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Promessa di duo-太陽ト月-  作者: 俺夢ZUN
第3楽章 失踪事件解決編
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Ⅵ.任務完了 -Mission complete-


――君と彼の関係を応援したいと思った。

 けど、面白くないものはやっぱ面白くないのだ。


――それは、今から5か月前。

 ナターシャが高等部2年になって4ヶ月が経過しようとしていた時だった。


 ウェストスター校では、夏季休みに入ると一時帰宅許可が出るのだが、彼女は13歳で入学してから一度もその制度を利用したことはない。

 その主な理由は、両親が彼女が家に帰ってくることを良しとしないからだ。

 彼女も、使える制度は全て使っての入学だった為、特に勉強に打ち込んでいたので家に帰ろうとも思わなかった。


 だからこそ、半年間は耐え抜いたのだ。

 今年の2月ごろから続いていた虐め。

 それはここ最近ではエスカレートして、昨日、遂に階段から突き落とされた。

 そこで彼女の心は、プツリと糸が切れるように脆くも崩れてしまったのだ。


「もう、何だかいいや」


 ぽつりと零れたのは、絶望からの叫び。

 最近友達になった子がいるけど、それでも、その子の前で取り繕えるような心の余裕がなくなっているのを感じる。

 その子に相談できれば良かったのかもしれない。

 けれど、その所為でその子が虐められたりしたら?

 もう2度と、友達を失いたくはなかった。

 もう2度と、友達だった黒羽ちゃんの時みたいに友達が死んで、後からそれを聞かされるのだけはごめんだったのだ。


「ごめんね、クレハ君」


 ぽつりと暗闇に呟きだけが消える。

 寮全体が寝静まった静寂な真夏の屋上。

 空は無数の星が命火を燃やすかのように煌々と輝いていた。


 視界は滲み歪んで、足元は覚束ない。

 ただ分かるのは、このフェンスを超えれば、刹那的な痛みと苦しみと死の恐怖だけを感じた後、その後は何も苦しまずに済むというだけ。

 身も心ももう、限界だった。


 まず最初は、悪口が書かれた手紙が机の中に入っていたり、差出人不明の手紙が寮の部屋に届いただけだった。

 そこから日を追うごとに手紙の中や机の中にカッターや動物の死骸を入れられるようになり、ある日からは机の上に花瓶が置かれ、机には落書きをされるようになった。

 更に日が経つと、怖い先輩から肩をぶつけられたりと徐々に加害はエスカレートして、今日、遂に階段から突き落とされたのである。


 誰がこんなことをしているのかなんて、もうどうでもいい。

 ただ、現状がもう辛いのだ。


 ふらり、と一歩を踏み出す。

 もう一歩を踏み出せば、楽になれる――


「君は本当にそれでいいのかい?」


 一歩を踏み出そうとしたその時、背後から男性の声が聞こえてきた。

 この学校にいれば聞いたことがない筈がないその声。

 振り返ればそこには、レイト・スタンがいた。

 月明かりに照らされて、闇の中でも輝く金紗の髪が夜風に揺れていた。

 彼は、蒼穹を(いだ)いた瞳を柔和に細め、ナターシャを真っ直ぐ見つめている。

 その瞳から逃れるようにナターシャは俯いた。


「もう、どうでもいいんです。

 家にも居場所はないし……ここでも……。

 私……、一体、私が何をしたっていうの……!?

