episode4-6 ルウの運命の人への想いは叶うのか
--------------------
episode4-1.夢の波間
—————————————————————————————————————
夜中 夢の中の槐 カイ
大昔のビジョン
それぞれの山で闇祓いが行われていた。
決着の目処が立ち その山を離れた
深い谷を見下ろし あちらの山に渡ろうかどうか思った。
ここで会えたなら 渡らずともよい。
あの者と共にゆけばいいだけの事
上を目指し上昇した。宙を舞い一つの軌跡。
是非の尺度をいちいち確認しなくていいのだ。
そこで意識が戻る
—————————————————————————————————————
槐 カイは真夜中 一人起き上がる
2つの山で闇狩りをしていた記憶
(これは誰の記憶か?私か?)
もう一度眠りにつく
明け方 暁の頃の夢はいただけない
大抵悪夢だ 振り払い消去したい位だ
あの天真爛漫な ルウが泪を流している
今 会えないからではない。これはすぐ先の未来だ
(まずい あれは夢だったのか?)
混乱してきた 枕元の薬を飲む
電話やメールでは思念波は使えない
拙い英語でも気持ちは伝わる
でも ダメだ 自分は解決なんてしていない
何故なら‥‥
晒しが足りない?
冥(ミンmin)‥
槐 カイ が脳裏から払いきれない冥 ミン(槐の元恋人 死没)の存在。
眠る時 誰しも無防備だ 薬物は禁忌
そして酒を飲んだ時 不用意に開放してしまう
それからあの時 肌を重ねた時だ
意識が飛んで 欲望が支配する
現世ならではの 快楽だ
————————————————————————————————————————
冥(ミンmin)(槐の元恋人)が現れた。
正確には絶命の少し前から取り付いていた存在だ。
今は混在している。
たまには こうして思い出してくれる?
去らないのか?(カイ)
去らない
まさか? それって(カイ)
ほら そのまさかだよ おや 随分 勝手だな
命を肉体を 捨てたのは自分の意思だろう?
君の薬物中毒には 付き合えなかった(カイ)
お前に惚れて全てを預けたのに 応えなかったのは誰?
それにそんな言い方ってあんまりだ
どうしたら然るべきところに戻ってくれる?(カイ)
暫くそばにいる
なんなら あの男に切り替えようか?
ルウ(rue)には手を出さないでくれ(カイ)
何が ちゃんと好きになりたいだ
まともな愛の育みかたも わからないくせに
愛の育み方?(カイ)
運命の相手だからとあのルウに傾倒する気か?
それまでのシノギにされた身になってみろ
そんな事はない かの地では力が及ばなかったのだ
本当に愛していた(カイ)
簡単に愛を語るな
私から離れようと命を絶ったのか?(カイ)
そんな事もわからないのか?逆だよ。こんな霊体になった方が ずっと一緒にいれるからな
離れない気か(カイ)
無論
頼むから ルウには 近寄らないで欲しい。私だけにしてくれ(カイ)
物理的にって 笑ってしまう理屈だが そうやってお前が 誰かとくっつけば 私はどう思うと思う?
口にしたくない。では 何か交換条件でもあるのか?(カイ)
ちょっと覗いたよ 。あのルウは 地震にあい 義理の父親である叔父を亡くし以前 片思いで失恋している。振られた元恋人の交通事故に同情し よりが戻るとでも思ったのか 未練がましかった。振ったその男が新しい恋人と去っても 何度も涙する。実に重いタイプだよ。
そこへお前が現れた。 警戒し慎重に距離を測った。なっ 罪な男だよ お前は。
待て その元彼の交通事故ってまさか?カイ)
さあな そこまでお前の未来の恋人の不幸まで 焚きつけたりはしない
たとえ日本でも そんな輩は 蔓延しているって事だ。
蔓延…。(カイ)
新しい恋で 私が引き下がると思ったか?同じように術使いのあのルウなら 祓ってくれるとでも思ったか?
過去を罪と呼ぶなら 裁かれるまでだ罰は受けたはず サンフランシスコを離れ 香港に戻り仕事に忙殺されている 何が罰なのだ 君のいうところでは(カイ)
別れろ さもなくば お前の嫌いな害を及ぼしてやる
交換条件は?(カイ)
お前は 過去を十分晒していない 引き続き崇拝しろ
強制する事か?(カイ)
では見せてやる。手を上げ ビジョンが見えてきた。自分達の情交の場面だ。恨まれている相手に見せられて あまりいい気はしない
あっ!(カイ)
(口走った‥・)冥 ミン
なんて自分は愚かしいのか あろう事か‥
かかったな(カイ)
罠に自ら はまるからだよ。そんな丸腰で誰かを抱こうなんて こっちが恥ずかしい。これから何度 ルウを抱こうが 意識が飛ぶ度口走らせようか?その名を 私を忘れたい そんな状態で ルウに手を出すからだ 晒し方が足りないんだよ
運命の別格の人だからだ(カイ)
短い恋愛適齢期に またとない相手に会えたからと こちらの決着もついていないのによくもまあ 双方に失礼な事が出来たもんだ
決着は君が 命を絶ってつけたじゃないか(カイ)
死んでも痴話喧嘩が続くとは思わなかった。
あの冥 ミン本体の肉体は一人ぼっちで荼毘に付された火葬だった。
自殺なのと火葬なのとで その魂魄の行方はわかるだろう?
魂魄の行方‥‥迷ったな(カイ)
かつての生業でな それを送ってやったさ 消化しきれなかった情念だけを引き受けてやっている
情念…(カイ)
実婚の離婚が成立していたからと 家族に骨を渡してすんだと思っているのか?
振り払うように忙殺した日々をやり過ごせばいいと思っていたか?
では ルウの身の安全を図るには 別れるしかないのか?(カイ)
身の程を知るならな
自ら浅はかにも 生贄になるからだ。私がお前を離すわけがないだろう?
最初は夢魔だったくせに(カイ)
そう その夢魔に又なってやっただけだ。ルウにも 夢魔になってやろうか
決めた 別れる 私の係累を断つ ルウを思っての事だ(カイ)
あのルウが失恋で こっ酷く傷つくのは知っているのか?
