第14話 解きかたなんて知らなくても答えがわかればそれでいい
「えっ?」
それはユリカにとっては到底信じられないことだった。
フレデリカとフーウンジがこの場にいる。2人がこの場所へ来ようとするだけでも考えにくいのに、暗号までしっかり突破してくるとは思えなかったのだ。
「お、やっぱりいるじゃねえか。」
「意外と簡単に会えたわね。」
向こうもユリカを発見したらしくご機嫌な様子で近づいていく。
「お2人もきたのですね・・・」
2人と落ち合えたことでユリカの声も心なしか明るくなる。
しかしながら状況が劇的に好転したという訳ではない。
「おうよ。で、おまえは何してたんだ?」
早速この状況の核心に迫る質問をするフーウンジ。
「魔法陣を完成させていました。まあ解ききるのは厳しいでしょうが。」
「え?どういうことよ?また暗号を解かないといけないわけ?」
「まあ、そんなところです。」
フレデリカの質問に対して自分たちが現在置かれている状況を説明するユリカ。
ユリカの説明が終わったとき2人の笑顔は消えていた。
「はあ?これ全部解けっていうの?ヒントもなしに?」
「まあ、魔法陣の構造にルールはあるようですから、それを解析すればなんとかなるはずです。」
「どうやって解析するんだ?」
フーウンジがもっともな疑問を投げかける。
「他の完成した魔法陣がたくさん観察して謎の文字に規則性を見つけます。それを魔法の効果なんかと照らし合わせて法則性を読み取れないか試しています。」
ユリカのやっていることは言語解読と似たようなものであった。まあなんにしても残りの2人にとってはどうでも良いことであったが。
「?よくわからんがじゃあ任せて良いのか?」
「出来れば手伝って欲しいのですがね。あなたたちもあの魔方陣の暗号を解いたのでしょう?」
「まあ、あれは偶然っていうか・・・」
「まあ、解いたことには変わりないわね。ユリカはどうやって解いたのよ?」
「ええ?ただの魔方陣ですよね?」
その後、2人がどのようにして暗号を解いたのかを聞かされたユリカ。
(なんて運の良い・・・まあ6分の1だからそこまででもないのかしら?)
そしてその後、暗号の解き方を教えられた2人はすっきりした表情をしていた。
「なるほどなあ、縦横斜めが全部同じになるわけか。かー、よく考えるもんだぜ。」
「あの暗号のことはよくわかったわ。これも同じようにはいかないの?」
フレデリカの疑問に対してユリカは答える。
「無理ですね、まず欠損しているのはおそらく数字だけではありません。さらに一体いくつの魔方陣が関係しているのかもわかりませんし。まあ、魔方陣が何らかの形で関わっている可能性は高いですが。」
「え?解けないの?」
「100年くらいあれば運が良ければなんとかなるかもしれません。」
「「え・・・」」
ユリカの残酷な返答によって表情が凍り付く2人。
「ちょっと待って、どうにもならないわけ?」
「おうそうだ、魔法で壁破れよ。どこに出るかはわからんがなんとかなるかもしれねえ。」
「壁は固くて破れませんね。」
2人はようやく自分たちが絶望的な状況に置かれていると理解したようだった。
「ちょっとお!やっぱり私は言ったじゃない!ここはなんか嫌な予感がするって。」
「待て待て待て、ついてきたのはおまえだろ。俺のせいにするんじゃねえよ。」
見苦しい争いを始める2人を見てユリカが口を開く。
「まあ、完成した魔法陣があれば解読は早まりますが・・・」
ユリカの言葉を聞いて2人の動きがピタリと止まる。
「フレデリカ、おまえ魔法陣持ってるよな?」
「当たり前でしょ。魔法使いが魔法陣持ってなくてどうすんのよ。」
なんとフレデリカは魔法使いであった。
「えっ、何種類くらいあります?」
「ええと、10種類くらいね。」
「なんとかなるかもしれません。」
「ええっ、ほんと?」
さっきまでの絶望はどこへやら、途端に明るくなる2人。
ユリカにとっても10種類もの魔法陣の完成形が見られるのは嬉しい誤算であった。
「本当です。」
「じゃあ、魔法陣を見せれば良いのよね?」
「いえ、フレデリカさんには片っ端から魔法を見せてもらいます。もちろん同時に魔法陣も見せてもらいますが。」
「まあ、良いけど・・・それって意味あるの?」
「あります。魔法陣と魔法の効果がリンクしていることを考えると単純に得られる情報量は2倍になりますから。」
「でも私の使える魔法って武器を創り出すことだけよ?そんな違いなんてわかるのかしら?」
「大丈夫だと思います。結局のところ魔法の差なんてものは観測技法の差でしかありませんし。」
「へえ?観測・・・何言ってんのかはよくわからないけど時間が惜しいから後で聞くことにするわ。じゃあ、いくわよ。」
フレデリカは魔法陣を取り出し詠唱を始める。
