第2話 え?マージン40%は高い? そんなものだと思いますけどねー
ハンター組合、それはハンターたちに仕事を斡旋する機関である。仕事の依頼者と請負人の仲介をおこない、トラブルの処理などもおこなっている。ハンター組合は公企業であり、組合で登録手続きをおこなうことで国家公認のハンター資格を取得することが出来る。
ハンター。それはハンター組合制度に参加しているいずれかの国家のハンター資格を所有する個人事業主である。業務内容は多岐にわたるが、大体は未開地におもむき害獣駆除や資源採集などを行う。
「なるほど」
ハンターという職業について軽く説明を受け、誰でもなれる職業というものの闇を垣間見た少女。そもそもハンターというのは職業ですらなかった訳だが。
(まず個人事業主ということは怪我をしたときの保障などは一切なく、給料も完全な出来高制であるということ。挙げ句の果てに主な職場は森や山といった人の手の入っていない何の危険があるかもわからない場所だし、完全に労働者を使い捨てる気でいるわよね・・。しかも仲介手数料40%と税金5%はきっちり取られると。そもそも元締めが国なのに税金で運営されてないのかしら?これって国家の権力乱用なんじゃないかしら?民営の企業で正しく競争原理が働けばこんな暴利がのさばるなんてあり得ないと思うのだけれど・・・)
とはいえ少女にとってこればかりは仕方がないことだった。労働条件が良かったら定員オーバーで雇ってすらもらえないかもしれないのだ。しかし
「では具体的にどんな危険があるのかを教えてください。」
「まあ毎年そこそこの犠牲者が出ていますね。ほぼ全てが魔物との戦闘によるものです。」
(そこそこときたか・・・と言うか魔物との戦闘って業務内容よね。)
犠牲者、受付の若い女性はなにをとりつくろうでもなくそう言った。ハンターの仕事で犠牲者が出やすいのは世間一般の常識のようである。
「あの、そういった危険を避けるために利用できるサービスとかはありますか?」
「こればかりは私たちではなんとも。一応ハンター資格のランクによって受けられる仕事を制限することで対策していますね。」
(それだけか。手数料の40%はどこに消えたのだろう?)
やるせない気持ちになったが仕方がない。他の仕事を探すという手もあるがもたもたしていると飢え死にしてしまう。
(まあ、低賃金でも良いから安全そうな仕事をやればなんとかなるか。)
「わかりました。登録手続きをお願いします。」
「はい。では身分証の提示をお願いします。」
(唯一の持ち物の身分証がピンポイントで役に立つとはわからないものね。)
ポッケから身分証を取り出し受付の人に手渡す。
「はい。たしかにってあれ?」
身分証を見た受付の表情が固まる。
(んん?また変な雰囲気に・・・身分証がおかしかったのかしら?たしかに変な項目があったりしたけれど。)
少女がトラウマになりかけている異世界ギャップにおびえていると予想外に明るい声が聞こえてきた。
「お名前はユリカさんって言うんですね。驚きましたよ。まさか魔法使いだったなんて。」
「え、なんで私が魔法使いだと?」
予想外の返答にうろたえるユリカだが受付はさも当前かのようにカードの一部を指で指す。
「だってほらここに書いてあるじゃないですか。クラス・スカラーって。」
「いや、スカラーは魔法使いじゃあないと思うのですが。」
「いや、クラスの欄に記載があるということはそのクラスにあった魔法が使えるってことだから魔法使いと言って良いのではないですか?たしかにスカラーなんてクラス名今まで聞いたことありませんけど。どんな魔法が使えるんですか?」
「いえ、魔法は使ったことがないです。」
「え?一度もですか。そんなことあり得ないと思うのですが。今までの人生で一度も魔法を使ったことがないなんて。」
(人生か・・・)
ユリカにはこれまでの人生の記憶がない。よってユリカにとっての人生はあの白い部屋で目覚めてからのたった数時間だけということになる。当然魔法の使い方などわかるはずもない。しかし
「1つだけなら使えるかもしれません。」
ユリカはあの女性に魔法を見せてもらったときに体験した感覚と自分の知識から、魔法というものの輪郭ををおぼろげに感じ取っていた。
ユリカが魔法を見せてもらっていたときに感じていたのは認識に異物が入り込んでくるような違和感であった。今まで見えていた現実が一時退き、そこに今まで見えていなかった側面が現れる。例えるなら影絵のようなものか。横から見れば長方形に見える円柱を今度は真上から見てみると円に見える。今まで見てきた現実は横から照らした光によって作られた長方形の影だとすると、あの魔法で見せられた水球は真上から照らされて映し出された円形の影と言ったところだろう。
(あの人の行ったことは正しく魔法だったといえる。でも現実に無いものを作り出したわけではない。おそらく私が見えていなかった、干渉していなかったものがあの人には見えていてそれを私にも見えるように共有しただけ。その技法こそが魔法であると言える。呪文や魔法陣みたいなものはそれを補助するものかしら。要するにあの人の観測方法をまねれば似たようなことは出来るはず・・・よね?)
