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Promessa di duo-太陽ト月-  作者: 俺夢ZUN
第2楽章 学校潜入編
34/41

番外編 寸鉄殺人



 その一言は、猫を殺めるには十分な言の葉。

 青い黒猫の心の行方は──。




 璃王は屋上へ辿り着くと、目の前の扉を開けて、外へ出た。

 1月の冷たい風が璃王へ襲いかかる様に吹き付け、校内へ通り抜けていく。


「あ……」


 屋上には先客が居て、その人物を見ると璃王の体が強張った。

 風に揺れるアクアマリンの長い髪、右と左で色の違うオッドアイは銀灰色と藍色で、その目に璃王の姿を見つけたらしく、その途端に色の違う双眼が鋭い眼光を放った。

 その視線は、憎悪とも取れるモノだった。


 何故、そんな目で睨まれるのか見当が付かない。

 思い当たるとしたら、ミオン関係だろうか?


 そんな事をぐるぐると考えるが、答えは出ない。

 (やが)て、先客──ネル・サクラギが口を開いた。


「あんた、レイナス先輩とよく一緒にいるけど、レイナス先輩の何なの?」


 ギロッ、と鋭い眼光が刺さってくる。

 睨まれた事よりも、ネルがレイナスの名前を呼んだ事に、少しのムカつきを覚えた。


「何……って言われても。

 別にネルには関係な──」

「関係なくないわよ!

 アンタがいると邪魔なの!」

「はぁ?」


 璃王の言葉を遮り、ネルは声を荒げた。

 突然怒鳴られた璃王は困惑する。


 それもそうだろう。

 今までレイナスと何の関わりもなかった筈のネルに、突然「邪魔だ」とか言われても。

 何も言いようがない。


 困惑する璃王の口からは無意識に、ネルへ向かって次の言葉が発せられた。


「つか、いつからテメェはレイナスをファーストネームで呼ぶようになったんですか。

 レイナスの名が穢れるだろ、やめろ」


 本当に、無意識の言葉だった。

 気が付けば、口が勝手に喋ってました、な状況。

 璃王は、自分で言った言葉に自分で驚愕し、戸惑う。


──何だこれ。

 まるで、恋人か超絶怒涛のブラコンじゃねぇか。


 レイナスとは当然、どちらの関係でもない。

 気になってないのかと言われれば、それも全く違うとは思うが──。


「な……ッ、ちょッ……えぇ……?」


 一番戸惑っているのはネルの方らしく、開いた口が塞がらずにその口からは、言葉にならない発音が駄々洩れだった。

 かなり狼狽えている様子だ。


「あ……アンタ……まさか……」


 漸くネルが口にしたのは、璃王が予想だにしなかった言葉だった。


「アンタ()レイナス先輩が好きなの……?」

「は……?」


 ネルの口から出た言葉に、璃王は素っ頓狂な声を真顔で上げてしまった。

 その後で、璃王は頭を鈍器で殴られたかのような衝撃を覚える。


──好き……だと? 僕が、レイナス……を?


 あまりにも衝撃的な言葉に、璃王は硬直する。


 確かに、レイナスの事は気に掛けていた方だろう。

 あの夜会の日から。

 しかしそれは、記憶の中で何かが引っ掛かって、ずっと(つか)えている物が取れない様なモヤモヤとした物からくる物だと思っていた。


 特に「好き」だとか、自分がレイナスをどう思い、どういう関係になりたいのか。

 そんな物は考えていなかったのだ。

 本当にただ、何気なく連んでいただけ。


 改めてレイナスの事を考えてみる。


 確かに、嫌いではないから好きなのだろう。

 それも、マオに感じる「好き」とはちょっと違う気がする。


 何がどう違うのか、上手くは説明できないが──。


「あは……あはは!

 アンタ、本気で言ってんの?

 だとしたら、本当の馬鹿だわ!」


 璃王の思考の航海は、ネルの嘲笑するような笑い声により中断された。

 意識がネルの方へ戻っていく。

 彼女の眼は、まるで見世物を見下し、嘲笑う野次馬の様なもので、璃王はその視線に何も言えなくなる。


 ネルの言葉は続いた。


「アンタ、自分が何モノなのか解って言ってるの?

