第1話 働いたら負け、そんなことが言える時点で勝ち組だ
少女は白い部屋にいた。壁も床も天井も何もかもが白。その白さたるや殺風景を通り越してもはや現実であることすら疑いたくなるほどである。
「・・・」
「初めまして。私はカウンセラーの山田と申します。」
「・・・」
「すみません。いきなりのことで不安ですよね。わかりますとも。しかしご安心ください。私はあなたの心のケアをするために今ここにいるのです。」
「・・・こころ?」
「ええ、落ち着いて聞いて欲しいのですが、あなたは一年前に飛び降り自殺を図り、一年間昏睡状態だったのですよ。」
「自殺?」
「ええ、しかしながら幸運なことにあなたは生き残ったのです。これは奇跡と言って良いでしょう。何せあなたは300メートルの高さから落下したのですから。しかしながら記憶に障害が残ってしまったようですな。ご自分の名前がわかりますか?」
(そういえば私の名前って・・・)
「ふむ。やはりわかりませんか。では私からいくつか説明させていただきましょう。」
男が語ったのは特に何の変哲もない少女の来歴であった。
ただ一点を除いて。
「魔法使い?私が?」
「ええそうですよ。」
「魔法なんて使えるわけ・・・」
「? いやはややはり記憶に混乱が見られますな。たしかに人間が皆使えると言うわけではありませんが、あなたは使える側の人間でしたよ。」
「・・・」
論点がずれていた。おおよそ同じ世界を生きてきたとは思えないほどに。
「まあとりあえず記憶障害については日常生活に支障はなさそうですな。自殺する意志ももうないようですしカウンセリングについてはもう必要ないでしょう。」
そう言って男は早々にカウンセリングを切り上げようとする。どう考えてもカウンセリングと言える内容ではなかったがそれは置いておいても、少女にとっては確かめなければいけないことがあった。
「少し良いですか?」
「何でしょう?」
「私が寝ていた一年間で量子コンピュータは完成しましたか?完成間近でしたよね。」
「量子コンピュータですか。申し訳ありません。聞いたことがありませんね。」
「そうですか。」
嬉しくもない予想通りの答えだった。
「それではカウンセリングは終了です。これ以上私がお手伝いできることはありませんが、これから頑張ってください。それとドアの外にあなたの持ち物があるのでお忘れないように。黒い箱に入っておりますので。」
「・・・ありがとうございました。」
聞きたいことはまだあったがまともな答えが返ってきそうにはなかった。
仕方なくドアを開け部屋を出る。
「っ・・」
部屋を出ると喧噪が耳をたたく。今までの出来事がまるで幻であったかのように世界は色づいていた。
石畳の通り沿いに立ち並ぶ商店。通りを行く人々。全てが新鮮味に溢れた光景であった。
あの静かな白一色の部屋から出てきたためギャップを感じているのだろう。
しかし
(やはりおかしい。機械の感じがしない。もっというと現代社会の雰囲気ではない。)
通りを行くのは車ではなく馬、電線などは影も形もなく、手にスマホを握っているものは1人もいない。
(おかしいとは思っていたけどこれほどだなんて、これからどうすれば・・・)
「あっ」
少女は一年間でどうやったらこれほど世界が変わるのかを考えるよりも先にしなければいけないことを思い出した。
「持ち物を見れば何かわかるかも。」
黒い箱はすぐ隣に置いてあった。ドアを開けて飛び込んできた光景に圧倒されて今までは目に入っていなかったようだ。
一縷の望みにかけてすぐさま箱を開く。
(お願い、何か今の状況を調べるのに役に立つもの。スマホ、ノートパソコン、最悪現在地がわかるだけでも良いから・・・)
そんな願いもむなしく出てきたのは
「身分証だけって、しかも見たことない項目とかあるし。財布すらないなんて一年前の私は一体何を・・ そもそもこういうのって身内が迎えに来るんじゃないかしら。いやあの人が言うには身内もいないのか・・・」
思わず独り言を言うくらいには八方塞がりな状況であった。
(仕方ない。やっぱりあの人に聞きたいことを聞いてこよう。)
「あれ?」
少女が振り向くと扉はなくなっていた。むしろはじめからそこには何もなかったかのように石造りの壁が広がっている。確かにあの無機質な白い扉はこのあたりの雑多な雰囲気とはかけ離れていたが。
白昼夢、作話、そんな言葉が脳裏をよぎる。
確かにこの世界は何かがおかしい。
しかしながら自分が記憶障害であることと世界の地域の様子を全て把握しているわけではないということを鑑みれば強引に納得できなくもない違和感ではあった。
ただこれだけはあり得ない。
さっきまでいた場所が消えている。これは一年間昏睡状態にあったとかそういったことでは一切説明しようがない明らかな異常であった。
「うそ・・・」
めまいがする。異常なのは世界か、それとも自分か。この問いに答えが出ることはない。
よって次に起こることは少女にとってここに来てから初めての幸運な出来事であったと言えるだろう。
「大丈夫かい?」
「えっ?」
茫然自失としていた少女に話しかけてきたのは昔の絵画に出てくる農民のような服を着た初老の女性だった。おおよそ現代人が好き好んでする格好には見えないが余裕のない少女にとってはそんなことはどうでも良い。
とにもかくにも渡りに船であった。結局何を差し置いても情報を集めなくてはならないのには変わりないのだ。
「いえ、少し困っていまして。よろしければ少しお時間よろしいでしょうか。」
「もちろんかまわないよ。」
急に話しかけられたことでかえって落ち着きを取り戻した少女は行動の優先順位を整理する。
(第一にここがどこなのか、そして日本へ帰るために必要な情報。幸い相手は日本語が使える。日本の大使館への行き方さえわかれば後はどうとでもなるはず。)
「はい、この国に日本大使館はありますか?あるのでしたら行き方を教えていただけると助かるのですが。」
「ニホンタイシカン?なんだいそれは?あんたの国の言葉かなにかかい?」
妙な雰囲気が流れ始めた。
(あれ?日本語はわかるんじゃあ?大使館がわからなかったのかな?)
