第10話 勉強が出来なくてもハンターで成功している人はいるんだっ!
ジョン・ローズの手記より抜粋
私の探検家としての半生に終止符を打ったのは1つの発見である。最果ての地アルタインに眠っていたそれは人類の常識を覆す代物であった。
私がこの発見をアーティファクトと名付けたのはもはや周知の事実であるが、これが神へと至る門であるということは未だに皆信じていないように思える。だがこのことは間違いようのない真実であり、同時に人類にとっての命題であることは疑う余地がない。
私は探検家を引退し残った半生をこの命題の探求者として過ごしてきた。もし私が人生を全て費やしてもこの世に散らばるアーティファクトを全て探し出すというのは不可能だと悟ったからだ。
しかしながら結局私にはこの謎を解くことは叶わなかった。故にこの手記を書き残そうと思う。もし私と同じ夢を抱くものはハンター組合の門をたたいて欲しい。そして私が到達することの出来なかった神へと至る門の先にあるものをその目で見届けて欲しいのだ。
(これが風雲児さんが言ってたやつね。ジョン・ローズ、ハンター組合の創始者、一体何を見たというのかしら。)
紆余曲折を経てボルンに着いた次の日、ユリカはその町の大図書館にいた。トライデントベアーのコアが高く売れたのとせっかく大きな町に来たということで今日は仕事を休んで調べ物をしようと考えたためだ。
(はあ、神へと至る門のインパクトが強すぎて一応調べてみたけど何一つとして具体的なことが書いてないじゃない・・・)
ユリカの傍らにはハンター組合やアーティファクトについての本が堆く積まれていた。朝に図書館に入ってからすでに10時間、ユリカの努力の結晶である。とはいえそれらのほとんどは子供が好んで読みそうな冒険活劇ものであったわけだが。
(日本に帰る手がかりでもあれば良かったけれど、完全に骨折り損だったわね。銀貨1枚払ったっていうのに大した情報はなかった。うう、スマホが恋しい。)
インターネットの偉大さを思い知るユリカ。電気通信システムが存在しないこの世界では情報は人が直接運ぶしかない。しかもその人のための交通手段も馬がせいぜいといったところであり、例え大きな町の図書館であっても離れた場所の情報はほとんど扱っていないのが現実であった。もしこの世界の人間が現代日本を見ればそれは神の国であると信じてしまうことだろう。
「この世界じゃあスマホを持っているだけで神様ね・・・」
何の気なしにそんなことをつぶやくユリカだったがさすがに得るものがなかったわけではない。
(まあ、この世界の常識については大分詳しくなったわね。ハンターが世間からどう見られているのかもわかったし、風雲児さんには悪いけれどやっぱり転職は絶対ね。)
転職への決意を新たにするユリカ。
(それにしても、いくらアーティファクトを見つけて億万長者になった人がいるって言ってもそんなの一握りだし、そんなものを夢見て業界に入っていく人って何を考えているのかしら?まあ子供にとって夢のある話なのはわかるけど・・・)
「そういえば日本では動画配信者になりたい子供が増えてたって話よね。まあいいか、後は・・・」
しょうもないことを考えるのはやめて別のジャンルの本を探すことにするユリカ。閉館まではすでに一時間を切っているが何度も図書館を出入りする余裕のないユリカにとっては調べ物は今日だけでなんとか終わらせる必要があったのだ。
積み上げた本の山を元に戻したユリカが向かったのは、学問の本が置いてある棚だった。
(ええと、算術検定の過去問は・・・あった。)
赤本で受験勉強をするのはどこの世界でも同じなようだ。
「んー、疲れたあ。」
閉館のチャイムが鳴ると同時に図書館を出たユリカは、人がまばらになった大通りを歩いていた。
現在時刻は午後7時、町ゆく人は皆仕事を終えて自分の家へと帰る途中なのだろう、心なしか足取りに疲れが見える。
そんな中を歩くユリカも調べ物の疲れからか気分は仕事帰りであったようだ。その小さな背中は1日の仕事を終え帰宅する社会人の群れに見事に溶け込んでいる。
(それにしてもおなかが減ったわね。組合で食べるか。)
最後にご飯を食べてからすでに半日が経過しており、いくら疲れているとしても育ち盛りには夕飯を抜くという選択肢はなかった。
ちなみにハンターは泊まる宿屋か組合で食事を取るのが一般的である。味はそこそこでもとにかく安いというのがこれらの店の特徴であり、自分で料理を作る場所すら持たず宿屋に寝泊まりしているような人間にとってはまさに生命線であると言えた。
そんな訳で低所得者でなおかつ住むところも決まっていないユリカはギルドに入る。
「よお、ユリカじゃねえか、またあったな。」
「・・・風雲児さんも来ていたのですね。」
似た境遇の者同士、来る場所は同じのようだった。
「で、明日の話なんだが。」
「何がで、ですか。まあ話は聞きますけど。」
毎度のことなので少しだけ素直になったユリカ。その様子を見てフーウンジも満足そうである。