 だとしたら、身の程知らずにも程があるわ!

 身を弁えなさいよ、忌子(いみご)!」


 感情に任せて、ネルは璃王の胸倉を掴み、壁に押し付ける。


「──ッ!」


 壁に乱暴に叩き付けられた背中に、鈍い痛みが走った。

 顔を顰めて俯く璃王に、ネルの声が突き刺さる。


 忌子(いみご)──それは、桜ノ一族に在らざる呪いを持って生まれてしまった璃王を蔑む呼称。

 璃王の名前を呼ぶ事さえ疎ましく思った親戚が、侮蔑の念を込めてそう呼んでいた。

 その呼称は、璃王のトラウマを呼び覚まし、その心を蝕むには十分だった。


「異形の癖に、人間の真似事なんて片腹痛いわ!

 十二支(ドーディチ)でもない、外れた災いの象徴である猫呪のアンタなんか、いずれミオン様も処分するに決まってる!」


 それを言うと、ネルは璃王から手を放し、屋上を後にした。


「……ッ」


 その場に頽れた璃王は、膝を抱えて蹲る。

 すると、自分の体が震えている事に気が付く。

 何故、震えているのか。

──ネルの言葉に傷ついたから?

 それとも、レイナスに対する感情を指摘された為?


 考えても解らない。

 腕に顔を埋めた。

 璃王の髪の色が、毛先から黒く変色しているが、本人は気付いていないようだ。


『外れた災いの象徴である猫呪(びょうじゅ)


 ネルの言葉が脳内で乱反射する。

 璃王は、唇を噛み締め、指が白くなるほど二の腕を握りしめた。

 爪が食い込むが、そんな痛みは今は気にならない。


 桜ノ一族は代々より、十二支の呪いを受け継いでいた。


 それは、ネルやリト、ラルやセラ、璃王も例外ではなく、璃王とセラ以外は十二支の動物の呪いを受け継いでいるが、璃王はそのいずれにも当て嵌らない呪い「猫呪」を受け継ぎ、セラは十二支の呪いを受けず、璃王との意識共有の能力を持っている。