 なんで、私が……っ」


 言っていく内に、その言葉は涙で(つか)える。

 何処にも味方はいない。

 立ち向かう力も勇気も、そもそも気力もない。

 それでも、この辛さは本物で。

 誰かが自分の死を望んでいるなら、ここで終われば自分はもう、解放されるのではないか。


「クレハちゃん……、会いたい……」


 しゃがみこんで、漏れ出る嗚咽の間に名前を呟く。

 ここから飛び降りてしまった唯一の友達。

 靡く黒髪に漆黒の瞳が綺麗な女の子は、虐めを苦にここから身を投げたのだ。

 そんな彼女ともう一度、会えるなら。

 彼女だけが心の拠り所だった。


「そんなに辛いなら、こっちへおいで。

 俺と一緒にこれからどうするのか考えよう」

「校長……先生ぇ……」


―― ――


―― ――


「――スタン校長は、クレハちゃんの事件を重く受け止めていたの。

 だから、虐めがエスカレートして、それを相談した子を保護してたんだ。

 退学届けはカモフラージュ。

 実際はプレアデスの(エデン・オブ・)禁踏区(プレアデス)に集められて、そこで学校にいる時と変わらない生活をしていたの」


 静かに語るナターシャ。

 彼女はレイトの管理する土地で、虐められていた子たちと共同生活を送りながら学校にいる時と変わらず授業を受け、生活していたのだ。


「でも、流石にこの方法も限度があってね。

 いつしか、“虐められた子は失踪した”なんて言われ出しただろう。

 だから、君たちに“失踪事件”と銘打って依頼をしたわけだ。

 グレアが信頼する君たちだ。

 きっと、失踪事件の原因が虐めである事に気付いて、そちらも解決してくれるだろうと思ってね」


 レイトは相変わらず柔和な表情を浮かべており、そこから彼の考えを読み取ることはできなかった。

 しかし、彼が彼女たち虐めを受けていた少女たちを害そうなどと考えていなかったことは、ナターシャの話からも明白で。

 用意された退学届けに、子供の生活を気にしない親。

 そして、彼女たちへの手厚い支援。

 それだけを考えても、その状況は明らかに“緊急避難”の法が適用されるだろう。

 彼女たちを保護したレイトを、そしてそれに信頼した眼差しを向ける少女がいる彼を、誰が責められようか。


「分かった。 校長の事情は理解した」

「確かにこの状況であれば、これは“緊急避難”に相当するしなぁ。

 この後、彼女たちは学校に戻ることになるんですか?」


 頷いた璃王(りお)に同意する弥王(みお)

 彼女がレイトへ質問を投げれば、その問いにレイトは「ああ」と頷く。


「彼女たちに状況を説明して、落ち着いた頃に学校へ復帰させるつもりだよ」

「それなら、ここで騒いで大事(おおごと)にすることもないな」

「じゃあ、これで任務(ミッション・)完了(コンプリート)……かな?」


 レイトの言葉を聞いた璃王は、何処か安堵したように表情を和らげた。

 その隣で弥王も肩の荷が下りたと言わんばかりに肩の力を抜く。

 これで、すぐにでも裏警察(シークレット・ヤード)の本部へと帰れそうだ。


「本当に……ありがとう。

 ミオンにリオン。

 君たちには感謝してもしきれないね」


 弥王と璃王へ向き直って、黒羽(くれは)は素直に感謝の言葉を述べる。

 その瞳には涙が薄く幕を張って、漆黒の瞳を濡らしていた。

 彼女たちが来なければどうなっていたのか分からない。

 真相も分からないままレナを疑い、追い詰めていた未来さえ見える。

 そうならなくて本当に良かった、と黒羽は心の底から安堵した。


「オレ達は自分の仕事をしたまでですから」


 真っ直ぐ見つめてくる黒曜石の瞳を見つめ返して、弥王は優しく微笑んだ。


―― ――


―― ――


「本当にもう行くのかい?」


 時は進んで翌日。

 弥王と璃王は纏めた荷物を持って校長室へ来ていた。

 校長室には、レイトとお馴染みの生徒会メンバー(アリス)、それにクリスもいた。

 彼らは退学する弥王と璃王を見送りに来たようだ。

 黒羽の言葉に弥王は頷く。


「はい。

 元々学校には、事件を調査するために来ていただけですから」

「そう……、なら、いつまでも居るわけにはいかないか」


 弥王の言葉に黒羽は何処か残念そうだ。


「おや、珍しく黒羽が残念そうだ」

「黒羽、ミオンちゃんのこと凄く気に入ってたもんねぇ」


 ライトが驚いたように呟く隣で、レナは端正な眉を寂しそうに下げて言う。

 そんな二人を無視して、黒羽は弥王と璃王に綺麗に折りたたまれたメモ用紙を差し出す。


「もし、何かあれば連絡して。

 呼んでくれたらいつでも駆けつけるから」


 その言葉で、弥王と璃王は黒羽から渡されたメモ用紙が彼女の端末の番号だと察する。

 弥王と璃王はお互いの顔を見合わせた。


「えっと……」

「いいから、持っておきな。

 先輩の厚意は受け取っておくもんだよ」


 いつまでもメモ用紙を受け取らない二人に黒羽は無理矢理二人の手にメモ用紙を握らせる。

 それを見たレナが、あ!と声を上げた。


「黒羽ずるい!

