episode7-9 〜はぐれ天使のシナリオ〜
-----------------------------
episode7-1.シネオールの旅立ち
2010年12月冬休み
リンが大学の2回でシネオールの大学最初の冬休みだった。内部進学でシネオールと一緒に過ごす機会が多くなった。怖いもの見たさの興味本位から お互いのタイプと傾向を探し 交流を深めた。自分達をルウのように具有族と呼んでいた。その特殊な能力は一般的には忌み嫌われていたからだ。だから秘密の共有がより濃密なものになる。
その日は 一緒に映画インセプションを借りてリンの部屋で一緒に観た。
「又もや難易度の高い映画だったね。映像凄い!圧倒された」
「ルウは映画を教材に説明するんだ」(リン)
「例えば?」
「マトリックスとか」(リン)
「何作も出ているよね シリーズで」
「うん 難解な内容」(リン)
「ルウは何て?」
「言い得ているって」(リン)
「まさか?」
「ずっと同じパラレルにいるとわからないって」(リン)
「気付きたくない人だっているよ」
「キアヌ リーブスの役では コンスタンチンの方が 使命に近似値って言うんだ」(リン)
「使命? キリスト教じゃないのに?」
「うちは無宗教 映画を参考にして説明するだけ 真実は僅かだって」(リン)
「ふーん」
ルウは今日から京都に戻っていて留守だ。
シネオールは普段モデルのバイトで忙しく
リンは来年の春から国家公務員試験の予備校に通うので忙しくなる。
シネオールとは意外と一緒に過ごせない。
「シネオール 将来を決めようと思うだから国家試験は挑戦」(リン)
「こうして ご飯とか甘いものとか 一緒に食せて何より」
「両親達は解散したけど ルウが京都で買って来るご飯のお供がうちの定番」(リン)
「家 綺麗にしている いいね」
「ルウはあちこちだろ?年に数回 プロのクリーナーに依頼している」(リン)
「そうなんだ あのね 相談したかったけど 決めた事がある」
「何?」(リン)
「日本の大学は 休学して アメリカに留学して映像の学部に入りなおす」
「いつから?」(リン)
「3月に出発して半年は語学やって10月入学に備える」
「超遠距離だ アメリカの何処?」(リン)
「ロサンジェルス それとこれ以上リンを好きになるのが怖い」
「怖いって?」(リン)
「本当に一緒にいたいよ 助けてもらったし 守ってもらえるし」
シネオールはその経緯を丁寧に説明した。
「モデル業界とかその先の芸能界とか誘われたが お飾りや駒で終わる事が多い 否定をするわけじゃ無い。作り手に携わりたい ただの素材ではなく。
何か芸能界は不穏すぎて向かない。人は裏切るが技量は裏切らない。それが理由。」
「入って見ないと わからない世界だな でも何故 海外なんだ?」(リン)
「土壌を広げソースを豊かにしたい」
ケーキ皿とお茶のカップの洗い物を始めたリン。
「僕は一緒にいたいよ。だけど僕の志望も外務省の職員 極めて地味」(リン)
「うん だからWスクールだね」
「留学で映像?」(リン)
「うん 前から興味があった。好きな興味のある事で勝負したい」
「つまり映像の作り手になりたいと?」(リン)
「とりあえず学んでみる なりたい自分になった僕に惚れて欲しい」
「怖くなくなって なりたい自分になっても 好きでいてくれる?」(リン)
「もちろんだ 離れることで試される」
それからピアノをリンが贈る曲と言って ポツリポツリと弾き始めた。
シネオールが横に座り連弾をはじめた。冬を迎えるこの時期 きっと祝福された事だろう。人生の船出を繰り返す。いつか否 いつもこうして寄り添っていたいのに羅針盤ばかり見つめている。
「シネオール いい?」
「いいよ リン」
本当に鼻先が触れるだけの軽いkissだった。リンは(怖い)の意味がわかった気がした。
やはり怖かったのだ。その未知なる先が。
惚れていたのに振られた訳ではないが 傷にはならないが 複雑だった。
冬はイベントが続く 最後にバレンタインにチョコを交換した。
リンは 悲しすぎるので成田には見送りに行かなかった。
「離れていても同じ月を見よう」
「うん」
その3月の初めシネオールはロスに旅立った。今思えば良いタイミングだった。
7-2.信じられない映像
2011年3月11日東日本大震災 リンは予備校のある高層ビルで被災した。
屋外に誘導され帰宅困難者となり自宅まで歩いて帰った。
いつもなら電車で30分程度が混雑で徒歩2時間近くかかった。
ようやく皆に LINEを返せた。
ルウは上海 シネオールはロス 母のアザミは大磯 父は依然 所在不明だが安否だけは確かめてきた。
その夜 リンは自宅で眠れない夜を迎えた。覚醒すると言うのだろうか。
頭痛がして 耳鳴りは止まず 閉じた瞼の裏で 奇妙な抽象図形が動く 塩で清めた白妙を頭に巻き 順番に巻き直した。目を塞ぎ 耳を覆い 喉にもずらし なんとか眠りについた。
明け方 落ち着いたので部屋を掃除し 結界を張り直した。方陣は適切な基本型にし 瞑想した。自分を成立させるのがやっとだった。
脳内がどんどん画像情報を送ってくる。声を拾う。
これは内なる声か?これは求めた画像か?
