第13話 予想外のことがあったら人のせいにしたくなるよね
「ん、あれ?」
ユリカが目を覚ましたのは冷たい石畳の上だった。
「生きてる・・・ここはどこかしら?」
ぐるりと辺りを見渡すがユリカであったが、わかったのはここが自分の知っている場所ではないということだけだった。
四方は相変わらず石の壁に囲まれている。しかしその広さは先ほどまでいた石室よりも遙かに大きい。
そして部屋の壁にはびっしりと魔法陣が記されている。1つや2つではなく部屋の全ての壁や床に余すところなく書き記されたそれは見るものを圧倒していた。
(なんか、ぐちゃぐちゃのノートを見ている気分ね。ん?奥に何かある?)
ほぼ正方形の部屋の中で唯一壁が引っ込んでいるところを見つめるユリカ。
彼女の目線の先には大きな箱が鎮座していた。
(宝箱ってやつかしら?)
早速箱に近寄ってみるユリカ。罠かも知れないという考えは思い浮かばなかったようだ。
箱に手をかけて蓋を持ち上げようとする。
しかし
「重っ、開かないわね。鍵がかかっているのかしら?いや、まさか・・・」
ユリカはもう一度よく部屋を見渡してみる。特に壁の魔法陣を重点的に。
(あの魔法陣完成してないわね、あと・・・)
さらに壁際の辺りをよく見てみると白い破片のようなものが落ちていた。
「あれは骨かしら・・・前任者がいたってこと?」
自分で声に出して血の気が引くユリカ。たしかに魔法陣の完成具合には偏りがある。
(嘘?これ全部解かないといけないの?冗談じゃないわ。今度はヒントすらないし・・・)
状況は絶望的であった。ただでさえ解くべき量が多すぎるのに何をどうしたら良いのかのヒントが一切ない。
とは言えユリカにとってやる以外の選択肢はなかった。それに全くもって何をしたら良いかわからないわけではない。
「くっ、やってやるわよ。魔法陣を完成させれば良いのでしょう?今までの魔法陣から作成するためのアルゴリズムを解析すればどうということはないわ。」
ちょっとやけ気味に叫ぶユリカ。こうでもしないとポッキリ心が折れてしまいそうだったのだ。
こうしてユリカの長い戦いが始まった。
6時間後
「し、死ぬ・・・」
そこには疲れ果てたユリカが転がっていた。
彼女の予想通り魔法陣の解読は困難を極めていた。
その理由は至ってシンプルである。
(無理、サンプルが少なすぎる・・・どう頑張っても絞り込めない。)
現在のユリカが解いている魔法陣を他の例に例えるなら問題文が9割方欠損した状態の数学の問題といったところだろうか。
解く解かない以前にそもそも解釈次第で解が無数にある、そんな状況では片っ端から答えを入れていって正解を引き当てるのを祈るくらいしか出来ない。
「って、そんなの無理に決まっているでしょうが、一体何通りあると思っているのよ、この馬鹿!」
またしても1人で叫ぶユリカ。彼女の精神はもはやズタボロであった。
どうあがいてもこのままでは魔法陣を完成させるよりも餓死する方が早いだろう。
「もういいわ。」
おもむろに立ち上がるユリカ。
どうやら最後の手段を使うことに踏み切ったようだ。
「壁が崩れるなんて関係ない、くらいなさいっ!」
ユリカの目線の先に異形の世界が顕現する。
「一刃にて其を断つ。」
殺戮の刃が壁に迫る。そして
ガギィン!!
