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Promessa di duo―太陽ト月―  作者: 俺夢ZUN
第1楽章 少年少女解明編
6/40

Ⅳ.神月明日歌 -Athca Kanzuchy‐

 寂しさを抱いて孤独な涙の水の中を

  君は独りで沈んでいた。


  “居場所がないなら、付いてくる?”

    問い掛けると、君は頷いた。


 暗く、冷たい空間。そこに、弥王は居た。

 正確には、感覚などはない。

 これは夢であると、弥王は次第に見えてきた周りの景色を見て、理解する。

 深いダークブルーの景色が辺り一面に広がっている。

 その視覚の情報から、冷たさを想像するのは、難しい事ではなかった。


 それは、暗い水底の夢。

 時折、淡い光が射しているのが見えるが、この深い水底にまで光は届かない。


 綺麗な夢だ、と、弥王は思いながら、その夢が孤独と寂しさを孕んでいるのを感じた。

 一体、誰の夢だろうか……。

 さて、昨夜(ゆうべ)は誰かの夢に入り込むような準備をして寝た記憶はないのだが。


 困惑しながらも、不躾だが折角だし、もう少しこの風景を楽しんでからお暇する事にしよう、と思い、弥王は何処までも続く水底を眺めた。


 「水は好き……キラキラしてるから……。

 でも──」


 不意に背後から少女の声が聞こえて、弥王は急ぎ振り返る。

 どうやら、この水底の夢の主らしい。


 弥王は少女の姿を見て、絶句する。

 まだ、年端の行かない、幼い少女。しかし、弥王が驚いたのは、()()()()姿()だった。

 そんな弥王に、体を抱え込む様に蹲った少女は、消え入りそうなか細い声で言った。


 「水の中は冷たくて、暗くて……さみしい──」

 (オレと同じ顔──!?)