何の誰の記憶か?わけがわからない。エネルギーが飛び交いすぎる。
それよりも衝撃的だったのは 現実の津波と原発事故の映像だった。
もう見るに耐えない。海の境界線がなくなっていた。そして原発事故は想定外の崩壊だった。
3日3晩 苦しんだ。
母のアザミが連絡してくる
「大磯に避難なさい」
「余震が続くかも」とリンは答えた。
ルウが京都に帰国した。
「京都に疎開してくるんだ」
「そこまで移動できるかどうか」と返した。
しかし 東京にいても仕方ないので 大磯に寄ってから 京都に向かった。
大磯で母のアザミはオロオロしていたが 大磯は都内より格段マシだった。
「大丈夫だよ ルウに誘われた京都いってくる。」
「そう その方が 気が晴れるわね 安全にね」
と見送ってくれた。
一週間後 京都でルウと合流出来た。
「落ち着いたか?」
「ずっとだるくて眠くて 絶不調 こんなの初めて」
「動けるか?」
「うん 移動が休養になった」
「では新幹線で九州に行こう 私のメンターがいる」
婁絡は ルウ(rue)と同じ世代の美形具有族
九州糸島在住 ルウの幼馴染で友人 高い術能力を持つ。
婁絡 ルラクは ルウとリンを暖かく迎え入れてくれた。
「福島原発は壊滅 という事は 日本は先行きを見失う。いろんな意味で」
ふー。
「でも過程のひとつに過ぎない。これからも災害が続く 慣らしていくんだ。
自分達を」(ルラク)
「東京は 特に失地はしていない。」(ルウ)
3人で円陣を組んで瞑想をし 復興を祈念した。
「もう君に自分で研修して勝手にしていいよ けど既成の方法論では無理。前例は探せばある。でも傾倒しない事 自分で選びとって でも口は挟ませてもらうよ」(ルウ)
「はい」(リン)
7-3.In the middle of release(只今リリースの最中)
その後2012年夏 リンは国家試験には落ちたが 秋には就職先が無事決まった。東京に本社のある総合商社だった。
結果を聞いたルウは驚きを隠せなかった。
出来ればリンには自分とは違う業界を経験してほしかったからだ。
しかも第2志望でもあるが再度の挑戦は無理だった。
「いずれに進んでも試練の連続だ」(ルウ)
「そうみたい 内面を安定させる」(リン)
「最初のこの関門をくぐって生きる術をgetしろ」(ルウ)
「今はチューニングを優先して調整に務めるね。」( リン)
「新たなる暮らしはいよいよ一人前へのゲートだ」(ルウ)
「僕のバックボーンもそういいってます。」(リン)
「バックボーン?」(ルウ)
「繋がった存在とでも言うのでしょうか?」(リン)
「見えて聞こえて話せるとは凄い成長だ。」(ルウ)
「状況の判断材料を揃えて精査すれば するべき事がわかる仕組みか」(ルウ)
「ええ メンターとして引き続き見守って欲しい。」(リン)
「もちろんだ」(ルウ)
7-4.楽園ハワイ
翌年2013年2月 リンは卒業前にハワイに飛んだ。シネオールに逢うためだ。同級生達はヨーロッパを選んだがチェコにはいかなかった。先に現地入りしたシネオールが ホテルで迎えてくれた。
「リン!」
「シネオール!」(リン)
「ゆっくり出来る?」
「ううん パックだから 中4日の滞在」(リン)
「いいよ 充分だ」
「まずチェックイン それから街に出よう」(リン)
海外はなんて開放的で 気楽なんだろう 心置きなくハグが出来る。
「生で顔を見るのは 久しぶり2年ぶり」(リン)
「うん」
「ロスまで行けず すまない」(リン)
「いいんだ 丁度いい息抜きになる。」
「うん」(リン)
安宿だったが 一緒に泊まりゆっくり出来る。
食べ物はテイクアウトやキッチンがついていたので自炊。
散歩したり泳いだり買い物したり自転車で周遊する。
車はやめておいいた。何が起こるか分からない。
もっぱら遠出はバスを利用した。
自分たちのように卒業旅行や家族旅行や日本人が目立ったが 中国人はもっといた。
「いよいよ仕事だね」
「うん 夢は半分叶った」(リン)
「半分でもいいよ」
「どう?大学は?」(リン)
「楽しいよ でもその先はわからない」
「僕も半年前まではどうなるかわからなかった」(リン)
「あのね 先に言っとくね。」
「なに?」(リン)
「縛るつもりはない 制約もかけない」
「どうしてそんな事言う?」(リン)
「アメリカには世界中から学びに来たり働きに来たりしている
何割かは遠距離で繋がっている 何割かは残した恋人と別れている
そして何割かはどちらかの国で一緒になり結ばれている」
「Case by case‥‥」(リン)
「覚えている?日本で最後にいった事」
「好きになるのが怖い なりたい自分になるその時 惚れ直してって」(リン)
「それは変わらない」
「今も惚れ直しているけど 今の君も輝いてるよ」(リン)
「In the middle of release ? 」
「楽園で再会できて嬉しいよ まだ怖い?」(リン)
「怖い」
「仕方ないな ずっとその恐怖に付き合うとするか」(リン)
「そうして」
「大学の先輩たちはどうしている?」(リン)
「就職して職人になったり その後 独立したり 自分の国に帰ったり
俳優や監督の本物見かけるけど多分 リンが見たら鳥肌がたつと思う」
「どういう意味?」(リン)
「両方 偉大と恐怖」
「ふーん どこの国でも大抵の職種と同じだな」(リン)
「うん」
「じゃ 今を楽しもう」(リン)
「それに限る」
「恵まれている事に感謝!」(リン)
缶ビールで 乾杯した。
「メールで聞けない事聞いていい?」
「何の?術使い?」(リン)
「うん 気になって 帰宅困難者にもなったわけだし」
「RPGはわかりやすい ステージが上がるとツールをgetして進めば
ドンドンとモンスターが手強くなるだろう?そんな感じ」(リン)
「その先には何があるの?」
「さぁな 頂上からの景色は本人にしか分からない 今はチューニング中 いつもの事 バックボーンと繋がった まだ不安定」(リン)
「ふーん バックボーン リンの中のパラレルか」
その美しい空と海と木々の景色の中で
背中の羽が透けて見えるような 天使のようなシネオールだった。
彼方に虹を見る。本当に楽園だ。こんな風に一緒に色んなところを訪れたい。同じ絶景を見て同じものを食し一緒に眠る 何よりだ。
最終日 空港でそれぞれの居場所に戻って行った。
------------------------------
episode8-1.苛まれる現実
2013年 春4月リンは入社式を終えると研修に突入した。
GW明けに各部署を巡回した。
そしてルウに回避しろと言われていたのに 大阪の繊維部門に配属になった。
「せっかくの総合商社だったのに 神戸から通うか?」
「いいよ たまに会えるね 関西で」
「そうだな」
「何故 繊維はダメなの?断るのは退職の時だよ」
「おゆとり様にはきつい 自分がずっといた業界だ」
「いいよ 別に せいぜい3年平均だから」
「繊維は意外と長い人ばかりだ」
「ハッピィなんて僕が決めることだ。違う?」
「何事も経験だ」
「うん」
神戸に越して本当の一人暮らしが始まった。
住むところもありルウはベテランだし 恵まれているとは過言ではない。
ルウは京都と東京の往復で互いに顔を合わす頻度は激減した。
本当の自立生活が始まった。
1981年2月19 日 ナタフ(stacte)大阪在住32歳
繊維製品部門の営業でルウの上司として部長から紹介された。
営業補佐の職務。リン言う所の長身具有族
あっ
だめだ 間違いそうだ。
被りを振る リン
この組む営業のナタフ は 自分と同じ 具有族だ 引く手数多の自覚の無いストレートのはず 勝手に判断した。
どこかでその見つめる視線を察知した時(ひょっとしてバイ?)