「いえ、すみません。それでは日本に帰るためにはどこを頼れば良いですか?」
「ニホン?そこがあんたの目的地なのかい?聞いたことがない国だねえ。」
少女の疑念が確信に変わっていく。
「あれ?でも今日本語を話されていますよね?」
「いや、これは統一言語だろう?ニホンゴって言い方もあるのかもしれないけど私は聞いたことがないね。」
日本がなくなっていた。いや違う。これはもっと根本的な話だ。
「では、あの、そのここは何という国でしょうか?」
「んん?ずいぶんと変なことを聞くね。あんたは自分が行く国の名前も調べずに来たのかい。よくたどり着けたもんだね。まあいいや。ここはカートン。まあ大陸の隅っこにあるってことくらいしか特徴のない普通の王国だよ。ちなみにこの町の名はヴェルナーさ。」
(カートン、そんな国はなかったはず。一年でできあがった新興国家?そんなばかな。やはり一年で起こった変化と考えるにはあまりに不自然すぎる。むしろ全く別の平行世界にでも来てしまったかのような。そんなファンタジー小説みたいなことが・・・ん?ファンタジー?そういえばあの人もファンタジーじみたことを言っていたような・・・)
「すみません。おかしなことをお聞きしますが、魔法というものについてどう思いますか?」
意を決して少女は尋ねる。聞きたくなかった答えが返ってくると確信しながらも。
「魔法?そりゃあ便利だよね。まあたしかに戦争や戦いの道具ってイメージもあるけどなくちゃあみんな困っちゃうんじゃないかな。私も実を言うと少しだけ使えるんだよ。ほれ。」
女性はそう言うとおもむろに一枚の紙を取り出す。そしてそれを取り出すと同時に
「神よ私に水の奇跡を。」
そんなことを口走る。
しかし少女は見てしまった。
ふわっ
宙に水球が浮いていた。雨が降った訳でもない。空中に人の顔ほどの大きさの水球が最初からそこにあったかのように、まるでそれが自然であるかのように浮かんでいるのだ。
「そうか・・・」
そして少女はあまり歓迎したくない結論にたどり着く。
少なくとも魔法は存在するらしい。あの男の言っていたことは冗談でも比喩でもなく本当のことだった。そしてそれはこの世界が少女の知っている地球ではないと言うことを意味している。
そしてそれ以上に
(今すぐ日本に戻るのは不可能か。とりあえずここでしばらく生きていくしかないわね。そうなってくると衣食住を確保しないといけないけれどあいにく財布すらないし。働くしかないのか。でも14歳を雇ってくれるところなんてあるかしら?)
少女がやるべきことは決まった。後は行動するだけだ。
「すばらしい魔法でした。」
「いやいやたいしたことはないさ。あんたは魔法が使えないのかい?」
「いえ、以前は使えたらしいのですが最近頭をぶつけてしまって以前のことがよく思い出せないのです。」
飛び降り自殺のことはさすがに伏せてそれっぽいことを言っておく。
「なんだ。大変だったんだねえ。おかしなことを言う子だと思ったらそういうことかい。」
「ええ、ですからこれから一時的に保護してくれる施設かもしくは職を探して働かなければならないのですがどこか心当たりはありませんでしょうか?」
「うーん。あなたくらいの年齢だと教会の近くに孤児院があるけれどあそこももう定員がいっぱいだし受け入れてはもらえないだろうね。でも働くとなると今この国は不景気だから雇ってくれるとこは少ないし、働いた経験とかは記憶に残ってないのかい?」
(福祉制度には期待できないってことね)
「いえ、働いたことはないです。」
「そうか。うーん、じゃあハンターしかないかね。」
「ハンター?」
どことなく不穏な匂いのする職業名だ。
「そうだね。ハンターであれば身分証さえあれば誰だってなれるよ。なんてったって年中人手不足だからね。体力に自信はあるかい?」
「まあそこそこには。」
(あのカウンセラーは私の経歴を説明しているときに中学陸上で全国に出場したとか言っていた。まあ憶えていないけどこの際どうでもいいか。)
とにかく職に就かなくては生きていけないので多少の不都合には目をつぶる。
「ならよかった。それじゃああっちの方にハンター組合の支部があるから登録してくれば今日からでも仕事を受けられるはずだよ。」
「そうですか。長時間に渡ってありがとうございました。このお礼は必ずいたします。」
「お礼なんて良いんだよ。それより気をつけなよ。危険なこともある仕事だからね。本当はあんたみたいな子にはこの仕事は勧めたくないんだけど、働かずに生きていくってのも無茶な話だからねえ。」
「いえ、本当に助かりました。」
「そうかい達者でね。」
女性と別れ通りを行くとすぐにそれは見つかった。
(ハンター組合ヴェルナー支部ここか。)
こうして記憶を失った少女の新しい生活が始まった。
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