第15話 証拠なき犯罪は犯罪ではない
「11の世界をこの目に映す。これこそ私が定める世界の理。」
ユリカの詠唱は同時に空間内に波紋が広がるかのようにゆっくりと伝播していった。
そしてそれに追随するかのように広い空間に異変が広がっていく。その様子はまるで空間そのものがバラバラに分解されてしまっているかのようだ。
「これ、大丈夫なのよね?」
「ユリカが言うにはそうだな・・・」
不安そうな2人を尻目にユリカはさらに詠唱を続ける。
「この刹那に時空を穿つ」
ゴオッ!
ユリカの詠唱が完了した直後、空間内を白い光が覆い尽くした。
その光が3人の視界を塗りつぶした次の瞬間、3人は見覚えのある場所に来ていた。
目の前にそびえ立つは苔むした三角錐、どうやら無事脱出を果たしたようであった。
「あれって・・・やったわ。出られたわよ。」
「うおおっ、やったぞー。」
「はあ、よかった・・・」
思い思いの言葉を口にしながら助かったことに安堵する3人。
しかしながら幸運はそれだけではなかった。
「あれ、そのユリカの後ろにあるのはなに?」
「えっ、後ろって?」
最初に気がついたフレデリカに促されるままにユリカが後ろを向くとそこには大部屋にあった大きな箱が置いてあった。
「それってさっきの部屋にあったやつだろ?そう言えば調べるの忘れてたぜ。」
「そうですね、まさかついてきていたとは・・・」
ユリカはこの箱も魔法の対象に設定した覚えはないので不振に思っているが残りの2人にとってはそんなことはどうでもいい話であった。
「じゃあ開けてみようぜ」
「あ、待ってくださいそれには鍵がかかって・・・」
ガコッ
「よし、開いた。」
「ふえ?」
「うん?どうしたユリカ?」
「・・・何でもないです。」
(どういうことかしら?もしかしてあの魔法陣と連動していた?それだったらついてきたのも納得だけれど・・・)
1人で考え込むユリカなど気にもとめずにフレデリカが口を開く。
「んで?何が入ってるのよ。早く見せなさいって。」
「わかってるよ、ん?なんだこれ?」
せかされるままに箱の中身を取り出したフーウンジ。彼の右手には黒光りする立方体が握られていた。
「何かしら、よくわかんないものが出てきたわね。それだけ?」
少しがっかりしたような表情のフレデリカ。確かにたいそうなものであるようには見えないが。
「いや、まだあるな。これは魔道書ってやつか。それとこれは日記っぽいやつ、これで終わりだな。」
「思ったより色々出てきましたね。まあ箱の大きさからすると少ないかもしれませんが。」
「何でも良いわ、ちょうど3つだし1つずつ持って帰りましょう。」
「よし、じゃあ俺は魔道書を持って帰るぜ。」
「はあ?あんたは魔道書なんて使わないでしょ?譲りなさいよ。」
「おいおい、俺が実は魔法使い目指してるって言ってなかったっけ?」
「ふざけんじゃないわよ、あんたは日記でも持って帰りなさいよ。」
明らかに価値が高そうな魔道書に飛びつく2人、汚い争いである。
その様子を半眼で眺めながらユリカが口を開いた。
「おそらく魔道書だけ持って行っても意味はないと思いますよ。」
「「へえ?」」
予想外のユリカの言葉に動きが止まる2人。
「中を見てみないことにはわかりませんが、一緒に入っているということはおそらくその3つは関係のあるものだと思いますよ。日記も魔道書もその立方体について書かれたものではないでしょうか?」
「まあ、確かに、書いてあることを調べるのが先か。」
「まあ、この黒いのもなんに使うものなのかさっぱりだしね。」
ユリカの意見を聞き入れ一時矛を収める2人。
「よし、とりあえず町に帰りましょう。これについて調べたりするのはその後よ。」
「まあ、ここにいてもしゃあねえしな。」
「そうですね、賛成です。」
相変わらず取り仕切るフレデリカ。
そんなわけでユリカにとっての初のダンジョン探索は終了したのであった。
「はあー、にしても一時はどうなるかと思ったわねえ。」
ユリカたち一行はダンジョンの入り口の長い階段を上っていた。危機を切り抜け気分はさながら凱旋ムードと言ったところだろうか。
「そうだなあ、でもアーティファクトっぽいやつも手に入ったし万々歳だろ。」
「そうよね、もしかしたらとんでもない発見かも知れないし町に帰ってからが楽しみね。」
「勝利の余韻に浸るのも良いですがまだ町の外ですからあまり油断はしないでくださいよ・・・ふわぁ・・・」
2人のことを一応たしなめたユリカであったがその胸中は2人と大差ないようであった。