 そう言った少女は、目の色を除けば弥王と瓜二つだった。

 歳の頃は10歳くらいだろうか。

 右目をブルーマロウの髪で覆って、今にも消え入りそうな寂し気で悲しそうな顔が印象に残る。


 絶句している弥王を気にも留めず、少女は目を伏せて、そのまま水の中へ消えていった。

 それと同時に、弥王の意識もその夢から離れて行く。


 そろそろ、自分の目が覚める――。


 ―― ――


 ―― ――

 バチっと音が付きそうな勢いで、弥王ははっと目を開いた。

 直ぐに起き上がれば、シーツの感触に目が覚めたのだと、理解する。

 まるで、嫌な夢を見た後で目を覚ましたかのような、嫌な動悸が心臓を叩く。

 それを落ち着かせるように、弥王は深く息を吐いた。


 「今のは……()()()()()なんだ……?」


 呟いた弥王は立ち上がって、洗面所にある鏡の前に立つ。

 鏡に映るのは当然、自分の仏頂面だ。

 あの夢で会った少女は、目の色を除けば自分とほぼ瓜二つだった。

 この世に、自分と同じ容姿を持つ人間が居るなら。

 それは、自分の血縁者になる、という事だが。


 しかし、と、弥王は考える。


 三人兄弟の末っ子だった為、弥王には姉と兄は居れど、妹は居ない筈。

 記憶の中の両親は、こっちが呆れるくらいバカップルみたいな夫婦だった為、腹違いや種違いは有り得ない。

 たとえ、実の兄弟だとしても、そもそも、丁度十年前は──。


 弥王はそこまで考えて、ある事に気が付く。


 そう言えば、何で自分は彼女の夢に入り込めたのだろう。

 弥王は、顔と名前さえ解れば、その者の夢に入り込むことができると言う能力――夢渡り能力――を持っている。

 その能力で、時には標的に悪夢を見せ続けて、精神的な苦痛を与えた後に襲撃する、なんて方法を使う時がある。

 それも一つの所以で、弥王は「悪夢の伯爵(ナイトメア・カウント)」と言う異名を持っているのだ。

 極稀に、顔も名前も知らない他人の夢に入り込める時があるが、それは、ある条件が重なった時でないと不可能な為、殆ど出来ないに等しい。


 弥王は、引っ掛かりを覚えながらも、いつもの様に部屋から出る支度をする。

 とは言っても、今日は本業もバイトも非番の為、これからどうしようかと悩む。


 相方である璃王は、昨夜から国外に出ている為、今日は一人だ。

 公爵は、女王陛下に呼ばれて王宮に出掛けているし、部下は部下で暇潰しの相手にもならない。


 ──そうだ、久し振りに街に出掛けよう。

 丁度、欲しい本が発売されているんだ。


 気分を切り替えて弥王は、折角の休暇を満喫する事にした。


 ―― ――



 ―― ――


 「あー、璃王も公爵も居なくて……暇だけど、こう、悠々自適の休暇も良いもんだなぁ……」


 国立公園の小高い丘を越えた場所にある湖の(ほと)りに、弥王は寝転がって居た。

 暖かな日差しが瞼を重くして、弥王は微睡(まどろ)む。


 取り敢えず弥王は、本があって寝心地が良い場所なら何処でも眠れる人で、国立公園の湖は弥王の昼寝スポットになっていた。

 今日の休暇も、目を付けていた本を買って、お気に入りの場所で過ごす。


 (まさか、真偽のアイシャ置いてあるなんて思わないだろ。

 あの本屋、切り裂きジャックジャック・ザ・リッパーは気に食わないから置かないって言ってたのに。

 さて、任務もなし、バイトもなし、面倒な貴族……面倒な貴族(大事な事なので(略))からの依頼もなし、読みたかった小説も手に入って……今日はツイてる!)


 休暇をグレアからもらった時、『明日は雨のち雷時々ハリケーン、所によっては隕石落下が予想される』と、璃王が、世界の終わりでも告げられたかの様な絶望した顔をしながら言っていたのを思い出す。

 確かに何か嫌な予感はするものの、弥王は素直に休暇を満喫する。

 そうでもしなけりゃ、こんな仕事をしているのだ。精神が持たない。

 己の精神状態は、O.C.波や夢を操る弥王にとっては死活問題だ。

 不安定な精神状態で他人の夢に入れば、弥王までその影響を諸に受けてしまう。

 そうなれば、下手をすれば廃人になってしまうのだ。

 それを防ぐ為にも、休暇中のリフレッシュタイムは必要不可欠な事だった。


 うつらうつらと意識を揺らしていると、不意に弥王の耳に何かが水に飛び込む様な音が届いた。

 それは、割と近くから聞こえた。


 「今の音は!?」


 突然の音に、ハッと意識を覚醒させ、弥王は辺りを見回す。

 すると、弥王の居る場所から1メートルくらい離れた所に白いパンプスが揃えて置かれていた。

 その前の水面が、何かを投入した後の様に揺らいで、波紋を作っている。

 その状況はどう見ても、誰かが湖の中に飛び込んだとしか考えられない。


 「おいおいおい、ちょっと待てよ、これはヤバすぎるって!」


 弥王は、上に着ていたシャツを脱ぎ捨てると、湖に飛び込む。


 浮かび上がっていない事を考えると、意図的に入水したのだろうか。

 ──自殺するのはいいが、目の前でしてくれるなよ、まったく!


 幾ら弥王と言えど、自ら命を投げ出すような人間を心配する程、人間的にできていない。

 それでも、このまま知っていて放っておくのは、寝覚めが悪い。


 内心で毒づきながら水中を潜っていると、湖の中の少し深い場所で紫の長髪が揺らめいているのを確認した。

 弥王は、そこまで泳いでいく。

 すると、白いワンピースを着た、まだ幼い少女の姿を捉えた。

 少女の腕を引き寄せて、抱え込む様にして水面を目指し、泳ぐ。

 自分一人ならどうという事はないが、小さいとはいえ人を抱えていては、上手く泳げない。

 

