令嬢と攻略作戦 5
「一応、これが北の監獄付近の地図です。と言っても、監獄への出入り口が首都にしかないことを考えると、この地図の出番はないのではないかと思いますが」
そう言ったノイゼに、いや、とヴィレクセストが口を挟んだ。
「空間魔法で切り取られてるっつっても、そこに在るのは事実なんだ。だったら、賢人を分断する先は、北の監獄からそう遠くない場所にする方が無難っつーか、より人の域に収まる範囲の魔法で対応できる」
「待ってくださいヴィ殿。その言い方では、監獄内にいる賢人を空間魔法で監獄外へ飛ばすと言っているように聞こえますが」
「ああ、そう言ってる」
さらりと返ってきた答えに、ノイゼが次の言葉に迷って口を閉じる。その代わりに、今度はアルマニアが口を開いた。
「賢人が全員揃っている場所に貴方が出向けるなら、そもそも分断する必要はないのではなくて? 貴方の力に頼りきりになるのではなくて、ある程度は自分たちでどうにかしろ、という意図があるなら判るけれど」
倒すべき敵が一堂に会しているのであれば、全てをヴィレクセスト一人で片づけてしまえば良い話だろう、と、そういう意味で言ったアルマニアに対し、しかしヴィレクセストは首を横に振った。
「いや、別にそういう意図がある訳じゃねぇんだが……。魔法城にある議会の場よりは強度としてはマシだろうが、監獄にも襲撃に備えた事前設置型の空間魔法があるようでな。俺の空間魔法の発動が遅れれば、敵に先手を取られて意図しない組み合わせで飛ばされる可能性が高い。だから、当初の予定通り分断策でいく方が無難だ」
そう言ったヴィレクセストに、アトルッセが静かに声を発した。
「五つの監獄は全て、正規の出入り口以外は空間魔法によって外界と遮断されている。お前たちが通って来たという迷路のような空間よりはマシだろうが、それでも監獄から外へ出るような空間魔法を使えるとは思えん。実際お前も、迷路内の空間の歪みのせいで、内部間での空間転移すら上手くできなかったんだろう?」
「オートヴェントの言う通りだわ。分断策が必要なのは理解したけれど、だったらここは、監獄内でできるだけ遠くにバラけるようにする程度に留めておくのが無難なのではなくて?」
至極まっとうなその意見に、しかしヴィレクセストは首を横に振った。
「監獄内程度の距離の取り方じゃあ駄目だ。ほんの少しミスるだけで、簡単に合流されちまう」
「けれど、空間魔法に長けたオートヴェントが、監獄の外に転移するのは無理だと言っているのよ?」
「そりゃ初見じゃ無理だろうさ。だが、俺は既にあの迷路と中央監獄を見てる」
そう言ったヴィレクセストが、不敵な笑みを浮かべた。
「あれだけ見りゃあ、この国の空間魔法の最高峰は大体把握できた。なら、それに合わせて事前に空間魔法を組んでいきゃあいい」
「事前に組むですって?」
「ああ。ようは、あの迷路に仕掛けられていた設置型の魔法の簡易版みてぇなもんさ。臨機応変に対応できるよう、様々な場面を織り込んだ上で多岐に渡る分岐構造から成る空間魔法を構築し、それを事前にトリガーに設定しておく。あとは、賢人に遭遇した瞬間に場面を自動判定して分岐を決定、実行するようにしときゃあ良い。念のため、こっちの空間魔法発動時に監獄の邪魔な魔法を自動逆算するような魔法もトリガーに設定すれば、問題なく外部への転送はできる」
すらすらとそう並べ立てたヴィレクセストに、アトルッセが待てと声を上げる。
「おおまかな理論というか、言いたいことは判ったが、そもそもトリガーにセットした魔法の維持にはかなりの集中力が必要だぞ。お前の言うその魔法、理論構造や演算式などはまるで想像がつかないが、少なくともこちらの想像を遥かに超えるほどに難解であるのは確実だろう。ならば、賢人たちに遭遇する直前に瞬時に構築できるようなものではないと思うが」
「あー、まあその辺は人の域の定義を大目に見て貰うしかねぇな。魔法の理論や演算式は、少なくとも解きほぐしたものを見せりゃあ、あんたら人間でも天才ならギリ理解できて、めちゃくちゃ頑張れば実行できないこともない程度には人間業だ。それをトリガーにセットして維持する、ってとこはどう足掻いても人外の域になっちまうが、これは必要な措置ってことにしとこう」
「……つまり、お前ならばトリガー状態での維持が可能だと?」
「そりゃあもう余裕よ余裕」
あっさりと返ってきた答えに、アトルッセは思わず低く唸り、ノイゼは気持ちを落ち着けるように息を吐き出した。
