Ⅴ.十二支村‐Dodici villaggio‐
すべての始まりの場所。
懐かしくも悲しい記憶が幾つも蘇る。
でも、決して忘れる事ができないんだ。
「8年振りか……イリア──」
璃王は、ある人物に会う為、休暇を利用して故郷──イリアの地を踏んでいた。
街から随分と離れた辺鄙な場所に、その小さな村はある。
村、と言ってもその場所は、ある一族が管理している土地で、その一族の人間以外は誰も住んでいない――否、その一族と王家の人間以外は足を踏み入れる事すら叶わない。
その村の名は、「十二支の村」。
璃王が生まれ、少しの間だけ住んでいた場所だ。
ある事情から両親と村を飛び出して、有事の招集以外の時はその敷地を跨ぐ事を禁じられているのだが、その“ある人物”に会う為には、どうしてもこの敷地を跨がなくてはならない。
──どうしたものか。
どれだけ時間を重ねても、受け続けてきた苦痛の日々は、そう易々と忘れられる筈がない。
忘れたい過去だがそれは、自分が望む場所へ行こうとするなら、必ず避けては通れない。
なるべく、親戚連中に見つからない様に入る事ができればいいが……そうはいかないだろう。
この村に住む親戚も、十二支の呪いを持つ人間。
身体能力がずば抜けて、五感が鋭い者ばかりだ。特に外部の人間の匂いには敏感だ。
見つかれば、どうなるのか。
考えていても埒が明かないのは分かっているが――。
璃王は、その場所をじっと直立不動で見つめていた。
――考えていても仕方ないのなら、さっさと行ってさっさと戻るか。
最悪、見つかったとして、石を投げられるか呪幻術をお見舞いされるくらいだろう。
それなら、今の俺なら、絶対に食らわない筈。よし、問題ないな。
軈て決心をすると、璃王はその敷地へ足を踏み入れようと、足を伸ばそうとする。
その瞬間の事だった。
「忌み子……リオン・ヴェルベーラ……?」
ドサッと、何かが落ちる様な音と重なって、少女の震えたような声が背後から聞こえた。
その声に振り向けば、璃王と少しだけ容姿が似ている少女が、愕然と立ち尽くしている。
「まさか、本当に……?」
風に流されているダークブルーのロングストレートの髪は背中のあたりまで長く、左目尻の泣き黒子が特徴的で、更に目を引くのが、その色違いの双眸。
左目は璃王と同じ藍色、右目は気の強そうな黄金の瞳。
髪と目が、白い肌を際立たせるような美少女だ。
声は落ち着いていて、とても自分と同い年だとは思えない。
自然的に璃王の口からは、その少女の名前が零れた。
「ラル……プリム……」
少女──ラル・プリムは璃王の親戚で、“桜の一族”と呼ばれる一族の中で璃王とまともに接してくれていた、数少ない親戚だ。
璃王と同じタイプの呪幻術師で、自分の母親とラルの父親が又従兄妹同士な事もあって、幼い頃はたまに遊んでいた。
そんな記憶が蘇る。
「大丈夫だよ。今、集落の年寄り連中は、アリアの神宮に行ってて居ないから」
ラルは、落としたリンゴを拾いながら言う。
ラルの話を聞いた璃王は、内心でほっと安堵する。
出会い頭にいきなり、岩塩の塊を投げ付けられる事はなさそうだ。
「アリアの神宮……って、あぁ、もうそんな時期か。
サクリフィカーレ、だっけ?」
「そう。もうじき始まるから、こっちはてんやわんや」
「あぁ……そう言えば、毎年やってたな……大掛かりな祭り」
十二支村には、変わった風習がある。
アリアの命日である秋口に、1週間の間に先祖の魂を鎮める為の儀式を行うのだ。
それが、サクリフィカーレ。
その1週間は、広場に篝火を炊き、その年の14歳から16歳の少女に村の外れにある通称・死の森の祠で過ごさせる。
一説には、人柱として神に捧げられた少女たちの年齢が、14歳から16歳だったことに由来する、とか聞いた事がある様な。
そんな事を思い出しながらラルを見れば、ラルは何処か安心したような嬉しそうな笑みを浮かべていた。
「丁度クッキーも焼けている頃だし、イタイ兄もボンクラな姉もミーハーな姉も居ないから、ウチに来る?