 弥王は、どうにか湖から上がって、少女を引き上げた。

 気絶はしている物の、水を飲んだ様子のないその少女の顔を見た瞬間、弥王は驚愕する。


 「この子は──!?」


 その少女は、今朝、弥王が入り込んでしまった夢の主の少女だった。


 ―― ――



 ―― ――


 「うぅ……ん……」


 小さな唸り声が聞こえて、弥王は読んでいた本を閉じる。

 あれから、弥王は少女を裏警察(シークレット・ヤード)本部の自分の部屋に連れて行って、少女の眼が覚めるのを待っていたのだ。

 ふと隣を見れば、先程助けた少女が目を覚ましていた。

 呆然と開かれた瞼の下から、虚ろなアクアマリンの瞳が見える。


 「お目覚めの様だな」


 弥王は、少女に声を掛けた。


 「気分はどうだ?」


 問いかけながら、弥王は少女の顔に掛かった髪を避けようと、少女に手を伸ばした。

 少女は、伸ばされたその掌に恐怖を抱いたのか、目をギュッと瞑って、シーツを握り締める。

 その拳は、小さくカタカタと震え、今にも泣き出しそうな顔をしていた。

 どうやら、少女は今まで、相当怖い思いをしてきたのだろうと、弥王は何となく思う。


 「怖がらなくて良いよ」


 弥王は、努めて優しい口調で諭す様に声を掛けると、額に張り付いた少女の髪を撫でて避ける。

 そっと、少女は弥王の顔を伺う様に見上げた。

 優し気な緑玉の目と目が合う。


 「別にさ、殴ろうとか思ってないから。

 怖がらせて、すまない」


 見上げてくる少女に微笑んで、弥王は言った。

 その笑みに安心すると、少女は首を振り、辺りを見回す。

 見慣れない部屋。

 黒と紫で埋め尽くされた部屋は、この人の趣味なのだろうか。


  少女は、弥王に尋ねる。


 「あの、ここは……?」

 「オレの部屋だ。

 君、あの湖で溺れて、近くに居たオレが助けたんだ」


 少女の質問に、弥王は答えた。

 屈託なく返された弥王の回答に、少女は睫毛を伏せる。


 本当は溺れたんじゃない。本当は──。

 助けてもらった事に、少女は罪悪感を覚えた。


 「どうして、あんな所に居たのか……訊きたいが、まぁ、大体予想はつく。

 じゃないと、余程の物好きじゃない限りは、寒中水泳なんてしようとは思わないし……しかも、服を着た状態でな」


 弥王は、少女が不注意で溺れた訳じゃないのを見抜いた。

 とはいえ、あの状況では、誰もが真っ先に入水自殺を図ったものだと思うだろうが。

 弥王の言葉に少女は、シーツを握った手に視線を落とす。

 目の前で死のうとしていた自分に、この人はどう思うのだろう。

 自分は見も知らぬ他人だ、きっと、物凄く迷惑だっただろうか――。


 暫くの間、弥王と少女の間で沈黙が流れ、少女はポツリと語り始めた。


 「アスは……化け物だから、居ちゃダメなの……」


 アス、と自分を呼んだ少女の話を、弥王は黙って聞く。

 少女の目には、透明な膜が張っており、今にも泣きそうだった。

 ややあって、少女は前髪を掻き上げると、弥王の方を見た。

 その目は、双眸で色の違う――所謂、オッドアイだったのだ。

 生気のない緑の右目が、虚ろに弥王の姿を映す。


 「アスの目、右と左で目の色が違って……。 それが気味が悪いって……。

 お父さんもお母さんも死んで、アスは、何処にも居られない……育ての親もいなくなって……どう生きたらいいか分からない……」

 「そうか」


 少女の話を聞いて、弥王は呟いた。


 まだ、幼い時に両親を亡くした少女の気持ちは、弥王にとっては痛い程解る。

 弥王もまた、幼い頃に両親と引き離されているのだ。


 この子には、何処にも居場所がない。

 帰る場所もないのだろう。

 それ以上に、少女の事について気になる事がある。

 それは、今、こうして少女と向かい合っていることで確信に変わった。


 この子は放っておいてはいけない。

 この子は、もしかしたら──。


 弥王は、少女の頬に手を添えて、言った。


 「居場所がないなら、オレとここに居る?」


 弥王の言葉に少女は、僅かに驚いたような表情で弥王を見る。弥王は続けた。


 「裏警察(シークレット・ヤード)って言う、女王直属の特殊警察に所属しているんだ。

 ここはその宿舎。

 オレを含めた隊員は皆、ワケありだから君も直ぐに打ち解けるだろう。

 ここのボスには、オレが上手いこと言っておくからさ。

 ……どうかな?」


 真っ直ぐに自分を見る緑の目を、少女は見返す。

 引っ込み思案で鈍間(のろま)な自分に、できるだろうか。