そして、3人がそんな調子で歩いて行くと出口から光が差し込んでくる。
彼らが魔法陣の謎を解いている間に外ではとっくに夜が明けていたようだ。
「お、やっと出口だわ、やったあー。」
出口をみて、駆け出すフレデリカ、しかしちょうどその瞬間フーウンジの表情が変わる。
「おい、まて。」
駆け出そうとするフレデリカのポニーテールをつかむフーウンジ。
「ぎゃあっ! な、何すんのよ?魔法陣なら勝手に持って行ったりしないわよ。」
「外に大勢いる。」
冤罪をかけられたと勘違いしたフレデリカであったが、フーウンジの口から出たのは意外な言葉であった。
ちなみに箱から出てきたものは3人がそれぞれ一個ずつ持っている。休戦はしてもお互いのことを信用したわけではない。
「探索に来た他のハンターでは?」
「そ、それならって・・・まさかあいつらなの?」
「あいつら?」
ユリカには全く心当たりはないが、フレデリカには何か思い当たるものがあったらしい。
途端にフレデリカの表情が険しくなる。
「ああ、確証はないが、おそらくな。」
「ちょ、どうすんのよ?」
「さっきから一体何のことを話しているのですか?」
「そう言えばユリカは知らねえか。あの最悪の犯罪レギオン、クリミナゼーションを・・・」
「・・・酷い名前ですね」
「ええ、とんでもなく悪い奴らよ。数にものを言わせて他人の手柄を横取りしていくの。」
「ああ、俺の知り合いも何人か殺されてるな。」
「さすがに犯罪ですよね?」
あまりに治安の悪い話にこの世界の法律を疑うユリカ。とはいえこれについてはシンプルな背景があった。
「まあ、犯罪だが、こんなところに目撃者はいねえしな。裁判所もそんなんじゃ動かねえよ。」
「そもそも、死人に口はないしね・・・」
「うわあ・・・」
この文明レベルでは科学捜査などあるはずもなく、そもそもハンターは魔物との戦いなどで命を落とすことが多い。そんな中、町の外で失踪もとい殺害されたハンターについての詳しい捜査など行われるわけがなかった。
(まあ、さすがに町の中での犯罪とかならある程度は裁かれるでしょうけど、外はベネズエラみたいなものか・・・)
少し考えて納得するユリカであったが、状況は良くない。一難去ってまた一難とはこういうことを言うのだろう。
そしてフーウンジがこの状況を打開すべく、口を開く。
「まあ、焦るな。俺に考えがある。」
「・・・また私をおとりにする気ですよね?」
「いやいや、そういうわけじゃない。今回は完璧な作戦だぜ?」
「ほんとかしら?大分前もそう言ってろくでもない作戦だったじゃない。」
フレデリカも過去に痛い目を見ているようであった。
しかしながらフーウンジの顔には自信が満ちあふれている。
「まあ聞けって。まずユリカだ。」
「はあ、私ですか?」
「そうだ、まずユリカはダンジョンを飛び出したら何でも良いから危険そうな魔法を撃て、そして相手がひるんでるうちにここを突破する。
「それって作戦って言うの?」
フレデリカもあきれた様子であったがフーウンジの話には続きがあった。
「いや、こっからが本命だ、相手がひるむっつったってそんなのは一瞬だ、だがその一瞬で俺がダンジョンで手に入れたものを持って突破する。そしてフレデリカはユリカと連携して殿だ。」
「風雲児さんならそういうことを言うと思いましたよ。というかそもそも本当にその凶悪なレギオンなのですか?間違ってたらまずくありません?」
「ああ、だから最初は当てるな。当てさえしなければクリミナゼーションと勘違いしたって言えば許される。」
「そんな馬鹿な・・・」
「まあ、フーウンジの悪い予想は間違ってたためしがないからその心配は無用よ。でもあたしは殿なんてやらないわよ。戦闘力だったらあんたとそう変わらないんだから。」
ここでフレデリカの嬉しくもないフォローが入る。
しかしながらフーウンジも黙ってはいない。
「いや、ユリカの魔法を見た後だと相手はお前の魔法も警戒するだろ、けん制にはこれがベストなんだよ。」
「何よ、そんなこと言ったらあんたの方が見た目は強そうだからけん制に向いてるじゃない。」
やいのやいの
またしても見苦しい争いを始める2人。それにしても学習しない。
ユリカがそんな2人を半眼で眺めていると不意に上の方から声がかかった。
「うふふふふ、相変わらずですねえ、フーウンジさん。あなたのその意地汚さ、わたくし尊敬してしまいますよ。」
「てめえは・・・地獄耳のミミガイー。やっぱり来てやがったか。」
「誰?」
「さっき言ったレギオンの副会長だよ。」
(地獄耳の耳が良い?風雲児さんは一体何を?)