久し振りに話したいこともあるし……話さないといけない事もあるから」
「……そうだな。 そうさせてもらう」
顔に笑みを湛えながら、何処かただならぬ声色のラルの言葉を聞いて、璃王は「話を聞いた方が良さそうだ」と思い、快諾する。
ラルに導かれるまま、璃王は十二支の村の敷地へ入っていった。
―― ――
―― ――
「リオンと姫が消息不明になって、あれから7年と9ヶ月。 皆、リオンと姫が死んだものだと思っていた」
ラルの家に招き入れられると、ラルから手厚く歓迎される。
家の主――プリム卿とその夫人や彼女の兄弟が居ない事を良い事に、持て成し放題、という事か。
久しぶりの故郷だが、他の人間がいつ来るとも知れないので、居心地はあまりよくない。
目の前には、綺麗に並べられたクッキーと、甘い香りを放つミルクティーが置かれている。
「リオンが死んだと思って、その……喜んだ人や、後悔する人間が居て、ちょっとした問題になった」
躊躇いがちに語られたラルの話を聞いていた璃王は、「やっぱりか」と、複雑な気持ちを抱く。
特異な体質を持つ一族の中でも、璃王の体質は特に異様な物だった為、一族の人間は璃王を差別して、蔑んでいた。
それが、ラルが最初に呼んでしまった、「忌み子」という名前だ。
だからまぁ、居なくなって喜ばれるのは仕方ないか、と、璃王は割り切る。
そして、ラルの言った「後悔する人間」と言う言葉が気になって、璃王は尋ねる。
自分の死を喜ばれる事はあっても、悲しまれたり悔やまれたりされる事はないだろう……と思ったが。
「後悔する人間? そんな酔狂な人間が何処に……」
訊こうとして、ラルの顔を見た璃王は、押し黙る。
璃王をまっすぐに見ていたラルの目は、何処か悲しげで。
彼女は、自分が居なくなった事を随分と心配していたと、暗に言ったのだ。
何も言えなくなった璃王は黙って、話の続きを促した。
「唯ひとり、君と意識を共有できると言う、桜の一族の呪いを持たない神子、セラ・アマレーノは、君が“死んだ”とは考えていなかった様だけどな」
セラ・アマレーノ。 その人物は、一族が持って生まれる特異な体質──ラルの言っていた“呪い”を持たずに生まれ、一族からは“最後の子”として、神に近い存在の様に扱われている。
そんなセラ・アマレーノは、一族が生まれながらに受けている呪いを持たずに生まれたその代わりに、璃王と意識を共有できる力を持っていた。
その為に璃王が死んだとは考えなかったのだろう、と、璃王は理解する。
「それを知った一族の大半は、リオンの居場所をセラに問い質そうとした。
それ以来、セラは“呪いの森”の奥にある祠へ閉じ籠るようになった。それはもう、7年前の事だ。
今では、闇の精霊、シェイドと契約し、祠の近くへは誰も近付けなくなっていると言う。
ただ、サクリフィカーレは変わらずやっているけどな」
闇の精霊、シェイド、と聞いて、璃王は「マジかよ……」と、 若干、顔を引き攣らせる。
呪幻術を使うには、火・水・風・地・闇・光の六大元素の中で自分に合った精霊と契約を結ぶ必要がある。
璃王の適応属性は、地と闇。
璃王は地の精霊と契約を結んではいるが、闇の精霊とは契約をしていなかった。
璃王が闇の精霊と契約しなかったのは、契約を結ばなくてもある程度の闇の呪幻術が使える事と、闇の精霊と契約を結ぶのはリスクがある為、自分の命を賭しても契約するなんて酔狂な真似をしたくなかったのだ。
シェイドと契約するなんて、まさかセラがそんなに酔狂だったとはな……と思い掛けて、璃王は首を振る。
そうだ、奴は幼い頃から酔狂な性格をしていたな。
「それでも行くのか? まぁ、彼奴の事だから、リオンなら歓迎するだろうが……会わない内にお前は随分と変わった。
