XⅨ.微笑みーCast a Netー
その黒猫は、挑発的に微笑む。
僕に喧嘩を売ったこと、後悔させてやる――。
暗い社の中。
その社は、古くも広く、人が二人居ても少しばかり余裕がある。
その社の中に、一人の人物がいた。
その人物の周りには、その人の物であろう蒼い髪が散らばっている。
その人物の手に鋏の様なモノはない。
「たす……けて……」
その人物は、虚ろに呟いた。
先ほど、“彼”の脳裏に、一つの光景が過った。
それは、遠い異国の地にて活動している、自身の片割れともいうべき存在の少女が見ていた光景。
彼女は、複数の男に暴力を振られた挙句、抑え付けられて、自分が大事に伸ばしていた髪を切られて──。
その光景を思い出して、“彼”は自身の肩を抱く。
体が震えているのは、何も自分が同じ目に遭ったからではない。
彼女──リオンの深層心理にリンクしてしまい、彼女の感情に感化された為、彼女と同じ痛みを共有してしまった。
それは別に問題ではない。
“彼”にとって、リオンとの意識共有でのデメリットは些か問題ではないのだ。
自分の髪が切れてしまったのも、リオンが「髪を切られる事の恐怖」を感じて、その意識に感化してしまったので、自業自得。
それだけではこんなに震えたりはしない。
一番怖かったのは──。
──此処デ覚醒スレバ 救ワレル?
リオンの深層心理に出てきた、“猫呪”の意識──。
あのまま、リオンが猫呪を抑えつけられなかったなら、リオンは勿論の事、自分も危なかっただろう。
その気になればヤツは、リオンと意識を共有している自分の意識すら乗っ取ってしまう事もできる。
それは、リオンにとっても、自分にとっても、死ぬ以上に“怖い事”だった。
“自分が自分でなくなる感覚”は、とても筆舌に尽くしがたい恐怖なのだ。
暫く茫然とその場に頽れていると、携帯が鳴った。
その意識共有の力と、強力な闇の呪幻術師である事から、人里を避けて生活をしてはいるが、趣味が呪幻術と自給自足だけではあまりに生活に潤いがない。
その為、リオン繋がりで最も弄り倒せそうなリトとは、繋がりを絶っていなかった。
携帯を見ると、当然ながらリトから着信が来ている。
珍しい。明日は隕石でも降ってくるのだろうか。
「何だい?」
極力、普段通りに対応する。
さっきのこともあり、電話の向こうの人物──リトには、余計な事は考えさせないようにしなければ。
まぁ、彼に自分を心配する謂れはないのだが。
《リオンは一応、無事だよ。
どうせ、リオンに意識がないと君はリンクできないから、リオンの様子が解らなくて気が気じゃないでしょ》
「ふぅん、わざわざその為にらしくもなく連絡入れてきたのかい?
律儀だねぇ」
くっくっく、と、いつもの調子でからかう様に笑う。
確かに彼の言った通り、リオンの意識はリトがリオンを助けた時になくなってしまった為、リオンの様子を見る事は叶わない。
《五月蠅いな。
君の事だからどうせ、リオンの意識に感化しまくって抜け殻になってるだろうと思ったけど、杞憂だったみたいだね》
「おやぁ?
リト君はオレを心配してくれたのかなぁ?
明日は、槍のち隕石落下の予報でも出るんだろうねぇ?」
溜息をつくリトに、“彼”はからかうような言葉を投げかける。
すると、電話の向こうから、怒気を含んだ不機嫌な声が返された。
《減らず口黙れ、セラ。
その口を縫い付けるよ。
とにかく、それだけだから》
そう言うと、電話は切れてしまった。
通話が終わって、“彼”──セラ・アマレーノは携帯を投げる。
「リオン……」
セラは、リオンの名前を呟くと、静かに目を閉じた。
―― ――
―― ――
「彼女、案外頑丈なのね。
幸い、目立った外傷と言えばちょっと切り傷と痣があるくらいで骨は折れてないみたい。
目が覚めたら、職員室まで呼びに来て」
そう言って、養護教諭は保健室を出て行ってしまった。
レイナスは、手当てをされてベッドの上ですやすやと眠るリオンの顔を見る。
リトの言った通り、頬の黒い痣の様なモノは殆ど消えかけて、白い肌が見えていた。
もっと早く気付いていれば──否、初めからリオンを一人にしなければ、こんな事にはならなかった筈だ。
彼奴の言った通りだ。
癪だが、リオンを助けてもらったのは事実なので、確かに自分には何を言う資格もないのだろう。
レイナスは、リトの言った言葉を噛み締めて、悔しさに切歯扼腕する。
好きな奴すら、満足に守れないのか──と。
「──リオン……」
名前を呟いて、まだ少し痣の残る頬をそっと撫でた。
──その瞬間。
「僕に触るなッ!」
「おわっ!?」
──ズドン!