 その為、璃王は「ヴァルフォアに在らざる呪い持つ災いの象徴」とも呼ばれ、迫害を受けていた。


 璃王の猫呪は他の呪いと違い、本人の精神状態によって、呪いが進行する事がある。

 璃王の髪が黒くなってきたのは、ネルからの精神的なダメージの所為だった。


「大丈夫……まだ、大丈夫だから……」


 璃王は、自分に言い聞かせる様に呟く。

 その声は、震えていた。


「まだ、僕は──」


 ミオンが望む死を迎えるまで──


「──負けるワケには、いかない」


 璃王は顔を上げる。

 一瞬だけ、赤い目が見えた。

 それは一瞬の事で、次の瞬間には、元の藍色の目に戻っていた。


「レイナス……僕は──」


── ──


―― ――


「──ッ!」


──ガバッ。


 璃王は、勢いよく起き上がる。

 どうやら、夢を見ていたようで、璃王は炎寮の自分の部屋のベッドの上に居た。


──夢、か……。


「はぁ……」


 ゆっくり息を吐いて落ち着くと、璃王はそのまま、ベッドに倒れる。


──嫌な事思い出したなぁ。

 璃王は寝返りを打つと、数日前の事を思い出す。

 ネルと屋上で会ってしまった後。

 あれから、無駄にレイナスを意識し始めたような気がする。


──意識するにしても、あんな形で意識したくなかったなぁ。


 そんな事を考えても、どうしようもないが。

 そう言えば、その時期からだったか。


 璃王は考えを巡らせる。

 学祭が始まった辺りから、璃王は微妙な嫌がらせを誰かから受けていた。


 しかし、どれも気にする程の物ではなかった為、特に気にせずスルーしていたのだ。

 ネルと会った後辺りから、その嫌がらせが少し、過激になってきた気がする。


 初めは、細かい物が無くなるような嫌がらせだったのだが、昨日は遂に、人目のない所で誰かに押されて階段から落ちたのだ。

 幸い、大怪我には至らなかったが、犯人を見る事は叶わなかった。


──僕じゃなきゃ、怪我じゃ済まなかっただろうな。


 しかし、これで一つ分かった事がある。

 恐らく、自分を襲った奴とレイリスを標的にした奴は、同じ人間から何かしらの指示か何かを受けている。

 やってる事が計画的のようにも思えた。


 璃王は、起き上がって寮を出る準備をする。

 まだ、レイリスは夢の中の様で、ベッドの下の段に人の形の膨らみがあった。


 それを無視して、璃王は洗面所へ行く。

 結局昨日は、余計な乱入者の所為で髪の色が確認できなかったのだ。


 その為、もし髪の色が変わっていたら、レイリスを驚かせてしまうだろう。

 それはなるべく避けるべきだ。


「アウラ条約」に違反しても面倒だしな。


「な……ッ!」


 璃王は、洗面所の鏡に映る自分の姿を見て、愕然とした。

 髪の色が明らかに変わっている。

 当然、今は呪幻術を使っていない為、姿形は生来の物だ。


 外見補正を掛けていなくて、髪の色が黒に近くなっていると言う事は。

 璃王は、無意識に呟いた。


「猫呪が……進行してる……」


 まだ、呪いの進行を抑える薬を投与してからひと月も経ってない。

 効果が切れるには、まだ時間がある。


 それなのに、呪いが進行していると言う事は、どうやら、この間のリトやネルとの邂逅、日頃の地味な嫌がらせが地味に精神的に来ていたのか。

 璃王は取り敢えず、髪だけでも補正を掛ける事にした。

 一般人なら、それでも十分に誤魔化せるだろう。

 弥王も、呪幻術に心得はないので、普通に騙せる筈だ。


「Cambia il mio aspetto──姿(エッソ リフレッテ )映し(ラスペット)


 自分の髪に触れて詠唱をすると、黒に近い蒼から、いつも通りの紫みを強く帯びた群青色の髪色に変わった。

 一部だけ変える、なんて器用な真似はできない為、ちょっと術式が杜撰になったが、それはまぁ、仕方ないだろう。

 自分以外を誤魔化せたらそれで問題なし。


「ふわぁ~、おはよー、りーくん……早いね……」


 璃王が準備を終わらせるのと同時に、レイリスが起きてきた。

 彼女は大欠伸をしながら、まだ寝ぼけ眼で舌足らずに声を掛けてくる。

 どうやらレイリスは、朝が弱いらしい。


「あぁ、おはよ。

 つっても、あと5分ほどで準備をしないと、朝食を食いっぱぐれる事になるぞ?」

「ファッ!?」


 璃王の言葉にレイリスは、いつもの様に慌ただしく準備を始めた。

 璃王はそれを呆れ半分に横目で見ると、肩を竦めて声を掛ける。


「僕は先に行ってるからな」

「あわわわ!ま、待ってよ、リー君~!」


 璃王はレイリスの言葉を聞かなかった事にして、さっさと部屋を出て行った。

「レイリスを極力一人にはしない」とは言ったものの、今現在は彼女が苛めを受けている様な様子はないし、それなら、多少別行動をしても問題ないだろう。


ぶっちゃけ、朝から晩までずっと人が付きっきりなのは、精神的にもよくない。

璃王は、食堂へゆっくりと歩き始めた。




@璃王の術式一覧


 融解・結合フュージョーネ・コンビナード=融かしてくっつける闇属性の呪幻術。

 本来は物体を融かしたり、融けたものをくっつける呪幻術ではあるが、璃王はこれを骨をくっつける為に使っている。

 この術式を教えた師匠も同じような状況で多用しているため、リオンが真似した可能性が高い。


 姿(エッソ リフレッテ)映し( ラスペット)

 外から見た外見を変える闇属性の術式。

 これも、師匠が使っていたのを璃王が盗んだ。


 土塊人形(バンボーラ・キオード)

 地属性の術式。

 その名の通り、土塊でできた人形を召喚する術式。

 術者の想像力や習練度によってその外見は異なる。

 リオンの場合はスタイリッシュな甲冑、リオンの母である雪華・ヴェルベーラの場合は「ツチノカタマリ」。

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