知ってはいたが、自分たちの常識が全く通じない、とでも思ったのだろう。それを察したアルマニアは、自分はもう慣れてしまったが、ヴィレクセストに会ってまだ日が浅い彼らには少々堪えるものがあるだろうな、と思った。想定通りに話が進まないというのは、割と疲れるものなのだ。
「良いわヴィレクセスト、賢人の分断は貴方に一任します。となると次は、分断後の各々の行動ね。現時点で貴方が考えている組み合わせは?」
「理想を言っても仕方ねぇから、何があってもこれだけは保障するってラインで話すぞ。まず、幻夢の兄さんには予定通り現見と昔歳を当てる。戦闘において幻惑魔法の効果を最大限に利用するためには、遮へい物が多い場所が良いな。そう考えると、転移先は北の監獄からそれなりに離れた、ここ、このカロンの森なんかはどうだ?」
ヴィレクセストの言葉に、ノイゼがこくりと頷きを返す。
「そうですね、この森なら背の高い木々が密集しているので、私の魔法との相性は良いでしょう」
「じゃあ決まりだ。俺は送ってやるところまでしかできねぇから、あとはあんた次第だがな。……で、次に俺の担当だが、空間魔法の界従に加えて先駆の賢人も任せて貰いたい」
「待って。最初の話では、貴方に確定で任せるのは界従の賢人だけだった筈だわ。それだってどれだけ上手く事が運ぶか判らなかったのに、更に条件を加える理由は何?」
すかさず指摘したアルマニアに、ヴィレクセストがあーと言って頭を掻く。
「現段階じゃあ詳しい話はできねぇが、俺の方の事情が関わってる。……そうだなぁ、色んな情報を元に考えるに、大賢人エナイジア・ガンプルースの生まれ変わりだとかいうのは先駆の賢人にくっついてる可能性が高いだろ? 今んとこ可能性は限りなく低いとは思ってるんだが、万が一その生まれ変わりが俺の方のお客さんだった場合、対処できるのが俺しかいねぇんだよ」
アルマニア以外には判らない、そしてアルマニアにもなんとなくのことしか察せないような答えだったが、それを受けた彼女は一度瞬きをしたあとで、そう、と返した。
「必須であるということは理解したわ。でも、ノイゼと貴方の分とを合わせると、相手の立ち位置に関わらず、四人の賢人を望む場所に確実に飛ばす必要があることになるのよ? 実行できるの?」
「正直に言うと、かなりきつい。だから、少し予定を変更しよう。飛ばすのは七人全員じゃなく五人だけにして、界従と先駆はその場に留めて監獄内で俺が処理する。……本音を言うなら、界従と先駆に加えてもう一人俺がどうにかしてやりたかったところなんだが、界従と先駆をその場に留めるので手一杯になる可能性があってな」
「珍しく自信がなさそうなことを言う上に、歯切れも悪いわね」
眉根を寄せて言ったアルマニアに、ヴィレクセストが少しだけ困ったような顔をした。
「どうも大賢人の生まれ変わりがネックみたいでな、立てられる予測にかなりブレがあるんだ。仮に俺が三人受け持ったとして、もしも大賢人の知恵を借りた界従が面倒臭ぇ対策をしていたら、俺は界従と先駆を留めるだけで手一杯になり、その隙に残りの一人が幻夢の兄さんのとこへ助っ人に飛ばされる、ってこともあり得る」
「……貴方を前に、わざわざ一人離脱させるような真似をするかしら?」
「逆だ。俺が相手だからこそ、だよ。二手三手交えりゃ、俺を相手に二人も三人も関係ねぇってことはすぐに理解するだろうからな」
三人でも手に負えないような相手ならば、ヴィレクセストの抑え込みが弱い一人を逃がして他の戦場に向かわせるだろうと、そういう話だ。
それを聞いたアルマニアは、難しい顔をして小さく唸った。
「なるほど、それでその一人がノイゼの方に行ったら、計画が台無しね」
「そういうこと。だから、最初から残りの三人は幻夢の兄さんとは真反対の方に飛ばしちまうのが良い」
「そうなると、全賢人を計画通りの配置に留める必要が出てくる訳ね」
「ああ。だからこそ、俺は転移をせずに監獄に残る。この条件で俺らも飛ばすってなるとかなりキツくなるからな」
その言葉に、アルマニアは一瞬だけ躊躇うような間を置いたあとで、ヴィレクセストを見て口を開いた。
「大丈夫なの?」
計画の失敗を危惧する言葉ではない。それを違わず読み取ったからこそ、ヴィレクセストは少しだけ困ったような、しかし柔らかな喜色と愛しさの籠った目で彼女を見た。
「甘いぞ、公爵令嬢。が、まあ悪い気はしねぇな。……あー、判った判った。茶化して悪かった。けど、そんなに心配することはねぇんだよ。俺なら敵のホームでも問題なく戦えるからこその選択だ」
そう微笑んでアルマニアの頭を優しくひと撫でしたヴィレクセストは、彼女に振り払われる前に自ら手を離し、次いでアトルッセへと視線を向けた。