ユリカが勝手に混乱しているうちにも話は進む。
「うふふ、また年下の冒険者を騙して自分は高みの見物ですか。変わりませんねえ。まったく、許せない行為ですよ。そんなあなたは法にかわって我々クリミナゼーションが裁いてあげましょう。」
「てめえ、なんだかんだ言っても結局やってるのは手柄の横取りじゃねえか。」
「いえいえ、そんなことはしませんよ。まあ、悪徳ハンターを成敗する報酬くらいはいただきますがね。後言うまでもありませんが逃げるのはおすすめしませんよ。外には30人が待機していますからねえ。」
(この世界ってろくな人がいないのかしら?)
ユリカがそんなことを考えているとここまで黙っていたフレデリカが口を開いた。
「ちょっと良いかしら。フーウンジのことはどう扱っても良いから私たちは見逃してくれないかしら?」
「ちょ?おま?」
華麗な裏切りを見せるフレデリカ。
それに対し嫌な笑みを浮かべながら返すミミガイー。
「もちろんですよ。ただしあなたたちがダンジョンで獲得したものは置いていってもらいますがねえ。」
「かまわないわ、命には代えられないものね。」
全く逡巡する様子を見せずに返事をするフレデリカ。
「え?」
(おかしい、そんなことをしても見逃されるわけがないのはわかっているはず・・・)
「でも、渡すのはあたしの安全が保障されてからよ。あいつらはおいてくからまずは私をここから出して頂戴。」
「もちろんかまいませんよ。」
相手の返事を聞き階段を上るフレデリカ。ミミガイーも入り口もそれを確認すると入り口に向かって歩き出す。
「ああ、そうだわ、聞いておきたいことがあるんだけど。」
突然思い出したかのように口を開いたフレデリカ。後ろを振り向くミミガイーであったがここまでがあまりにうかつであったと言わざるを得ない。
「んん?なんですk」
「クラウ・ソラスゥ!!」
「もぎゃああぁあぁ!」
突然光の剣になぎ払われるミミガイー。耳は良くても心の声までは聞こえなかったようだ。
「なんだあ?」
「ミミガイーさんがやられたのか?」
「馬鹿が引っかかったわね!」
慌てて入り口をのぞき込むハンターたちであったが、それが悪手であった。
フレデリカのクラウ・ソラスに遠距離攻撃力はない。しかしながら暗い森でも照らしてすいすい進めるくらいの強力な光を放つことは出来る。そして彼女は照らす方向を前方のみに絞っていた。
そんな強力な光を直接のぞき込んでしまったハンターたち、結果は言うまでもなかった。
「「うわあぁ、目があ」」
「おらあっ!」
ドガッ!!
強烈な光にハンターたちがひるんだすきにフーウンジが殴り飛ばす。まさに阿吽の呼吸であった。
(この人たち、普段から結構組んでいるのかしら?)
「さあっ、突破するわよお!!」
「よっしゃあ!行くぜえー!」
そのままの勢いで飛び出すフーウンジ、しかし
ドゴォッ!!
「ホゲエエェーッ!」
狭い通路を飛び出した瞬間、突然飛んできた火球によって吹っ飛ばされた。
「ふ、風雲児さんが死んだ・・」
「この人でなしぃ!」




