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令嬢と攻略作戦 7

 一方のアルマニアとノイゼは、明らかに様子がおかしいアトルッセを不思議に思いはしたようだったが、彼に話す意思がないことを悟ると、特に追及したりはせずに、分断後のそれぞれの行動や、襲撃を受けて動き出す可能性が高い魔法師団を首都で抑え込むレジスタンスたちの指揮についての話などを詰め始めた。

 アトルッセやヴィレクセストも交え、互いに意見をぶつけ合いながら進められた作戦会議は、かなりの時間が過ぎたところでようやく一区切りを見せた。

「取り敢えず、現状で私たちにできる策は概ねこんなところかしら。あとは、今後の状況や本番次第で臨機応変に、といったところね。……まあ、それが一番難しいのでしょうけれど」

「困難ではありますが、やるしかないでしょう。そもそも、この人数で賢人と渡り合えるところまで来たこと自体が、奇跡のようなものなのです。あと少しを埋めるための努力くらいならば、いくらでもしますよ」

 そう言って笑ったノイゼに、アルマニアも少しだけ微笑みを返す。それから彼女はそっと目を伏せたあとで、改めてノイゼとアトルッセを正面から見た。

「ひとつ、言っておきたいことがあるの。戦いの最中で、もしも相手が降伏の意思を見せ、それを貴方たちが嘘偽りのない真実だと確信したなら、それ以上相手を痛めつけるようなことはせずに捕虜として連れ帰って。そうでない場合でも、殺さずに済むなら殺して欲しくない。最終的に償いのために命を奪うことになるとしても、それを決めるのは国民全員であるべきだわ。できることなら、戦場で殺してしまうなんて事態は避けたいの。勿論、手心を加える余裕がなければ忘れてくれて結構よ。何よりも避けるべきは敗北だもの。勝つために必要なら、容赦のない殺害も視野に入れてちょうだい」

 そこで一度言葉を切ったアルマニアが、その上で、と言う。

「もしも賢人たちや魔法師団の面々を生かして捕らえることができ、国民たちが彼らを許すことがあって、彼らもまた己の罪を理解し心を入れ替えるのであれば、……そのときは、私たちの傘下に加えても良いのではないかしら」

 静かに言われたそれに、ノイゼが目を開く。それを見たアルマニアは、彼が何かを言う前にさっと言葉を付け加えた。

「と言いはしたけれど、これは飽くまでも私の個人的な意見よ。だから、貴方たちが反対なのであれば、聞く必要はないわ」

 そんなアルマニアの言葉に、僅かな沈黙ののちにノイゼが口を開いた。

「…………賢人や魔法師団は国を脅かす敵とみなす。改心の余地があるかもしれないなどという希望は捨て、力ずくで排除しなさい。と、貴方はそう仰ったのに?」

 本当に良いのか、と確認するような彼の言葉に、アルマニアは、あら、と言って小さく笑った。

「勿論彼らは国家の敵よ。甘い期待や希望を捨てるのも、力ずくで排除するのも、当然成すべきことだわ。けれど、罪を認めて心を入れ替えた者に過剰な罰を与えるのもおかしな話だわ。それ以前に、民が許すと言うのであれば、私たちが許さない筈がないじゃない」