自分には自由にさせてくれるシネオールがいる。
遠く離れているが その夜 久しぶりに月夜を眺めた 美しく君臨する。
写真と言葉を送信する。
「月を見たよ」(リン)
「16時間の時差 」
「そう 星の光年よりグッと近い」(リン)
「あはは」
ルウと京都で久しぶりに一緒に瞑想した時
ルウは「これを」と言って右目に2本指を立てリンの右目に何か熱いエネルギーを写した。
「これは戦いの時武器になる。勝手に相手を射殺すくらいの閃光が出てくれる。
リンを守ってくれるからね。先祖伝来の力だ。」
—————————————————————————————————
職場は 見た目は良いが 妖がウヨウヨしている
一人 清め塩を携帯し 座る席に十字を切り 白妙を胸にしまい 越した神戸の部屋は 結界を強固にした。それでも不眠症に悩まされた。
昼間の被った邪を持ち込み 次々トラブルに巻き込まれる
何も大丈夫じゃない でも病むほどではなかった。ルウと白妙が頼りだ。
丁々発止で ナタフ とのやりとりが始まった。
ナタフ はリンと組み 売り上げを伸ばした。
そして リンは一人で国内の自家工場に行く
ナタフ から連絡が入る。
「直行だが 無事ついたか?」
「荷物になるようだったら 宅配で送れ」
「今日は 直帰でいいよ」
事細かに 連絡を入れてきて確認をした。 今から思えば 心配でならなかったようだ。新規開拓はナタフ の任務で 主にルウは生産基地担当の後継とみなされた。
早速 内モンゴルの取引が始まった。ルウに嬉しくて報告した。
「やれやれ 内モンゴル?なんて奥地だ 大手らしいな」
ルウは自分の繊維用語辞典を譲ってくれた
日本語と英語と北京語が並んで変換可能になっている
「特に中国は下手な北京語より確かな日本語か英語が基本!」
がルウの口癖だった。身内にナビゲーターがいて助かった。
「英語が契約書と通関にしか役に立たないなんて‥。」
リンは現実の実務をこなした。
慣れてくると書類の作成は独自でできるようになった。
中継の仕事は 翻訳と工場ラインに乗る様 加筆する業務 現場取集に強いので間違いは少ない。発注書と輸入書類の確認も怠らない。
情報は常に収集し 提案するのが任務だった。
基本社外秘だが ルウは心得ていて危険を回避するよう教えてくれた。
8-2.万里の長城以北
2013年夏 8月18日その週にはブルームーンの夜が待っていた。
初めてナタフ と一緒にその中国の奥地に出張する。北京から乗り継いだ 行き先は内モンゴルだ。 便数が少なくトランジットに半日かかった。
空港の椅子で仰向けに天井を見ているナタフ。
話しかけるリン
「何度目ですか?」(リン)
「行ったよ 何度も 内モンゴル」
「そう 私は初めてで楽しみです」(リン)
「楽しみ?一度は そう思うよ」
「出張多いですね ほとんど東京?」(リン)
「それが仕事」
「仕事 楽しいですか?」(リン)
「別に」
「何が趣味ですか?」(リン)
「車」
(ルウと同じ趣味だ)
「何が欲しいですか?」(リン)
「新車 でも買い換えると切り詰めないと」
「そうですか」(リン)
「車乗るの?」
「運転しますよ シフト車」(リン)
「それは同じ趣味だ オートマは頂けない 車種は?」
「プジョー」(リン)
(昔 ルウが乗っていて譲渡されたマニュアル車)
「外車だ フランスの 壊れない?」
「はい わりと繊細で調子良く無いです その前はミニで 次はフィアットにして最後はシトロエン でも大きい車は嫌い 車のヨーロッパ周遊する」(リン)
「なんだ それ」
「可笑しいですか?」(リン)
「どうして そんなに浮世離れしてられる?」
「えっ?それで やりにくいなら申し訳ない」(リン)
「別にそんなゾーンでしょ」
リンにしたらツンツンされている 感じがした
ちょっとナタフ を透視で読んで見た
ちやほやされているのに 享受せず うらぶれて……
でも夢が…ああ これ以上 傷つきたくないのか
異国 こんなことでもなければ辺境好きでないと観光では来ない
荒れ野と草原が交互に続く
突然 市街地が集約してある。
これで地面が空に浮いていたら 異界だ。
ふふ いつも見知らぬ国をそう解釈する自分のパターンに呆れた。
