第16話 凶悪犯罪者は必ず裁かれる、そう思っていた時期が私にもありました
前回のあらすじ、フーウンジが死んだ。
「そ、そんな・・」
「フーウンジ、あんたのことは1週間くらいは忘れないと思うわ。」
「はっはっはあ!真っ先に飛び出してくるとは馬鹿なやつだ。さあ残りの2人もすぐに同じ場所に送ってやるぜえ。」
ユリカたちはミミガイーの申告通り30人近くのハンターに囲まれていた。
そしてハンターたちの中心にたつ一際人相の悪い男、フーウンジを攻撃したのはどうやら彼のようであった。
「あ、あんたは・・・獄炎火球のホウカ・マー。」
(名前がなあ・・・)
「はっはっはあ!名前が知られてるってのは嬉しいなあ!そうだキル数100を超える最強の焼死体製造機とは俺のことよ!!」
「な、なんでそんな人が野放しに・・・」
ユリカのもっとも過ぎる疑問にホウカ・マーはこう返す。
「はっはあ!世間知らずなガキにはわかんねえかも知れねえが、法は時には無力なんだよおっ!じゃあミミガイーを殺ってくれたお礼としてお前らはまとめてあの世行きだあッッ!!」
「え、殺したのですか?」
「上等よ、ぶっ殺してやるわ。」
ユリカの質問など無視して啖呵を切るフレデリカ。
そしてそれを皮切りにしてハンターたちが突進する。
「さあっユリカ、出番よ。後は任せたわ。」
そんなことを言ってダンジョンの中に引っ込むフレデリカ。
「何となくそんな気はしていましたよ。」
あきれながらも魔法の準備はしておいたユリカ。だんだんフレデリカについてもわかってきたようであった。
ハンターたちとユリカの距離は10メートル程度、しかしながらユリカが詠唱を完了するには十分な距離であった。
「第一の刃は現実を砕く、開闢の一刀」
「えっ?」
ハンターたちは最初の一瞬、自分たちが何をされたのか理解していない様子であった。
まあ、理解していようがいまいが結果は変わらなかったわけだが。
ザアッ
血の雨が降る。字にするとあっさりしたものであるがその現場は凄惨を極めていた。
最初に突っ込んできたハンターたち、全体の約3分の1が一撃で両断され地べたに転がる。
「う、うわああぁぁ!!」
一瞬遅れて生き残ったハンターたちが目の前の出来事を認識し絶叫を上げる。
しかしユリカはそんなことは気にしない。
「第二の刃で絶望を導く、進化の二刀」
ゾオッ
まだ混乱がおさまらないハンターたちに次の刃が突き刺さる。
先ほどのようなスピードはないが不規則な軌跡を描く刃は確実に数人のハンターを殺傷した。
「くそがあぁぁぁ!!」
しかしながらホウカ・マーも黙ってはいなかった。
さすがは犯罪集団のリーダーと言ったところか、予想外の出来事に困惑したのは一瞬であったようだ。
「死ねえっ!虐殺火炎弾」
「第三の刃が命を滅ぼす、絶滅の三刀」
ホウカ・マーの前方から燃えさかる弾丸が放たれる。
ドオォン!!
「ヒャッハアッ!どうだ?これが俺の最強奥義だっ!」
着弾し大爆発を起こした火炎弾を見て勝ちを確信するホウカ・マー。確かにその爆発をまともに受けては人間、あまつさえか弱い少女の肉体など一瞬で消し飛んでしまうだろう。
まあ、まともに受ければの話だが。
「んん?何だ?」
煙が晴れてきたときホウカ・マーが目にしたのは地面に突き刺さる巨大な三本の剣であった。
「な、あれを防いで・・・」
そして澄んだ詠唱がこだまする。
「第4の刃で幕を引く、果ての千刀」
生き残っていたハンターたちに平等に降り注ぐ殺戮の雨。
かくして戦闘は終わりを告げたのであった。
「お、おつかれ・・・よ、よくやってくれたわ。」
「自分で言っておいてなんでそんなに怖がるのですか・・・」
「だ、だってあんた、あんだけのことしといてなんで平然としてるのよ?なんか思うところとかないわけ?そもそもほんとに全滅させるとは思わないじゃない。」
どうやらユリカをおとりに逃げおおせようとしていたようであった。
「・・・はあ、別にありませんが、ああいう人たちは少し痛い目を見ないとわからないでしょうし。」
「す、少しって・・・」
誰がどう見てもユリカのやったことは少し懲らしめる程度ではなかった。
あたりに飛び散っているのはかつて人だった肉片、地面は30人ぶんの血で赤く染まっている。
「ふー、危なく死ぬところだったぜ。」
「うわっ、フーウンジ、あんた生きてたのね。」
「死んだふりして逃げようとしていた訳ですか、さすがですね。」