そうなのか?(カイ)
もう我とて お前は誰とも愛し合わないほうが いいと思えてきた。
言語の壁がちょうど良かったな ルウに同情するよ。 私に忠誠を誓え それが条件だ
誓う ルウを愛した故だ(カイ)
良かろう
————————————————————————————————————————
ルウは 槐 カイの声が聞きたくて 電話を入れた。
「元気?」
「うん」(カイ)
「ならいい」
「運転中 まだ仕事ある」(カイ)
「月を見て同じだよ」
「うん」(カイ)
その素っ気なさはあまり会えないから返って辛くなるからだと思っていた
仕事のやりとりは煩雑に続いていたからだ。事実 発注が互いの担保か質のようなものだった
槐 カイは胸が痛み 辛かったが そのフェードアウトの仕方ばかり思案した。
そして職を変え 会社を離れるまで決意する。
「エンドも望まないが エンドレスも嫌」
自分がルウに不意に言った言葉だ。
(そう言う事か)槐 カイは呟く。
ずっと内心 心地よすぎた可惜夜ばかり反芻していた。手放す時がきた。
4-2. メンターの役目
その頃 東京でルウは婁絡 ルラクと会っていた。
「今日は日帰り?」
「うん 経費節減 だから勝手に飛行機で往復 伊丹から神戸は近い。」
「君は恋をしている時は 相談しないんだね」
「わかる?空港はね 切ないけど 彼に一番近い場所 チャーター飛ばしたら数時間で会える 持ってないけどジェット」
少しうつむきながら婁絡 ルラクが低い声で言った。
「ルウ いい思い出は 大切にするんだ。たとえ 後でどんなことが起ころうともね。素敵な時計だ」
「うん 大切な彼からの贈り物」(ルウ)
「ところで東京からいつか九州に移住しようと思う」
「え? 」(ルウ)
「東京は息苦しくて」
「東京に来る楽しみがなくなる」(ルウ)
「又 他に見つかるさ 楽しみ位」
「そうかな」(ルウ)
「芸香 ルウ もう一度言う 何が起こっても自由意志で生きろ。むやみに何かに誓ったり 偶像を信じたりするな 情報は歪められ 真実は1割以下だ。自分の軸がブレないように持ちこたえろ いいな」
「うん 何かわからないけど そうする。九州に行ってもいい?九州のどこ?」(ルウ)
「糸島 深呼吸が出来る土地」
「ふーん 楽しみだ」(ルウ)
4-3.引き剥がされた恋
ルウはカイとのやりとりは途切れがちだったが 気にしなかった。
離れていて甘えたり しつこく連絡するのは嫌われる気がしたからだ。
いつもは私的なやり取りは ルウ(rue)から携帯で 連絡する たわいもない事だ。
でも今夜だけは声が聞きたい。
「今どうしてる?」(ルウ)
「遊びに出かける」
「そう 何処に?」(ルウ)
「旧正月の会食だ もういい?」
「そう気をつけて」(ルウ)
空を見上げた満月だ 。その習慣が懐かしいが 今夜も青く輝き美しい。
いつか一緒にお月見をする事があるだろうか?こんな月夜は一緒に一晩中 眺めていたい。
芸香 ルウは (次 いつ会える?)その事ばかり考えていた。
いつだって自分からの連絡ばかり そして特に 槐 カイ からは 繫ぎ止めるような愛の言葉がなかった。きっと淡白で照れ臭いのだろうと思っていた
もちろん愛されたいのだが 愛することが先決だと思う。いつも貰った時計を眺める度 槐 カイ の事を思った。
同じ月を見ている。少し懐かしい響きだ。
4-4. 突然の別離
2005年2月 芸香 ルウは客先のアテントを兼ねて香港入りをした。
企画機能を持たない取引先が提案事項に付き従う 職種でいうと店舗を持つバイヤー相手の仕事だ。
もはや 通訳に頼らずとも英語の通訳と翻訳が出来た。香港の対応はあからさまに 売る上げを見込んだ優先順位で動く。互いに割り切ったビジネスだ。物価の高い香港は敬遠されている。日本人は旨味が取り尽くされていても世界トレンドと並行している。と言うだけで 取引は続いていた。よほどヨーロッパ素材を融通しないと寄り付かない。
だから状況を説明して適材適所に発注を取り付ける。当然だが 客先と槐 カイ を繋ぐのも仕事だ。
打ち合わせをし 夕食を共にし 客人は街に消えた。
ルウは夜ようやく私的な時間が取れる。
カイ に電話をする
「カイ?」
「ルウ」
「ホテルはいつものところ 部屋番号言うね。来れる?」(ルウ)
「少しなら 明日の朝の予定が早い ロビーまでなら」
「ロビー?じゃ 待っている」(ルウ)
やっと2人きりで会えた。
「いつも電話やメールだけじゃ 実物にはかなわないよ」(ルウ)
「ルウ‥」
「部屋に来ないならドライブしよう カイの家を外からでもいいから見てみたい 職場しか知らないし いつも何処で眠っているか 環境だけでも見ておきたい 迷惑かけないよ 帰りはタクシーで帰るからそれならいい?」(ルウ)
「だめだ ルウ よく聞いて」
「何?」(ルウ)
「もうこれで終わりにしよう」
「終わりって?」(ルウ)
「私的な付き合い」耳を疑った。顔を近づけるルウ
「えっ?どうして?思念波の回路まで断つの?」(ルウ)
「そうだ 君のためだ」
「どうして?」ルウはもう泣きそうだ。血の気が引く。
「明かせない」
「でも取引は 続くよ」(ルウ)
「ビジネスはビジネス」
「何か 至らなかった?」(ルウ)
「そうではない これ以上聞かないで欲しい」
そう言って ルウは置き去りにされた。部屋に失意のまま戻り 荷物の整理をした。
早いけど七夕のプレゼント。
私的な国際便は禁止されていた。
荷物の開封は担当がする オーナーの彼では無い。
必死で書いた英語の詩のカードと鈴でハート型のフオーン 真っ赤な袋に入っている。
自室のドアに吊るしてもらおうと思っていた。音がする度 思い出してくれるように。
