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令嬢と攻略作戦 4

「仲直りをして貰ったところで、本題を進めましょう。……ノイゼ、秘匿ゲートの存在によって賢人たちが隠れて移動している可能性があることは判ったわ。けれど、だからと言ってやっぱり全員一緒に行動しているとは限らないのではなくて? 以前、賢人たちが全員揃って行動することなど滅多にない、と言ったのは貴方でしょう?」

「仰る通りです。……ですが、賢人だった者として思うのです。全員が共に行動する必要がないのに、わざわざ城を開けるタイミングを揃える必要があるのかと」

「……同じ時に同じ場所に全員が揃う必要があるからこそ、全ての賢人が城を空けているという状況が成立する、ということね?」

 アルマニアの言葉にノイゼが頷くと同時に、顎に手を当てて何かを考えていたアトルッセが、ぽつりと声を零す。

「……秘術の実験絡みか」

 その言葉に、アルマニアは僅かに目を開いてノイゼを見た。その視線の先で、ノイゼがこくりと頷く。

「恐らくは。まだ確証は持てていませんが、今の賢人たちが揃って出向かなければならない場所など、実験場以外には思い浮かびません。……ですから、アルマニア嬢からの情報と合わせて考えるのであれば、彼らは月に一度、五つの監獄にある実験場のどこか、もしくは全てに足を運んでいる可能性が高い。そこを襲撃することができれば、私たちが思い描く賢人の分断が可能になります」

 ノイゼの言葉に、アルマニアは頭の中にザクスハウル国全土の地図を思い浮かべた。

(中央監獄以外の監獄は、それぞれ東西南北に存在する大きな湖の中央に浮かぶ人工島に建つ塔だったはず。互いに遠く離れているから、全てに足を向けることは難しいけれど、どれかひとつなら直接監獄の近くまで行くことは可能だわ。……問題は、中央監獄並みに防衛措置が成されているそれらに、外部からの干渉ができるかどうかね。それに加えて、賢人たちが次にいつどの監獄に行くのかを知ることができなければ、どうにもならない)

 なかなか前途多難ね、と内心で呟いたアルマニアが、ノイゼを見る。

「まず一つ、中央監獄は外部からの干渉を一切受け付けず、中に入るには正規のルートを通るしかなかった訳だけれど、それは他の監獄でも同じなのかしら?」

「以前であれば、中央監獄以外はそこまで厳重な防衛措置は施されておらず、例えばアトルッセほどの空間魔法の使い手であれば侵入することもできたと思うのですが……。……貴女の仰る通り全ての監獄が繋がっているのだとしたら、中央監獄以外も賢人たちが定めるルート外からの侵入は困難であると考えた方が良いでしょう」

「……そう。となると、どの監獄に行くにしても、結局はこの中央地区にある入口から飛ぶしかないのね。でも、賢人たちも同様のルートを通るのだから、彼らの行動を正確に把握できなければ、監獄の前段階であるあの迷路のような空間で彼らに遭遇してしまう可能性があるわ」

 そう言ったアルマニアが、難しい顔をする。

「……正規ルートで最初に飛ばされる場所は空間が捻じ曲げられていて、そのせいで空間魔法が上手く使えないとヴィレクセストが言っていたわ。相手も同じ条件なら心配はいらないけれど、賢人がそんな間抜けである筈がない。恐らくその状況にあっても彼らだけは例外的に空間魔法が扱えるような措置がされていると考えるのが妥当よ。そしてその場合、私たちが最も忌避する、こちらの苦手な組み合わせになるような分断が成されてしまう。そうなったらもう勝ち目がないわ」

「ええ、それを避けるためには、なんとしてでも賢人たちの行動の詳細を事前に知る必要が出てきます」

「だが、俺たちに残されている期限は長くてもひと月しかない。その間に賢人たちがいつどの監獄へ行くのか、正確に知ることができるか? もしかすると、それが明日かもしれないんだろう?」