5日の滞在で3箇所移動する。
仕事の書類は前もってデータで送っているので確認と質問を受ける。
現物の見本の持ち帰りと早急なチェックだけだ。
目的は対面接遇 百聞は一見にしかず
今後の売り上げでかける経費も利益もかわってくる。
つまり3回も完全なる接待の酒席が続く。主賓はナタフ 。
最初の夜
異邦人は 酔わすことが接待だと思っている。
モンゴル人の印象は人懐っこく泥臭いが 意外とさばけている。
杯を勧められると答えなくては 友好にならないらしい 縄文時代の付き合いか?そう呟いたリン。
ルウは お酒の強さは自信があったので煽った。
強烈なアルコール度だ。瞬く間に酔い潰れた
部屋に戻るのに足がもつれ 手を握って支え合って歩いた。
ナタフ が呟いた「かわいそうに」
「ん?」
リンは舌がもつれて返せない。
もう耳鳴りがして血圧は下がりきり 冷や汗が出て来た
周りがモノクロの粒子でしか見えない
急性中毒症一歩手前だ
その 「かわいそうに」に反応した
四角いエレベーターの箱内が完全に歪んで層が渦巻く
何をどうしたか 覚えていない
手をしっかり握りしめてくれた
確かお互いトロンとした完全に自失した目で
見つめあい リンは ナタフ のその肩に頬をよせた
リンは部屋でベッドに沈んだ。
次の日 その工場は 車で2時間かかる取引先
延々と草原が続く うつらうつらとぼんやり車外を眺める。
何とか打ち合わせが無事終えて今後の指針が見えてきた。
その夜
気がついたら 隣でナタフ がリンの代わりに飲んでくれていた
ナタフ は単に人として思いやりがあって親切なだけなのに
優しい‥‥
恋なんてシネオール以外しない そう決めていたのに 恋が恋しかったのか
弱っているルウを見かねて 宴席をお開きにしたナタフ
リンの腕を肩に回して部屋に逃れた
リンよりもボロボロな状態なのに運んだ
「大丈夫か?無理すんな」
「もう少しで終わるから」
ナタフ はリンに優しい言葉をかけていたにも関わらず
部屋に放り込むとそれ以上の介抱はせず
一言だけ言った
「おやすみ」
部屋を後にした。
ルウはトイレに駆け込み吐いた。
更に次の日
三日酔いのまま 次の訪問地に午前中 移動する。
昼過ぎに 次の打ち合わせが始まる。
友好的に迎えてくれる。進捗の確認は無事済んで行く。
もう 内蔵の粘膜の再生が追いつかない。
多分この地の人たちはこうして溜まった心のオリの様なものをはき出させるのだろう。
仕事は無事終わり 工場内部を案内される 何だろう簡素でも質素でも伸びていこうとする意気込みが現れる。あまり今の日本では見受けられない。産業にもよるか。
またもや 夕方の会食の予定が入る。表敬訪問とはこの事だ。
飲酒を辞退したが通じない。2人はまるでカップルの様に扱われた。
男同士が酔っ払って潰れても珍しくても何ともないしかし 彼らは異邦人が珍しくて仕方がない。
この地の人々は乾杯と称して 天と地の精霊に捧げてから杯をあける。
ナタフ はリンを守るためにまたもや代わりに杯を空け続けた 同席した人数分
総動員だった。そのトウモロコシの蒸留酒は強烈なアルコール度数を誇る 地元の若者は10代早くからこなしているので 弱い人なぞいない 冬の厳しすぎる寒さがそうさせるのか?
リンはふらつく足ドリで先に部屋へと席を立った。
おいかけるナタフ 部屋まで送ってくれる。
毎晩 酔い潰れるのを余儀なくされる。酔いすぎて恋の媚薬にもならない。
チンギスハンの国 なんて事だ。正体をなくすとはこの事か
その夜 ナタフ はリンをベッドに寝かしつけると
自分もバランスを崩し リンの上にかぶさった。
ナタフ がリンに言った。
「あのね 誰かを好きになると自動的に未来を考える」
「ん?」
「一緒に暮らしを共にするとか 婚姻とか」
「で?」
「でも 理屈に合わない事がある 例えば今日は僕の誕生日 君が贈り物に思える」
苦笑とはこの事を言うのだろうか あろう事か リンは笑い出してしまった
「クスッ」
ムッとした表情でナタフ は体を起こすと すぐさま部屋を出て行った
リンは迂闊にナタフ に恥を掻かせたのだろうか 好きに変わりはなく求めてもおかしくはないのに‥‥そして今夜は8月21日ブルームーンの夜 運命か?