思い切ってゴミ箱に全部捨てた。貰った時計も外して捨てた。自然と泪が溢れた。
失恋は初めてではない。あるがままの自分を好きになってくれたはずなのに 突然 拒絶されたのが辛い。
ルウの悪い癖で自分が能力をあげ もっと良くなれば 振り返り 戻ってくれるかもと思った。重いと言われる所以だ。決して相手を憎まない 恨まない それが引きずる原因だ。傷心のまま帰国した。
しかし一つ執着を手放すとどんどんその心の隙間を埋めるかのように入ってくる。
仕事の依頼は次々やってきた。忙殺される 出張も増える。
新潟 山形 福島 東京
その合間に 韓国 上海
国内と海外で月間 3回以上は飛行機に搭乗している。
同業でもっと飛んで移動する人たちはいる。
でも扱う商材の範囲と需要に左右された。体は限界の悲鳴をあげる。
ルウ(rue)は 知らぬ間に 結界だとか思念波とか 停止しさせて居た 白妙だけが守ってくれた。
4-5.はぐれ天使への最後の贈り物
2005年5月カイとルウは 別れたが取引は続いた。
カイの会社にオリジナルの見本を作成してもらい 国内で賞賛を得た。
それが功を奏して大量の発注をもたらした。それで大陸内地の自家工場も行った。
鉄道移動だったが 一人で往復する。初めての中国国内査証が必要だった。
そして沢山の工人を使う現実 もうその場では 自分は異国どころか
宇宙人な位 異質だ。
‥‥
ルウは カイから明らかに避けられていた それはそれ以上の関係を求めない限りスルー出来る 深情けは カッコ悪い。
ルウに珍しく槐 カイ がルウに声をかけた。
「なに?」(ルウ)
「ルウこれを」
自分の右目に手を当て ルウの右目に2本指で かざした。
「なに?」(ルウ)
「君の力の足しにして あげられるのは これだけ はぐれ天使」
「天使って?」(ルウ)
「さようなら ルウ」
その場で手応えはなかったが 瞳と胸の奥が 熱くなった。悲しみをこらえたルウ。
少しは広東語も覚えたが それで個人的なメリットは引き出せたが 企業の方針では 香港進出は厳しかった。それが槐 カイとの最後の仕事になった。
ルウは引きずるその悪い癖を夢心地でやり過ごした。改めて失恋を実感した。
4-6. 香港の龍神
2005年8月20日ブルームーンの日 ルウ30歳 誕生日前
香港にビジネスで訪れた。カイは商談の席に挨拶に来るだけだった。
既に弁護士資格を取り転身していた。事務所は同居のまま。もう勉強したのだろうか?その夜は久しぶりのブルームーン。
しかし よくある話で縁の切れ目か カイの表情の暗さに息を呑んだルウ。
カイのその表情は鬱々しており 元々痩せて居たが やつれていた。
駆け寄り大丈夫と言いたいところだが 自分に課していた事 接近は禁止だ。
カイの声はか細く聞き取り辛い。
———————————————————————————————
彼が部屋を去る時 ルウは中座し 呼び止め 返事も聞かず 膜を張り亜空間を作った。
ルウは 勝手に右目が作動した 赤く燃えあがり邪視が効いた。怪異の動きが止まる。そして白妙をカイに巻きつけ その覆っていた黒い怪異を引き剥がそうとした。
「おのれ 何するか」
雄叫びをあげる黒い怪異
「ルウいいんだ 構わないでくれ」
「どう言うことだ」(ルウ)
「これは 冥(ming)迷って浮遊している」
「カイなんて事を 吸い取られるぞ」(ルウ)
「いいんだ 崇拝の契約だ 立ち入るな。ルウに関与しない約束だ」
「カイ‥It's too late.(手遅れか)‥」(ルウ)
———————————————————————————————
ルウは結界を解き 外に出て涙を流した。
(もうこれで絶縁にする 拒んだ原因がわかった。)
一度 冗談で「もし正気を無くしたら 君の手で祓ってほしい」と言っていたカイ。
手強すぎて無理だった。情けない。カイは許容していた。
こんな事になっていて 気付かないなんて悲しすぎる。
遥か古代からの魂魄の旅であり得ない事だ。怪異は世界共通 忌み嫌われている。
その夜 目を覚ますと窓辺に出た 海に抜けている部屋だった。
———————————————————————————————
目の前に龍神が現れた。鎌首を下げてこちらを見ている。
ようきた 青い月が歓迎しておる。
お初にお目にかかります。(ルウ)
覚えてないのか
はい(ルウ)
何から何まで乖離し霧散させれば良いと言うものでもない。
そうですか 頼めば霧散して貰えますか?(ルウ)
本人の自由意志による
そう言うものですか(ルウ)
そうだ またいつか来るが良い
今度はその背に乗せて下さい(ルウ)
変わらぬな 「別れてもwin-win」だけ贈ろう
随分 現代的ですね(ルウ)
時流にのらぬとな 化石は嫌じゃ
クスッ
わずかに気が晴れたルウ その龍神が夜空に登るのを見届けた。
かつてこの地でカイとそして あの龍神と共に 戦ったのだろうか
ふとあの背に乗り天空を駆け巡った感触が蘇った。
現世ではどうなるのだろう?
———————————————————————————————
4-7.その終止符
———————————————————————————————
翌朝旅立つ前 いつもの異世界ホテルでマダムが話しかける。
少しは 落ち着かれたようですね
はい 心の見立てをされるのですか?(ルウ)
あら ご依頼されるの?
占いの類は良いことだけ伺うようにしています(ルウ)
ではあなたの知りたい事だけ。この地は龍神が守っています。
その龍神の意図はあなたに家族兄弟丸ごと付き合うを望んでいた。
えっ?兄弟丸ごと家族ぐるみ?ビジネスの貢献か?(ルウ)
いろんな意味ですよ。彼の事が聞きたいのでしょう?
