令嬢と攻略作戦 6
「で、次は団長殿の方なんだけどな」
そう言って話を進めようとしたヴィレクセストに向かい、アトルッセが待てと声を上げる。
「俺も関係するのか?」
「はぁ? いや、この計画の要はあんたなんだが」
「なんだと?」
眉根を寄せて言ったアトルッセに、ヴィレクセストはぱちぱちと瞬きをしたあとで、アルマニアとノイゼを見やった。
「……もしかして、まだ団長殿になんも話してねぇの?」
「……そういえばそうね」
「計画を変更する余地がない以上、わざわざ彼の了承を得る必要はないということで、進めやすい順に話をしているのだと思っていました」
「いえ、そこまで酷いことは考えていなかったわ」
ノイゼがさらりと言った言葉に丁寧な突っ込みを入れつつ、アルマニアは改めてアトルッセに向き直り、ヴィレクセストが先駆と界従を片づけている間、残りの賢人の相手を頼みたいという旨を簡潔に述べた。
だが、それに対するアトルッセの返答は当然ながら、無理だの一言だった。
「確かに俺はそれなりに空間魔法を扱えるが、相手は賢人だぞ。それも、一人ではなく三人相手で、その三人が鋭牙と不落と稀手だと言うんだろう? 最悪の組み合わせだ。俺では時間稼ぎにもならん。せめて現見の賢人と昔歳の賢人なら、……いや、それも無理だな。彼らの情報力の前では、俺の行動など全て先読みされるのがオチだ」
至極真っ当な意見に、アルマニアがノイゼを見る。言い出しっぺはお前なんだからお前が説得しろ、と言いたげなその視線を受けて、ノイゼはこほんと咳ばらいをした。
「言いたいことは判るのですが、貴方しかいないんです。界従の賢人に次ぐ空間魔法の使い手である貴方ならば、三人の賢人を倒すことはできなくても、逃げ回って時間を稼ぐことくらいなら可能なのでは?」
ノイゼの言葉に、アトルッセが大きく息を吐き出す。
「……やってやれないことはないが、そんな追いかけっこはごく短時間しか保たない。こちらからの攻撃は不落の防御魔法に阻まれ、万が一何かの拍子に攻撃が通ったとしても稀手の回復魔法でなかったことにされ、なんだぞ。それだけ盤石ならば、鋭牙には時間をかけて魔法を構築するだけの余裕ができ、そうなれば待っているのは超広域型の攻撃魔法だ。お前のところに三人をやらないため、近距離の転移による回避を徹底しなければならない俺に、それを避ける術はない。かといって、超広域攻撃魔法を避けるために長距離の転移を行えば、その隙をついて三人のうちの一人、……恐らくは不落の賢人あたりがお前の方に行ってしまうだろう」
だから無理だと言わんばかりのアトルッセに、ノイゼが押し黙る。仕方がないことではあるのだが、アトルッセにぶつける賢人の組み合わせが最悪なことは事実だ。
だが、言葉を見つけられなくなったノイゼに変わり、ヴィレクセストが口を開いた。
「無茶でもなんでも、やって貰わなくちゃ困る。少なくとも、これが今の公爵令嬢が考え得る最適解であり、実際的外れな策でもないんだ。それなら、俺はそれで成果を上げさせてやらなきゃならない」
真剣な目でアトルッセを見て言った彼は、そこで一度言葉を切って、はーっと息を吐いてから、がしがしと頭を掻いた。
「つっても、今の団長殿じゃあ確かに無理だ。だから、リミットまでの間に、俺の手で賢人たちに通用するようにしてやる」
「……なんだと?」
「言葉通りだよ。団長殿が跳び抜けた空間魔法の才を持ってるのは確かなんだ。だったら、人の域を越えない範囲で、俺が生み出し教えられる空間魔法の全てをあんたに叩き込んでやる。同時に、剣技やら武術やらの方もな。その両方を一定水準まで鍛え上げた上で、然るべき武器を持ちさえすりゃあ、時間稼ぎくらいはこなせるようになるだろうさ」
「……馬鹿な。いくら魔法は才に大きく影響されると言っても、ひと月足らずで三人の賢人を相手取れるほどにまで成長できる筈がない」