予想とは反対に、その……言っても良いのか分からないけど、男らしくなったから、解るかどうか……。
私は匂いで解ったが、セラはシェイドと契約しても尚無事でいるとは言え、一応人間だからな。
五感は勿論、第六感も人並みだ。 リオンが解るとは……」
「大丈夫だろ」
ラルの話を遮って、璃王は言う。
「奴の事だ。 意識は常に繋いでるだろう。
意識を繋いでいると言うことは、オレが何処にいて、何をしているのかがだだ漏れって事だ。
まさか、襲ってくるような事はないだろう。
万一そんな事があったとして、やり返せば良い事だ。 うん、大丈夫」
ケロッとした調子で璃王が言うものだから、ラルは納得する。
確かに、意識を璃王と共有していると言う事は、璃王の見えているものがセラにも見えていると言う事だ。
それなら、外見で解らなくても誰なのかは理解できる。
「そっか、それでも行くのか。 なら、止めない。
気を付けて行くんだよ、リオン。
アップルパイを焼いて待ってるから」
「楽しみにしている」
淡く微笑んだラルに、璃王は微笑み返した。
―― ――
―― ――
十二支の村を出て、西に向かって歩くと、その辺の木よりも背の高い大樹が群生している場所がある。
樹高は60m、樹齢二千年の大樹が自生して出来ているこの森は、“呪いの森”。
先程、ラルが言っていた森である。
人類が生まれて幾数年と経っているが、まだ謎は解明されておらず、また、人間がこの森に入れば死霊に引かれる事から、“死の森”とも呼ばれ、この森での自殺者も多いと言われている。
璃王は、目の前に聳え立つ大樹の大群を見上げた。
「――この奥に…… セラ・アマレーノが――」
自身の身丈の倍もの高さの大樹を見上げながら璃王は独り言ちると、森の中に入っていく。
森の中は午前中だと言うのに暗く、まるで、日没か夜明け前の様な雰囲気だ。
時折聞こえてくる、野鳥や虫の声がより一層、不気味さを醸し出していた。
そう言えば、と、昔話を思い出す。
昔、この森について母親から、不用意に出入りする事は止められていたな。
普段から怖いもの知らずみたいだった母が、この森にだけは近付きたくない、と言っていた事はよく覚えている。
この森で、小さい子供の霊を見たからだ、とか話していたような気がするが――。
そんな事を考えながら、森の深くまで進んでいく。
霊の存在よりも、そこかしこにあるシェイドの気配の方が、余程不気味なのだが。
森の最深部の手前まで行くと、そこだけ木が根刮ぎなく、代わりに何か、葉が生えている。
よく見ると、それは、野菜だった。
「何故、こんな所に野菜が……」
疑問を口にした後で、璃王は、当たり前か、と納得する。
こんな所に閉じ籠っているんだから、自給自足するしかないな、と。
自分が行方不明になった所為で、こんな所で人目を避けなければならなくなったセラに、少し罪悪感を覚える。
とはいえ、行方不明になったのは、こちらとしても不本意なモノなのだが。
畑を過ぎて、また暫く歩くと、人一人分が入れそうな大きな祠が見えた。
祠の近くの大きな石の上に、白いマントを羽織り、同色のフードを目深に被った人物が膝を立てて座っている。
「そろそろ、来る頃だと思っていたよ、リオン」
膝に頭を乗せて顔を璃王へと向けると、その人物は言った。
顔はフードで隠れていて見えないが、この言葉遣いは間違いなく、璃王が会おうとしていた人物の物だ。
「君が望む情報……果たして、俺が持っているかねぇ?」
口角を上げて、璃王を茶化す様に喋る声は中性的で、それだけでは性別を判断できない。
言葉遣いからは男性のようにも思えるが、マントの下から覗く華奢な腕と脚は、女性的にも見える。