音信不通になった彼。
はい(ルウ)
いつの日か 彼には至近距離で気になる方が 現れますよ
気になる方?素敵な人?優しい人?(ルウ)
さあ それは本人が決める事。
彼のあなたへの思いを明かしましょう。
あなたは 彼にとって 唯一無二
生涯で 別格だったと
‥‥
とっておきの思い出にし 守りたいと
交流は‥(ルウ)
‥‥
自分でお分かりなのね。もう よろしいかしら
はい ありがとうございました (別れてもwin-win)(ルウ)
マダムのその老獪な笑顔が印象的だった。
———————————————————————————————
ホテルの部屋に戻り それから京都の自分の部屋に
戻るまで 覚えていない。ずっと泣いていた気がする。
もうあの時の夜は戻らないのだ わずかな可惜夜
変な先入観もなく ルウ(rue)は異国を見続けた。
パスポートが増刷する位 あちこち海外に飛んだ。まるで渡り鳥だ。
海外赴任も考えたが それは断った。
4-8.糸島の婁絡 ルラク
「はっきり言おう 世の中そんなに思い通りに生きていけて 善人ばかりじゃない 試されてばかりだ」
「スターウォーズのダース・ベイダー?」(ルウ)
「ん」
「暗黒面に落ちるの?」(ルウ)
「ん」
「生まれて来た使命はわかった?」
「ううん なに?」(ルウ)
「君は 自分が特別だと思ってないのは 大いに宜しい でも特殊なんだ 見えるのか?」
「ううん ビジョンが浮かぶだけ 見える時は見える 雑魚は見たくない」(ルウ)
「でも喋れるだろう?」
「夢語りができる だから落ち込むのは厳禁」(ルウ)
「自分の作品作って売りたいとかは?」
「ない パズルの様に相手が求めているベターを
目指すのがいい」(ルウ)
「そういう自我はないようだな 世のため人のため働きたい?」
「正直 そこまで思ってない(ルウ)
「そっか 貢献という覚醒はまだか」
「覚醒?あのね カイと一緒の時 スイスイ聞こえてビジョンが浮かんで
凄かった でも突然 拒絶された。でも今回 謎が解けた」(ルウ)
「言葉は貰ったろ?」
「本人からじゃないけど 別格 だってね ツインソウルって そういうのじゃないの?唯一無二って?」(ルウ)
「何もめでたしめでたしばかりじゃない 使命が優先される 別の時代で 別の国で」
「使命って?」(ルウ)
「何を望んで生まれてきたかと言うと君の場合 結論から言うと 楽しく嬉しく幸せになる事だよ」
「みんなそうじゃないの?」(ルウ)
「不安や恐怖を克服してハードル下げて できる事だけして安心安全な暮らしを望むとか」
「そうだけど ダメなの?」(ルウ)
「カイもそうだよ 怖くなったんだ。いろんなことが 魂の染抜きができなくて 晒すのに時間を要した。ワクワクを望むと同時に恐怖も取り込んでしまった。何が怖いって世の中 人ほど怖いものはない」
「だって 互いに未来があれば仕方ない 愛されたいよ そりゃ でも 愛したい
情けなくてカッコ悪い」(ルウ)
「カッコ悪くないって 泣きたきゃ号泣すればいいよ。誰かを好きになるって素敵な事じゃないか。海を越えて言葉の壁を超えて 相当しんどい。それに相手の問題だ。誰かと関わりを持つってリスクだってわかっただろう?」
「うん 上手く行きたかった。でもあんな恐ろしい存在につきまとわれてかわいそうで気の毒だ。」(ルウ)
「君は現実を受容して赦したんだ。そして手放す。恋をするのも人のさが
自分なりの幸せを望むのもね。心から周囲の幸せを祈り それが自分に返ってくる様になるからね」
「サガ‥」もう考えすぎは禁物だとルウは思った。
————————————————————
芸香 ルウは夢を見た。
自分の片われが 闇狩りで戦っている。
ちらっと目配せを交わす
宙で交錯し 敵を仕留める。
やがて
2人とも空を飛び 地上を見下ろした。
光る海の水平線の彼方に目を細め
顔を上げた。
——————————————————
ウツラウツラと現実に引き戻される。
その余韻に浸っていたいのに‥。
はるか昔の自分では無い自分
もうその片われと現世で一緒に過ごすことは無い。
少年の頃から いつも聞いていた 未だ見ぬ人よ。
何処にいる?いつ会える?
未だ見ぬ人は あの人だったのだ。
その名前は 芸香 ルウ だけが知っている。
今世でそれを逃してしまった事を静かに悟った。
芸香 ルウは呟く。
(さよなら いつか )
青い満月の光だけが 揺らぎながら頷いた。
自分なりの予定調和をめざそうと思った。
もう月を見て泣くことはない。
------------------
5-1.Prologue
2017年立冬の日
京都の郊外に 隠棲を決めたルウは 昔馴染みのルラクとリモートで会話した。
「つまり 君はその選択をしたんだね?」(ルラク)
「うん 何時迄も自分こそが次世代で 使命を担ってる。と思っていたが 自分の意志で使命の成果なんて予定調和で納めればいいと言う結論。」(ルウ)
「誰でも予定調和と暴走の交互の連続じゃ無いか」(ルラク)
どうしたら 君みたいに心の声と対話できるかなって羨ましいよ。君が」(ルウ)
「それには自己受容。君は充分 到達してると思うが」(ルラク)
「到達?」
「だって知らない世界をわかりやすく解説してる人達は 五万と居る」(ルウ)
「陰謀論にハマったな」(ルラク)
「うん この洗脳を自分で解放したい 洗じゃなく染だよ まるで刻印。
だから晒して更地にしたい。」(ルウ)
「どんな陰謀論?」(ルラク)
「終わらない世界が終わると言う人
お花畑のキラキラを言う人
聖典の話の終末論の人
宇宙人が関与しているって言う人
一番得意だった魂魄だって操作はするが 肉体の機能は心次第だって
これが一番しっくり来るかな。
でも守護はなく一回コッキリで過去も未来も無いと言う人もいる。」(ルウ)
「ずっとマイノリテイだったしね。」(ルラク)
「うん 自分とは繋がったと思うよ でも確証が欲しい」(ルウ)
「おやおや 未来も過去も無いのに?」(ルラク)
「また会えるといいな」
「糸島で待っている」
「うん」
5-2.2017年12月4日
リン28歳海外赴任先の NYから一時帰国している。
東京の部屋で片づけをする叔父のルウ 荷造りを手伝うリンが話しかける。
「仕事は出来るの?」
「これからはzoomで打ち合わせだから問題ない 京都郊外で十分」
「海外の現場には行かなくていいの?」(リン)
「将来 往来が困難になる だからライフスタイルを変える」
「一子相伝の秘術だが 私が鞍馬に籠ってから 最後の仕上げをする
だからそれまでは自分の回顧録のようなものをまとめとくように」
「見るべき映画とかはないの?」(リン)
「あはは そんなこともあったな 気が向けば見ればいいよ 黒執事とかさ」
「適当にする」(リン)
「そっか」
ルウは 断捨離を始めてからめっきり荷物は減ったが もうすぐ物流が止まり生活が儘ならぬのかと思うとむやみに捨てるのは勿体無かった。
そしてこの後不動産は不安定になるので高値で今のうちに処分して
その間 賃貸にリンの日本の拠点は移り 暴落が始まったら安全な内陸の地盤のしっかりした物件を父のヒソプが探してくれる。Allリモートになるので通勤のリスクがなくなると言う。ネット環境さえ整えばよしとした。だから売却が 決まればそれで良かった。一つの時代が終わっていくそんな端境だった。
父はミニマムホテル暮らしを拠点としているようだった。ほとんど会うことはなかった。
リンは写真とノートを整理しあの高2の夏から回想録をつける事とした。
5-3.リン旅立ちの時
2006年8月33歳ルウ 16歳リン高校生
リンは高校2年生になって留学が決まっていた。チェコに出発の前
叔父のルウは見送りに来てくれた久々の再会だ。
駅前のカフェでお茶した。
「まず 芸香家の秘伝を伝えておく」
「芸香家の秘伝?」
「数年に一度四季のうち4度あるうちの3度目の満月がブルームーンと言われている
君の祖母に言わせると願いが叶うそうだ」
「オジキは叶ったの?」
「人生の節目で 次の指針にはなる それから呼び名はルウでいいよ」
「じゃあ 願いはなにがいいか考えとくね」
「それがいい 次の12月にチェコを訪ねる」
「それから何?大事な話って」
店を出て公園に行った。木立の日陰のベンチに座った。
ルウはバックからファイルに入った白妙(白い包帯状の紐)を出した。
「これは先祖伝来の白妙といって術使いのアイテム 持っていて」
目が点になるリン。恐る恐る触って見る。
白妙は手のひらに吸い付くように浮かびリンは腕を持ち上げた。
「平安時代の先祖はこれを生業のツールにしていた。生業は闇払い これは敵から守ってくれるし 敵を縛り上げて 魔を祓ってくれる 」
「術使い?何それ」
じゃ試してみようと言ってリンを白妙で目隠しした。
「何か見えるか?」
「脳裏にチェコの田舎の風景が 写真と同じだ 動画だよ」
(では 耳にずらすよ)と言って両耳を塞いだ。
「誰かの声で(ご安全に)って」
「誰かの思念波を読んだ事は?」
「意図的に たまに でも危険なのは読まない」
「よし 基礎はあるな」
それから 別のカフェに入りなおし レクチャーがはじまった。
遠く離れた国に行くので持って来てくれたルウ。
リンはルウと同じ能力の土壌があり それを引き継ぐものだと言う。
そして力の源泉となるソースをgetしろと言う。
夢見る力を絶やすなと言い残して店を後にした。
半信半疑で受け取り2本のメルアドを交換し現地での再会を約束してくれた。
家族にはこの能力は一切知らせていない親友のシネオールくらいだ。
時々 少し自分を離れて見下ろしている事がある。
夢か気のせいだと思っていた。
それをどうこうしようと思った事はない。
5-3.東欧の国
しかし見知らぬ国に一人でおりたった時 白妙を念のため首に巻いていた。機内の乾燥にも効いたような気がする。迎えの人を見つけるまで空港での風景が層になって二重に見える。
ブワッと歓迎の気が出迎えてくれた。これは初体験。
Matka (ママ)を見つけた時 すぐにわかった。(リン?)