突然、リオンの目がカッと見開かれたかと思うと、光の速さで腕を掴まれ、気が付いたらレイナスは床に捻じり倒されてしまった。
背中に捩じ上げられた腕が痛い。
「はぁ……あ?
レイナス?
何でレイナスが下敷きになってんだよ?」
「いや、下敷きどころか……腕が、痛ぇ……」
寝惚けた様な声で問うてくるリオンに、背に乗っかられている挙句、腕を捩じ上げられているレイナスは、腕の鈍痛に漸く言葉を絞り出す。
一般人に組み敷かれて、腕捩じ上げられるって、どういう状況?
いや、考え事してたし、リオンが突然目を覚ましたかと思ったらいきなり襲い掛かってきたから、反応が遅れた。
それなら、この状況も仕方ないな、うん。
誰に説明するでもない様な言い訳を、何故かレイナスは脳内でつらつらと並べ立てた。
一応、自分は死宣告者なのだ。
一般人に後れを取ったのは由々しき事態だろう。
「うえっ!?
す、すまないッ!
今、退くから……!」
慌てた様なリオンの声の後、リオンが直ぐに退いた為、レイナスの背中が軽くなって腕も少し痛みが残っているが、自由にはなった。
リオンは目の前で正座している。
心配そうな藍色の隻眼と目が合った。
「大丈夫か?
昔から、寝てる時に人の気配がすると、吃驚して……防衛本能が働くというか、体が勝手に動いてしまうんだ」
「あぁ、大丈夫だ」
リオンに問われて、レイナスは頷く。
すると、リオンは、ほっとしたように細く息を吐いた。
警戒心は普段から強そうではあった。
それに加えて、さっきの出来事で、緊張はマックスだったのかもしれない。
複数の上級生に抑え付けられて、暴行されそうになったのだと思えば、その警戒心も当然な訳で。
「──すまん。
さっきは直ぐに気付けなくて……その……。
俺が教室まで送っていれば──」
レイナスの懺悔の言葉は、リオンの冷たい指で物理的に遮られた。
リオンの顔を見れば、口元に微笑を浮かべている。
「レイナスが謝るような事じゃない。
僕が逃げるタイミングを誤ったのが要因だ。
それに……その後助けに来てくれたのは、レイナスなんだろ?」
「──ッ」
微笑んで問われた言葉に、レイナスは口を噤む。
──本当は、俺が助けたんじゃない。
俺は、間に合わなくて……。
本当にリオンを助けたのは──!
出かかった言葉は、喉の奥で引っ掛かった。
「本当にリオンを助けたのは、リトだ」。
それが言えないのは、彼に脅されている所為もあるが──。
それ以上にレイナスは、リトの意思を尊重しようと思った。
「──ああ、そうだ」
それでも、頷くことしかできない。
―― ――
―― ――
「──リオンッ!」
扉が壊れそうな勢いで開かれたと思えば、無遠慮にカーテンを引く音が聞こえた。
カーテンを開けてきたのは、息を切らせた弥王で、彼女は走ってきたのか白い頬が上気している。
先ほど、レイナスが「コウナミを呼んだ方が良いよな。その方がお前も安心するだろ」と言って、弥王を呼んだのだ。
弥王は、璃王の姿を確認するなり、愕然と目を見開いた後、璃王の傍に居たレイナスを押し退けて、璃王の傍に寄る。
心配そうな翡翠の目が、自分を見た。
「先輩から聞いた!
不良に絡まれたって……リオン、その髪どうしたんだ!?
