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令嬢と攻略作戦 3

 ソファに腰かけたアルマニアが、テーブルを挟んで向かいに座るノイゼとアトルッセに目を向け、まずは地下監獄での出来事を掻い摘んで説明した。特に中央監獄を含む五つの監獄全てが空間魔法で接続されている可能性が非常に高い点などは、その措置が成される前に追われる身となったノイゼは勿論のこと、牢に繋がれていたアトルッセも知らない情報だろう。

 そういった重要な情報に洩れがないようにまとめつつ話したアルマニアは、最後に最も重要なことを言うべく口を開いた。

「オートヴェントを監獄から連れ出す上で、彼が消えたことを悟られないようにヴィレクセストが身代わりを置いてくれたのだけれど、それがひと月程度しか保たないの。だから、作戦を立てて実行に移すまでのリミットは、おおよそひと月よ」

 決して長いとは言えないどころか、これから成そうとしていることを考えれば短い時間だが、そのリミットを超えてしまえば、オートヴェントのことが賢人たちにバレてしまう。そうすれば、芋づる式にノイゼの生存が知られてしまう可能性もあるだろう。そういった危惧がある以上、アルマニアたちは絶対にひと月で片をつけなければならないのだ。

 そんな彼女の言葉に、ノイゼは厳しい表情を浮かべつつも頷いた。

「ひと月、ですか。確かに準備期間としては短いですが、それでも想定よりは長いです。最悪、明日にでも賢人たちを襲撃すると言われるかとも思っていたので。……それだけの期間があるなら、私が考えていた策がある程度有効かもしれません。一度それを聞いていただいてもよろしいでしょうか?」

「勿論よ。というより、ここからの詳細な作戦に関しては、貴方とオートヴェントに多くを任せようと思っているの」

「そうなのですか?」

 少し驚いたような声で問うてきたノイゼに、アルマニアが頷く。

「一応私もひと通りの集団戦術や軍の指揮の仕方などを学んではいるけれど、所詮は机上の理論だし、そもそも私には実践経験がまるでないわ。そんな私が立てた作戦が最良のものになるとは思えない。だから、貴方やオートヴェントの案をベースに、より良い策へと昇華できればと考えているの。いかがかしら?」

「成程、確かに私は実際に国を統率する側でしたし、アトルッセに至っては軍のトップでしたからね。そういうことなら、私がこれからお話する策に対してアトルッセとアルマニア嬢の意見を窺う、という形で進めましょう」

 そう言い置いてから、ノイゼは卓上に大きな地図を広げた。

「これはザクスハウル国の首都ゼルリナの地図です。この中央にあるのが賢人が住んでいる魔法城で、基本的に賢人は皆この城に寝泊まりしているのですが……。この城で戦闘をするのは、できれば避けたいところです。城の内部は、賢人たちのホームですからね。彼らの力を向上させるような補助魔法に満ちているため、どうしても不利な戦闘を強いられることになるでしょう。ですので、叩くのであれば、やはり賢人たちが城の外へ出ているときしかないかと」

「……賢人って、どれくらいの頻度で外出しているものなの?」

「賢人によってまちまちですね。攻撃の鋭牙、防御の不落、空間の界従(カイジュ)あたりは、少なくとも三日に一度は城の外に出ていますし、界従の賢人の空間魔法を使って国内の至る所の視察を行ったりもしています。それに次いで外に出ることが多いのが、治癒の稀手でしょうか。逆に、情報魔法を扱う現見(うつしみ)昔歳(せきさい)はあまり外に出ず、城の中にいることが多いように思えます。まあ彼らの場合、その場から動かずに様々な情報を得ることができるので、わざわざ現地に出向く必要がないということなのでしょう。そして、賢人たちの中で最も外に顔を見せないのが、創造魔法を得手とする先駆の賢人です。彼の本分は魔法の研究開発ですからね。基本的には城内にある大規模な研究室の中にこもりっきりで、私も会議の場以外では滅多に会うことがありませんでした」

「……そう。攻撃と防御と空間、それから治癒の賢人はなんとか外で叩くことができるかもしれないけれど、残りはかなり難しそうね。特に、ノイゼに叩いて欲しい現見の賢人と昔歳の賢人が外に出てこないのはネックだわ」

 眉を顰めて言ったアルマニアに、ノイゼが頷きを返す。

「そもそも賢人たちが全員城を空けることなどないので、全ての賢人と城の外で戦うというのはまず不可能なんです。絶対に、数人の賢人とは城内で戦うことになってしまう。……と、私もつい先日まで思っていました」

「……どういうこと?」

「噂程度の話ではあるのですが、どうやら最近の賢人たちは、月に一度程度の頻度で、全員同じタイミングで城の外に出ているようなのです」

「同じタイミングで?」

 アルマニアが思わず訊き返せば、向かいで黙ったまま話を聞いていたアトルッセも訝し気に眉を上げた。それを見たアルマニアは確信する。全ての賢人が城を留守にするというのは、それだけ稀有な事態なのだ。