思念波の受信は出来た。(ヤッタァ)リンのフライト疲れと不安は吹き飛んだ。
うんとたくましい感じのMatka (ママ)だった。
「いらっしゃい リン」
「初めましてお世話になります」
「礼儀正しいのね 新しい息子」
「お言葉に甘えます」
Matka (ママ)はリンを気に入ってくれたようだ。
高校では担当の先生がつききりで 英語を使いチェコ語を教えてくれた。
数ヶ月で日常会話ができる。授業は日本と同レベルなのでなんとかなった。
サッカーだとかダンスだとか音楽だとかでチェコ入りしている。
留学生の同年代はいるが 語学目的と生活体験で留学してくる日本人は殆どいない。
ステイ先はプラハから離れた郊外の田舎町だった。
でも通信は整っていて それだけは最先端だった。
携帯は持ち込みは 許されてなかったから 現実から隔離されたもう別世界だ。
しかしここはいつの時代だろう?そんな感覚だった。
「日本とは 名前しか聞いた事ない 東洋は魔法の国」
「そうですか極東の小さな国です。西洋も魔法の国ですよ」(リン)
「この国も小さい だから皆国外に職を求める」
「そうですか日本もそれを好む人はいます」(リン)
「出る人の多い国へ来るなんて珍しい」
「日本人が希少価値とは思いませんでした」(リン)
12月に叔父のルウがプラハまで来てくれた。
自転車で半日かかって ホテルを探した。
プラハ自体は何度か案内して貰っていたので あまり迷わずに済んだ。
ホテルのロビーでルウはすぐにわかった。何しろアジア人は極端に少ない上に ルウは美形具有族だ。人目をひく長身タイプ。リンにすれば少しその風貌が誇らしかった。
5-4.後見役のルウ
ルウが日本を発つ前 義姉のアザミから連絡があった。
「ヒソプ(夫)から連絡はあった?」
「特には 」
「話せば長くなるけど 私の母が倒れて入院するので清澄白河のマンションは無人になるの 鍵を送るから たまに泊まって欲しい」
「ヒソプ(兄)は?」
「元々 留守がち だから好きなだけ使って リンに会いにチェコに行ってくれるのでしょ?」
「ええ 何か事づけるものは?」
「日本のお菓子かしら」
「わかりました」
兄のヒソプとはもう何年も絶縁状態で連絡もしていない。
今回も義姉が仲立ちをした位だ。
その噂のヒソプから着信があった。久しぶりだ。
「リンのチェコ 12月に行くって?」
「うん 行くよ」
「鍵を京都に送る。リンとマンションを託す。銀行口座に軍資金入れておいた」
「えっ?」
「別居する で アザミは大磯の実家の母の介護をするそうだ。
つまり家族関係解消だ。籍は当面そのまま」
「えっ?」
「今後リンと連絡を取って面倒をみてやってくれ それと7月に帰国したらリンとシェアして東京で暮らしてくれ」
「えっ?で どこか行くの?」
「明かせない でも連絡はする」
なんと何から何まで勝手極まりない 義姉が愛想を尽かしたのも無理はない。
しかし2001年6月あの叔父の葬式の後 最後に言った言葉が忘れられない。
「お前も叔父のようにへんな信仰に走っていないな?息子のリンがお前に似ていないかヒヤヒヤする」
2人をつぶさに見ていたのだろう 本当に実の親子のようにリンはルウにそっくりだった。
「明かせないって 自分の方がよほどヤバイじゃないか かわいそうなリン」
そして出発前のリンと会う事が出来た。
5-5.プラハの街
ルウは空港からプラハのホテルにチェックインして約束の時間には ロビーでリンを待ち受けた。5ヶ月ぶりのリンが現れた。
リュックにメッセンジャーバックを肩にかけ すっかり一人前だ。再会を喜び 近所のレストランに移動した。もう街並みも店内もクリスマスの飾り付けが始まっている。
店はビールのサーバーがずらりと並ぶ TVモニターはサッカーの試合を流しているスポーツバーの食事もできる店だ。
otecは 特殊で現代の物質文明の全ての利便性を否定している。
車は乗らない tv番組視聴も制限され 食品もオーガニックで手作りのみ 。
自給自足を目指していた。自分の子供達の長女はドイツに留学させている。
その流れでリンを受け入れた。でもアメリカのアーミッシュ程ではない。
なぜなら仕事は S E。
Matka (ママ)の父は元プロのサッカー選手で息子たちは 皆サッカーをしている。
リンは さぞ居心地がいいだろう。
ただ留学中は日本高校サッカー協会の資格が休止となり こちらの交換試合では選手に入れてもらえずベンチだった。
不憫に思ったMatka (ママ)が FIFAに掛け合ったらしい。
リンは久しぶりの日本語が止まらない。
「補欠の交代要員として試合に出れるようにしてくれた。審判に IDカードの代わりにパスポートを提示してピッチに入る。」
「FIFAって?あの FIFA ?」(ルウ)
「うん。Matka (ママ)が怒っていた なんてサッカー鎖国するのかって」
「ふーん サッカー楽しい ?」(ルウ)
「楽しい だってチェコ語が 十分でなくても プレイで会話ができるんだよ」
(どれとは言わないが 似た経験がある やはり一芸とは偉大だな)
「それと小さい頃から渋々ピアノ習っていたけど 役に立った。今度 家族で演奏会する練習中。楽譜は世界共通 それから絵画制作に料理の手伝い」
「おー凄いな 自転車移動も達者だし」(ルウ)
「この前なんてドイツ行くのにも自転車だよ 国境越え」
(飛行機でしか国外に出た事がない 日本は島国だ)とルウが呟く。
ビールのお代わりをリンがオーダーしてくれた。美味しい。
本場とはこのことか。最初は西洋漢方の風邪薬だったらしい。
ビール好きは風邪を引いても幸せだ。今度日本でも試そう。
「怖い目にはあってないな?」(ルウ)
「ないよ」
「白妙とか 気になっているが」
「うん 問題ない。適当に使っている。まず概念がない強み」
その夜 散策をしながら月を2人で眺めた。
「会いたくても会えない人を思うのにピッタリな月夜だな」(ルウ)