「我が手に握るは炯然たる帯」
ザアッ
まるでそんな音が聞こえてくるかのようだった。
光の粒子がフレデリカの手元に集まってゆき、輝く剣が創り出される。
「おお、いつ見てもすげえな。でも見た目の割に攻撃力ないんだよな・・・」
「そこ、うるさいわよ!さあユリカすごいでしょ。攻撃力はともかく照らす方向を絞ればすごく明るくなって暗い森もすいすい進めるのよ。」
剣を作っておきながらなんとも悲しい話ではあった。
「すごいのはわかりましたからさっさと次の魔法をお願いします。」
「・・・」
生還が現実味を帯びてきたためユリカも他のことにかまっている暇はなくなっていた。そのためぶっきらぼうな返事になってしまったのだが、それでフレデリカが傷ついたのは言うまでもない。
「ふー、久しぶりにこんな魔法使ったわねー。」
10分後、色々ありながらも全ての魔法を披露したフレデリカはやけにすっきりした表情をしていた。閉鎖感のある石室に閉じ込められて溜まったストレスが魔法を使ったことで解消されたようだ。
「それで、どうだユリカ解けそうか?」
「集中しているから静かにしていてください。」
「・・・」
またしてもぶっきらぼうな返事を返すユリカ。彼女の頭のリソースは全て魔法陣の解析に回されているようだ。
床の一点を見つめて、ブツブツと独り言を言っているその姿はまるで精神を病んでしまった人間のようにも見える。
「おい、大丈夫か、あれ。」
「知らないわよ・・・まあ、私たちにはどうせわかりそうにないし、任せておきましょう。」
「3、789、24、・・・9、ループ?1,18、1011011行までか、23桁目に誤差が、やっぱり16進数、ぶつぶつ・・・」
もはや2人の声すらユリカの耳には入っていないようであった。
1時間後
フーウンジとフレデリカがたわいもない世間話をしていると突然ユリカが声を上げた。
「はうっ!」
「うおっ、急にどうした?ていうか鼻血でてんぞ。」
「ちょっ、びっくりさせないでよ」
「紙はありますか?あと書くものも。」
2人の反応など無視して要件を伝えるユリカ。
「え、あるけど・・・もしかして解けたの?」
「信頼性の高そうな鍵を見つけました。今から書きますからさっさと紙をください。」
「え、ええ。わかったわ。」
ユリカの有無を言わさない態度に気圧されるフレデリカ。
紙を受け取ったユリカは魔法陣を完成させるのに必要な情報をスラスラと書き込んでいく。
「これなら、わかりますか?」
そう言ってユリカがフレデリカに手渡した紙には魔法陣の文字の解読結果とどこに何の文字を入れるべきなのかというルールが記されていた。
「ええと、これの通りにあの壁やら床やらに書かれている魔法陣の空白を埋めろってこと?」
「そういうことです。私はもう疲れて何も出来ないので後のことはよろしくおねg・・・」
ドサッ
全てを言い終える前に床に倒れ伏すユリカ。ここまで散々頭を使ってきてとうとう限界を迎えたようであった。
「きゅうぅ・・・」
「ちょ、ユリカ?ああーもうこれ全部入れるのにどれだけかかるのよ・・・」
「まあ、ユリカが頑張ったんだし、なんとかなるなら良いじゃねえか。」
「はあ、それもそうね。」
全ての空欄が埋まったのはそれから5時間後のことだった。
「はあ、ようやく終わった。この一番下に書いてある簡略化の方法がなかったら文字を入れるだけでも一ヶ月くらいかかったんじゃないかしら?」
「ああ、でも入れ終わった割には何も起きないな・・・」
「まあ、ユリカを起こせばわかるでしょ。ほら起きなさい。」
フレデリカに容赦はなかった。ユリカのほっぺたをべしべし叩いてたたき起こす。
「うう、もうあさあ?」
「そうよ、さあ答えは入れ終わったわ、これからどうするの?」
「うーん・・・まだ眠いのにぃ・・・布団返してえ・・・」
寝ぼけているのか目をこすりながら辺りを見るユリカ。
(なんだろ?床が固い・・・壁・・・)
「はあっ!お、おはようございます。終わったのですね。」
状況を思い出しとっさに取り繕うユリカであったが手遅れだったのは言うまでもない。
「はっはっは、完全に寝ぼけてたな。いやーユリカにも可愛いところがあんじゃねえか。」
「そんなことはどうだっていいわ。さあさっさと次に移るわよ。」
「そ、そうですよ。」
フレデリカの言葉に便乗するユリカ。フーウンジにこれ以上からかわれないためにも次の作業を急がなければならない。
「では、話を戻しますと魔法陣が完成したので後はその魔法を使うだけですね。起こることは大体わかっているので心配は必要ないです。」
「ついに戻れるってことね、はあー長かったわ。」
「では行きますよ」
2人が固唾をのんで見守る中、ユリカの詠唱は始まったのであった。