「茶化すな。
「レイナス」っていう奴の事を知りたい。 どうせ、俺の見ていたモノ、見えていたんだろ?」
彼――セラ・アマレーノ――の言葉を一蹴すると、璃王は本題に入る。
奴の言葉なんか、まともに聞いていたらキリがないからだ。
レイナス、と聞いたセラの口元が若干、下がった。
それを見逃がす璃王ではなく、今すぐにでも問い質したいと思った。 だが、問い質した所で、どうせ――。
「あー、あの隻眼クンだねぇ。 紅い目のキザったらしい奴」
やはりな。
璃王は、セラの声のトーンが下がったのを感じると、確信した。
あぁ、こりゃ、はぐらかされる。
話をはぐらかす時は、決まって口角を下げて声のトーンが低くなる。
幼少の頃から変わってないな。
「残念だけど、教えられないな。
世の中、知らぬが仏とか言うだろう? まだ、知るべき段階じゃないんだよ」
そう言ったセラは、何かを知っている様だった。
セラは、ヴァルフォアが生まれながらに受ける呪いを受けずに生まれた。
その代償に、璃王の記憶の共有と、意識の共有の能力を持っている。
だから、璃王が何かを忘れていても、セラなら何か解っているんじゃないのかと思い、セラを訪ねたのだが……。
璃王は、腑に落ちない様な顔でセラを見る。
実際、セラの回答は腑に落ちないし、璃王は納得しなかった。
「そんな回答で俺が納得すると思ったか? 教えろ」
「そう言われてもねぇ。 俺も、確証を得ない内は憶測でしかないから、そんな情報を売る訳にはいかないんだよ。
解るだろう? 俺にだって、事情があるんだって」
璃王を諭す様に、セラは言った。
暫く、璃王は黙って、セラを睨む様に見る。
「ッチ、解ったよ、じゃあな。
まぁ、多分、もう俺からは来ないけどな、こんな所!」
璃王は舌打ちすると、踵を返して、歩き出した。
璃王がそう言うのも無理もない事で。
璃王のように力のある呪幻術師からすれば、常にあるシェイドの気配というものは、畏怖を覚える物だった。
特に、璃王は闇の呪幻術師でもありながら、闇属性の精霊とは契約していないのだ。
感じる畏怖も相当のモノなのだろう。
セラはその背中を、ただ、見送る。
「レイナス・リグレット……。 彼の情報はまだ、揃わないんだよ」
璃王の背中を見送り、その背中が見えなくなると空を仰ぎ、セラは1人、呟いた。
その手には、微かな木漏れ日を反射して光る、銀色のロケットが大切そうに握られていた。
―― ――
―― ――
「それじゃあ、結局、聞きたい事は聞けずじまいだったのか」
「あぁ、彼奴、絶対何か知ってて隠してる感じだった」
璃王は、呪いの森から、再びラルと合流してラルの家に来ていた。
ラルは、約束通りにアップルパイを作って待っていてくれたのだ。
ラルの作ってくれたアップルパイに舌鼓を打ちつつ、璃王は先ほどのセラと会った事を話す。
「まぁ、セラは情報に関しては殆ど喋らないな。
特に、祠に籠ってからは外界との接触をなるべく避けている……私が、採れたリンゴを差し入れする以外はな」
「リンゴは有難く頂戴している感じか」
「まぁ、あんな所で隠居してたら、人も恋しくなるだろうさ」
「隠居老人かよ」
璃王の言葉に苦笑しか返せない。
確かに、やっていることは殆ど隠居老人かもしれない。
「そう言えば、リオンは実家の方には帰ってみたのか?」
ふと、気になった事をラルが訊ねる。
璃王は「いや……」と首を振って、フォークを皿に置いた。
「何か、まだ帰ったらいけない様な気がして……。
俺とミオンは、グラン帝国の王宮で世話になっているんだ。
今は、そこで死宣告者をしながら力を付けている。
母も父も、王家の特務侍女と騎士団団長だろ?
