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第17話 自分の生きる意味を考えて生きている人ってどれくらいいるだろう?

「うう、もう朝か・・・起きたくない。」


 ユリカは宿屋の一室で目を覚ました。いつにも増して寝起きが悪いようだがそれにはちゃんとした理由があった。

 昨日黒い箱を開け中身を確認した後、取り分をどうするのかで結局もめて、それが終わった後もユリカにはいくつかやることがあり寝たのは今日になってからだったのだ。


「ふわあ、おはよー。」


 ユリカが眠い目をこすっていると不意に隣から声が聞こえた。


「あ、フレデリカさん、おはようございます。」


 フレデリカも同じ部屋で寝ていたようだ。2人で一部屋を借りると少し安上がりになるので彼女が望んだ結果であった。


「昨日はダンジョンでは色々あったけどあんたのおかげで助かったわね。」


「こちらこそ、お世話になりました。」


 昨日の話し合いの結果、フレデリカは黒い箱を、フーウンジは魔法陣を、そしてユリカは水晶をそれぞれ持っている。


「そういえば、この箱ってもう自由に使えるようにしといてくれた?」


「問題ないはずですよ。ふわあ・・・」


 ユリカが夜遅くにやっていた作業というのは箱のロックを消すことだった。


「じゃあ、早速使ってみようかしら、えい。」


 おもむろに椅子をつかんで箱に押しつけるフレデリカ。どこからどう見てもそれは明らかに箱よりも大きいがまるで手品のように箱の中に収まってしまった。


「やっぱり、すごいわね・・」


 黒い箱はアーティファクトであった。ユリカたちが調べてみたところその手のひらサイズの黒い箱はかなりの収納力を持っていることが判明したのだ。


「これってどうやってしまっているのかしら?」


「おそらく物体の情報だけを保存して魔法で再現しているのでしょうね。」


 ユリカの読みではその箱がやっていることはデジタルな手段に近かった。しまうときには物体の情報のみを記録し、出すときにその情報を元に何らかの手段で復元する。


(まあ、何らかの手段の部分は正直わからないわね・・・もしかしたらデータ圧縮みたいに単にあの箱の中に収まるサイズまで物体を小さくしているという可能性もあるけれど。まあ、どちらにしても未解明の技術が使われているのは確かよね。)


「ふーん、詳しいことはわからないけれど使えれば何だって良いわ。」


 とはいえフレデリカはその辺りの仕組みには一切興味がないようであった。


「そうですか・・・まあ、しっかりと動いた訳ですしそろそろ私は行きますね。」


 大雑把なフレデリカに思うところはあったユリカであるが、これ以上関わることもないだろうと判断し立ち上がる。

 しかし部屋を出ようとするユリカにフレデリカが声をかけた。


「あっ、ちょっとまって、少し話したいことがあるのよ。」


「話ですか?」


「ええ、そうよ。私とあなたでレギオンを組まない?」


「いえ、せっかくですがご遠慮します。私はハンターを続ける気はないので。」


 フレデリカの誘いを一蹴するユリカ。


「ええ?そうなの?なんでよ?」


「なんでと言われましても・・・危ないからですよ。今回も死にかけましたし。」


「でも、あんたにもなんか夢とかないわけ?」


「夢ですか・・・」


 フレデリカの言葉に少し考え込むユリカ。


(確かに夢ややりたいことに関して考えたことはなかったわね。生きるのに精一杯だったし日本に帰りたいくらいかしら。もしかしたら記憶を失う前の私には夢や希望があったのかもしれないけれど・・・そもそも漠然と日本に帰りたいと思っていたけれど帰ったところで何かあるのかしら?)


 結論から言うと、今のユリカには夢や希望と言ったものはなかった。それが元からなのかそれとも記憶と共に失われてしまったのかは定かではないが。


「考えたことはなかったですね。ただ生きるために生きていたのでしょう。」


「なーんか、暗いわね、あんたの人生。」


「まあ、生きているだけ幸せなのかもしれませんね。この世界何となく生きている人が大半だと思いますよ。」


「まあそうかもしんないけど、でもなんか好奇心とかはあるんでしょ?」


「まあ、否定はしません。だからお金を貯めたら魔法学園には行ってみようと思います。」


「あー、確かにあそこまでは馬鹿遠いものね。でもあんただったらハンターでも十分やっていけるでしょ。」


「もう2回ほど死にかけていますから、このまま続けていたら学園に行く前に死んでしまいそうです。」


「まあ、確かにね・・・」


 フレデリカにも死にかけた経験があるのかもしれない。結局ハンターというのは命がけなのだ。



「とはいえ、新しい仕事が決まるまでは続けるつもりです。その間でしたらご一緒しますよ。」


 しかしながらユリカも新しい仕事に就くまでは生きるためにハンターをやめるわけにはいかなかった。






「・・・何で組合じゃなくて町に来ているのですかね?」


「え?昨日あんだけ頑張ったんだし今日はお休みでしょ。」


 てっきり今日も依頼をこなすものだと思って、フレデリカについて行ったユリカであったが彼女たちが行き着いたのは町外れの組合ではなく町の中心部、大勢の人で賑わっている繁華街であった。


