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完璧な婚約破棄

作者: あきら

「エミリー。君に伝えたいことがある。」

「何でしょう?殿下。」

「婚約破棄をしよう。」

そんなことを言ったのは、王子であった。王家が主催するダンスパーティーであったから、多くの貴族が参加している。そんな中での婚約破棄宣言だ。エミリーという少女は、その切れ長の瞼を不思議そうにふせていった。

「どういうことですか。」

「言葉通りだ。僕は彼女…サラと結婚したいんだ。だから、君とは結婚できない。それから、君はサラをいじめたらしいじゃないか。君は王妃にふさわしくない。」

王子は、胸に小柄な女を抱いて言った。その女は、肩につかない位の短くて、白い髪をゆるりとおろしていて、青なのか、紫なのか皆目見当もつかない色の目をもつ異国情緒あふれる可愛らしい女だった。

「殿下ぁ。わ、私怖かったんですぅ。」

それを聞いたエミリーは少し悲しそうな笑みを浮かべた。

「殿下。私は大変残念でなりません。」

「エミリー、今更そんな態度をとられても…」

「いえ。殿下がこのような愚かな事を実行に移したことが残念といっているのです。」

「どういう意味だ?」

「そうですよぅ。愚かだぁなんて殿下に失礼ですよぉ。」

「私はサラ嬢をいじめていません。」

「嘘をつくのはよしたほうがいい。」

「いいえ。事実です。」

「そんなにいうなら証拠があるのか?」

「ええ。ございます。」

エミリーが手を二度たたくと、黒いスーツを着た男たちが、紙の束をもって現れた。

一部ずつ貴族に配っていく。大きなどよめきがおこった。

「殿下にも渡しておきます。」

そういって、彼女は王子にも一部渡した。すると、王子はその場に崩れ落ちた。

彼の平凡などこにでも溶け込めそうな顔立ちが、かわいそうなまでにゆがんでいる。今の彼の顔を見ても、普通、という感想は誰も浮かばないだろう。

「な、なぜこれが…」

「ええ。これが私が王子のいい人をいじめていないという…あ、あら。配る資料を間違えてしまいましたわ。これは、王子が一部の貴族に王族の資金を横流ししていた事を示す裏帳簿、ならびに写真ですわね。私の家の使用人が間違えてしまったようで。大変申し訳ございません。」

笑顔でエミリーは言いきった。


***


ダンスパーティーの開かれたきらびやかな会場の前に、二人の男女が放り出された。

彼らの服は平民からすると上等な物であるかもしれなかったが、おおよそこの場では場違いなものであった。貴族の使用人でさえもっといい服を着ているものだ。

その二人の男女というのは、元王子であった男と、彼の恋人であった異国の女だった。王子は地位を剥奪されて王国追放となり、女は目ざわりだと会場を追い出されたのだ。王国追放とは、王国の法が一切適用されないことを表している。

だから、元王子は非常に危険な状態のはずだった…

だがそんな彼らは今笑みを浮かべている。

「もう。私の服まで没収されちゃいました。殿下のは分かりますが、なんで私まで。」

「すまない。サラ。城の衛兵や、女中たちは、みなエミリーに心酔してるからな。」

「まあいいです。というか、エミさん悪役令嬢と真逆ですね。使用人にまで好かれてるなんて。」

「ああ。彼女を悪役令嬢と見立てよう、というのはあくまで企画の構想だからな。実際はそんなんじゃない。というか、それを提案したのは君じゃないか。」

「そうでしたか?」

「ああ。僕は君がそういうまで悪役令嬢なんて言葉は知らなかったんだぞ。」

「まあそれはいいとして大成功ですね。殿下。」

「殿下はもうよしてくれ。僕はもう王族じゃないんだ。」

「それもそうですが…一つ聞いてもいいですか。」

「もちろん。」

「なぜ、殿…いえあなたはこんな芝居をわざわざ?」

「芝居って何のことかな?」

「白々しいですね。もう。なんでわざわざあんな婚約破棄事件を起こしたんですか。わざわざ今までなんの繋がりもなかった貴族たちをだまして金を渡して。そこを写真にまでとらして、エミさんにリークさせて。婚約破棄する、という情報も流させて。それを芝居、茶番といわずして何というでしょう。」