 アトルッセの言葉に、アルマニアとノイゼが押し黙る。

 策として成り立ちさえすれば、現状これ以上のものはないのだが、いかんせん満たさなければいけない条件が厳しすぎるのだ。やはりここは、危険を承知である程度城内での戦闘を行うことを視野に入れた方が良いのではないかと、アルマニアがそう考えたときだった。

「よー、難しい顔してる御三方に朗報を運びにやってきたぜ」

 場の空気をぶち壊すような声が背後から聞こえ、アルマニアはばっと振り返った。

「ヴィレクセスト!? ど、どこから湧いたのよ!?」

「湧いたって公爵令嬢、人を害虫みたいに言わないでくれよ……」

「場合によっては害虫よりも性質が悪いと思うけれど……。って、そんなことはどうでも良いのよ。何を運びに来たですって?」

 どうでも良い扱いされたヴィレクセストは判りやすくしょんぼりとした顔をしたが、それでも彼女の問いに対してはきちんと答えを返す。

「朗報だよ、朗報」

「……一体この短時間で何をしてきたのよ、貴方」

 訝し気な顔でそう言ったアルマニアに、ヴィレクセストがにやりと笑う。

「ちょっくら情報の取得とその裏付けをしにな」

 そう言ったヴィレクセストはアルマニアの横に腰を下ろし、長い脚を優雅に組みつつ口を開いた。

「今日から数えて二十三日後の、月が頂点に昇る頃合いだ。場所は、北の監獄シャウヴェル。時間の方はこれから変わる可能性もあるが、日にちはまず動かない。ま、正確なタイミングについては当日の俺が教えてやるよ」

 短く簡潔なそれに、アルマニアたちが目を剥いてヴィレクセストを見る。だがそんな視線を気にも留めず、彼は言葉を続けた。

「先駆の賢人ネリールク・ネファチェは、基本的には魔法城内の実験室で論理構築と仮想実験を繰り返し、そこで得た成果を元に、月に一度監獄の実験場で大規模な実験を行っている。で、まあ実験っていうくらいだから、結構失敗と隣り合わせなんだなこれが。実験体が暴走して大惨事、なんてことになったら大問題だってことで、この実験には必ず賢人全員が立ち会うことになっている。ま、これは建前で、いよいよ大詰めになりつつある実験の進捗を全員で確認したいって方がでかいんじゃねぇかと俺は思うけどな。ああ、そこの元賢人がこの辺の事情を知らねぇのは無理ねぇぞ。こりゃあんたが賢人を辞めてから、実験の進度に合わせてできた習慣だからな。……と、ひとまず以上なんだが、朗報だったろ?」

 小首を傾げて言ったヴィレクセストに、アルマニアは勿論のこと、アトルッセもノイゼも呆気にとられたような顔をしてヴィレクセストを見つめた。

 短くはない沈黙が落ちる中、真っ先に立ち直ったのはやはりアルマニアだった。

「ど、どういうことなのヴィレクセスト!」

 彼女らしくない不明瞭な問いに、ヴィレクセストが一度瞬いたあとで、あーと言った。

「何に対しての問いだよそりゃあ、と言いたいとこだが、あんたが訊きたいことは判る。そうだなぁ、まあ投資みてぇなもんだよ。あんたらなら月に一度賢人が実験場に行っているって事実に辿り着くだろうと見越した上で、先んじて足りない部分を補っといた訳だ。俺の見立てが甘けりゃ徒労に終わる行為だが、これが徒労になっちまうようじゃ、どのみち賢人を倒すなんて無理だしな」