「うん 特には今の僕にはいないけどね」
「そのうち現れるよ」(ルウ)
「ルウにはいるの?」
「内緒だ」(ルウ)
「そっか 大人な回答だね」
「一つ余計なお世話だが大事な事を言っておく」(ルウ)
「何?」
「帰国したら 東京で私とシェアハウスする事となる」(ルウ)
「それって?」
「みな まで言うな 言わずもがなだ。」(ルウ)
「そんな慣用句 日本独自だ」
「だろうな 言わぬが花とも言う」(ルウ)
「いいよ 宜しくね」
「じゃ 引き続き連絡はくれ 帰国の時は成田まで迎えに行く」(ルウ)
「ルウは 英語と中国語だよね?」
「そうだけど」(ルウ)
「こちらのMatka (ママ)はイタリア語で母のアザミとやりとりしてる こちらのotecは英語だからルウもこちらのパパにメールして」
「 OK アドレス転送して」(ルウ)
5-6.中世の街並み
つまりリンは東欧のアットホームな暮らしを体現出来た。
冷めきった両親の仲を保管するようにルウが現れ チェコで家庭体験をする。
日本の風景の絵葉書とカレンダーを渡した。この国に比べ日本は何かと相当贅沢らしい。
「すまない 家まで行けなくて このままミラノ経由で日本に帰る」(ルウ)
「いいよ 気にしなくて 楽しんでいるから 安心して」
「普段 何をしている?」(ルウ)
「チェコ語で授業受けて家では 家族と過ごす。おかげで人間らしい暮らしが出来る」
「そっか」(ルウ)
「プラハはあまり良くない 郊外は絵本の国だよ 綺麗で自然が素晴らしい」
「で ユーロって?」
「そういういのは あまり分からない。ニュースは天気予報くらい 経済や社会状況はさっぱり」
「そっか 大丈夫そうだな」(ルウ)
「大きく違うのは信仰心が熱くて 心寄せ合って暮らしている」
「信仰心?」(ルウ)
「常識だよ 信仰は だからか学生の勉強は 進学のためだけど大学は就職のためじゃない」
「で どうしている?学生は」(ルウ)
「職能を問われる職種だけでなく皆 メジャーな国に留学してそのまま また外国で職見つけて里帰りしかしない。」
「あー日本でいうと大都市しか目指さないって事か?」(ルウ)
「産業がないと企業がない。つまり雇用がないと稼げない」
「ヨーロッパのみならず世界中が椅子取りゲームみたいだ 隣のドイツのことはよく言わない」
「近隣はそうだな 関西でもアジアでも」(ルウ)
「うん 関東でもだよ」
「日本に帰ったら日本の事知りたい」
「ならいい じゃ 来夏に日本で待っている」
滞在 中一日 リンは市内観光に案内した。
中世の建造物が今も残る。歴史に翻弄されたことだろう。
そして冷戦中から東側でベルリンの壁崩壊とともに東西が統一された。
調べれば調べるほど 奥深い街プラハ。
民主化を受け入れている。政治劇があった割には 街並みを見事に残している。それは壮観だった。知る限りではだが。
リンは自転車でステイ先に帰って行った。
「謳歌しろよ」
「うん メールする。」
ルウは 結局 両親のいざこざは 伝えられなかったが義務ではない。
きちんと親が説明すべきだ。ルウはそう思っていた。
リンはいずれも特に問題は起こらず 無事帰国の夏を迎えた。
食べ物は日本の味に慣れ親しんでいるが 水道の水を飲用しても安全で美味しいし 人は親切だし そしてサッカー好きの国柄で 芝生のピッチでプレイ出来て満喫した。
------------------
6-1.シェアハウス
日本に戻るとリンはルウと家をシェアする事となった。
ルウは そして京都と東京を往復する。海外にも出るので会う頻度は半分くらい。
リンは 何か予感はしていたが 両親から別々に説明があった。3人家族は別居した。
母のアザミは憔悴していたので 東京で一緒に住むのは諦めがついた。
父のヒソプは相変わらず冷淡で想定内だった。
ルウとのシェアを受け入れた。
ルウは年の離れた兄弟みたいに友好的で苦にはならなかった。
ちょっと合宿生活みたいで面白かった。
寂しさと気楽さが背中あわせの日常が始まった。
ルウは都市伝説を語る変わったタイプだ。何しろ術使いの師匠でもある。
「ゆくゆく地球で人類ごと 遭難?」(リン)
「都市伝説だよ 気にするな」
「おいおい伝授するって言っていたよね」(リン)
「まず 映画見た?」
「何の?」(リン)
「2006年のダビンチコート ダンブラウンが 冴えている」
「借りてみる」(リン)
「感想だけ聞かせて」
特にその視聴レポートはルウからは求められなかった。
ただあの仄暗い湿気多びた描写はリアルだった。ハリウッドはヨーロッパを撮る時光量をわかりやすくする。快晴が暗転する印象は同じだった。内容はミステリーな感じがした。ただ2000年前から延々と隠匿するその闇深さにはゾッとした。
目に見えない存在と対峙するのはリンとルウの機密だ。しかし発動はした事が無い。なぜなら此れと言って事件は発生しなかったからだ。
6-2. シネオールと邂逅
留学する前から決まっていた事だが もう一度2年を履修する。
簡単に挨拶して監督からはマネージャーでと言われた。
元々レギュラー候補でもなかったので受け入れた。
サッカーグランドで練習終わりに何かもめている
1年のシネオールが かつての同級生 3年に絡まれている。
大勢いるが ちょっとやんちゃ系で見覚えがある。
スパイクに履き替えブランド物の靴を置いていたが リフティングで砂をかけたというのだ。
「何やって くれてんだよ」
「すみません ごめんなさい 弁償します」
そこに居合わせてシネオールは 俯いて固まっている。
「はあ?いくらすると思っている?」
リンが 割って入る。
「待てよ いや 待ってください。謝っているし 事故だ 仕方ないでしょう」
「ふん 」
リンはその靴についた砂をタオルで拭き取り返した。
「チッ」と言って帰って行った。
その後ろ姿に リンは習慣で2本指を眉間に当て素早く右手をあげた。
「あいつは引退したが ちょっと気晴らしにきただけだ。」