「意味が分からないな。僕は、目先の欲に踊らされて、悪徳貴族に金を渡して結果的に大損した馬鹿だ。そして、君と結婚したくて婚約破棄をしたらそれが元婚約者にバラされてしまったかわいそうな元王子だよ。」

「怒りますよ。真剣に聞いてるんですから。」

「ごめん。でも、理由絶対に話さなきゃ駄目かい?」

「無理やりには聞きませんけど、協力したんですから。」

「まあ、そうだな。帳簿とかの流れの案を出してくれたのは君だったな。」

「そうですよ。話す気になりました?」

「気は乗らないけどね。僕は、婚約破棄をしたのはエミリーのためだ。」

「どういう意味ですか?ふざけてます?」

「ふざけてなんてないさ。少し昔の話をしていいか?」

「ええ、まあどうぞ。」

「僕は何をやっても平均で、努力をしてもせいぜい中の上だった。でも、彼女はそんな僕を軽々と飛び越えていった。昔は、エミリーに嫉妬もしたし、なんで僕はできないんだ、って嘆いたこともあった。でもそれでいておごる事のない彼女だったから恨むこともできなかった。ただ、それはいつしか憧れに変わっていった。今思えば僕はきっと彼女に恋したんだと思う。かっこよくていつも輝いている彼女に。」

「なんか重いですね…愛が…」

「そういわないでくれよ。自分でも自覚はあるんだから。」

「そうですか。話の腰折ちゃってすみません。続けてください。」

「ああ。それで、最初僕は彼女の婚約者になれた事を喜んだ。すごくすごく嬉しかった。だけど、彼女をよく見るようになって気づいたんだ。彼女は僕のことなんて、好きじゃないだって、ことにね。彼女は、きっと僕に好感は持ってくれてたと思うけど、それは恋愛感情じゃないことくらい僕にも分かってた。こんな僕じゃ彼女に釣り合わないことも。それから彼女はすごく真面目だったから、僕がいる限り、彼女の恋焦がれている人と仲良くなったりしないってことも分かってた。だから、僕は消えるべきだと思った。エミリーが幸せになるには僕は邪魔なだけだ。」

「でも、あんなエミさんに嫌われる方法をとらなくても。」

「いや、エミリーは優しいから、あんな風にしなくちゃ僕に申し訳ないとか思って結局幸せを逃しちゃうだろうから。」

「それは、あなたの自惚れじゃないんですか?」

「そうかもしれない。でも他にも理由があるんだ。」

「どんな?」

「エミリーはずっと王になりたがってた。エミリーは分家だけど、王家の血筋をひいている。直系の僕がいなければエミリーが王だ。実は僕に次いで王位継承権は2位だったから。」

「本当にエミさんはそんなことを望んでたんですか?あなたの話を聞く限りそんな人には思えませんよ。」

「直接聞いたことはないけど、多分望んでたと思う。」

「なんで、分かるんですか?聞いてないのに。」

「実はエミリーが小さい頃に彼女の母親が自殺しているんだ。彼女の母は、彼女の父の愛妾でね。本妻にいじめられたことが原因だった。その時、彼女は権力というものの力をしったんだと思う。彼女の実の母は病死ということにさせられて、子供がいないから、って理由で本妻が彼女をひきとったんんだ。その時から彼女は上を目指し始めた。」

「それなら王妃でいいじゃないですか?」

「無論、そうかもしれない。でも王妃は政治には関与しちゃいけないと決まってる。王が色に惑わされちゃいけないからね。彼女は国民のために、そして自殺する人をなくすために国をもっとよくしようとしてたから、それをするには、王じゃなきゃいけないだろう?」

「なら、あなたはエミさんのために今回の婚約破棄騒動を仕掛けたと?」

「そうやって人に言われると照れるけどね。あの裏帳簿とかで、エミリーの即位に反対するような貴族は粛清できると思うし。あいつら裏で汚いこと相当やってるみたいだから身から出た錆だから心も痛まなくていいね。」