「いやいや、死んだふりしてユリカの援護をする機会をうかがってたんだよ。それよりもどうよ?俺の攻撃を食らったふりは。」
火球をもろに受けたふりをして実は剣でガードしていたフーウンジ。周りの様子が見えていなくてもわかる彼だからこそ出来る技であった。
「それにしてもすげえな・・・」
目の前の光景を改めて見て、言葉を漏らすフーウンジ。
「まあ、敵の遠距離攻撃持ちは1人だけでしたから、実質1対1みたいなものですよ。」
「そんなわけないでしょ・・・こんなこと出来る魔法使いなんて会ったことないわよ。」
「まあ、助かったんだし何でも良いじゃねえか。さっさと戻ろうぜ。」
未だにユリカの所業にドン引きしているフレデリカにそう提案するフーウンジ。
こうして一行は帰路についたのであった。
帰り道にて
「はあ?あいつらは生きてるう?」
「何ですか、私が30人を殺害しても何も思わないサイコパスだとでも思っていたのですか。」
「いやいやどう見ても死んでたでしょ。」
「あの魔法は幻みたいなものなので、今頃はピンピンしているはずですよ。」
「な、なんだ。幻だったのかよ・・・」
「そ、そうよね。あんな大人数いっぺんに殺せる魔法なんてほとんど聞いたことないし。」
(まあ、あの瞬間は死んでいたのだけれど・・・言う必要はないわね。)
真実はそっと心の中にしまうユリカ。さすがに人殺しと思われるのは嫌だったようだ。
「あ、町が見えてきたわよ、いやーたった1日だけなのになんかずいぶん長いことダンジョンにいた気がするわね。」
フレデリカの言葉につられて顔を上げるユリカ。
(はあ、今回も命がけだったわね・・・)
ようやく町への生還が叶ったのであった。
1時間後、ユリカたちは宿屋の一室にいた。
「よし、じゃあまずは日記を見てみるか。」
「まあ、最初はそれよね。」
フーウンジが日記を取り出し、中を見る。
結論から言うとそれは日記ではなかった。
このノートを手にしているということは経緯はどうあれ黒い箱と魔道書を持っているはずです。このノートには黒い箱を開ける鍵が、魔道書にはあなたが解いた魔法陣が記されていますので自由に使ってください。
ここからは箱の鍵についての説明ですが、その鍵はあなたの名前です。私にとってはもっとも信頼できる鍵でしょうから。
最後に、箱の中身についての疑問があれば魔法学園の理事長に聞けば知っています。疑問がなければどうぞご自由に使ってください。
「え、これだけ?」
「みたいだな・・・」
「ていうかなんで箱の中に箱なのよ?そんなことするくらいなら初めから大きい箱の中にそのまま入れときなさいよね。」
少々拍子抜けした表情のフーウンジとフレデリカ、しかしユリカは真剣な表情をしている。
「それはおそらく大きい箱にしまった人間と小さい箱にしまった人間が別だからですね。それと・・・」
「ん?何よ?」
「これ、誰の名前ですかね?」
「「あ」」
この場にいるのは3人、鍵が誰の名前だかわからないことに気がついたフーウンジとフレデリカ。
「そもそも、この書き方から想像するに元の持ち主は誰が開けるかを知っているようですが、心当たりとかはありませんか?」
「いや、ねえな。」
「私もないけど、どう考えてもあんたが怪しいわよね。」
「やっぱりそうですか。」
「え?なにどういうこと?」
1人だけ理解していないフーウンジにフレデリカが説明する。
「ここに、“あなたが解いた魔法陣”ってあるでしょ。魔法陣を解いたのはユリカだからここで言うあなたもユリカのことよ。」
「あ、そうか。でも誰がこの箱を手にするかなんてわかるわけなくね?」
「それは・・・そうよね。この世であの魔法陣を解けるのがユリカしかいなかったとか?」
「そんなことあんのか?確かに俺たちには無理だけど『黄金の夜明け』とかの魔法使いたちが見たら解けるんじゃねえか?」
「あっ・・」
フレデリカとフーウンジが話していると突然ユリカが声を上げる。
「なに?なんかわかったの?」
「あ、いえ。そう言えば私って記憶がないってことは話しましたよね。」
「言ってたな、あ、もしかして記憶がない間にお前がなんかしたかもしれないっていう話か?」
「確かにそれなら色々とつじつまは合うわね。」
「いえ、そうではないと思うのですが、お二人に少し質問があるのです。」
「え?なんだよ?」
「え、何よ?」
予想していたのと違うユリカの反応に少し驚く2人。
そしてユリカの口から出た質問は彼らにとってはかなり奇妙なものであった。
「お二人はカウンセラーという単語を聞いたことがありますか?」