「……必要以上のことはしないのではなかったの?」

「しねぇよ。だからつまり、これは必要不可欠ってことさ。実際、今の情報なしで戦略練るのはちょっとキツイだろ?」

「……それに加えて、私たちの力では期限までに今貴方が示した情報を手に入れることはできないと、そういうことね」

「ご明察」

 そう言って口角を上げた彼に、アルマニアが苦々しい表情を浮かべる。その心中を察したヴィレクセストは、そんな彼女の頭をぽんぽんと撫でた。

「仕方ないだろー。あんたの駒はまだまだ不足してる。腕の良い諜報役の一人でもいりゃあ良かったんだろうが、そうじゃない以上、足りないピースは俺が埋めるさ」

「……判っているわ。それでも悔しいものは悔しいのよ」

 隠しもせずにそう吐露したアルマニアに、ヴィレクセストは呆気にとられたような顔をしてから、どうしようもなく滲み出てしまう愛おしさを含んだ笑みを浮かべた。

「良いな、そういうの。特別って感じがする。けど、どうせ見せてくれるなら、二人きりのときにしてくれないか? 二人きりのときだったら、もっともっと甘えてくれて良いから」

 喜色と甘さが織り交ざった柔い声がそう言い、ヴィレクセストの指先がアルマニアの金糸のような髪を絡めとってそこにキスを落とした。

 彼からすればこの上ない愛情を込めたその行為に、しかしアルマニアが向けたのは、気色悪いという感情が前面に押し出された絶対零度の視線だった。

「…………有力な助言には、本当に感謝しているのよ。だって、それがなかったら貴方のことを殴り飛ばしているもの」

「ええ……、この甘ーい空気でそういうこと言っちゃうー……?」

「出せる情報がそれだけなら、ひとまず貴方は用なしだわ。黙っていて」

 ヴィレクセストの言葉を無視して言ったアルマニアが、しっしっと虫でも追い払うような仕草をする。それから向かいに座る二人へと視線を戻した彼女は、元賢人と元団長から向けられる視線に嫌そうな顔をした。

「……何かしら?」

「…………確認なんだが、お前とそこの軽薄な男の関係は主従で良いんだよな?」

 間違いなくアルマニアに対して投げかけられたアトルッセの問いに、アルマニアはすかさず肯定しようとしたが、それよりもヴィレクセストが口を開く方が早かった。

「いやいやまあ主従でもあるんだが、それ以前に公爵令嬢は俺のお嫁さんなんだって。そこんとこ間違えないで欲しいよなー」

「頭がおかしい生き物の戯言よ。気にしないでちょうだい」

「酷くねぇか!? 誓いの指輪だって渡しただろ!?」

「私の王道に力を貸すという契約の証として貰っておく、と言った筈だわ」

「俺だって婚姻の証のつもりで渡してるって言ったんだが!?」

 どうやらヴィレクセストにとってここは譲れない部分であるらしく、めげずに食い下がり続ける彼に、アルマニアは思いっきり嫌そうな顔をしてみせた。それに対し、ヴィレクセストがわざとらしい溜息を吐き出す。

「そうやっていっつもつれないんだもんなぁ。幻の中では、あんなに俺のこと大好、」

「うるさい黙って!!」

 叫んだアルマニアが、皆まで言わせまいと思いっきりヴィレクセストの口を叩き、平手をまともに食らったヴィレクセストは、痛みに呻きながら強制的に口を閉ざすこととなってしまった。

 そんなやり取りを見ていたというか見させられたノイゼは、耳を赤くしているアルマニアと、何故か少し満足気な様子のヴィレクセストとを交互に見てから、そっと口を開いた。

「……ええと、アルマニア嬢、もう少し手心を加えてあげても良いのでは?」

「優しくしたらつけ上がるだから嫌。というかそんなことはどうでも良いでしょう。それより、ヴィレクセストのお陰で場所とタイミングについてはクリアできそうなのだし、ここからはより具体的な策を練るべきだわ」

 そう言ったアルマニアに、ノイゼは内心でヴィレクセストに少し同情しつつ、近くにいたレジスタンスから受け取った北の監獄周辺の地図を卓上に広げた。

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