「じゃあ、一緒にいる意味も特にないですね。私はこれで・・・」


「いやいや、ちょっと待ちなさいよ。命を預け合った仲でしょ、今日くらい良いじゃない。」


「まあ、それはそうですが・・・」


 帰ろうとするユリカを引き留めるフレデリカ。

 予想以上にグイグイくるフレデリカに何かフーウンジの時のような裏があるのかと疑うユリカであったがそれは杞憂に終わった。


「じゃあ、良いわよね、えへへ、一回やってみたかったのよね。友達と町を回るの。」


(好きで一匹狼をやっていた訳じゃなかったのね。)


 普段からは想像も出来ないような無邪気な笑みを見せるフレデリカ。よっぽど友達に飢えていたようである。


「ふふん、あんたはこの町を知らないでしょうから私が案内してあげるわ。まずは情報屋に行くわよ。」


「え、なぜですか?」


「金がないからよ。作った地図を売るわ。」


(そう言えば、ダンジョンに潜る前にそんなこと言っていたわね。)



 ユリカも納得し歩くこと約5分、ユリカたちは小さな古ぼけた店の前に来ていた。


「小さいですね・・・」


「まあ、取り扱ってる商品は情報だけだし、場所はいらないわよね。」


 そう言いながら中に入るフレデリカ。ユリカも続いてはいるとそこは殺風景な部屋であった。


「いらっしゃい、久しぶりだねえフレデリカ、と後は見ない顔だねえ。今日は何の用だい?」


 少しして店の奥から出てきたのは還暦は優に超えているであろう老婆であった。


「今日はこれを売りに来たのよ。町の近くに出現したダンジョンの地図。」


「なんだい、あんたらあそこに入ったんかい。あそこの前で大勢の死体が見つかったって噂になってるから大きいレギオンくらいしか挑戦しないものだと思っていたがねえ。」


「はあ?」


 老婆の言葉を聞き、振り向いてユリカに視線を向けるフレデリカ。


「あれ?おかしいですね?」


「なんだい、あんたらがやったのかい?まあ、フレデリカには無理だろうしそこのおちびがやったってことかね。」


「ユリカです。1つお聞きしたいのですがハンターたちはどのようにやられていましたか?」


 どうしても身の潔白を証明したいユリカ。


「ユリカか、うちは情報屋だからねえ、でもまあこんくらいはハンターたちの間ではもう噂になってるし良いかねえ。何だって全員ぐちゃぐちゃに潰されてたらしいよ。まあ、やられたのは犯罪レギオンのやつだったからハンターたちにとってはありがたい話だろうがねえ。」


「じゃあ、違うわね。」


(はあ、良かった)


 フレデリカの反応に胸をなで下ろすユリカ、老婆はそんな反応を見ながらも対して気にせず話を進める。


「まあ、犯人がわかることはないだろうねえ、さてと取りあえず商談に戻ろうじゃないか。地図を見せておくれ。」


「これよ。」


 作った地図を差し出すフレデリカ。


「どれどれ、よく出来ているねえ。なんか見つかったかい?」


「いや、怪しいところはあったけどまだ調べてないわ。そろそろ大手が来そうだしね。」


「?」


 驚いてフレデリカを見るユリカ。


「はあ、ユリカは正直だねえ。まあ見なかったことにしておくよ。」


「あっ・・」


「で、いくらになるのよ?」


「そうだねえ、ここまで調べてあったら銀貨2枚だね。」


「まあ、そんくらいよね。」


 フレデリカも納得したようで銀貨2枚を受け取り情報屋を後にする2人。


「はい、あんたのぶんよ。」


 フレデリカから差し出された銀貨1枚を受け取るユリカ。ちなみにフーウンジのぶんはない。地図を作るのに一番貢献しているのはおそらく彼なのだがこの場にいないのが運の尽きであった。