 私だって、ミオンちゃんとリオンちゃんの力になるんだから!

 遊びに行くお誘いでもいいよ!」

「あら、私だって!

 ミオンさんもリオンさんもいつでも連絡してきて!」


 黒羽に触発されたレナも二人にメモ用紙を握らせ、そしてそれにクリスまで便乗してくる。

 二人の唯一空いていた片方の掌は三枚の紙が重なっていた。


「と、とりあえず、ありがとうございます……?」

「うん!

 いつでも連絡してきてね!」


 戸惑いながら礼を言う弥王にレナは満足げに頷いて見せた。


「それでは、さようなら」


 そして、今度こそ弥王と璃王は生徒会室を後にしたのだった。


―― ――


―― ――


「リオン!」


 生徒会室を出た後、璃王は前方からやって来た男子生徒――レイナスに呼び止められる。

 その声に璃王は足を止めた。


「レイナス!?

 なんで……、これから授業じゃないのか?」

「間に合って良かった」


 璃王の言う通り、もうすぐ始業のベルが鳴る時間だ。

 それなのに今だに教室におらず、こんなところにいるなんて。

 彼は急いできたのか息を切らしており、璃王の質問には答えずに彼女の手を引く。


「うわっ!?」

神南(こうなみ)、こいつ借りて行くぞ」


 言うが早いか弥王の返事も待たず、レイナスは璃王の手を引いてそのまま廊下の奥へ姿を消していった。

 その背中を見送った後、弥王は窓へと目をやる。

 窓から見える空は清々しいほどの快晴で、何処までも続く蒼天に朝日が目に沁みた。


「あーあ。

 何だか取り残された気分だ」


“恋”を見つけた璃王と、未だ過去の恋に縋る自分。

 目の前の空と前に進もうとする璃王が重なって見えて、何だか眩しく感じた。


―― ――


―― ――


 屋上は冬にしては穏やかな風が吹き、璃王の紫みを強く帯びた群青色の髪を攫う。

 編入前、腰の辺りまであった髪は今では、首筋を覆う程度のショートヘアーになっていた。

 首筋に感じる冷たい風を感じながら、璃王は横髪を耳に掛ける。


「今日で退学するんだってな」

「え、あ……うん。

 誰かから聞いたのか?」

「レイが」

「あぁ……」


 レイナスの問いかけに璃王は急いで退学の準備をしていたこともあり、レイナスに伝えるのを忘れていたと今思い出す。

 それに何故だか微量の罪悪感を覚えて俯いた。

 結局、彼には助けてもらったお礼を言いはしたが返したことはない。

 もう少しこの学校にいれば、それもできたのだろうが……それは、璃王がこの学校に留まる理由にはならなかった。

 何故なら、彼は“表社会の人間(ライト)”であり、自分は“裏社会の人間(リバーシ)”。

 決して交わってはならないのだ。


(つっても、レイナスの呪力のことも気になるから、やっぱり定期的に様子を見ておきたいな……)


 伏せた睫毛の下からそっと見上げれば、彼はまっすぐ自分を見つめていた。

 炎を(いだ)いた紅玉の瞳は、いつもの粗野な印象を保ちつつも優し気に璃王へ向けられている。


「その、ごめん。 急に決まってさ。

 ほら、前不良みたいな奴に絡まれたりしただろ?

 それを知った親から“今すぐ退学しろ”って……退学届け出されてさ。

 ウチの親、過保護なんだよ」


 嘘は吐いてはいるが、嘘は吐いてない。

 親が――特に父親は超が付くほどの愛妻家かつ親バカな上過保護なのだ。

 それ以外は嘘である。

 こういう時、大和に伝わる“嘘も方便”とは便利な言葉だ。


「そうか……」

「うん」


 何処か沈んだようなレイナスの声は、自分との別れを惜しんでくれているのだろうか?