だから、死宣告者になった、と言ったら、ショックを受けそうで……」
璃王の話を聞いたラルは、あぁ……と納得する。
そして「リオンには、こっちの現状も伝わっていないのか」とも思った。
どうするべきか、話すべきか。
ラルは、少しずつ減っていくアップルパイと紅茶に目を向けた。
リオンがこのまま帰ったら、もしかしたら、二度と会えないのかもしれない。
今、言っておかなければ、リオンは何も知らないまま、帰ってこなくなるのではないか。
沈黙していたラルは、声を捻り出した。
「――リオン。 驚かないで聞いて欲しい。
リオンがいつ、こっちに帰ってくるか分からないから、今言っておくことがある」
「何だよ、改まって……?」
ラルの真剣な声色に、戸惑いながら返事をする。
何を言われるのか身構える璃王の耳に、ラルの声が通り抜けた。
「ヴェルベーラ侯爵だけど……リオンとミオンが行方不明になってから、女王陛下と王配殿下と共に行方不明になっている」
「え……ッ、それは本当か……?」
「残念ながら、事実だ。
そして、璃蓮様は……今、国家反逆罪で指名手配されてて、失踪中――」
ラルの話を聞いたリオンは、落ち着く為に紅茶を飲もうとして手に持っていたティーカップを、思わず落としてしまった。
ガチャン、と、ティーカップがソーサーの上に落ちて、音を立てて割れる。
「リオン!?」と、呆然としている璃王に声を掛ける、ラル。
璃王がショックを受けているのは、一目瞭然だった。
璃王と彼の両親は、親子仲が良かった。
両親は璃王を大事にして、璃王も両親が大好きで――。
そんな親子仲を知っているからこそ、ラルは璃王に両親の現状を話しておこうと思っていたのだが。
それはどうやら、裏目に出たようだ。
「あぁ……すまない。
すぐに片づける……。
何か拭くものと、割れた物を入れる物はないか?
カップも、割ってすまない」
「いいよ、気にしないで。
カップ自体は、私の趣味で集めてる物だったし……それより、大丈夫?
やっぱり、ショックだったよね」
布巾と袋をダイニングの戸棚から引っ張り出して、片付けながら、璃王を案じる言葉を掛ける。
ラルは、テーブルを拭きながら、言葉を続けた。
「でも、まだ、死んだと決まったワケじゃない。
最強の騎士団団長と、元私騎士団の「鉄壁の守護者」と言われたリオンの両親が付いてるんだから、陛下も殿下も絶対無事。
絶対、リオンの両親も無事だし……それに、璃蓮様が国家反逆罪なんて、絶対ない」
風と地の呪幻術師として、また、同じ呪いを持つ者として。
ラルは、璃王の母――雪華・ヴェルベーラに師事していた。
だからこそ、ラルは、リオンの両親がどれだけ強いかを知っている。
知っているから、リオンの両親もまた、彼らに守られているイリアの女王――アルテミス・ルーンとその王配、神南弥月が無事であるという事を、信じて疑っていないのだ。
そしてまた、弥月の方も優れた死宣告者である為、4人が死んでいる筈がない、と――。
「何かの間違いだ。 それは、私の両親も疑って、調べてる。
私も、動ける時には動いているから……もし、何か解ったら、必ずリオンに知らせる」
「ラル……」
王家の忠臣として、騎士団団長にまで上り詰め、王家の為に動いていた璃王の父――神谷璃蓮が、反逆などする筈がない。
仮に反逆したとしてそれは、何か理由がある筈だ。
ラルの言葉から、そんな意図が読み取れた。
「ありがとう。