 こんな自分でも、ここにいていいのだろうか。


 でも、どうせ、一度は死んでいるこの命。

 他に使い道があれば──。


 少女は、不安げな声で弥王に訊く。


 「アスに……できる……?」

 「それは……君次第かな。

 君にはどうやら、君が気付いていない潜在能力がある様だ。

 それを今、放っておけば、それこそ大変な事になる。

 同じ能力を持っているオレとしては、ここで君を放置する事は出来ない。

 オレならそれを、抑える事も上手く引き出す事もできる」


 弥王の言葉に、少女は揺らぐ。


 この人の言う、自分の能力というものを見てみたい様な気がする。

 だけど、一歩踏み出すのが怖い。

 今までだって、上手く生きられなくて、結局、最愛の両親を亡くし、姉妹も亡くし――。

 人を信じる事も出来なくなった。

 唯一、信じていた人からの裏切りも、自分が上手く立ち回れなかったからだと思う。

 ――でも……。


 好奇心と臆病の間で、少女は考える。


 ――この人は、信じても良い?

 人をもう一度、信じる事ができる?


 グルグルと考えていると、ついこの間までの事を思い出す。


 恐怖に包まれた家庭、信じることのできない養父母、死ぬような事故を起こしたのに、何故か生きている自分。

 ずっと一緒に居た姉妹は、養父母と共に死んだ――否、殺された。


 そんな自分に、居場所はもう、ない。


 そんな事を考えて、少女は弥王を見る。

 少女が決断するのを、笑みを絶やさずにじっと見守っていた。

 弥王は、迷っている少女に手を差し出す。


 「もし、君がここに居るなら、君はオレが守ってあげる。

 何があっても、ね」


 優しい言葉を掛けられたのは、いつ振りだろう。

 自分を真っ直ぐ見て、微笑む彼。

 温かな緑の目に、少女は決断する。

 

 ――どうせ、居場所がないなら。

 彼に報いる事ができるのではないだろうか。

 居場所がなくなった、裏を返せばそれは、何処にでも行けるという事。

 《自由》という事だ。

 それなら――。


 少女の手は自然的に、弥王に伸びていた。

 何故だか解らない。 だけど──。


 「あ……アスカ……。

 えと、神月(カンヅキ)明日歌……です」

 「神南(こうなみ)弥王(みお)だ。

 よろしくな、明日歌」


 少女――神月明日歌は、差し出された弥王の手を握って、名乗る。

 何故だか解らないけど、「この人に付いて行ってみたい」、明日歌は、そう思っていた。

 自分を助けてくれた彼に報いる。それが、彼女の生きる意味となったのだ。


 ――



 ――


 「……、神南。

 ここは孤児院じゃないのだが」


 王宮から戻ってきたグレアに明日歌の事を話すと、返ってきたのは、呆れたようなグレアの声だった。

 グレアの視線の先には、サイズアウトした弥王の服を着た明日歌の姿があった。

 初めに着ていた服はずぶ濡れだった為、裏警察(シークレット・ヤード)に所属する女医・ロラン・ハーストが着替えさせたのだ。

 

 「で、どうしたんだ、その子は。

 まさか、拉致ったとかじゃないだろうな。だとしたら、その子の立場如何によっては、お前をしょっ引かなければならなくなるのだが」


 こちらを凝視してくる、グレアの冷めた視線が痛い。

 グレアが懸念するのは、致し方ない事で。

 彼は、明日歌が表社会の人間か否かを聞いてきているのだ。

 当然、表社会の人間を拉致ったとあれば、幾ら裏警察(シークレット・ヤード)の幹部である弥王と言えども、それ相応の罰を受けなければならなくなる。

 身内に、気に入った人間を拉致同然で裏警察に引き入れる妹が居る為、グレアとしてはかなり人選は慎重になっていた。


 「まさか~、人聞きの悪い。

 でも、ほら、この子、可愛いだろ?オレに似て」

 「ふむ、神南がナルシストのロリコンだという事は良く分かった」

 「ロリコン!?失礼な!公爵と一緒にしないでもらえますかねぇ!?

 しかも、オレは初対面の子を可愛いとは思っても、恋愛対象にはしませんから!

 そう言うのは、ある程度親交を深めてから手順を踏んでからだな……って、そんな事はどうでもよくてだな!?」


 ロリコンに関しては、グレアにだけは言われたくないのだろう、弥王はグレアを捲し立てるように自分の恋愛観を暴露する。

 ナルシストのロリコン認定されては堪るか!

 それを、グレアが更に冷めた視線を送ってくる。

 ――やめろ、そんなイタイ物を見るような眼でオレを見るな!