実体験を無理に頭の中で言語化しようとして逆に混乱してきたユリカであったが、手をどうやって動かしているのかが言語化できないのと同じようなものなので無理もないだろう。
「ほんとですか。見てみたいです。」
「わかりました、では。」
そういってユリカはゆっくりと視線を動かす、あの女性がどこをどういった向きからどのように見ようとしていたのか。それを感覚で理解し、反射的になぞっていく。
次の瞬間にはユリカの目には水球が映っていた。
(見つけた。後は言葉で共有するだけ。)
「泡沫の奇跡をあなたにゆだねる。」
言葉は適当である。しかしユリカの認識した世界は回りに正しく伝播したようだ。
空中に水球が現れる。まるで最初からそこにあったかのように光を浴びて輝いている。握りこぶしほどの大きさだがその存在感は見るものを圧倒していた。
「わあ、きれいですう・・・」
「ふう、よかった。」
受付が感嘆の声をもらし、ユリカは安堵で胸をなで下ろす。
「それにしても魔法陣を使わなくても魔法って使えるんですね。初めて知りましたよ。」
(初めてのことが多いわね。新人さんなのかしら?)
そんなことを考えつつも適当に返事をする。
「ええ、まあ。この魔法しか使えないのですが。」
「そうなんですか。すごく綺麗な魔法だからもっと見てみたかったのですが。でもすごい魔法だと思いますよ。」
「ありがとうございます。喜んでいただけたなら何よりです。それと・・」
「ああ、ハンター資格ですよね。すっかり脱線してしまいました。ちょっと待ってくださいね。これでよしっと。登録完了です」
ほんの10秒ほどペンを走らせてそんなことを口走る受付。
返却された身分証にはただ一行「ハンター資格 Dランク」とだけ加筆されていた。
(なるほど、受付で話し込んでいて大丈夫かと思っていたけどそもそも仕事が少なくて暇なのね・・・。でも一応公務員なのよね。固定給・・・これ以上は考えない方が良いわね。)
待遇の差に辟易するが仕方がない。日本にも高卒と大卒などの学歴の差による待遇の差はいくらでもある。そう考えてみるとどこで何してきたかもわからない14歳の少女と公務員試験に受かったであろうエリートの待遇が違うのも仕方がないことだった。しかしながら異世界でも日本同様のヒエラルキー構造があるというのは人間はどこまでいっても人間ということだろう。
「では依頼はあちらに張り出してありますからお仕事の際は好きな依頼を選んで持ってきてくださいね。それでは良いハンターライフを。」
(く、あの営業スマイルも強者の余裕・・・って違うそうじゃない。今は私でも出来そうな仕事を探さないと。)
どうにか当初の目的を思い出すユリカ。そうとにもかくにも金を稼がないと始まらない。これこそが2000年以上前から続く人間世界の常である。
とりあえずユリカは張り出されている依頼を見に行く前に支部内を改めて見渡す。建物の中はテーブルを囲んで話し合ったりしているハンター達のおかげで外とはまた違う活気に満ちあふれており、まるで酒 場のような陽気な雰囲気だ。
(ハンターの中にもやはり一定のグループとかはありそうね。やっぱりある程度交友があったほうが何かあったときは安心なんでしょうけど。とりあえず依頼を受けることが先決ね。)
そう判断し依頼一覧に目を通す。
(マーダーデスドラゴンの駆除、テンペストポーラーベアーの駆除、スタテューオブリストレイントの駆除、クレイジーファイアーフォックスの駆除、・・・ろくなのがないわね。いや、ファイアーフォックスくらいならいけるかしら。レッサーパンダでしょう?いやクレイジーか・・・まあいいや。)
単純に見ればドラゴンとホッキョクグマ、そして得体の知れない無機物とレッサーパンダが並んでいるのだ。レッサーパンダを選ぶのは当然の流れであった。
「この依頼に受けたいので手続きをお願いします。」
「わかりました。確かにユリカさんにとっては相性良さそうですもんね。」
「んん?」
えも言われぬ不安が脳裏をよぎったが、一番安全そうなのには変わりはない。
「じゃあ地図を渡しておきますね。印がついてあるあたりに出没しますから。あと討伐証明のためにコアは忘れずに拾っておいてくださいね、倒すと落とすはずですから。それでは頑張ってください。」
「あの、1つだけ良いでしょうか?」
「?なんですか。」
「いえあの討伐対処はレッサーパンダのような見た目をしているのですよね?」
「レッサーパンダがなんだかはわかりませんが私が見たのはキツネのような見た目をしていましたよ。」
「・・・そうですか。」