今は、グランで保護されてるような状態だから、イリアの情報が全く入ってこないんだ。
こっちで状況を知ろうとするにも限界があったから……助かる」
ラルには、頭が上がらないな。
そんな事を思いながら、璃王はラルに自分の状況を問われるままに当たり障りない部分だけを伝えた。
―― ――
―― ――
璃王は十二支村を出て、村の外れを目指していた。
目的の人物に会えたし、ラルからは思いもよらない情報が聞けたしで居座る理由もないので、ここまで自分を連れてきてくれた操縦士――エリオール・レイスと合流して、帰ろう。
今頃、暇すぎて寝ていそうだな、と思いながら、璃王は何もない所で私用に付き合わせた事を申し訳なく思う。
両親の安否以外、大した収穫もなかったし、ただの徒労に終わったな。
いやまぁ、両親の事が知れて良かったのは良かったのだけれども。
知りたかった情報を全て聞く事ができなかった事だけが心残りだ。
そう思うと、エリオールに少し悪いな、と思った。
折角の休みだったのに、悪い事をしたな、と。
「もしかして……忌み子?」
エリオールへの罪悪感でブルーになっている所で、不意に、背後から少年の声が聞こえた。
その声に璃王は舌打ちしながら振り返る。
「ちっ、またか。 今度は誰……ッ!?」
「誰だ」と言おうとした言葉は、その姿を見て、途切れた。
璃王は、驚愕とも恐怖とも取れる表情をする。
暫くの沈黙の後に漸く、璃王は声を絞った。
「リ……っ、リト・コスモ……ッ!?」
絞り出した声は、何処か震えていて、彼の姿を捉える目には、恐怖の色が滲み出ていた。
ドクン、ドクン、と心臓が早鐘を打ち、嫌な汗が背中を伝う。
喉に何かが込み上げる様な感覚があったが、それを無理矢理押し込む。
次第に、息が苦しくなってきたのは気のせいだろうか。
「ふぅん、覚えてたんだ?」
後ろで三つ編みのお下げにしている群青色の長髪に、切れ長の藍色の左目と鳶色の右目が印象的な少年。
歳は、璃王の2つ上くらいだろうか。
彼は、リト・コスモ。 璃王の遠縁の親戚である。
璃王は、顔を青くして、その場に固まる。
幼少の頃から、親戚関係には散々差別され、虐められていた。
その中でも、リトと母方の兄の子、つまり従姉からの虐めは度を越して酷かったのだ。
その時のトラウマが未だに癒えてなく、璃王の中では死んでも会いたくない親戚の部類に入っている。
(リト・コスモ……。
よりによって、イヤな奴に遭遇するとは……。
他の連中もイヤだが、こいつだけは特に──)
どちらが喋るでもなく、無言がその場に流れる。
風に揺らされて擦れ合う樹々の音だけが、二人の間に流れていた。
@十二支村
璃王の一族・ヴァルフォア家が管理する小さな村。
村には、王家とヴァルフォアの人間しか足を踏み入れる事ができない。
家のタイプは様々で、和屋敷の様な家もあれば、洋風の屋敷の様な家もある。
@呪いの森
正式名称:「聖少女の森」。
大昔、神に捧げられた少女たちが幽閉されたとされる森。
ヴァルフォアの者が死後、魂を浄化して生まれ変わる為に逝きつく場所とされる。
現在、セラ・A・ヴァルフォアと闇の精霊・シェイドの棲み処となっている為、余計に誰も近づけなくなったとか……。
余談だが、璃王の母・雪華・V・ヴァルフォアは、幼少の頃に森で二人の幼女の霊を見た事があるのだとか……。
一人は人間で、もう一人は猫の耳が生えた幼女で、いずれも顔が見えなかった、と、森に近付こうとする子供に伝えていたとされる。