 それとも、何も言わなかった自分に怒ったり失望したりしてる?


 璃王が頷いた後、静寂の時間が流れる。

 屋上を吹き抜ける風が学校周辺に自生している木々の葉を揺らす音だけが静かに過ぎ去っていった。


「なぁ、リオン」

「ん?」

「その……、これ」


 最後まで言葉を言わず、レイナスは璃王へ一つの小さな紙袋を差し出した。

 その紙袋は、落ち着いた深い青色で、真ん中に金色の文字で店のロゴが書いてある。

 その店は学祭の間に市場に出店していたジュエリーショップのモノだった。


「これ……、学祭の時の……。

 僕に?」

「あまり、いい物ってわけじゃねぇけど。

 見た瞬間、お前にって思って」


 レイナスを見れば、照れ隠しなのか視線を下げていた。 頬も少しだけ赤い気がする。

 それを受け取ると、レイナスはすぐに手を引っ込める。


「……開けてもいいか?」

「勿論」


 レイナスが頷いたのを確認して、璃王は丁寧に紙袋を開ける。

 中には、丁寧に包装されたペンダントが入っており、それを開けて手に取る。

 朝日に銀色のチェーンが光り、ペンダントトップには大きすぎず小さすぎない程度の雪の結晶があり、その中心には璃王の瞳と同じ深い青色の石が嵌め込まれていた。


「綺麗……」


 生まれてこの方、アクセサリーを持ったこともなく、それに興味を持つ瞬間すらなかった。

 だからだろうか、初めてもらったそれは、どんな宝石よりも輝いて見えた気がした。

 呟いた璃王の口元に控えめな笑みが浮かぶ。


「アクセサリーって、初めて着けるんだ。

 良かったらレイナス……、付けてくれないか?」


 レイナスにペンダントを渡して、自分は彼に背中を向ける。

 その様子を見ていた彼は驚いて紅玉の目を見開く。

「お前……」と零れた声からもそれが滲んでいた。


 眠っている璃王に触れようとした時、彼女は寝ぼけながらも俊敏な動きで自分を組み伏せてきた璃王。

 彼女は決して、自分の前でも無防備な姿を見せなかった。

 そんな彼女が、今、二人きりの時に背中を向ける無防備な姿を晒していることに驚きと共に彼女に信頼されたのだと思い、胸の中が温かくなるのを感じた。


「早く。 あまり、弥音(みおん)を待たせると怖いんだから」


 璃王に急かされて、レイナスはゆっくり彼女へ近づく。

 白い襟から覗く首筋は白細くて、そこに掛かる蒼い髪がその白さを際立たせていた。

 風に運ばれてふわり、と石鹸の匂いが鼻腔を擽った。


 璃王の首にペンダントを回すと、震える手で引き輪を丸環(まるかん)に掛ける。

 首回りを少し整えてから「いいぞ」と声を掛ければ、璃王はこちらを振り返った。


 開襟シャツの隙間から覗く雪の結晶のペンダントは、やはり誂えたように璃王に似合っていた。

 白い鎖骨の真ん中で輝く深い青がアクセントになっている。


「どう……だろうか。

 初めて着けるから、何だか落ち着かないな」


 初めて着けるアクセサリーに落ち着かない璃王は、髪をくるくると弄っている。

 胸の内がそわそわと落ち着かないのは、身内以外から初めてもらうアクセサリーだからなのか、それとも、レイナスの気持ちを知った上で貰ったアクセサリーだからなのか。

 どちらにしろ、璃王は甘ったるく脈打つ鼓動を落ち着かせようと視線を下げる。

 心なしか頬が熱い気がした。


「レ……レイナス?」


 いつまで経っても何も言わないレイナスに、璃王はそっと視線を上げた。

 こちらを見つめて微動だにしない紅玉の瞳と目が合う。

 璃王から声を掛けられ、漸くレイナスは我に返った。


「あっ……、あぁ」

「なんだよ?