翌朝 空港に向かう ずっと無言の2人
ローカル空港の簡素で古びたまちあいで
グッタリ座っている
絵葉書 山羊乳のキャラメル 何か干した謎の乾燥食材 ナッツ 下世話な偽果物ジュース
半世紀を一気にタイムスリップしたみたいだ
その中型プロペラ機で北京に向かった
手持ち無沙汰で無言で 眠るしかなかった。
やはり万里の長城の向こうは 弱い人間の住むところではないとは 良く言ったものだ 厳しすぎる自然。
8-3.武勇伝
帰国後 社内で現実が襲う
「何か凄く酒に酔って潰れたって?」
「うん 覚えてない」(リン)
「正体不明になったって?」
「そうらしい」(リン)
世間には武勇伝なんて腐るほどある。しかし 面白可笑しく勝手に怪しまれた
ルウに連絡をつけ駆け込んだ。人生初の悪酔いだったので ルウにもザックリ顛末を話した。
「可能性は?てか 好き?」(リン)
「大人になって すごい事 聞く でも彼はファンに囲まれるのがお気に入り
君は そのうちの異色の一人」
「ファン?」(リン)
「それで向こうの人が ご馳走してくれたのはありがたい心遣いだ 感謝しなさい」
「カシミヤ山羊のしゃぶしゃぶに 山羊のヨーグルトドリンクで胃に膜張ったけどダメだった。アルコールそのものだった。」(リン)
「そのトウモロコシのパイチュウというお酒の最高級を上海で飲んだ。」
「ルウも飲んだの?大丈夫だった?」(リン)
「それが 悪酔いしないんだ。」
「どういう事?」(リン)
「上質の蒸留酒は 程良い酔いで止まってくれる。まるで運命の恋人見たいだろう?」
「何がいいたい?踏み込まない約束だよね。」(リン)
シネオールは 当たり前すぎて歴然としている。
でもナタフ は異質で眼で追ってしまう刺激人物。
「魔が差した? 酔っていたし」(リン)
「ではなくて恋茄子だよ。仕込まれたな。」
「なに?恋茄子?お酒に?」(リン)
「そのものの物質が入っていたのではなくて 人は自失を見たがる。」
「恋茄子って 媚薬かなんか?」(リン)
「ナタフもリンも無自覚 だけど愛を知りたい 誰かを愛したい ナタフ に選ばれたのはリン だけど処方がわからない 機会に恵まれている誰よりも それに具有族。」
「無自覚」(リン)
「それはそれでとことん見届ければ良い。自分の経験からだけど でないと腑に落ちないよ」
「腑に落ちる‥。」(リン)
その後 国内の同行出張は続いたが 現地集合現地解散だった。
でも東京帰りで大阪に向かう新幹線で一緒になると良くお喋りをした
それでわかったが 全く霊能力が無い普通の人だ
新鮮な事として呆れる位 リンは隠しながらも好きをやめなかった。
その年の冬の贈り物をしたが ナタフの反応もなく無視された。
何故 必要以上に毛嫌いされ 明らかに避けられるのかが わからなかった。
ルウの言うところの腑に落ちるまで迷路に突入した。
8-4.目の前の刺激人物
翌年2014年3月シネオールが一時帰国した。色々手続きがあるらしい
京都で待ち合わせした。去年の2013年3月のハワイの卒業旅行以来だ。
「空気も建築の統制も新旧の混在の仕方も正邪の住み分けも素晴らしい」
シネオールは古都を満喫している。ゆっくり寄り添うように歩くリン。
「庭の植木さえ手入れされ 食べ物も洗練されている。」(シネオール)
「ただ観光客が多すぎる。」とリンがぽつりと言う。
梅の花と桜の花の間だからと思ったが もう年中の混雑だ。
宿は町屋をリノベーションしたものだった。水周りも採光も一新されている。
シネオールは気にいったようだった。
「素敵な宿だ なんてミラクルな街だ」
「うん 古きを新しくリメイクしている」(リン)
「元の素材がいいからだよ」
「なんか素材とかすっかりそっちの業界の人だ」(リン)
「そう?そんなつもりはないよ。元気ないね」
「ううん 会えて嬉しい」(リン)
静かに出されたランチを食した。予約しないと入れないお店。
ルウが手配してくれた。大人風情が身に沁みる。
「静寂を楽しむしつらいだね」
「しみじみしてくる」(リン)
でもあまりおしゃべりできそうに無いので散策を楽しんだ
平安神宮から川伝いに歩く そこには古都の落ち着いた空気が流れる。
どこにもない時代の層が重なって見えた。
「シネオール少し大人びた」(リン)
「そう?街がそう見せてくれるのさ」
日本にいた時はモデルのバイトをしていたので 背筋は伸びていたが職業柄 少し青白く全身を使っていないアンバランスが生じていた。
ハワイでは遊び倒したので指摘しなかった。
少しシネオールは背が伸びた気がする。姿勢が良くなったせいか?
「楽園ハワイ楽しかった リゾート経験なかったから
京都を選んだのはあまりにも日本を知らなかったと思って」
「うん」(リン)
「ここはリンやルウのご先祖の眠る地だろう?」
「ルウが対処してくれている。いずれ引き継ぐ。」(リン)
「うん」
「僕もあまり馴染みがないが 関西は過ごしやすい。」(リン)
「良かった また連れてきて」
「大学はどう?」(リン)
「仕事はどう?」同時に言った
ここのところ あまりにも連絡がラフになっていたからだ
「美術系の専門コースも取った。フリーハンドでも描けないとね2D 写生スケッチの画力を磨く」
「2D」(リン)
「でも映像はすすんでいて 3D加工が流行っている」
「3D」(リン)
「今楽しいのは2Dをベースに3Dに見せるために立ち上げていく過程が最高!」
