ激戦区を抜けることも出来そうである。


ドオォン!!


「あそこを抜けるわよっ!」


 フレデリカの矢によって前方にいたクラゲたちが爆発しスペースが空く。

 そして3人はその隙間に滑り込んだ。


「一刃にて其を断つ」


 そしてユリカの魔法が後方の敵をなぎ払う。

 そうこうして追撃を躱しつつ走り続けているとフーウンジが声を上げた。


「よし、大分激戦区からは離れてきてる、このままいくぞ。」


「何とか逃げ切れそうね。」


 いつの間にか3人は危険地帯を脱出することに成功していた。攻撃してくるクラゲの数も最早微々たるものである。


「とりあえず町まで戻るぞ。」


「後どんくらいよ?」


「そういや結構走ったな、あれ?あそこに見えてるの町じゃね?」


「はあ?近すぎるって、ほんとだ・・・」


「しかもあそこにいるのは軍ですよね?」


 クラゲたちの追撃を何とか振り切った3人だったがそこはすでに町の目と鼻の先であった。


「これってまずくない?」


「町まで攻めてくるってことか?」


「キツネたちとうまい具合に相打ちになれば大丈夫かもしれませんが・・・」



 3人が後ろを振り向くと激しい戦闘は未だに続いている。しかし戦況はキツネたちが大分押されているようであった。


「なんかキツネたち負けそうなんだけれど、そんなに戦力差ってあったかしら?」


「逃げるのに必死で数えてはいなかったが最初は拮抗してた気がするな。」


「さすがにあそこまで押し込まれるのは不自然ですね。」


(単純な戦闘だし最初は拮抗していたのだったとしたら戦力差が一気に開くのは考えにくいわね。何かクラゲ側の戦力を増大させる要因があったのかしら?)


 戦況におかしなものを感じ、目をこらして戦場を観察するユリカ。そして彼女は不審な動きをするクラゲを発見した。


「あのクラゲ、自爆するでもなく地面近くをふよふよ浮いてますね。」


「ああ、なんかそういうやつ何匹か見たな。」


「ん?あいつなんか拾ったわね。コア?」


 フレデリカの言うとおりクラゲはキラキラしたものを地面から拾い上げている。そしてその後、その個体は空中に浮かび上がって巨大なクラゲの元へと飛んでいった。


「何でコアなんて回収してんだ?」


「もしかしてあのコアさえあればクラゲって復活するんじゃないの?」


 フレデリカが恐ろしいことを口走る。とはいえあり得ない話ではなかった。

 現に巨大なクラゲの方から次から次へとクラゲが襲来している。


「あり得ますね・・・」


「でもそんなことされたらどうしようもねえだろ。」


「あの数ですからね。しかも飛んでいて攻撃手段は限られますし・・・」


「町はもうだめってことね、じゃあさっさと逃げましょうよ。」


「でも逃げるったってあいつらどこまで行ったら止まるんだ?」



 実際のところ現在拮抗しているのはキツネたちが命を張って攻撃しているからにすぎなかった。

 フレデリカの予想が正しければクラゲたちに損耗はない。そうなってくるとあの大群を一気に削りきらなければ勝利はないが、それにはどれだけの火力を用意すれば良いのかの想像すらつかない。


「まあ、何にせよクラゲたちの進行方向とは別の方向に逃げるしかありませんね。」


「そうだな、よしヴェルナーの方に向かうぞ、王都とは逆の方だしこっちには来ないだろ。」


「それは違うぞ。」


「「「えっ?」」」


 ようやくこれからの方針が固まった3人。しかし突然の声が3人の動きを止めた。


「私たち冒険部友達と町の危機にはせ参じたんだぞ」

「ユリカちゃん、フレデリカさん、一緒に町を守ろうよ。」


 そこにいたのは昨日の仲良し2人組であった。




「な、何で来たのよあんたら?死にたいわけ?」


 フレデリカが訳のわからないものを見る目で2人を見て叫ぶが、彼女たちは当然のようにこう答えた。


「倒すべきクラゲがいる、守るべき町もある、私たちの初陣はここだと悟ったんだぞ!」

「そうだよ、ここで頑張って一人前のハンターだって認めてもらうんだ!」


「はあ?馬鹿なこと言ってないでさっさと逃げるわよ。」


「馬鹿は・・・」

「お、おまえだあー!」


「ごふうっ!」


 またしてもシャチハタの頭突きをくらうフレデリカ。

 そしてミライがこう続ける。


「このままじゃ、あの町はなくなっちゃう。兵隊の人たちももうだめだって言ってた。でもあたしたちなら何とか出来るはずだぞ、ユリカちゃん。」


「いや、無理よ。ここは逃げるしかないわ。」


「馬鹿!そんなこと言っちゃだめだぞ。あのでかいのをやっつければ何とかなるんだぞ。」


「まあ、そうかもしれないけれど。あそこまでたどり着く前に死ぬわ。」


「いや、待って、あんたら確か未来視が使えるのよね?」


「えっ?」


 予想外のフレデリカの言葉に目を丸くしてその顔をのぞき込むユリカ。

 しかしシャチハタとミライはにやりと笑う。



「そう、あたしのフューチャーアイと。」

「私のシンボルコネクト。」

「そしてユリカの殺戮に特化した魔法があれば・・・」


「乗ってこないでくださいフレデリカさん、風雲児さんも何とか言ってくださいよ。」


 さっきから空気をしていたフーウンジに最後の望みを託すユリカ。しかし現実は残酷であった。


「いや、悪くねえ作戦だ。じゃあ俺は後方で待機して機をうかがって援護するぜ。」


(風雲児ィ!!)


 心の中で叫ぶユリカ、しかしそんなことは知らない少女2人が彼女に迫る。


「お願いだぞ、町が攻められたら家族もみんな死んじゃうんだ。」

「ユリカちゃんだけが頼りなの、あんなのが来たら逃げ切れないよお。」


「あっ・・」


 ここに来てようやく2人の本心に気がつくユリカ。

 案外彼女たちは一人前のハンターだと認めてもらえなくてもどうでも良かったのかもしれない。

 何せ彼女たちは普段から町の人たちのお手伝いをしてみんなを助けることに満足していたのだから。

 結局のところ彼女たちにとってこれは普段の活動と何にも変わらないものであった。


(そうか、この子たちには大切な人がいるのね。はあ、考えてみれば最初から言っていたじゃない。)


 それはユリカにとっては記憶とともになくなってしまった存在であった。


(私にもかけがえのない人はいたのかしら?自分の命を犠牲にしても良いと思えるような存在が・・・わからないわね、でも・・・)


「私が逃げてもあなたたちは立ち向かうのよね。まあ逃げても追いつかれるかもしれないし倒すならキツネたちが頑張っている今しかないか・・・」


「「ゆ、ユリカちゃん。」」


「え?マジでいくの?」


「1分だけ待ってくれるかしら、私にとっておきの魔法を用意するわ。」


 誰かのために頑張った記憶などこれっぽっちも残っていないユリカにとって、大切なものを守ろうとする少女たちの決意はこの上なく尊いものだった。ユリカが彼女たちに抱いたその感情は憧れと言っても良いかもしれない。


(でも守りたいものなら今できた。生きる意味なんて案外簡単に見つかるものね。)


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