「あなたは、それでよかったんですか?何もしなければあなたは愛するエミさんと結婚できたし、地位、肉親を失うこともなかった。逆に行動を起こしたことで得た物は、エミさんの幸せですよ。そして、あなたは幸せになったエミさんをみることさえかなわないんですよ。」

「僕が選んだことだよ。悔いはないさ。」

「そうですか。なら悔いのないあなたに一つ言わせてもらいましょう。あなたは優しすぎるんですよ。」

「…」

「そしてすごく馬鹿です。エミさんにきちんと告白しましたか?」

「いいや。してない。僕なんかにされてもエミリーが困るだけだ。」

「そうとも限りませんよ。」

「なんで、君が分かる?君はエミリーじゃない。」

「なら、本人に聞いてみましょう。エミリーさん、本人こう言ってますがどうでしょう?」

サラは魔道具を掲げた。それは通信機能を持つものであった。

「嘘だろ。もしかして、全部エミリーに聞かれてたのか?」

「そうですね。勝手にしてしまってすいません。私はあっちにいるので二人で話してください。」

サラはそういうと、ずいと魔道具を押し付けた。

そして、彼に耳打ちした。

「エミさんにきちんと告白してくださいね。それから、エミさんの過去を話してるところは、きちんと聞こえないようにしましたから。」

ひらひらと彼女は手をふると少し離れた所にあるベンチに腰かけた。


『エミリー?全部聞かれてたのか。情けないな。』

『こっちのセリフですわ。ずっとエドワード、あなたを守らなきゃと思ってきました。でも、あなたにこんな気をつかわれていただなんて。情けないとしかいいようがありませんわ。エドワード、本当にごめんなさい。』

『何が?』

『あんな証拠をパーティーで流す以外にも婚約破棄の件を切り抜ける方法はあったのに。あなたを傷つけるためにわざわざあの方法を選んだのですわ。私は。あの証拠のリークもあなたの仕業だったのですね。私は、なんて無能でしょう。あの証拠の正誤ばかりを追い求めて、肝心の提供者について考えていませんでした。』

『いや、君は無能なんかじゃない。それから、僕は君を幸せにしたい、と思ったけど、その過程で君を傷つけてしまった。謝るのは僕のほうだ。でも、一ついいかな。君に伝えたいことがあるんだ。』

『何でしょう。』

『君のことがずっと好きだった。君は何も答えなくていいよ。ただ、伝えたかったんだ。』

『いいえ。エドワード。あなたと正面から向き合わなきゃフェアじゃないですわ。ごめんなさい。あなたの事は、愛すべき弟のようにしか見えないのですわ。本当に、本当にごめんなさい。』

『最初から分かっていたことだ。ただ、もう一つ聞いてもいいかい?』

『もちろんですわ。』

『僕はもしかしたら、王という重責を君に押し付けてしまったかもしれない。僕の心の中には逃げたいという気持ちがあったような気がしないでもないんだ。こんな僕を許してくれるか?』

『許すも何もありませんわ。私は力がほしかったんですから。力がなければ何も変えることはできない。変えることのできるだけの力を欲していたのでございます。でも、それであなたを失うことになろうとは、思ってもみませんでしたわ。エドワード、他人を犠牲にして、王位につくであろう私に、女王がつとまるのでしょうか?』

『分からない。だけど、僕は君に王になってほしい。だから、今回の騒ぎを起こしたんだ。少なくとも僕自身は君ならよい王になれると思った。完全無欠な人間なんて存在しない。それぞれに長所と短所がある。ただ、僕は君のもつ長所ほど、王位と親和性のあるものはないと思った。って、僕は何を言ってるんだろうな。』

『ありがとう。エドワード。』

『いいや。じゃあね。エミリー。幸せにね。』


彼はそういうと、魔道具を下において歩き出した。

「サラ、ありがとう。最初は何てことしてくれたんだ、って思ったけど最後にエミリーと話せてよかった。」

「いえいえ。それはよかったです。すっきりした顔をしてますね。」

「そうかい?エミリーにふられちゃったんだけどな。」

「…あれだけの事をあなたはしてあげたのに。」

「いいや。僕は、何があっても自分をかえないエミリーに恋したんだ。ここでもし僕を好きと言われたら逆に興ざめだ。エミリーは最後まで僕の憧れた姿で居続けてくれたんだ。」