 何事か言いたげな顔でノイゼを見たアトルッセに、しかしノイゼは視線だけで彼を制してから、アルマニアに向かってこくりと頷きを返した。

「ええ、同じタイミングで、です」

「……でも、噂程度の話なのよね。それに、不在のタイミングが同じなだけじゃ、誰がどこにいるのかまでは判らないわ。同じタイミングで、というのは気になるけれど、だからといって全員が揃って同じ場所にいるというのは少しできすぎな気がするし、そもそも賢人たちが全員揃って動くとなると、相当目立つはずよ。幻夢の賢人である貴方がいないことを考えると、どんなに気をつけていても噂では済まないのではないかしら」

「ええ、そう考えるのが自然でしょうね。……ですが、私個人としては、賢人全員が共に行動している可能性は高いと踏んでいます」

「理由は?」

 彼女の問いに、ノイゼはまるで躊躇うように数拍ほど沈黙したあとで、卓上に広がっている地図のとある一点に指先を置いた。

「魔法城の裏手に位置するこの場所に、空間魔法によって作られたゲートが存在します。代々の空間魔法を司る賢人に許可された者だけが潜ることのできるゲートで、現在は八賢人たちだけがその対象ですね。……界従の賢人の立ち合いのもとでこれを使用し、全員で目的の場所へ向かっているとすれば、よほど下手なことをしない限り、誰にも悟られずに移動することが可能です」

「待てノイゼ。そんなゲートの存在、俺ですら聞いたことがない」

 思わず口を挟んだアトルッセに、ノイゼが彼へと視線を向けた。

「それはそうでしょう。このゲートは代々の賢人のみに伝えられる、有事の際の緊急ゲートです。たとえ魔法師団の団長であろうと、八賢人の秘匿を知ることはできませんよ」

「お前、それを部外者であるこの女の前で洩らしたのか!?」

 非難が籠ったその声に、ノイゼが強い目でアトルッセを睨んだ。

「アトルッセ、今の言葉は撤回してください。アルマニア嬢は部外者などではありません。彼女は私たちと共に歩むため、自身が持つ力を示し、私たちに益をもたらしてくれた。そして私たちは、それを受けて心からの敬意を持って彼女を迎え入れたのです」

「……この女の件に関する部外者は俺の方だと、そう言いたい訳か?」

 険を増した声で低く言ったアトルッセに、しかしノイゼは怯むことなく彼を睨み据えたままでいる。

 互いが次に発する言葉次第では暴も辞さないような、そんな空気が満ちていく中、小さく息を吐いたアルマニアがぱんぱんと両手を叩いた。

「喧嘩はそこまでになさい」

 僅かな呆れが滲むものの、それでも凛とした声が、張り詰めた空気を散らすようにして震わせた。

「久々の再会のせいなのかは判らないけれど、貴方たち二人とも、少し冷静さを欠いているように思うわ」

 容赦のない言葉に、アトルッセが眉根を寄せてアルマニアを睨んだが、彼女はそれをあしらうようにひらひらと手を振ってから、ノイゼに視線をやった。

「まずノイゼ。私を認めてくれるのも庇ってくれるのも嬉しいのだけれど、少し盲目がすぎるところがあるわ。勿論私は心からこの国の未来を思って行動しているつもりだし、その過程として貴方たちの力になりたいと思っている。でも、完全な信を得るにはまだまだ足りないはず。抱くべき躊躇は抱いていて、その上で状況を鑑みて話すべきだと判断したことくらいは判っているけれど、それだけでは私に対する警戒が十分であるとは言い難いでしょうね。だから、国の重要な秘匿事項を私に晒したことにオートヴェントが怒るのは、無理もないことだと思う」

「しかしアルマニア嬢、」

「まあ待ちなさい。話はまだ終わっていないわ。……次はオートヴェント、貴方よ」

 そう言って今度はアトルッセの方を向いたアルマニアが、未だ険しい表情を浮かべている彼を見て肩を竦めてみせた。

「貴方は貴方で、少し私への不信感が先走りすぎている節があるわ。私を疑うのは結構だけれど、もう少しノイゼたちレジスタンスの意思も汲んであげたらどうかしら。確かに貴方の指摘は正しいものだけれど、もう少し柔らかい言い方をすべきだわ。自分たちで考えて判断したことを、今さっき仲間に加わったばかりの相手に責めるように否定されたら、誰だってムッとするものよ。正しいことを正しく言えば常に正解である、という訳ではないことくらい、貴方だって判っているでしょう?」

 そう言い終えたアルマニアが、ノイゼとアトルッセの顔を交互に見る。責めるでもなく笑うでもない、ただ二人の次の言葉や行動を見定めようという静かな視線に、彼女の言葉を咀嚼した二人は、ほぼ同時に小さく息を吐いた。

「……すみませんでした、アトルッセ。アルマニア嬢の仰る通り、積もり積もった貴方への不満やら恨みやらが少し噴出してしまったようです」

 申し訳なさそうな口調の割に若干の棘を感じる言葉選びに、アトルッセは思わず内心で積もり積もっているのか、と呟いてしまったが、実際に声に出すことはせず、代わりの言葉を音に乗せた。

「いや、俺こそすまなかった。良く事情を知りもしない身で、軽率だった」

 そう言って頭を下げたアトルッセに、ノイゼが小さく微笑んで、良いんですよ、と返す。

 それを見届けたアルマニアは、さてと言って再び手を叩いた。

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