「おー」(リン)
「交互に被せるんだ その速さとか精度をずらして完成を見る」
「チームで取り組むの?」(リン)
「うん課題を決めて皆でする。そんなにはじめからPCソフト使えない
助かったのは事前に脳内で浮かぶことかな」
「浮かぶ ?」(リン)
「うん ロスに行ってから鍛えた。って変だけど」
「へー ルウが言っていた 出来上がりイメージが浮かぶって それを具現化パズルのように埋めていくのが楽しいって。」(リン)
「同じだ!」
「そう?」
「ロスで最初 東洋人扱いされた。でも耐えた。」
「それであの時 ハワイにしたのか」(リン)
「好きを貫け それで勝負しろって 教授が」
「僕が対峙しているのはマンパワーだから 全然違う世界だ」(リン)
「そんな事ない ニーズを物流にのせるは求められているから無くならない」
「物質文明にのっかてる」(リン)
「映像だって物質あっての世界だよ 違わないって 人を介するのは同じ」
「なんか羨ましい」(リン)
「うん 手間隙は同じ 言っただろう?いつもここに住んでいたいって」
そういってシネオールは体をむきなおり 左手でリンの心臓を上から手を当てた。
「ここって?」(リン)
「リンの心の中」
「そんな無理だよ いつもって感覚がわからない。」(リン)
「自由にしていいとも言った 縛らないって」
こんなにポンポン言葉を交わすのは 久しぶりな気がした。
部屋に戻り 夜仕度をした。リンは聞きたかたことから口を開いた。
「恐怖はどうなった?」(リン)
「そのまま でも一時隔離する」
「どう言う事?」(リン)
「僕は本当にリンの中に住みたい でも嫌だ なりたい自分になかなかなれない」
「誰だってそうだ」(リン)
「いい?しばらく自分で封印する 本当にリンが僕に会いたくなるまで解除しない」
「会いたいよ いつだって」(リン)
「僕が無理だから だから封印する」
「‥‥ 聞かせて 学んでいる事 ものつくりの事 僕は何を見失った?」(リン)
「見失う前に見つけようとしている段階 いろんなものに 追われているだけだよ 気にしないで でも距離を置く 」
「!!僕は君に振られたのか?」(リン)
「より強固に結びつくには マッチングしないとダメだよ」
「マッチング?何だ それ」(リン)
「支配関係とか従属とか嫌なんだ 対等であるがままで望む時 結ばれるんだ」
「そんな事 言ったって」(リン)
「はっきり言う リンの中で違う刺激的で興味深い存在に振り回されている」
「ギクッ」(リン)
「それも許す だから存分に翻弄されたらいいよ」
「なぜそれがわかる?」(リン)
「鏡だから 本人が無自覚でも 僕は君がわかる」
「なんて理屈だ こうして会えたのに 何をしたってわけでもないのに」(リン)
「それはこっちの台詞だ 刺激人物の侵入を許している」
「侵入って」(リン)
「メルアドも IDも消さない 心配しないで」
「消さないでくれ」(リン)
「僕をブーメランに見立てて」
唐突な提案に血の気が引いた 耳鳴りが始まる。世界の光を色を失う気がした。
「わかりにくい。そんな器用じゃない。」(リン)
「やって見て」
喉はカラカラになり 脳内は酸欠になった。浮気じゃないのに何てことだ。
シネオールは背中をさすってくれた。
「リン 通過儀礼だって 天使のテーゼだとでも思って」
「君のセオリーじゃないか こんなに心地よいのに手放すのは嫌だ」(リン)
「セオリーは君のじゃなく 僕たちのだ でないと今 ごまかしたって持たない」
「じゃ 独り言を受けて 返事はいらない」(リン)
「僕も送る でも返事入らない」
そう言ってシネオールはロスに 自分は神戸に逃げ帰った。
『シネオールはどんな気持ちでロスに帰るのか。年下の愛おしく美しい存在 その扱いが嫌なのか でも事実じゃないか。これ以上 距離を詰めないのが嫌なのか。 (どう言う事だ?て天使のテーゼ?)両親の婚姻は破綻した。婚姻なんて誰ともできるわけない。』
そう思うと涙が止まらなくなったリン。
8-5.ブーメラン封印
リンは本当に同じようにシネオールを 封印をした。
でも 時折メールを交換した。
「?」
「返事はいらない」
「同じく」
「‥」
の応酬だった。写真だけは送った。何かしら感じ入るが言葉は制御した。
しばらく忙しくて参加してなかったフットサルをしたり
近隣を自転車で回った。少し体を動かすと気が晴れた。
神戸で放置されていたルウの車も乗り回した。
仕事は だいぶ慣れてきたおかげで信用も付き ルウの仲間から 情報交換や依頼が来た。取引先からの引き立てもあった。
「物を買いつけるのに物の異差が無い時 誰から買うかが重要視される」
「ありがとうございます。また次回につなげます。」リンはそう礼を言う。
業界も世間も狭い。まるでルウの痕跡をなぞるように仕事をする。
でも 背景があるのはありがたい。
リンはナタフ の部下として業歴を上げ始めた。後継として順調に成長して行った。
相変わらずナタフ は邪険な扱いをするかと思えば気弱だったりする。
「こちら売り上げにご協力いただきました。今年度予算にはいります。」とリンは報告をあげる。「そう」相変わらず素っ気ない。その態度にも慣れてきた。
部長はどちらかというと無策に等しく リンの提案を片っ端から取り上げる。
