第12話 自分が相手を下に見るとき相手もまたこちらを下に見ているのだ
「あれ?」
入り口を抜けた先は10畳ほどの石室であった。入り口の大きさからてっきり大部屋があると予想していたユリカにとっては意外な展開である。
しかしながら入り口の大きさと比べてあまりに小さいのは事実だ。
「ん?そう言えば・・・」
まさかとは思い振り返るユリカ、苦い記憶が呼び起こされる。
ユリカの目線の先には石の壁が広がっていた。
「・・・・・・またか。」
ユリカにとって扉が消えるのは2度目であり、それに関してはそんなに焦ることはなかった。しかし今回と前回とでは決定的に違う点が1つある。
(今度は閉じ込められたわね・・・)
ぐるりと部屋を見渡すユリカだが出口のようなものはない、推理小説風に言えばここは完全な密室であった。一応壁を破って脱出するという選択肢もあるにはあるが、壁を崩しても大丈夫という保証はないため最後の手段となるだろう。
しかしながら何も不審なものがないというわけでもない。ユリカの目は部屋の四隅にある石柱を捉えていた。
(何か書いてあるわね、ええと・・・816?)
取りあえず1つの石柱に注目するユリカ、そこには3つの数字が刻まれている。
続けて他の石柱を探るユリカ。
(隣は357、その隣はxyz、その隣には・・・何が書いてあるのかいまいちわからないわね。魔法陣ってやつかしら。とりあえず暗号ってことだけはわかるけれど。)
石柱のうち3本に書いてあったのはユリカにとってもなじみの深い字であったが最後の1本は毛色が違った。
(アルファベットでも漢字でもない、ラテン文字でもないし、アラビア系って感じでもないわね。ただ空白の部分が3つある。石柱からはこれだけか・・・)
他に何かヒントはないかと室内を見渡すユリカであったがそれは徒労に終わった。
(やっぱり石柱だけで暗号は完結しているみたいね。素直に読み解くと問題文は
『816、357、xyzの数列からx、y、zの値を求めて魔法陣の空欄に当てはめよ』
と言ったところかしら?)
「はあ。」
思わずため息をつくユリカ、まさかダンジョンに来て数字パズルを解く羽目になるとは思ってもいなかったようだ。
(そもそもなんでこんなところに暗号がおいてあるのよ・・・しかも出題者たちはおそらくずっと昔にこの地を去っているわけだし解いたところで何かあるのかしら?でもまあ入り口は立派に機能していたし元々将来この地を訪れるであろう人に向けてのものとも考えられるけれど・・・)
長持ちするものを作るというのは難しい。どんなものであれ経年劣化はするし、不慮の災害や事故で失われてしまうこともある。機能を長年にわたって維持するというのは大変な労力を必要とするものだ。さらに機能が複雑になるほどその難易度は増す。
意図せずに機能が生き残ったとは考えにくかった。
(まあ、入り口をくぐったときに別の場所に飛ばされたにせよ、一瞬で入り口を塞いだにせよ結構手の込んだギミックよね。それが動いているってことは暗号の方も何かしら動いている可能性は高いか・・・まあ考えてもしょうがない。暗号を解こう。)
そう考え暗号の解読を始めるユリカ。なんだかんだ言ってもそれ以外にやることはないのだ。
(単純に計算するっていう感じでもないわよね、+も-もないし。じゃあ魔法陣もヒントになっている?でもこんな字知らないし解読も難しそうね。図書館にもこんな字について書いてあった本はなかったし・・・)
早速壁にぶつかるが、その理由は至って単純であった。
(情報が少ないのよね、この数字をどうしたら良いのかしら?魔法陣が式になってるとか?そうだったら終わりだけれど・・・)
「んん?魔法陣?」
何かに気が付いたユリカはもう1度数字を見直して確証を得ようとする。
(この数字・・・どっかで見たことがあると思ったら魔方陣だ。)
魔法人とは正方形の方陣に数字を置いていき、縦、横、対角線のどの列についてもその列の数字の和が等しくなるもののことだ。
816
357
492
これがユリカの思いついた答えであった。3✕3魔方陣と呼ばれているものだ。
「魔法陣に入れる答えが魔方陣とはこしゃくな暗号ね」
悪態をつきつつも答えを入力するユリカ。
(癪というよりは洒落だったかしら?)
そんなどうでも良いことを考えながら暗号を入れ終わると、それと同時に前方の壁に文字が浮かび上がる。
『四元を渡る』
今度はユリカにもわかる言語であった。
(魔法の詠唱ってことかしら?でも結局のところ観測方法がわからないから使えないわよね?)
