番外編 目覚め-Hello The World-
――君だけが唯一の世界。
そして、君にとっても僕が唯一の世界だったんだって、その時気付いたんだ。
――夢を見ていた。
懐かしくも遠い記憶の夢。
『ジン! 見て~、お花!』
そう言って、自分と同じ容姿をした赤い髪の女の子が一輪の赤い花を少年に差し出す。
生まれた時から体が弱い少年は、幼少の頃はその1日の大半をベッドで過ごすことも珍しくなく、今回も流行の風邪を貰ってしまって、療養中だった。
『わぁ~、かわいい……。
サンが採ってきたの?』
『うん! お家の近くに川があってね、その向こうに咲いてた!』
少年とは正反対に活発な姉は、外に遊びに行くと色んなものを持って帰って少年――ジンに報告してくる。
彼は、それが楽しみで、両親や使用人の目を掻い潜っては家から出て遊びに出てい行く姉の悪行を告げ口する事はなかった。
要するに、彼も共犯者である。
『いいなぁ、サン。 お外に出られて。
何してたの?』
『探検! お家の周りだけでもいっぱい楽しいんだ!』
少年は姉が羨ましかった。
満面の笑みで質問に答える姉は、目をキラキラさせてやや拙い口調で色んな事を教えてくれる。
双子に生まれながら、活発な姉とは違って体が弱い自分に悲しくなってくる。
自分もいっぱい走り回れたら、サンと一緒に沢山何処にでも行けるのに。
『あ、そうだ、これ! じゃーん!』
泣き出しそうなジンの顔を見て目頭が熱くなったサンは、一瞬だけ俯くとすぐに顔を上げて、隠していたジンへのお土産を見せるように差し出す。
サンが両手で持っていたのは、お世辞にも綺麗だと言えないお花の冠。
それは、小さい子が動かしにくい手で一生懸命作った、この世でたった一つしかない冠だった。
それを見たジンは目をいっぱいに開く。
『これ、サンが作ったの!?』
『うん! 上手にできてるでしょ~!
ジンに似合うと思って!』
そう言って、サンはジンの頭に冠を載せる。
白い花の冠は、ジンの赤い髪に映えてとても似合っていた。
『ジン、元気出して!
元気になったら色んなとこ教えてあげる!』
そう笑ったサンだけが、彼の世界だったのだ。
――うん、約束!
―― ――
―― ――
深い闇の中に薄く白い光が広がるのを感じた。
その光を自覚した時、体のすべての感覚が徐々に戻ってきて、自分が眠っているという事に気付いた。
「ん……、っつ……」
「ジン……?」
あまりの体の怠さと頭の痛みに小さく声が漏れる。
自分の名前を呼ぶ声にゆっくりと目を開ければ、視界の中に赤い髪の少女の姿が映る。
赤い髪にマリーゴールドの瞳は心配そうにこちらを見下ろしていた。
「……、サ、ン……?」
漸く絞り出した声は掠れていて、喋る事さえ億劫に感じる。
しかし、少女の名前を呼べば、彼女は瞳に涙を浮かべ「ジン!」と名前を呼んだ。
「ジン! あぁ……本当に良かった……!」
彼女は握っていた少年――ジンの手を額に当て、ボロボロと涙を零す。
しかし、どうして彼女がこんなに泣いているのかジンは不思議だった。
「サン……、僕は……」
次に状況を確認しようと頭を横に動かせば、点滴のパックが見えた。
中には透明な液体が入っており、少しずつ雫が下に落ちて行っている。
鼻腔には微かに消毒液の匂いがした。
見覚えのない部屋。
窓から差す光が眩しい。
「ここは……?」
静かに泣く自身の姉の方を見て問いかければ、彼女は涙で濡らした目で自分を見る。
そして、優しく教えてくれた。
「ここは裏警察本部の医務室だ。
気を失う前の記憶はあるか?」
「……?」
彼女に問われて、ジンは覇気のない瞳で彼女を見る。
どう思い出そうとしても、自分がなぜ、こんな場所にいるのか分からないのだ。
だって、自分はエデンカンパニーの研究員であり、サンを動かす為の人質。
それがどうして……?
はっきりしない頭で考えてみても思い出せなかった。
「まぁ、その話はあとで……、ちょっと待っててな、今、ロランさんを呼んでくるから!」
そう言って、少女は立ち上がると、慌ただしく医務室を出て行った。
―― ――
―― ――
暫くして、サンが一人の白衣を着た女性を伴って戻って来た。
陽の光を受けて綺麗に輝く肩より少し長いくらいの金髪に真紅の瞳が神秘的な女性。
彼女は、ジンのベッドの隣にしゃがみこむと、簡単に状態を診てくれた。
「――うん。 バイタルは正常、顔色は少し悪いけど、ずっと眠っていたんだもの。
気分はどうかしら?」
落ち着いた声がジンに問いかける。
「あ、あの……」
ジンは彼女の検診に疑問を抱いて戸惑ったような声を零す。
“診た”とはいっても、彼女は何も使っていないのだ。
体温計は勿論、血圧計も。
それどころか、ぱっと見だけで判断してしまった。
それなのに、“正常”とは一体……?
ジンの言いたいことが分かったのは、彼女は控えめに微笑んだ。
「あぁ、私、光属性の呪幻術師なのよ。
光属性は便利でね。
見ただけで体の状態を診ることができる術式があるから、その検査をしただけ。
透過検査って言ってね。
体の中ぜぇ~んぶ、視えちゃうんだから」
「ぜ……っ!?」
妖しく微笑む彼女の言葉に気恥ずかしさを覚えてしまったジンは顔を真っ赤にしてシーツで顔を覆う。
彼の反応が初々しく可愛らしくて、女医はふふふ、と小さな声で笑って見せた。
「自己紹介が遅れたわね。
貴方の治療を担当させてもらったロラン・デュランダンテよ。
裏警察で医者をしているの」
「あ、えっと……ジン・エデンです……。
その、ありがとうございました……」
ひょっこりとシーツから顔を出して、ジンは女医――ロランへ視線を向けて自己紹介をした。
―― ――
―― ――
「2か月近くも!?」
これまでの出来事を説明してもらったジンは、自分が2か月近くも眠っていたことに驚愕し、声を上げる。
彼が気を失ったのが、謎の死宣告者3人に襲撃を受けた日の夜。
その時はまだ、11月だった筈である。
そこから2か月近くという事は、もう新年明けているではないか。
「そうだ。
お前が璃王さんに解毒薬レポートを託して、それを元にロランさんが解毒薬を作ってくれたってわけだ。
ただ、解毒薬を投与しても中々目が覚めなくて……」
サンが言葉を切ってまた、泣きそうな瞳をジンへ向けてくる。
その様子を見て、彼は姉を相当心配させたのだと理解して胸が痛んだ。
何よりも、弟である自分を守るために何でもしてきた彼女。
そんな彼女の前から自分がいなくなったら、サンは泣き暮らしていただけでは済まなかっただろう。
「でも、良かった。
本当に……、ちゃんと目が覚めて」
言っていく内にまた、オレンジの瞳から大粒の涙を零していく。
しくしくと泣くサンの頭をロランが抱き寄せて、彼女の背中を優しく叩いた。
「大丈夫だって言ったでしょ? 私を誰だと思ってるの。
ほら、貴女がそんなに泣いてると、弟君が心配するわよ?」
「ん……」
優しく声を掛けられ、サンは零れる涙をでたらめに拭う。
こんなに泣く姉の姿を見たのはいつぶりだろう、と暫く泣きじゃくるサンを見ていた。