「ありがとうございました」
「災難としか言いようが無い。気にしないで えっと君は?」
「1年のシネオールと言います リン先輩ですよね」
「リンと呼んでくれ あれ位で弁償とか大げさだ」
「お金ですめば都思いました」
「数万円するぞ 相手になるな 良いな」
「はい そうします。今日一緒に帰って もらえませんか?」
「良いよ」
「帰り道に コーヒー豆屋さんがあって買って帰ります。
そこで アイスコーヒーが おまけで飲めるんです。」
少し回り道だったが 2人で立ち寄った。
店主は職人風の40代位の男だった。
顔馴染みらしく 今日はどうする?とやりとりしている
その間アイスコーヒーを飲んで待っていた。
店には大きなマップが掲げてあり グラフになって
産地と名前カードが分散して貼ってある。
「結局 好みはアメリカンなんですが 少しずつ片っ端から 試してるんです。
焙煎レベルで 香ばしさ 苦味 が違って 弾き方で淹れ方も決まってくる。」
「試しているの?きき酒でなくききコーヒー?」
「自分の味覚で 検証してるだけですよ。」
「ふーん 味覚に理系なアプローチをしてるって?」
「はい。両親が好きだったので」
「だった?ひょっとして?」
「はい ひょっとしてです。」
「うちと一緒だ」
「さっきのイザコザの後 祓ってくれましたよね?」
「あ あれはおまじない」
「クスッ」
初めてシネオールの笑顔を見た。それは屈託がなく 綺麗な横顔が一段と引き立った。リンは何か言いにくい事情を共有するとシネオールに急に親しみを感じた。自分も家庭の事情を聞かれたく無いので 決して シネオールにもそれ以上は聞かなかった。
6-3.ブルームーンの誕生日
それからはよく部活帰りにシネオールとよくその店に寄った。
紙コップに入れてもらい 焼きたてのパンを買い 近くの公園で食した。
十分な夕食になった。
焼きたては美味すぎて次の日の朝食分も買い込む。
おまじないの類の話もしたが 先にシネオールが
「僕も少しくらいなら 夢見なんです。」と言う。
だから余計 接近し親密になれたのかもしれない。
リンは孤独が平気だったが シネオールのそのまっすぐな瞳を覗くと 暖かい気持ちになった。時々夕日を浴びて金色に透けて見えるシネオール。リンには特別な存在だった。
ルウは気さくだがメンターにあたる。少し距離をおかないと息苦しい。
ただ生活習慣として細く指図され 守らないといけない事はある。
でもそれは苦痛ではなかった。
リンは空気が悪いと頭が痛くなることや 夢見が悪くうなされやすい事や そう言うダメージを察知してルウはリンをケアした。
これは実の母親のアザミよりありがたかった。両親の離婚は秒読みだった。
2008年5月20日リンの誕生日にしてブルームーンの日
父のヒソプからは花束。母のアザミからはケーキが届けられた。
リンは(大人の事情か)と苦笑いをしながら 少しだけ涙ぐんだ。
10代最後の1年がはじまる。
そのケーキをリンの自宅でシネオールと一緒に食べた。
もちろんシネオール持参のアメリカンコーヒーで。
「何処か行きたい?」
「特には」(リン)
「何か欲しい?」
「特には 内部進学が順当に行きますようにかな」(リン)
「欲が無さすぎる」
「秋には決まる」(リン)
「じゃ 決まったら お祝いだね でも 今夜は特別な日」
「え? 知っているの?」(リン)
「知っているよ 僕もブルームーン生まれだからね。リンもだろう?」
「知っていたのか 君もって偶然すぎる」(リン)
「調べたんだ」
「人のことは詮索しないようにしている」(リン)
「ごめん でも気になって」
「いいよ 君なら」(リン)
「僕の方がリンからプレゼントもらった気がする。はい コレ つけてくれる?」
「ミサンガ?水色の?」(リン)
「願いを込めて結ぶといいらしいよ。」
「足首?」(リン)
「うん ずっとつけていて」
「少し照れくさい でもありがとな」(リン)
その秋 リンは早々と内部進学の推薦を勝ち取る。
そして12月には シネオールと一緒に映画「アバター」を見に行った。
「凄い映像だった。」
「本当にあの巨人族がいるような気がした。」(リン)
!!!!
「凄かったね 現実あのシステムが導入されたらどうなる?」(リン)
「そんな許容 出来ない」
「あのロケ地 中国?いつか行ってみたい。」(リン)
映像に心酔するシネオール。
物語のセオリーが気になるリンだった。
6-3.想定外の待ち合わせ
2009年8月リン大学1年 シネオール高3の夏休み
その夜 遊ぶ約束をしていたシネオールがメールを送って来た。
「すまない。同級生が交通事故に巻き込まれて亡くなった。
通夜の祈りに行くので予定を伸ばしたい」
何か嫌な予感がしたリン。
「どこの教会?外で待っているよ」(リン)
「来てくれるの?」
「教会から家まで送るよ」(リン)
場所を教えてくれた。少しでも今夜はシネオールのそばにたかったからだ。
通りを歩いていただけなのに 車が暴走して突っ込んで来たらしい。
TVの朝のニュースが流れていた。この付近だったので気になっていた。
(気の毒に。)車が暴走したが コレは操車者を操作したかと思った。
あくまでも類推だが よくその想定をルウが話していた。
その教会には入らず 外で待ったリン。
予定時間より早くに シネオールが教会から一人だけ出て来た。
シネオールは少し 顔色が悪く憔悴している。
「帰ろう 送るよ お気の毒に。大変だったな。」(リン)
「昨日 図書館の帰りに 誘われていたのに 断ったんだ。そしたらあんな事に。
もし一緒だったら 巻き込まれていた。」
「そんな事ないよ 気のせいだよ」(リン)
教会の敷地から出て 通りへの歩道に出た時だった。
慰めようとして 背に手を当てようとしたら 違和感がした。
「ゾワッ」寒気がし 鳥肌がたつ。
リンは体の向きを変え シネオールと向かい合わせになる。
背後に黒い煙幕の柱がたった。
「ひっ」
!!!!!