ユリカは1度見た魔法は使えるようになるが、1度も見たことのない魔法は使ったことがない。正確に言うと使うイメージが出来ないと言ったところだろうか。
とにもかくにもユリカは見たことがない魔法は使える気がしなかった。
しかしながらそれ以上何かが起こる気配はない。
(ダメ元で唱えてみるか。何も起こらなかったら壁を破るしかないわね。)
当然そんな考えにたどり着くユリカ。
なんとなくあの時の女性をまねて魔法陣に触れ、そして壁の文字を読み上げる。
「四元を渡る」
ユリカの澄んだ声が狭い石室に響き渡ると同時に壁にゆがみが生じる。
「え?発動したの?」
魔法が発動したことに驚くユリカであったが本命はこれからだった。
そのゆがみは彼女が驚いている間にもどんどん大きくなりついには壁が崩壊を始める。
「うそ?部屋が崩れる?」
予想外の光景に思わず声を上げるがそんなことで崩壊の波は止まらない。
壁が天井が、そして地面までもが崩れ去って消えていく。現代日本に生きていたらまず味わうことの出来なかった体験であろう。
しかしながらユリカにはそんな感傷に浸る余裕はなかった。
崩壊の波がユリカにも伝播したかのようにユリカの体が崩れていったのだ。
(え?死ぬ?)
そんなことが頭をよぎったのを最後にユリカの意識は深い闇へと消えていった。
「・・・遅いわね。」
「遅いな。」
別れてから約8時間とっくの昔に合流地点に戻ってきたフレデリカとフーウンジはユリカの戻りを待っていた。
「さすがに遅すぎでしょ、もしかして勝手に帰ったのかしら?」
「まあ、あいつは乗り気じゃなかったからなあ。無理矢理連れてきたようなもんだし。」
無理矢理連れてきたことに自覚はあったフーウンジ。
「そうなの?じゃあ帰ったんでしょうね。私たちも町に戻りましょうか。」
「いや、そうとも限らんな、あいつは意外と付き合いが良い。もしかすると何かあって戻ってこれないのかもしれん。」
「なに?どういうこと?」
とっくに出口に向けて歩き始めていたフレデリカの足が止まる。
「いや、あいつってさなんだかんだで律儀なんだよな。森に行ったときもちゃんと報酬は山分けだったし、頼めばついてきてくれるし。」
「まあ、今回のことも断れば済む話だしね。でもなんか律儀っていうのとは違くない?」
「まあそうだな。押しに弱いって感じか。」
「要するにチョロいってことよね・・・」
「ませてるけどまだ子供だしなあ。まあ俺にとっちゃありがたいけどよ。」
「あー、たしかにませガキって感じがしたわね。」
「大人に憧れる年頃なんかね。確かに言動は大人っぽいけどな。なんか知識にも偏りがあるしあんまり先のこととか考えてなさそうだよな。」
2人から不名誉な評価を受けるユリカ。それにしても本人がいないのを良いことに言いたい放題である。
「で、結局のところどうすんのよ?あんたの考えがあってるとして戻ってこれないような何かがあったってことよ。」
「まあ、考えられるとしたら魔物が出てきたか道に迷ったってところか、もしくは・・・」
「何よ?」
もったいぶるフーウンジに対して結論をせかすフレデリカ、時間がないのは確かだが彼女は待つのが嫌いなようだ。
「それ以外の何かのせいで戻れないとかな。」
「はあ?何かって何よ。」
「例えば何らかの仕掛けを起動させてすぐに戻れない場所に飛ばされちまったとかはどうだ?というかあいつが道に迷ったり、魔物に負けるとかはない気がする。」
「何でそんなこと言えるのよ?」
「いや、そもそも地図があるから迷うってことはあんまりないだろうし、あいつの魔法は強すぎる。」
「前に言ってたトライデントベアーを一撃でやったやつでしょ?」
「ああ、そう考えるとユリカは当たりを引いた可能性が高い。そもそも一番怪しいところなんだろ?」
「まあ、そうだけど・・・」
フレデリカはフーウンジの言葉をあまり信じていなかった。
そもそもトライデントベアーを一撃で倒せるような少女がいると言うだけでも眉唾である。そんな魔法に加えて水を出したり火をつけられたりすると言うのはどう考えても盛りすぎであると思っていたのだ。
とはいえここまで言われるとどうにも帰りにくいのは事実であった。今日の2人の成果はほとんどない。せいぜい調べていない部分が減ったというだけだ。もちろんこれは喜ばしいことではあるが残り時間が少ない中、出来れば何らかの直接的な成果を持ち帰りたいというのが本音である。
そしてそれはフーウンジにとっても同じであった。
「よし、どうせこのまま帰っても寝るくらいしかやることはねえ。だったら少し様子を見に行こうじゃねえか。」
「まあ、入り口までなら良いけれど・・・」
渋々といった様子で承諾するフレデリカ、あまり気は進んでいないようだがもしかしたらという欲があるのも事実。
なんだかんだ言っても結局のところ人は欲にはあらがえないようだ。