ボロボロじゃないか!」
捲くし立てる様に質問してくる弥王に、璃王は何も言えずに閉口する。
どう言い訳しようか……。
別に彼奴らを庇う訳ではない。
ただ──。
「ずっと大切に伸ばしてたのに、こんな事って……。
許さん、何処の馬の骨だ。
リオンにこんな事して、ただで済むと思うなよ……ぶっ殺す」
──こうなるから、上手い言い訳が欲しかった。
弥王を見ると、彼女は「アウラ条約?そんなモン知るか」とでも言うかの様に、今にも愛銃を懐から取り出して、先の不良を殺しに行きそうな勢いだ。
その顔は笑っていなく、無表情に近いのだが、般若が棲みついてしまっている。
──彼奴ら、ご愁傷様。
なんて訳にはいかないか。
弥王がしょっ引かれたら困る。
……と、そこで、レイナスの援護が入る。
「落ち着け。
レイには知らせてある。
そこから校長に話が行くだろうから、彼奴らに何かする必要はないだろ。
お前が暴れると、リオンも困るんじゃないか?」
「まぁ……そうですけど……」
――レイナス、ナイスアシスト!
レイナスの言葉に、弥王は渋々と言ったように引き下がる。
璃王は、胸をほっと撫で下ろした。
「それよりも僕は気になる事がある。
今、何時だ?
今日の授業が終わってるなら、直ぐに生徒会室に──」
「その必要はないよ」
璃王の言葉を遮って、静かな声が聞こえた。
カーテンの向こうに4人の気配があり、その内の一人がカーテンを捲ってカーテンの内側に入ってくる。
璃王の言葉を遮ったのは──。
「クライン先輩……」
璃王の口から、茫然と名前が零れた。
クレハの後ろには、心配そうな顔のアリスのメンバーが居る。
その中には勿論、レナの姿もあった。
「授業をサボって携帯を見ていたリグレットがいきなり授業をエスケープしたから、何事かと思ったが……こう言う事だったか」
「はえ?
エスケープ?」
「……」
エイルの話を聞いた璃王は驚いたように目を見開き、その目をレイナスに向ける。
そこまでして、助けに来てくれたのだろうか。
そう思うと、不謹慎だろうが少し嬉しい。
当のレイナス本人はあまり言及してほしくないのか、何とも言えない表情を背けているが。
「大丈夫かい、リオン?
あまり思い出したくもないだろうけど、あった事を全部話して欲しい。
まぁ、暴行の犯人は追い詰めて放校処分になるだろうけどね」
いつも以上に冷たく感じるクレハの言葉。
それを聞いたアリスは、「クレハが珍しく怒ってる」と思うが、言葉にする者はいない。
璃王は頷くと、ズボンのポケットから携帯を取り出した。
「多分、途中で切れてるとは思うが……一応、録音した。
僕が一番聞きたい部分も、多分録音できていると思う」
携帯を開いて、ボイスレコーダーのファイルを起動すると、先ほど保存されたであろうファイルを選んで、真ん中の決定キーを押す。
暫くの無音の後にノイズが入って、録音内容が再生された。
『おいおい、随分と大人しく攫われてくれたじゃねぇか、リオンサンよ』
『もっと抵抗してくれても良かったんだぜ?
球技大会の時みたいになァ?』
『ふん、あの場で僕が暴れてみろ。
お前ら諸共階段から真っ逆さまじゃねぇか。
生憎と僕は、心に決めた人間以外の人間と心中する気は全くないのでな』
再生された内容は、璃王が不良達に屋上に拉致られたであろう所だった。
「僕が聞きたいのは、ここだ。
少し飛ばすぞ」
断った後で、璃王は携帯を操作して、また再生した。
『近くで見ると中々可愛い顔してんじゃねぇか。
寮長も人が悪いよなぁ。
気に入ってた奴を敵認定して、「潰せ」とか。
潰すには勿体ねぇ顔してるけど、命令じゃあ──』
ここで、璃王は再生を止めた。
その表情は、先の恐怖を思い出したのか強張っていて、誰もが言葉を失くした。
ややあって、璃王が口を開く。
「この後、僕は──……ッ」
そこで璃王は言葉を切る。
思い出したくもない。
抑えつけられた手の感覚、全身に掛った重量、耳元で聞こえた髪が切られる音──。
それらの感覚がまだ、消えていない。
本当なら、取り乱して泣き叫びたい所だ。
──否、普通の女子なら、泣いて叫んで発狂していただろう。
璃王がそうならなかったのは、自分が“裏社会の人間”であり、いつでも死ねる覚悟があるからだ。
先ほどの暴行など、自分たちが受けてきた傷よりはまだ、可愛いモノーーと割り切ることができるから。
きっとこれが、普通の一般人の女の子なら。
きっと、取り乱して泣いて叫んで、死にたくなっていた筈だ。
「こいつらは、「寮長」の「命令」だと言っていた。
どういう事だ?