「本人がいいなら、いう事はないですね。」

「なあ、サラ。この婚約破棄をして正解だったなぁと僕は改めて思う。手伝ってくれて本当にありがとう。」

「あなたがそう思えるならこの婚約破棄は完璧なものですね。完璧な婚約破棄です。」

「そうかな?」

「そうですよ。完璧なんてどうせ個人の考えなんです。ですから、あなたが満足したならこれはあなたにとって完璧なものでしょう?」

「そうか。そういうものか。」

「いや、まあ知らないですけど。私はあなたじゃないですから。これからどうするんですか?」

「…」

「考えてなかったんですね。帝国行きの魔道電車の切符が二枚あるんですが、一枚お譲りしましょうか。」

「何故君はそこまでしてくれるんだい?」

「だって、次期女王との繋がりも持てましたし。これで、我が商会は王国へ店舗拡大の足がかりをつくれました。そもそも王国へ来たのは、それが目的でしたからね。考えうる限り最高、とは言えませんが目的は達成できましたし。これによって、得られる利益を考えたら魔道電車の切符なんて安いものです。」

「ありがたい。」

「大丈夫ですよ。もし向こうでつく職業がなかったら商会の従業員として雇ってあげてもいいですし。」

「そんなの悪いが…」

「いえ。あなたは王国最高峰の教育を受けてますから、商会のノウハウを教えれば割とすぐ実践投入できそうですもの。あ、ただ従業員になるなら、今回の魔道電車の費用や、婚約破棄などで商会が負担した費用は給料から天引きですけど大丈夫ですか。」

「それでも本当にありがたい。本当にありがとう。」

「私のためでもあるので。」

「どういう意味だ?」

「それ以上聞くのは野暮というものですよ。」


二人は笑いながら夜の町を歩いていた。

いつの間にか貴族の邸宅が立ち並ぶ区画をこえていたようで、酒の匂いがたちこめる通りへと入っていた。宙にうかんだ魔道電灯が辺り一体を照らしている。

「今夜は飲みますか。」

「いや、でも僕は金がないんだ。」

「今回ばかりはおごってあげます。失恋のショックは酒で流すべきです。」

「でも、魔道電車が…」

「魔道電車は明日の朝発みたいですよ。」

二人は、顔をみあわせて、酒屋へと入っていった。




***




数か月後。

帝国屈指の商店の本店。そこできびきびと働く男がいた。

「お疲れ~」

「会長。何ですか。今忙しいんですけど。」

男は迷惑そうにいった。

「そういうわないでくださいよ。すっかり仕事が板についてきたみたいですね。あなたがこんなに数字に強かったなんて、驚きです。あと、敬語はいらないって言ってるじゃないですか。王子様に言われると気持ち悪いですから。」

「う…」

「ひとつあなたにいい?かは知らないですけど、お知らせがあります。聞きたいですか?」

「まあ。」

「なんと、王国でエミさんが女王に即位すると同時に結婚するらしいです!」

「エミリーが⁉よかった…」

「あ、感想は、よかった、何ですね。」

「それ以外に何がある?」

「まあ、いいです。ここからが本題なんですが、エミさんの花嫁衣装の素材を我が商会に手配してほしいそうです。」

「大きな取引になりそうだなぁ。」

「その通りです。これに成功すれば一気に王国貴族たちへ我が商会の名は広まります。そして、そのプロジェクトをあなたに任せたいんです。」

「僕が?相変わらず君は性格が悪い。」

「あなたが適任だと判断したんですよ。まあ、あなたには王国へ行かないで、ここで指揮を執ってもらいますし、大丈夫でしょう。ただ、一度だけエミさんとその旦那さんとの打ち合わせにでてもらわなくちゃではありますけど。引き受けてくれますね?」

「僕でいいなら。」

「なら、そういうことで。お仕事の邪魔をして申し訳ございませんでした。殿下。」

「だから、それはやめてくれ。」

元王子と、その元恋人役の女たちの日常は今日も平常運転だ。









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