代は モノからコトに移っているので繊維の需要は落ちる一方だと言うのだ。選んでいる場合ではない 仕事そのものを獲得しよう。そう思った。
ルウのメンターであるルラクに よく LINEの画像通話で駆け込んだ。
「どうなっています?」(リン)
「おかしい 君はルウと似ているが 少しずつ違うね。」
「仕事も思う人も時代もそりゃ違うよ。今 保留中だから。」(リン)
「おかしい 仕事は仕事」
「はい 線引きしています。」(リン)
「どうかな?知りたい?」
「はい」(リン)
「彼は年上の役しか出来ない 君も同じく年上の役しか出来ない」
‥‥
「でも君には とっくに運命の人が現れているはず」
「…保留。惚れている人には 振られる 気になる人には嫌われるし散々」(リン)
「何かの過渡期なのでは? 」
「ではなぜナタフ をやめろとは言わない?」(リン)
「人間賛歌。僕らはみんな生きている 生きているから好きになる それもサガ
「サガ?」(リン)
8-6.好転しない現実
その後 国内の同行出張は続いたが 現地集合現地解散だった。
でも東京帰りで大阪に向かう新幹線で一緒になると良くお喋りをした。
それでわかったが 全く霊能力が無い普通の人だ。
「シネオールは拒絶した。だから 侵入のこの過程に決着をつけないと…」
ナタフ はナタフで情緒不安定極まりない。
2015年 年明けの冬 とある海外出張での事 謎が程なく解けた
2人で行ったインドだった そこですらホテルの現地集合の現地解散だった。
インドネシア経由でナタフ は合流する。
もう同行はせずとも 顔つなぎは済み どこでも自分で行ける。
確かにカルチャーショッックを受けた。人の在りようを根元から問われた気がした。通りはねぐらしかない人で溢れている。
「カーストは緩和されているのか?」そう言う視線でインドを見た。
市場は流石にショックを受けた。すさましい種類と量だ。ここは質ではなく量の世界。
「ふーん ここでソースを発見して開発したのかとカラクリが分かった。染めも織りもアラビックな柄の原画が無限に描けるとは永遠の仕事だ。
シネオールが見たらなんていうだろう。いつも画面で追っているか。」
天井まで積み上がった生地屋素材を見て圧倒されたリン。
「手に取り形にし ユーザーに選びとってもらうとは 迫力を纏っていると言う事か。」
その原産地を視察すると言う幸福をリンは享受した。
現地入りして住み込んで染や織りを繰り出している外国人は居る。
日本人もいるらしい。なんて勇気のいる事だろう。
リンは アテント(現地通訳)に聞いてみた。
「あの安価なのはいいとして 本当の工芸品は何処で手に入る?」(リン)
「本当の工芸品である上質の素材の装飾の施してあるのはマハラジャ用
マハラジャ自体は村全体を所有しその中で自給自足している。」
とガイド兼通訳が教えてくれる。
「つまり専任の衣装仕立てがいて糸から厳選して織り染め装飾を施し
完全独自意匠を自足しているので外には一切出ない。」
「門外不出か」(リン)
「つまり売り物じゃ無いんだよ。この国のマハラジャは中世のまま生きている。」
「あーそうか富裕層は別世界か。身分制とは凄いな。」(リン)
その会話すら聞かず 落ち着きのないナタフ 。
いつも朝ごはんは別々 カフェテリアからフロントが見える席。
約束の20分前 ナタフ がチェックアウトに現れる。
リンはパッキングを済ませ 部屋にトランクは 置いていたが 出発前の最後のお茶を楽しんでいた。
少し見回しリンを探すナタフ ゆっくり席を立ち部屋に戻りフロントに降り立ったリンは約束のジャストだったと思う。チェックアウトを済ました。 カードキーを返し 追加支払いも無い
そりゃ 今までも時計を時差に合わせないだの GF と 1 st F をまちがえたりもした。いつも時間が ギリギリだのはあった。
振り返ると朝からナタフ が顔を真っ青にしている
「ん?」
今度は真っ赤になって怒り出した
「言っとくけど 何故 いつも待たせる。しかも不案内で知らない初めての場所で!その感覚が許せない 君に 合わせるの無理だから」
?
わからない ナタフ はリンに詫びる余裕を与えず。その後 ナタフ は剥れたまま帰国した。一切口を聞かずリンを無視し続けた。
ナタフ は どんどん社内で孤立して行った。リンと組んでから売り上げを伸ばしたものの徐々に得意先を失って行く
「バーター業の限界」が口癖だった。でもそれ以外本当に様子が変だった。
8-7.リストラ
決算年度末 旧体制幹部は損益を回避するため 持ち株を手放し離れていった。
3月内示が出る2015年4月1日付け 繊維部門は 売り上げ不振でリストラが始まった。
リンの部署は解散し 隣の部署と併合された。
部長は上海へ赴任
ナタフ はインドネシアへ赴任
同時に送別会があった。ナタフ は終始無言だ。リンは統合された新部署で複数の営業と組んだ。商社機能に徹した内容だ。
引き継ぎを理由にナタフ にメールを送ったが反応がない。デスクの忘れ物のノートを送った。それを見た時 察知した。ナタフ はとうとう疲弊を通り越していたのだ。
ナタフ から 最後のメールが来た。
「ありがとう」その一言だけ
リンはとある一文が目に留まった。
『誰にも執着しない事 楽しみは構わない。一旦執着しはじめたら もうあなたは流れてはいない。そうしたら障害物が入り込む』
(障害物?流れてなかったのか?)