スタン先輩達の中の誰かがこいつらに命令したって事だよな?
心当たりはないか?」
問いながら璃王は、4人のアリスの意識を覗けるように意識を無防備にする。
誰かが嘘をついても、こうしていれば嘘は通じない。
もう、どんな手を使っても犯人の手掛かりが欲しい。
「身に覚えは特にないな……。
そもそも、僕には誰かに頼んでリオンちゃんを痛めつける様な動機はないし」
「俺も同様だ。
むしろ、お前を痛めつけても俺にメリットはない」
「僕に女を痛めつける趣味はないからね。
それも、第三者に頼むとか姑息な手を使うのも趣味じゃない」
ライト、エイル、クレハが即答で否定する。
彼らに嘘をついている様な素振りは見当たらない。
と、なると。
最後に残ったのは──。
全員の視線が、レナに向く。
視線を向けられている本人は、顔を真っ青にして震えていた。
「スタン……?」
「わ……私じゃ、ない……私じゃないよ!?」
エイルが名前を呟くと、レナは震える声で否定する。
「君じゃないなら、一体誰がリオンを襲った奴らに命令したって言うんだい?」
「クレハ、レナを疑うのかい?」
クレハの冷淡な言葉にライトが咎めるように言った。
咎められたクレハは至って気にしていない素振りでライトに視線を向ける。
「この場で、僕もライトもエイルも誰も命令してない。
それなのに、リオンの携帯のボイスレコーダーには、「寮長の命令」とあった。
僕やライトやエイルが犯人でないなら、レナしかいないだろう。
今までの虐めの事だって、レナの目撃情報が多かった。
君達は信じてないみたいだけど、言い逃れはできないだろうね」
クレハの言葉に、皆は何も言えずに閉口する。
確かに、レナの目撃情報があるなら今までの虐めについてはレナが犯人で確定ではないだろうか。
クレハやライト、エイルが不良に命令していないなら、璃王を襲う事を命令したのは、レナだと言う事になる。
この学校で、この閉鎖された空間で、「寮長」と言えば、アリスのメンバー。
即ち、ライト、エイル、レナ、クレハの4人なのだから──。
「ちょっと待ってくれないか?」
そこで、璃王の言葉が介入する。
一同は、璃王に注目した。
「スタン先輩の事で、気になる事があるんだ。
もしかしたら、今回の事も今までの虐めの事も、スタン先輩が潔白の可能性がある」
「リオンちゃん……」
助け舟を出した璃王に、レナは救世主を見たかのような、驚嘆した目を見開く。
この懐疑的な雰囲気の中、璃王が信じてくれている様子な事に、驚きと嬉しさが込み上げた。
「ただ、「可能性」ってだけだからな。
僕は学祭の前、クリスがスタン先輩と揉めている所を見かけている」
「えっ!?」
「なんだと?」
璃王の言葉に、レナとエイルの驚愕したような言葉が被る。
その場にいる弥王とクレハ以外のメンバーは、驚いた眼を見開いて、璃王の話の続きを待った。
「だが、その時は確か、真偽のアイシャの練習を生徒会室でしていた筈だ。
スタン先輩がその時間、クリスと一緒にいる事は不可能だ」
「じゃあ、一体誰が……」
璃王の話を聞いたクレハが呟いた。
「そこで、だ。
ひとつ、頼みたい事がある」
「頼みたい事……何だい?」
璃王の言葉に、クレハが問う。
璃王の口から告げられた頼みたい事は、次の事だった。
「今回のこの出来事は、ここだけの話にしておいてくれ。
医務室から出たら、僕が話した内容をすべて、一旦は忘れて欲しい」
「えッ!?」
璃王の提案に、レナが真っ先に驚いたような声を上げる。
エイルやライト、レイナスも驚いたような顔をしているが、言葉が出ないようだ。
そんな彼らに代わり、クレハが冷静に問いかける。
「どうしてだい?」
「これは……上手く行くかは解らないが、僕の考察が正しければ、僕が見かけた「バッタモンスタン先輩」は、この騒動を陰でニヤニヤと窺っている筈なんだ。
本当に「バッタモンスタン先輩」が居るならな。
そいつの尻尾を出す。
その為には、先輩達には普段通り振舞っていてもらう必要がある。