何てことだ 悪しき存在が牙を剝いている。
「ううっ」
シネオールを襲わんとしている。
リンはムカッと来た。「シネオールに何をする!」
そのムカッがたちまち亜空間を作る。
実戦は初めてだ。黒い煙の柱から怪異が出てきた。
その目は赤く光りヨダレが垂れそうで舌舐めずりしている。
更に背筋から悪寒が全身を駆け巡った。
左手首に巻いていた白妙が スルリと抜けて その首に巻きつき縛り上げた。
怒りが頂点に達しリンの右目は 赤く閃光を放ち 怪異を捉える。
グワー
首と目を抑えて その黒煙の怪異が 瞬時に夜空へと吸い込まれて行った。
「シネオールこっちに来るんだ!」(リン)
「リン」
「大丈夫か?ここを離れよう」(リン)
しばらく次の通りまで走り 息が上がった。
シネオールはまだガクガク震えている。
リンは背中をさすった。興奮が汗ばんで引くのがわかる。
夜風が少しだけ涼しい。ホッとした。
「送っていくよ。気を取りなおそう。せっかくの月夜だ。」(リン)
「うん」
「じゃ さっきのは 見た?」(リン)
「それは 何が起こっているかは わからなかった。」
「怖くて目をつぶっていた?」(リン)
「一瞬だった?どうやってやっつけたの?」
「ちょっと待ってルウに連絡する。」
その経緯をルウに話した。
「大丈夫だ 後で聞く 送り届けたら 帰っておいで」
ルウの落ちついた低くて静かな声が現実を整えた。
ホッとして振り返ろうとしたら シネオールが後ろからそっとハグして来た。
「シネオール 大丈夫だって」
「ハグぐらい許して」
「こっちこそ だよ」(リン)
「守ってくれてありがとう」
「特に何かしたうちには入らないよ。」(リン)
「でもリンがスーパー強いのがわかった。」
「スーパー強い?」(リン)
「うん」
「今度はもっと違うデートプランにしよう」(リン)
「これってデート?」
「じゃ なんて言う?」(リン)
「さあ 待ち合わせて 送って行くだけ 」
「何でもいいや 約束!」(リン)
「ありがとう 嬉しいよ 特に何もお礼が出来ないけどこれ」
そう言って正面からギュッとハグしてきた。
リンにとって効果抜群だった。シネオールの気持ち 自分の思いが重なる。
世界がモノクロから途端フルカラーになった気がした。
「リン これからも好きでいさせて」
「こっちこそ」(リン)
「リンでもね これ以上好きになるのが怖い」
「君はいつもよくわからない事いう。僕が怖い?」(リン)
「違う 好きが止まらないのが怖い。」
「ますますわからない。」(リン)
シネオールを家の前まで夜道を無事送り届け リンは帰宅を急いだ。
6-4.Catch and release
家には灯がともりルウが待ってくれている
夜支度をしながら話し始めたルウ
バス釣りってわかる?
うん(リン)
疑似餌さに食いつかせて 釣ったあと 証拠写真だけとって
池に戻す釣りスタイル 生態系保存のため食さない。
釣りは詳しくないが その方式に似てる
えっ?何の事
ちょうど伝授する良い機会 まず森羅万象から
中国思想?(リン)
うーん私の認識では 善と悪 正と邪 全てこの世にあり共存している。ここまでは?
OK アニメやゲームでは勧善懲悪
あるものを無くすことは出来ない。香港の龍神が言っていた。
知り合い?(リン)
ちょっとな それでその黒い煙の塊が 彼に悪さをしようとした。
害を及ぼそうとした。白妙が締め上げた。外に飛ばした。
OK 意外と出来た(リン)
トリガーは その場の自縛か 通夜の祈りか その気の毒な級友に関与したものかはわからない もっと他に原因が別にあるのかも
OK 聞いたら明かすかな?(リン)
問答は言語を解するか疑問だな
カッとなっただろ?
なるよ そんな仙人じゃあるまいし。(リン)
その仙人系の血統魔術が使えるんだよ。遺伝だよ。
目から閃光が出て倒しただろ?
見ていたの?(リン)
今のリンの脳内画像を透視した。
やめて 脳内を覗くのは やめて(リン)
見られたくないのは見ないよ 安心して
話を戻そう その黒い煙を怪異と呼ぶ。
OK マックロクロスケじゃないの(リン)
同系異界層に住む ジブリ世代だな
OK つまり暗転した場が好物の類? (リン)
あるものを無くすのは出来ない だからCatch and release
OK でもまた誰かを襲うかも(リン)
うーんイタチごっこだな。概念なく呼応しない事だ
5-2.そっとしておいて
「では本題は終えて オプションに行く」とルウは座り直して話を続けた。
「オプション?」(リン)
「モテるだろ?」
「まあね 興味ないけど」素っ気なく答えるリン。
事実だが 突っ込まれるのは嫌だ。
「彼は ふつくしいアイドル風男子」
「へっ?会わずともわかるの?ルウの言うところの具有族。」(リン)
「じゃあ 鏡体質で 無自覚で丸腰だとどうなる?」
「標的になる。半端なまま餌食になりやすい。防御術を講じないと」(リン)
「だろ ? 」
「あ 普通に見せかけているけど 興味本位で恐怖と不安に苛まれる」(リン)
「普通に見えたのは君だけ 情報不足だ。」
「オカルトじゃないんだけど」(リン)
「誰もそんな如何にもな 風情はせず自分の世界を作るんだよ。」
「みんな よろしくやっているじゃない。シネオールはもっと‥。」(リン)
「はいはい。何でもいいって 間が悪かったんだよ。」
「はい おしまい 初闇払いだ 聞きたくない」(リン)
※闇祓いとは魔封事の事
「おしまいじゃない まだある。」
「立ち入るつもり?」(リン)
「いや これだけは言っておく 私達は術を使うのが同じだけじゃない
美形長身具有族は 同じ境遇の相手を好む。」
「ギクッ そっとしておいて 今夜はブルームーン」(リン)
「そっとしとく」
「うん 恋のCatch and releaseは嫌だ」(リン)
その2人で見上げた月は一際 美しかった。
次の季節の秋を迎えるために今日から新月に向かう。
6-5.2010年11月22日シネオール誕生日
リンは11月のシネオールの誕生日には同じくミサンガを送る。
2年半だったね。安全で何より。:
「コレ」(リン)
「嬉しい」
「おおめでとう 良き一年を」(リン)
「ありがとう 左足首につけるとお揃いだ」
何を願ったのだろうか。少しドキドキする。