「おお、いつになく素直だな。よし、明日はダンジョンに潜るぞ。」
(ダンジョンって受付の人が言っていたわね。確か・・・)
ダンジョンとは
未だ踏破されていない古代遺跡の総称。アーティファクトが発見される唯一の場所であるため、日夜大勢のハンターが探索にいそしむ、未知の領域である。その起源については一切の解明がなされておらず、古代文明の名残、知恵のある魔物の作った居住区、果ては神から人間へと与えられた謎というものまで様々な説が提唱されてきた。
内部にはアーティファクトだけではなくダンジョン以外では見ることの出来ない動植物や魔物が存在することもあり、その危険度までもが謎に包まれている。
「・・・正気ですか?慎重なあなたの言葉とは思えませんね。」
ユリカの感想はもっともなものである。どう考えてもフーウンジが敬遠した森より何が出てくるかわかったものではない。
「いや、正気だぜ。なんてったってこんなチャンスは2度とないかも知れねえんだ。今までは慎重に生きてきたが俺もそろそろ一山当てたいんだよ。」
(ここにも子供が1人・・・)
「はあ、どういうことですか?」
取りあえず尋ねるユリカに対してフーウンジがした説明は次のようなものだった。
「まずはじめに一週間前の地震を覚えてるよな?それで地面が割れて新しいダンジョンが出てきたらしいんだよ。それが発見されたのが2日前、ここからそう遠くない山ん中だ。」
「へえ、そうですか。」
「ああ、しかも入ったやつが俺の知り合いにいてな、なんだか知らねえが、魔物が1匹も出てこなかったらしい。」
「そうですか、じゃあ大したものはないのでは?」
「いや、そうとも限らん。何せ発見されてまだ2日だ。名のあるハンターレギオンもまだ探索には参加してねえ。とはいえ魔物がいないんだしそいつらが参加したら探索はあっという間に進んじまうだろう。わかるだろ?これは千載一遇のチャンスなんだよ。」
「まあ、事情はわかりましたが、何で私を誘うのですか?1人で入った方が手に入れたものを独占できません?」
「え?だって1人で行ったら魔物が出たときやばいじゃん。」
「・・・やっぱり大人ですね。」
結局どこまでいっても小心者なのには変わらないフーウンジであった。
その後、嫌がるユリカに怒濤のお願いラッシュを仕掛けるフーウンジ。
結局最後に折れたのはユリカであった。
「わかりましたよ。ただし5日後には試験があるので本当にこれで最後ですよ。」
「いやー、やっぱりユリカは話がわかるぜ。そうと決まれば明日の準備だ。」
「はあ、就活に向けてお金を貯めないといけないのに・・・」
次の日の朝、ユリカは町の外れでフーウンジを待っていた。
ユリカの背中には大きめのリュックが背負われており、まるで遠足に行く小学生のような風体だ。中には朝のうちに買い込んだお弁当やタオルなどこれまた遠足に持って行くようなものが詰まっている。
(はあ、いろいろ買ったら全財産は銀貨3枚か。まあなんとか受験分は確保しているしまだなんとかなるかしら?)
ユリカがそんなことを考えてなんだか憂鬱な気分になっていると、ようやくフーウンジがやってきた。
「悪い悪い、待たせたな。」
「30分も遅刻ですよ、自分で決めた集合時間くらい守ってほしいものですね。」
「いやいや、こいつの入手に手こずっちまってな。」
そう言ってフーウンジが取り出したのは1枚の紙であった。
「それは・・・地図ですか?」
「ああ、その通りだ。昨日知り合いが潜ったって言ったろ?そいつと交渉してもらってきたんだよ。」
「そんな貴重なものをよく譲ってもらえましたね。」
「ああ、そのことなんだが・・・」
ユリカが珍しくフーウンジに感心していると不意に後ろから声がかかった。
「ふーん、あんたがユリカ?」
「えっ?」
声の主は少女であった。キリッとした鋭い目つきに燃えるように真っ赤な赤毛、歳は16,17あたりだろうか。少なくともユリカよりは年上のようである。
「フーウンジの言ってたとおりちっちゃいわね。あたしはフレデリカよ。孤高の一匹狼フレデリカと言えば聞いたことくらいあるでしょ?」
(いや、ない・・・)
心の中で思ってももちろん口には出さないユリカ。そしてようやくフーウンジが口を開く。
「あーその、なんだ・・・こいつがその地図の提供者であと・・・」
「ええ、その見返りとして今回一緒に行くことになったってわけ。」
(なるほど、こういうことだったのか。この人も自分で一匹狼とか言うくらいだしチームを組んでくれる相手がいなかったのね。風雲児さんの知り合いって言うからどんな人かと思ったけれど似たもの同士やっぱり引きつけ合うのね。)
また失礼なことを考えるユリカ。どうやらフーウンジに対しては何を思っても良いと思っているらしい。
「なんかおまえ失礼なこと考えてない?」
「なんかあんた失礼なこと考えてないかしら?」
「いえ、まったく。」
そんな風に適当にあしらうユリカだが、自分もその似たものたちの枠に入っているとは夢にも思っていないようであった。