勿論、僕もミオンもレイナスも、この騒動はなかったことに、「普段通り」に過ごすんだ」
ニヤリ、と璃王は口角を上げる。
それは、まるで何かを確信している様な笑みの様に見えた。
「そうすると、相手がバカなら、アリスが分断されてもおかしくない事態なのに、何事もなかったように和気藹々としていればまた、何かしらちょっかいを掛けてくるだろう。
「バッタモンスタン先輩」の目星はある程度付いてるから、向こうが何かしらかのモーションを掛けてきたら、その時が狙い時だ」
「和気藹々と……ね」
璃王の説明を反芻する、クレハ。
その声は何処か棘があり、言外では何事もなかったかのように接する事は出来ない、と言っているようでもある。
そんなクレハに、ライトが咎めるような視線を向けた。
「難しいとは思うが、協力してもらいたい」
「……解ったよ」
璃王の言葉に、クレハは短く答えた。
「僕に喧嘩を売るって事は、何千倍に返されても文句ないって事だ。
いつまでも子供のままで、しおらしくいると思うなよ。
このお礼は、倍ドンにして利子付きで返してやる」
微笑みながら璃王は、吐き出すように呟いた。
その顔は笑っているのに、笑顔が怖い。
まるで、般若が棲みついているかのようだ。
その璃王の表情を見たレイナスは、主犯に軽く同情する。
「ご愁傷様」──と。
そして、「こいつも絶対怒らせてはダメな奴だ」と認識した。
リオンを怒らせると、生きて帰れないだろう──と。
―― ――
―― ――
「うへぁ……不気味な廃村、ってカンジ……」
カナメは、とある集落の外側に来ていた。
自身の腰ほどの高さしかない柵は、”男子禁制”とは銘打っていても、他者を完全に拒んでいるような雰囲気ではない様だ。
その集落こそ、「プレアデスの禁踏村」。
男子禁制の女の園だった場所だ。
リオンの情報は確かで、その集落は既に人が居なくなってから数十年は経っているのだろうと予想できる程に荒廃し、誰の手も入っていないようだった。
(けどまぁ、気になる情報はあったんだよなぁ。
今現在は国の管理区にはなってるけど、実際に管理してんのは貴族……。
こんな所を管理して、何のメリットがあるってんだ)
カナメは、げんなりした様子で薄暗く、薄ら寒い集落に足を踏み入れた。
どうもここには、人どころか生きている動植物の気配はなく、この集落自体が《棲み処》になっているような感じがする。
この薄ら寒さも、四精霊の気配がない所為か。
(呪幻術師じゃない奴が入る分には全く問題ねぇが、オレはちょっと用心しねぇとな……。
気付いたら精霊の世界、とかシャレになんねぇよ……って、うん?)
辺りを用心しつつ進んでいくと、ふと人の気配を感じる建物を見つけた。
感覚を研ぎ澄ませて気配を探ると、風が人の声を運んでくる。
ついでに、食欲を唆る様なスープと、香草を焼いた様な香ばしい匂いも運んできた。
(おいおいおい、誰だよこんな不気味な所でキャンプとか……正気か?
何処の不良だよ……)
人の気配のする方へ、そっと足を運んでみるカナメ。
普通の感覚の持ち主でない事は、こんな所に入っている時点で解る。
ぶっちゃけ、オレももう帰りたい。
そんなことを思うカナメだったが、それもこれも、愛しの彼女からの頼みなので、弱音を言っている暇はない。
そっと進んでいくと、一軒だけおかしな場所があった。
建物の外観はどう見ても、かつては教会だったものだ。
その教会だけ、明かりがついていた。
匂いもその教会からしている。
何故、こんな場所に人が?
気になるが、ここで突然訪問なんてしたら、相手がガチヤバな人種だった場合、こちらが森の藻屑にされかねない。
ここは慎重に窓から覗いて──。
「な……ッ!?」
窓から部屋の中を伺ったカナメは、その光景に絶句した。
「誰ですか!?」
「しまっ──!?」
部屋の光景に気を取られていたカナメは、背後からの接近者に気付かなかった。
声を掛けられて振り向くと、そこには一人の少女の姿。
カナメは、見覚えのあるその顔を見て、目を瞠った。