あっけなくはじかれた。
「あ・・・うぐぅ」
膝から崩れ落ちるユリカ。最後の希望までもが散ってしまった。もはやユリカに残された選択肢は餓死するまでこの魔法陣の謎に挑戦し続けることくらいであろう。
「くう、風雲児め・・・」
思わずフーウンジへの恨み言を口にするユリカだったが、少し時間がたつと考えが変わった。
「はあ、しょうがないわね。負う必要のないリスクに飛び込んだのは私だし。好奇心は猫を殺すか・・・」
起き上がり、心底馬鹿なことをしたと自分に呆れかえるユリカ。打つ手がないことを理解して逆に冷静になったようだ。
(考えていれば異形の時も生き残れたのはたまたまよね。幸運はそう何度も続かないということかしら。)
ここから生還するのは不可能に近かった。後悔は先に立たない、そのことを実感しつつダメ元で解読を再開するユリカ。結局のところ解読を続けていれば生還できる可能性はわずかではあるが上がる。
ここに来て普段の思考を取り戻すユリカ、とはいえ生還に関してはほとんど諦めていたが。
しかし次の瞬間彼女にとって予想だにしない出来事が起こった。
「ん?ここどこだ?」
「はっ、朝!」
聞き覚えのある声がユリカの耳を叩く。
「えっ?」
ユリカが振り向くとそこにいたのは見慣れた2人であった。
7時間前
フーウンジとフレデリカは狭い石室に閉じ込められていた。
「閉じ込められたな・・・」
「だから言ったじゃない!嫌な予感がするって。」
のんきなフーウンジに対して怒鳴りつけるフレデリカ。彼女にとっては嫌な予感が的中したことになるので当然心中は穏やかではない。
しかしながらフーウンジは思いのほか冷静であった。
「いや、罠にはまったとは限らん。」
「はあ?何言ってんのよ?現に閉じ込められてるじゃない。」
「いや、考えてみろ。別に攻撃を受けたわけじゃない。俺たちは罠にはまったんじゃなくて、うまいこと進めてると考えるべきじゃないのか?」
「まあ、そういう可能性もあるわね・・・」
フーウンジにうまいこと丸め込まれるフレデリカ。とはいえここからなんとか脱出しないといけないことには変わらない。
部屋を見渡したフレデリカはユリカと同じく四隅の石柱に目をつけた。
「あの石柱が怪しいわね。なんか数字が書いてあるわ。」
「本当だ、816、357、あとはなんだ?魔法陣と・・・」
「エックス、ワイ、ゼット、アルファベットっていう文字よ。」
「なるほどな、でどういう意味だ?」
「おそらくこれは暗号ね。」
自信満々に言い放つフレデリカ。フーウンジはよくわかっていないようであるがフレデリカはこう続ける。
「おそらく816、357と来て次に入る数字がxyzってことよ。xyzは本当は数字なの、それを考えてこの魔法陣の空欄に入れるのよ。」
「なるほどな、でそのxyzの正体はどうやったらわかるんだ?」
「え?さあ?」
「は?」
ここまでは良い調子だったがさすがに暗号を解読するには至っていないフレデリカ。彼女は魔方陣を知らなかった。
「まあ、それを考えるのが暗号だしね。まだ焦ることはないわ。多分・・・」
「でも暗号を解かないと出られないんだろ?」
「まあ、壁は私の魔法じゃあ破れないわね・・・さあ暗号を解くわよ。」
「お、おう。」
不都合な現実からは目を逸らすことにした2人であった。
そうして考え込むこと1時間、2人は有効なアイデアを出せないでいた。
「うーん、わからないわね。フーウンジは何かある?」
「答えはわからんな。」
「・・・」
「思ったんだけどよ、適当に数字入れて当たるのを待つってのはどうだ?」
「私もそれは考えたけど間違えてもおとがめはないのかしら。」
「まあそれはわからんが、なんとなく気がついたことがあるんだよ。」
「え?何かわかったの?」
フーウンジの言葉によってフレデリカの表情が明るくなる。
「ああ、わかってる数字が816と357だろこれって数字が1つもかぶってねえんだよ。」
「あ、ほんとだ。」
「だろ?ってことは残りの2、4、9が答えなんじゃねえか?」
「確かにありえるわね、問題は順番だけど・・・」
「そうなんだよなあ。何回でも試せるんならどうにでもなるんだが。」
「まあ、こればかりは仕方ないわね、これ以上考えてもわかりそうにないし勘でいくわよ。」
「そんなんでいいんかよ?」
「まあ、間違えたら死ぬって決まった訳でもないし、大丈夫よ。」
ずいぶんと思い切りの良い決断をするフレデリカ。フーウンジもあまり乗り気はしなかったが考えてもわかりそうにないというのは同感であった。
「わかったよ。じゃあ、適当に入れるぞ。」
「任せたわよ。」
石柱に近づき数字を入れるフーウンジ。彼が選択した数字は492であった。