「「え?何それ?」」
「精神的に不安定な人たちなどの相談にのる職業の人を言うのですが。」
「そんな職業あるわけないでしょ、食っていけるわけないじゃない。」
「まあ、そうだよな、特定の貴族専属の相談役ってのはいるらしいが・・・」
(やっぱり、カウンセラーが生まれたのはかなり最近になってからだったはず、この2人の語彙がどの程度だかはわからないけど2人そろってわからないということは信憑性はあるか・・・)
「それで、何でそんなこと聞くのよ?」
さっきからユリカの意図が全くわからないフレデリカが質問する。
「カウンセラーというのは私の故郷にある言葉なのですよ。それとあの魔法陣もおそらく私の故郷にある方法でしか解けないのですよね。そして私は同郷と思われる人間に記憶を失った直後出会っていまして、少し怪しいなと。」
ユリカが解いた魔法陣の構成アルゴリズムには高度な数学が含まれていた。
町の様子を見る限りこの世界の文明は地球に例えるとせいぜい14,15世紀といったところであり、それほど数学が発展しているというのはおかしな話であった。
(解くときは必死で気にしてなかったけれどニュートン力学には間違いなくおさまっていなかった。算術検定の内容は高校受験みたいなものだったしやっぱりこの世界の人間が作ったのだとするのは苦しいわよね。科学の発展には時間がかかるものだから、1人の天才がどうのこうのっていう話でもないし・・・)
「でも同郷の人間たって普通にいてもおかしくないんじゃないの?」
「いえ、詳しく話すと長いのですがおかしい話です。」
ユリカの答えは残りの2人にとっては要領を得ないものであったが、フレデリカはあまり気にしていなかった。
「まあその辺のことはよくわからないけれど、とりあえず名前を入れるのはユリカってことで良いわよね?」
「まあ、話を聞く感じその箱はユリカ宛てって感じだもんな。」
「そうですね。ではさっさと入力してしまいましょうか。」
考え事はいったん置いておいて鍵を入力することにした3人。
彼女が名前を入力するとガチャリという音とともに箱が開く。
「「「おおっ」」」
中から出てきたのは美しく輝く水晶のようなものであった。
「くそったれが・・・」
「まあまあ、助かったんですし良いではないですか。」
「まあ、それもそうか。だがあいつらは許さねえ。絶対に焼き殺してやる。」
「ふふふ、わたくしもあの光る剣使いの女にはお礼をしませんとねえ。まああの剣の攻撃力がやたら低かったおかげで助かったのは事実ですが。」
クリミナゼーションの面々はダンジョンの前でようやく目を覚ましていた。
性懲りもなくユリカたちに対して復讐を誓うミミガイーとホウカ・マーであったが、会員の1人が2人の会話に割って入った。
「会長、今ダンジョンからもう1人出てきたんですがどうします?」
「ああ?どうでも良いだろ、ほっとけ・・・いや待て、もしかしたらなんか持ってるかも知れねえか、よし殺すぞ。」
「なるほど、さすが会長、さっきのストレスを晴らしつつ、一石二鳥ですなあ。」
「人聞きの悪いこと言うなって、大体こんなイライラしてるときに来るやつの方が悪いだろ?」
「うふふふふ、確かにあいつらへの前哨戦にはもってこいですなあ、いやはや相手がかわいそうでなりませんよ。」
2人が現場に行くとすでに白髪の女がハンターたちに取り囲まれていた。
「うおっ、すげえいい顔してんじゃねえか。よし殺すのはやめだな。」
「うふふふふ、わたくしにもわけてくださいよ?」
ちんちくりんのユリカや目つきの悪いフレデリカと違ってその女は彼らの眼鏡にかなったようだ。
2人がこの後のあれやこれを想像して盛り上がっていると不意に女が口を開いた。
「盛り上がっているところ悪いのだけれど君たちの中にあの魔法陣を解いた人はいるかな?」
これだけの大人数に囲まれても女に焦った様子はなかった。
「ああ?そんなものは知らねえけどよ。お前にはこれから付き合ってもらうぜ。」
「うふふふふ、選択肢はイエスとはいをご用意していますよ。」
「そうかい。僕みたいな美少女を集団で襲うだなんて君たちは割と悪人みたいだねえ。」
「ああ?今更何を言ってんだよ?」
「あの、こいつもしかしたら魔法使いなんじゃ?」
女の態度にようやく不穏な空気を感じ取るミミガイー。
しかしそれは少し遅かった。
「クスクス、魔法使いだとわかったら先制攻撃が基本だぜ?君らからはよくよくかませ犬の匂いがするなあ。」