 一旦落ち着く為、弥王はコホン、と一つ咳払いを落とす。


 「この子、オレが昨夜(ゆうべ)寝てた時に誤って夢に入り込んでしまったんだよ。

 オレはこの子と面識はないし……」

 「面識がない?

 それにしては、随分と神南に似ていると思うのだが……親の隠し子とかじゃないのか?」


 弥王の話を遮って、グレアは先ほどから思っていた事を口に出す。

 「赤の他人です、初対面です」と言う割に、明日歌は弥王に似ている。

 弥王の話が本当なら、それこそ両親どちらかの隠し子になると思うのだが……。

 そんな事を考えるグレアの耳に、辟易したような弥王の声が届く。


 「失礼な。

 オレの両親はそんな、不実な人間じゃないし……むしろ、見てるこっちが冷めるような超絶バカップル夫婦だったよ。

 母親は父親にベッタリだし、父親は満更でもなく……思い出しただけで、甘ったるすぎて胸焼けしそうだ」


 それは一体、どんな夫婦だ。

 女子にゲロ甘な弥王でさえ、胸やけを起こすほどの熱い夫婦仲だったのか、とグレアは思った。

 

 「とにかく、両親の隠し子ってのはあり得ない。

 親戚つっても、今は調べようがないし……。

 とにかく、明日歌の事はこの際、置いておいて、だ。

 一つ気になる事があるんだよ」

 「ほう、気になる事?

 それは何だ?」


 弥王の言葉に興味を惹かれたのか、グレアは僅かに眉を上げて弥王の話の続きを待つ。

 弥王は、促されるまま、続きを話し始めた。


 「明日歌の声の事だ。

 もしかしたら、オレと同じような能力を持っているかもしれない……と言うか、持っているみたいだ」

 「O.C.波(オーシーは)を?

 それは、確かなのか?」

 「確証は……まぁ、ないけど」

 「ないって……お前な」


 弥王の話を聞いたグレアが、咎めるように口を尖らせる。

 尚も何か言いたげなグレアの口を物理的に掌で塞ぎ、弥王は困った様な表情でグレアを見上げた。


 「でも、オレが無意識に夢に入れるという事は、そう言う事になる。

 夢渡りは、相手の情報を見るか、O.C.波の波長が合わないとできないからな。

 何度も言うが、オレと明日歌は、昨夜の夢渡りが初対面だ。

 今日も、湖で会うまでは、名前も知らなかった」

 「俄かに信じ難いが……」


 できる限り部下を信頼するのが、グレアが部下に示す誠意。

 かといって、何でもかんでも信頼していたら己の首を絞める事も十分あるので、ある一定の信頼以上は置かない事にしていた。

 そう言う意味では、弥王と璃王に対しては一定以上の信頼を示してはいるのだが……。

 どうも、弥王の話は信じ難いと思ってしまう。


 それは恐らく、未だに弥王の事を完全には信用しきられていない所があるからなのかもしれない。

 自分の妹が連れてきた素性の知れない少年、それも、彼女は彼らの事を何か知っているような感じではあるが、彼らの素性はトップシークレットとして、こちらには一切明かされていないのだ。

 そんな弥王を――、彼らを完全に信じ切っていいのかどうかは、本当に判断に困る。

 入隊から今までの関係性や仕事ぶりを見るなら、その点では信頼してはいるのだが……。


 「事実なんだから、信じてくれよー、ボスだろ?」


 明らかに不信なモノを見るかのような視線を浴びた弥王は、拗ねたように唇を尖らせていた。

 弥王の表情を見る分には、嘘をついている感じでもない。

 そもそも、こんな事で嘘を吐いても、弥王にメリットはないか。


 「はぁ、わかったわかった。

 それで、その神月明日歌……と言ったか?