 おかしいなら、やっぱ返すが?」

「あ、いや、そうじゃなくて!」


 怪訝そうに眉を(ひそ)めて睨んでやれば、レイナスは慌てたように手を振る。

 そして、一つ息を落として彼は、微笑んだ。


「……似合ってる。 思った以上だ」

「そ、それは言いすぎだろ……」


 何処か気恥ずかしい。

 赤い顔を見られないように、璃王は顔を俯けた。


「……っ、レイナス」


 沈黙に耐えかねた璃王が口を開いた。

 その声にレイナスが彼女へと視線を向けると、その白い頬を仄かに赤く染めて、こちらを見上げていた。


「また、このペンダントのお礼がしたい。

 落ち着いたら、連絡してもいいか?」


 レイナスに再び会う口実ができた璃王は、それを逃さない。

 レイナスに会うのはあくまでも、彼の様子を定期的に見ておきたいから。

 断られても、彼の魂を辿れば偶然を装って会うことも可能だが、そんな不審者じみたことをする気は毛頭ない。


 璃王の申し出にレイナスは一瞬だけ驚いたような表情を見せるが、次の瞬間には優しく微笑んだ。


「勿論だ。

 リオンが落ち着いた時に、どこかに出かけよう」

「あぁ、約束だ」


―― ――


―― ――


 窓の外を何の気なしに見つめていたら、それは眩しいほどの快晴だというのに雪がちらほらと舞い始めたのが見えた。

 二人が廊下の奥に消えて10分以上が経っている。

 いい加減寒すぎるので、もう少し待ってからまだ帰ってこなければ、二人を探しに行こうと思っていた所に、二人分の足音が廊下の奥から聞こえてきた。

 そちらに目をやれば、勝手に璃王を拉致って行ったレイナスと彼に拉致られた璃王が仲睦まじく――弥王から見ればそう見える――こちらへ歩いてくるではないか。


「待たせたな」


 弥王に近付いた璃王が、いつもの仏頂面で片手を軽く上げて声を掛けてくる。

 しかし、その声はいつもより柔らかく、機嫌がいい。

 彼女の変化に驚きをつつ、弥王はとりあえずレイナスを睨み上げる。


「ちょっと、幾ら可愛くて名残惜しいからって、勝手にウチの黒猫を()(さら)わないでください。

 もう少し遅かったら、警察に通報するところでしたよ」


 勿論これは、ただの八つ当たりだ。

 しかも、レイナスの手前「警察」なんて言っているが、勿論これ以上遅かったらレイナスを蜂の巣にする気満々である。


「……悪かった」


 緑玉の隻眼から睨まれたレイナスは肩をびくりと揺らした後、バツの悪そうな表情で呟く。

 彼をもう一度、怪訝な目で見た後、弥王は璃王へと心配そうな視線を向けた。


「リオン、センパイから何もされてない?」

「大丈夫だから……、少し話してただけ」

「ふーん……」


 璃王へ視線を向けた時、彼女のシャツの襟元から覗く見慣れないペンダントを見つけてしまい、声が低くなる。

 付き合っているわけでもない癖に、まるで“俺のモノだ”とでも言いたげなそのペンダントが面白くない。

 璃王も璃王だ。 呪幻術師やO.C.波を扱う幻奏者(げんそうしゃ)の間で頭部に近い場所に他人から貰ったアクセサリーを付けるという事は、贈り主へ心を開いたという事と同義。

 何故なら、呪幻術師や幻奏者にとって、頭に近い部位は能力を使う上で大切な場所だとされているのだ。

 そんな場所に他人から――それも男から――貰ったものを付けるのは、余程心を開いていないとしない。

 おままごとをするような年齢の子供でも分かる常識である。

 それを璃王が知らない筈はないのに。


「じゃあ、レイナス。

 また、落ち着いたら連絡する」

「あぁ、風邪引くなよ」

「レイナスもな」


 二人が別れの挨拶を交わすのを何処となく面白くなさげに見て、弥王は璃王の手を引いた。


「では、レーナスセンパイ。 お元気で」


 最後の挨拶の声は、不機嫌さが滲んでしまったかもしれない。

 そう思うよりも早く、弥王は璃王の手を引いて、寒い廊下を校門へと歩いて行った。




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