「よし、じゃあ次はどこに行こうかしら。なんか行きたいところとかある?」


「そうですね、石鹸が欲しいのでそれを売っている店に行きたいです。」


「あー、そう言えばユリカも少し汗臭くなってきた?」


くんかくんか


「ふわあ!何を?」


 突然ユリカを嗅ぎ出すフレデリカ。思わず変な声が出たユリカであったがフレデリカは別に気にすることもなく続ける。


「でもまあ、ハンターなんてこんなものだと思うけど?」


「女の子なのですからもう少し気を遣った方が良いと思いますよ・・・」


 ちなみにこの世界の安宿にはお風呂がついていない。あるのは冷水を浴びることの出来る水浴び場くらいで石鹸などもちろんついているわけはなかった。

 そういったところに泊まる人間の多くは身だしなみに無頓着なのであまり問題にならないがユリカに取っては無視できない問題であった。


「まあ、ハンターやめるんだったら身だしなみにも気を遣わないといけないかもしれないわね」


 そんなわけで雑貨屋までやってきた2人。中に入ると先ほどの店とは対照的にものでごちゃついた空間が広がっている。


「あー、相変わらずわかりにくいわね。あれでもない、これでもない。」


「ごちゃごちゃしていますね・・・私はあっちの方を見てきます。」


 整頓があまりなされていないようで石鹸を見つけるのにやたら手間取る2人。

 とは言え探す場所自体はそこまで広くはないため見つけるのは時間の問題であった。


「「あ、あった」」


「「ふえ?」」


 やっと石鹸を見つけたフレデリカであったが、伸ばした手が他の手にぶつかる。

 彼女がそちらを見ると、ユリカと同じくらいの背丈の少女が石鹸に手を伸ばしていた。


「な、なんだお前?」


「はあ?そっちこそ何よ?」


 石鹸は残り1つのようであった。


「これはあたしが先に見つけたんだぞ。えいっ!」


 そう言って素早く石鹸を持ち去ろうとする少女、しかしフレデリカも負けていない。


「ふん、ガキの分際で私に勝とうなんて100年早いのよ。」


ひょいっ


 一瞬の隙をついて石鹸を取り上げる。


「わ、わあー返せー。うう、やっちゃえ、シャチハタちゃん。」


「お、おらあー。」


「へえ?ごふうっ!」


 石鹸を奪ったのも束の間、突然前に倒れ込むフレデリカ。どうやら別の少女の頭突きをくらったようだ。

 そしてフレデリカが落とした石鹸を拾い上げ勝利宣言をする最初の少女。


「やったあ、あたしたちの勝ちだあ。お会計にいくぞー。」


 ここでフレデリカの堪忍袋の緒が切れた。


「調子乗ってんじゃないわー!」


 起き上がり、シャチハタと呼ばれていた少女を捕まえるフレデリカ。


「ふええ、捕まっちゃったよおミライちゃーん。」


「はっ、調子に乗るのもここまでよ。さあ、こいつに酷いことをされたくなかったら大人しく石鹸を渡すことね。」


「くうっ、人質を取るなんて卑怯だぞー!シャチハタちゃんを放せー。」


「放して欲しければさっさと石鹸を渡すことね。ほらほら、急がないとこの子が見るも無残なことになるわよお。」


「ううっ、ふええっ、助けてえ・・」


 勝利を確信してにやにや笑うフレデリカと泣き始める少女。完全に女児誘拐の図であった。


「はあ、ちょっと目を離した隙に何をしているのですか・・・」






「・・・それで、石鹸を取り合ってけんかになったと・・・相手は子供なのですからもう少し穏便に何とかならなかったのですか?」


「はあ?あんたも子供でしょうが。それにこういうクソガキはわからせないとだめなのよ。」


「「ぴいい」」


 2人の少女をかばうように立ってフレデリカをなだめるユリカ。大きさだけ見ると3人に大した違いはない。


「ごめんね。石鹸はあなたたちに譲るわ。」


「ちょ?いいの?」


「まあ、また入荷するでしょうし。」


 ここは大人の対応を見せるユリカ。彼女にとっては最悪転職の面接に間に合えばそれで良かったので、小さい女の子を泣かせてまで石鹸を手に入れる理由はなかった。


「ふえ?いいの?」


「ええ、でもその代わりと言ってはなんだけれど彼女のことを許してやってくれないかしら。多分悪い人ではないから。」


「うん、許すぞ。」


「多分って何よ、多分って。」


「それであなたのお名前はなんて言うの?」


「ユリカよ、こっちはフレデリカさん。あなたたちは?」


「あたしはミライだぞ。」


「シャチハタですう。」


 フレデリカの抗議は華麗にスルーされたようであった。


「まあ、いいわ。それにしてもこんなちっちゃい子でも身だしなみには気を遣うのね。私も少し考えた方が良いのかしら?」


「身だしなみ?あたしたちは重要な任務でここにいるんだぞ?」


「任務?」


 フレデリカの台詞に対して少女たちの口から出た意外な言葉に思わず聞き返すユリカ。


「あたしたちレギオン冒険部、世の中の困っている人たちを助けてるんだぞ。」


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