 柔らかな音で紡がれた言葉たちに、ノイゼが彼女を見てくしゃりと笑った。

「人心を掌握する趣味でもおありなのですか?」

「あら、ただ私が王の器なだけよ」

 ふふふ、と笑んだ彼女に、おおよその流れを把握したアトルッセが嫌そうな顔で呟く。

「性悪なだけだろう」

「……知っていたけれど、貴方、本っ当に腹立たしい男ね」

 思わずアトルッセを睨んだアルマニアに、ヴィレクセストがまあまあと声を掛ける。

「怒ってる姿も可憐なんだが、そういうのは俺の前でだけにしようぜ」

「貴方は貴方で相変わらず意味が判らないわ」

「物凄く判りやすくて単純な愛情表現なんだけどな……」

 そうぼやいたヴィレクセストは、いやまあ良いや、と言ってから、ノイゼに視線を投げた。

「本当は言うつもりじゃなかったんだが、ま、公爵令嬢がああ言ったことだしな。それじゃあ、特別に俺からひとつ、幻夢の兄さんにアドバイスだ」

 そう言ったヴィレクセストが、ノイゼに向けている目をすっと細めた。

「現見の賢人に気をつけろ。あれは、あんたらが思ってるような引きこもりじゃねぇぞ」

 その言葉に、ノイゼが眉根を寄せる。

「……どういう意味でしょうか」

「当代の現見は部屋に籠って魔法で情報集めばっかしてる、ってのが賢人を含む国民全体の共通認識だろ? その認識は改めた方が良いって話さ。あんたも腕には自信があるんだろうが、今の(なま)った状態じゃあちょっとな。ま、レジスタンスの鍛錬がてら、一から鍛え直しとくんだな」

 そう言ったヴィレクセストは、それから、と言ってノイゼに向かって人差し指をついっと差し向けた。

 その瞬間、ノイゼがびくりと大きく目を開いたあとで、小さく呻いて頭を抑えた。

「ノイゼ!」

 思わず叫んだアトルッセに、ノイゼがゆるりと首を振ってから大丈夫だと告げる。それから彼は、困惑の表情を浮かべたままヴィレクセストを見た。

「……ヴィ殿、今の映像は?」

「いざというときのお守りだ。……他の連中はまあどうでも良いんだが、現見はギフトみてぇだからな。ギフトの初期配置がそこなのかよとは思うが、そもそもギフトなしの可能性もあったと思えば、遥かにマシだ。ってな訳で、できれば奴だけはこっち側に引き入れたい。だから、どうしても困ったらそれを使え。それでも無理だったら、まあ諦めだな」

 全く理解できない話を展開したヴィレクセストに、ノイゼがアルマニアに向かって困惑の目を向ける。それを受けた彼女は、小さく息を吐いて首を横に振った。

「ヴィレクセストがこういう言い方をするときは、基本的に何を尋ねたところで無駄よ。現見はできれば仲間に引き入れたい対象で、そのための手段として貴方に何かを見せた、という点だけ理解していれば良いということでしょう。……意味ありげな他の言葉たちは、私が常に頭の片隅に置いて答えを模索しておくわ。これまでもずっとそうしてきたし、そうして欲しいからこそわざわざ口に出したのでしょうし」

「さすがは公爵令嬢、俺のことよく判ってるな」

「別に判りたくて判った訳ではないわ。判らないと貴方とはやっていけないだけよ」

 少しだけ嫌そうに言ったアルマニアに、しかしヴィレクセストは一切気にしない様子で彼女に笑いかけてから、さてとと言ってアトルッセを見た。

「それじゃあ、俺らは鍛錬を始めようか、団長殿。できるだけ時間には余裕を持つつもりでいるが、最悪作戦決行の直前まで戻れない可能性もあるから、あとのことは頼むな。ああ、一応公爵令嬢の守護には然るべき措置を取っておくから、その辺は安心してくれ」

 そう言ったヴィレクセストは、名残惜しそうな表情でアルマニアの頬にキスをしようと顔を寄せたが、間髪入れずに突き出された彼女の手に顎を思いっきり跳ねのけられて、ぐえっと蛙が潰れたような声を洩らした。

 そんなヴィレクセストを無視して、アルマニアがアトルッセを見る。

「こんなのだからお馬鹿に見えるかもしれないけれど、ヴィレクセストはとても優秀よ、オートヴェント。そして同時に容赦もないの。……だから、振り落とされないように頑張って」

「……ふん、言われるまでもない」


 賢人襲撃の日まで、あと二十三日。決戦の場に向けて、それぞれの仕込みが始まったのだった。

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