アトルッセの言葉に、ノイゼも内心で頷く。
ヴィレクセストならばアトルッセの魔法の力を引き上げることは可能なのかもしれないが、今回の作戦に足るだけの力を得ようと思うなら、少なくとも数年は必要な筈だ。
だが、ヴィレクセストはそんな二人の憂慮を鼻で笑ってみせた。
「俺を誰だと思ってるんだ。才ある人間の能力を短期間で伸ばすことくらい、造作もない」
見栄でもなんでもなく、ただの事実を述べているだけだと言わんばかりのそれに、真っ先に応えたのはアルマニアだった。
「具体的な方法は?」
それは、彼を疑っての問いではない。ただ純粋に手段を問うだけのものだ。それに心地よさを感じながらも、ヴィレクセストはぱちんと指を鳴らして、自分の横の空間に一振りの剣を出現させた。アルマニアが見覚えのあるそれは、中央監獄で魔法を斬ったあの剣だ。
「ヴィレクセスト、それ」
「公爵令嬢は知ってるな? まず手段のひとつとして、この剣を団長殿にやる。あー、これを言うと色々とあれなんだが……、こいつはリッツェリーナ王国が生み出した対魔法剣でな。あんたらザクスハウルの人間が使う魔法を斬って無効化することができる優れものだ。つっても実際のところ、リッツェリーナじゃまだ実用に足るレベルにまでは達してない。この一振りは、リッツェリーナの技術を元に俺が完成させたもんだ。これがありゃ、剣技に優れた人間ならある程度魔法師とやり合える。空間魔法を使う団長殿なら、より効果的に使うことができるだろう。一応現時点じゃあ世界に一つだけだから、それなりに大切に扱かってくれよ」
そう言って放られた剣を反射的に受け取ったアトルッセが、何か言いたげな顔をしてヴィレクセストを見る。それに対し、ヴィレクセストは肩を竦めて返した。
「口にまで出さないのは評価できるな。想像通り、今俺に訊いても無駄だぜ? 俺らが今考えなきゃいけないのは、未来の敵じゃなくて今の敵のことだ」
その言葉に、アトルッセは勿論、彼同様に思うところがあったらしいノイゼも口を開くことは諦めたようだった。それを見て取ってから、ヴィレクセストはアルマニアに視線を向け、口の前で人差し指を立ててみせた。
「もうひとつとっておきの手段があるんだが、それは秘密だ。だが、確実性は約束する。……ま、そこの団長殿にとっちゃあ地獄みてぇな訓練の日々になるだろうってことだけ言っとくか」
笑って言われた言葉に対し、アルマニアは僅かに不満そうな顔をしたものの、彼が多くを語らないのは今に始まったことではないので、それ以上問い詰めるような真似はしなかった。方法は知らないが、彼がやると言ったからにはやるのだろう。
同じくノイゼも、ヴィレクセストの特殊性は重々承知しているようで、アルマニアに倣って彼の言葉を信頼しようと決める。
ただ一人、アトルッセだけが何か小さな引っ掛かりを覚えたかのように僅かに眉根を寄せ、そして直後、彼は目を瞠って口を開こうとした。だが、ヴィレクセストの鋭い眼光がそれを制する。
ヴィレクセストがアトルッセにその視線を向けたのはほんの一瞬のことだったが、口にしたら殺すと言わんばかりのそれに、アトルッセの背を冷たい汗が伝い、彼は本能的な恐怖から、己が発するべき言葉を見失った。
「オートヴェント?」
「…………いや、何でもない」
訝し気な顔をしたアルマニアにそう返したアトルッセが、気づかれないようにそっと息を吐き出す。魔法師団を率いる身として、敵意や殺気の類にはそれなりに慣れている筈の彼だが、ヴィレクセストが発したものはこれまでの経験など意味がないほどに異質なものだった。
(……それほどまでに、己の主には知られたくないのか)
昨夜見た光景を思い出しながら、アトルッセは胸の内でそう呟いた。