8-8. 闇祓い
「どうしている?ナタフ」
「完全に病んでいるようだ」ルラクが答える
「そう これで幕引きだね もう憎む気にもなれないよ」
もうリンの未練たらしい癖は出なかった。そこまでルウとそっくりだが当人同士は知らない。
(いくらシネオールが許可しているからって なぜ追いかけて 自分勝手に振り回される?)自覚のないリン。
翌年2016年1月正月休み明け
リンは ランチで定食屋に行った。ナタフ が 同期と食事をしていた。
一時帰国だ 案の定 今尚 必要以上に避ける。ナタフ はリンを見て見ぬ振りをして無視する。
それは今までも辛酸を舐めた経験はあるが 今回 ナタフ を 見かけた時 ゾッとした。またもや背筋に衝撃が走り鳥肌が立つ。
その姿は様変わりしていた。ストレスと薬の副作用で 顔は腫れ上がり 別人のようで見る影もなかった。
きっとその弱い心に何者かに付け込まれたのだろう。
人目のある場所なので リンは一瞬で亜空間を作り もてる術を総動員して その怪異を祓う。ルウに貰った右目の邪視を発動し 動きを止めた。 そして白妙を非物質化してナタフ の頭を巻きつけ 二本指で空を切った。
「去るがいい」(リン)
「ふん 去ってやるさ ウザい奴」
「お前が ウザいんだよ とっと行きなって」(リン)
手を振り上げ 白妙が舞う 吹き飛ばすことが出来た。
ナタフ がいつから付き纏われていたか知る由も無い。 祓いの効果はあるはずだ。
何故かはわからない 幸せのありかが違ったのだ。
「ハッピィなんて自分で決める」かつてリンはルウに言った事がある。
まさしくそれだ。自分の価値観なんて自分で決める事だ。
でも残念だった。客観的に見て痛い。リンは一つの終わりを見た。
『シネオールごめん 刺激人物はもういない
ルウ 腑に落ちたよ。この事だったんだ。
ルラク これも人のサガ か?』
--------------------------------
episode9-1. マッチング理論
その後GW明けだ。2016年6月1日付けで内示があった。リンに大阪からいきなりNYへの辞令が降りた。業務は北米の営業所の集約機能だ。ボスは現地アメリカ人。3年の赴任だった。
「ルウ 次の赴任先が決まった NY」(リン)
「すごいな 会いに行く楽しみが増えた」
「うん 同期最初の海外赴任」(リン)
「評価が降りたか」
「やっとマッチングする」(リン)
「そう?」
「会いたい人に気軽に会える」(リン)
「逃すなよ」
「うん」(リン)
2016年5月22日ブルームーンの日の朝
リンはNYに入る前ロスに降り立ち シネオールに連絡した。
「僕を解除してほしい NY赴任になった。」(リン)
「 Wow」
「NYとロスなら中距離 至近距離じゃないけどいい?」(リン)
その安住の地とは自分たちがともにある事だ。
「やっとともに過ごせる 久しぶりだ。」(リン)
「うん」
「君は いろんな事を手放して僕を受け入れてくれる?」(リン)
心なしか声が不安げだがシネオールはこみ上げるものがあった。
「時間かかってすまない」(リン)
「これから会いに行くよ」
「会いたい 月夜に間に合うかな?」(リン)
「間に合わせる。待っていて。」
ホテルの扉を開けた時 何も言わず飛び込んで来るシネオール
その腕を広げ 抱きとめたリン
「僕の心に住んでくれる?」(リン)
「うん 本当は寂しかった この2年永遠かと思う位長かった 」
忘れられないブルームーンの夜になった。まるで磁力が効いて吸い寄せるように身体を重ねた。2人の新しい章が始まる。
「待ってる間 天界に入眠して回収されるかと思った」
「何かわかった?」(リン)
「話すようなまとまりはない 空虚だった」
「はぐれ天使が一緒になれる」(リン)
「嫉妬に狂って生き方を変えてしまうのが嫌だった」
「やれやれ お互い様だ」
9-2.聖地セドナ
それから1ヶ月間ごとには 休みの度 行ったり来たりの日々が展開した。
北米を各地旅した。少しずつ心を重ねるのに夢中だった。
北米の地のネイティブも興味があったのでセドナにも出かけた。ロスでシネオールと合流する。そこから車で移動した。車に教会は かつてシネオールのトラウマだったがすっかり抹消されている。交代で運転して辿り着いた。圧巻だった。地球の凄みを感じる。
「カラカラの乾燥と赤土の文化 確かにルートがあったかも知れない。」(リン)
「素朴で自然崇拝ではるか縄文時代に渡ったか渡ってきたか どうなんだろう。」
その洞窟の自然のなせる造形は信じられないマーブルだ。(本当にこの世か?)
肩を寄せ合って その迷路を回った。
「完全なる狩猟民族だ。それで行くとモンゴルの方が断然近似値だ。」(リン)
「今の日本人は狩猟のルーツを殆ど誰も認識していない。」
ルーツを守っている人たち。少しその静かなる暮らしの古に意識が飛ぶ。大きくその乾いた空気を吸い込んだ。
9-3.ビールのお願い
2018年1月2日リンは12月から日本に一時帰国していたが ロスに立ち寄った。
「シネオール」
「何?」
「ルウが京都の郊外に転居する。手伝ってきた。」(リン)
飲み物を用意しながらシネオールが頷く。
「少し荷物だけじゃなくて 今までの事 整理する。時代がこれまでにない大きく変化するらしい。」(リン)
「それで?」
「一緒に過ごして一緒に眠れるっていいな」(リン)
「うん 急にどうした?」
「お酒で酔った時 眠る時 人は無防備だ それが一緒だと安心」(リン)
「うん 今が今までで一番幸せだよ」
「シネオール覚えといて もし僕が風邪で倒れたらビール用意してね。」(リン)
「なぜ?」
「チェコではさ 昔からビールが風邪薬だったって」(リン)
「試して見た?」
「ビール飲むようになってから 風邪ひとつ引いてない。」(リン)
「なんだ それ どうして僕に託すの?」
「もし倒れて寝込んだら 側にいて欲しい」(リン)
「もちろんだ それってプロポーズ?」
「そ ビールのお願い」(リン)
「もっとロマチックにドキドキさせて」
「ショウに合わない」(リン)
「倒れて寝込まなくても いつか ずっと側に入れるようにするよ」
「かけがえのない人」(リン)
「リンも僕もはぐれ天使だ」
9-4.Epilogue
2019年5月19日ブルームーンの夜
リンはNYから日本に帰る日程が決まった。
「東京に戻る シネオールどうする?」
「わかっていた事 あちらで仕事探す」
「見つかる?」
「先輩があちらで制作会社にいる アプローチしてみる」
「東京?うまく行くといいな」
「うん 東京郊外 心配しないで」
「て 事は?」
「そうだよ 一緒に住める!
「Wow」
これを機に ようやくシネオールと東京で一緒に暮らす。やっと見つけた東京郊外の部屋に越して落ち着いた。
シネオールは近所にコーヒー豆屋さんを見つけてご機嫌だ。
「リン アメリカンで試そうね」
「焼きたてのパン 探そう」
「あはは」
それから2人の誕生日にはリンの両親から花束とケーキが そしてルウからは各地の地ビールが届いた。
新たな2人の章がまた始まる。それから世界を襲う脅威が 迫る。
本当に結ばれて良かったと思う未来が待っている。
これが2人のnon zero sum
<了>