 これからどうするつもりだ?」


 拗ねたような弥王の顔を見て、色々と考えるのも馬鹿らしくなってきたので、グレアの方から折れる事にした。

 明日歌のこれからの事を弥王に問えば、「そうだなぁ……」と考える仕草を見せ、暫く黙った後で口を開いた。


 「とりあえず、裏警察で面倒見るしかないだろ。

 O.C.波があるなら、迂闊にディリー夫人の所には連れてけないし。

 かといって、保護した子をリリースするのも鬼畜過ぎるだろ……何より、最近、動きが活発になってるギルド関連の方も気になる。

 そっちに捕まったら、どういう待遇をされるか分かったもんじゃないだろ。

 良くて組員にされるか……悪くて、人体実験台(モルモット)にされた挙句、殺戮人形(マリオネット)で使い捨て……という可能性も」

 「お前が言うと、冗談に聞こえない」

 「はははっ、そうか?」


 それこそ、弥王は――弥王と璃王は、悪逆非道なマフィアから、人体実験の実験台と殺人マシーンとして扱われていたという経歴を持つ。

 それは、自分の妹から直接聞いた話なので、間違いはない。

 その為、そう言う事を冗談めかして言われても、グレアの耳には冗談に聞こえなかった。

 冗談のつもりで言ったっぽい当の本人は、カラカラと笑っているのだが。


 「O.C.波の事は、強く()()()()()人間が一番良く分かる。

 お互いに感知する事があるからな。

 明日歌はまだ、覚醒段階に来てないみたいだし、放置してたら、歌っているだけで100人は余裕で殺せるぞ」

 「それはシャレにならないな」


 弥王の話を聞いたグレアは、顔を引き攣らせる。

 普段、特に難なくO.C.波を扱っている弥王を見ている所為か、O.C.波に関してはそこまで危険なものだとは思っていなかったのだ。

 弥王がO.C.波で事故を起こしたという話も聞いた事がない。

 そもそも、O.C.波自体、あるという事は聞いた事があっても、実際にその力を持つ人間が近くにいた事がなかったのだ。

 そんなグレアが、弥王の話を聞いてもピンとこないのは仕方のない事だろう。

 

 しっかりと危険性について理解したであろうグレアの表情を見て、弥王はニコニコと少しの恐怖を感じるような笑みを浮かべる。


 「だろ?

 だから、ここはオレに任せて、明日歌を仮入隊扱いで入れてくんね?

 勿論、何かあった場合はオレが責任を持つし。

 明日歌の事も、近くに居れば守ってやれるしな」


 隣にいた明日歌に視線を向けると、弥王は明日歌の頭を撫でる。

 こうして見る分には、本当に兄妹のようにも見える。

 明日歌の方は、突然撫でられて頬を紅潮させているが、嫌ではないらしく、撫でられるがままにじっと弥王を見ていた。


 弥王が「責任を持つ」と言うのであれば、グレアにこれ以上拒否する理由もないだろう。

 それも、O.C.波と長年付き合っている弥王の判断だ。

 これ以上は断れない。


 「責任って……そうか、そこまで言うなら、それこそ、神月がただ歌っただけで裏警察の人員が死んだら、神南には大和に伝わる……切腹だっけ、腹を切ってもらおうか」

 「うげ……容赦ないなー、公爵。

 勿論、介錯はあるよな?」


 グレアが言い渡した決定に、弥王は顔を引き攣らせる。

 幼少期、弥王は自分の父親から、「大和には、自分の筋を通すために腹を切る習慣がある」という話を聞かされたことがあるのだ。

 しかも、その傷跡を見た事もあった。

 その為、「切腹」というワードは弥王にとってはトラウマでしかないのだ。


 「ないに決まってるだろ」

 「鬼畜かよ!?」

 「お前の上司は、そう言う男だ」


 得意げな顔で微笑むグレアの顔面に一発決めてもいい筈。

 

 弥王は、グレアに僅かな殺意を覚えた。

 そういう訳で、明日歌は見事に裏警察に仮入隊する事が決まったのだった。


@「真偽のアイシャ‐True Eyshah‐」

 Pdd世界の中で事実を元にしたフィクション作品。

 半世紀前に起こったとされる「切り裂きジャック《ジャック・ザ・リッパ―》事件」を元にしたロマンス小説。

 剣の腕はポンコツだが、銃の腕は超一流の銃騎士・エルリック・シーズが、グラン帝国で起こっている変死事件の捜査をすることになる所から物語が始まり、物語が進むにつれて、切り裂きジャックであるアルジャ・ド・ハーマンと対峙する事に。

 何度も戦闘を繰り広げていく内に、お互いに情が芽生え、最終的には贖罪の為に髪を切り、生まれ変わる事をエルリックに誓って「アイシャ・ハーケーン・シーズ」として生きていく、という事で話が終わる。


 ちなみに、モデルとなったエルリックとアイシャは、半世紀後の現在は老後を平穏に満喫しているという。

 作品は世界中の老若男女に人気があり、未だに語り継がれている。

 尚、弥王や弥王の父もエルリックの大ファンである。


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