15.5 ヴァイアー視点
少女と出会ったことで、彼の運命は廻り始める。
── ──
少年──ヴァイアー・ゲーゼは、少女──ミオン・コウナミを見つけた後、彼女を食堂の椅子に降ろして、自販機で飲み物を買っていた。
まさか、あんな所でミオンに会うとは思いもしなかった彼は、内心ではまだ現状が信じられない。
蛍光灯の下で見た彼女の顔は、泣いていたのか目も頬も真っ赤に染めていた。
下心がないと言ったら嘘にはなるが、しかし、そんな彼女を放っておけなかったのも事実で。
ヴァイアーは、ココアとコーヒーを購入すると、ココアの入ったペットボトルをミオンに差し出す。
「ほら、これでいいか?」
「いや、僕は……」
しかし、彼女は遠慮しているのだろうか、差し出したココアを受取ろうとはしなかった。
ヴァイアーは、ミオンの手を取り、その氷の様に冷たい手の中にココアを握らせる。
彼女は、ココアの熱さに驚いたのか、一瞬だけ目を見開いた。
「えと、あの……?」
ココアとヴァイアーを交互に見て、戸惑ったような表情を浮かべる。
ヴァイアーはそれを気に留めず、ミオンの頬に手を伸ばした。
触れた頬が冷たい。
相当長い時間、外に居たのだろうか。
「良いから、受け取っとけ。
お前、手も顔も冷たいじゃん」
「ありがとう……ございます……」
漸く観念したのか、ミオンは素直にココアを受け取り、消え入りそうな声で礼を言った。
憂い気な顔でペットボトルを包み込むように両手で握っている彼女は、普段とは打って変わって大人びて見えて、ヴァイアーは息を飲む。
「泣いてた……んだよな、お前。
あんな所で……」
別に、自分が気に掛けるような事でもないだろうが、こんな夜も更けていこうかと言う時にあんな所で泣いてる子を見て、放っておくに放っておけないだろう。
学校の中とはいえ、今は学祭真っただ中で来賓の貴族も寝泊まりしていたりする。
その来賓に絡まれない保証はない。
特に、彼女みたいに目立つようなタイプは尚更──。
とまぁ、そんな建前を立ててはいるが、「これは彼女に近付くチャンスでは」と思った下心がある辺り、中々に変質者気質なのだろうが。
頭を撫でると、ミオンは突然立ち上がった。
「何でもないです。
これ、ありがとうございます。
眠いのでもう戻りますね、それでは」
「あっ、待って」
ポケットに手を突っ込んで携帯端末のメモリーを抜くと、出て行こうとするミオンの細い手首を掴んで、ヴァイアーは彼女を引き留めた。
そのまま、ミオンを引き寄せて、その手の中にメモリーチップを握らせる。
「それ、俺の端末情報。
何かあったら、いつでも連絡していいから」
ミオンの耳元に囁けば、彼女は肩越しに自分を見上げてきた。
吸い込まれそうなほど鮮やかな緑玉の隻眼は、状況を把握しきれていないらしく大きく見開かれている。
そんな彼女の目と目が合った。
驚いている様子の彼女に、ヴァイアーは微笑む。
「「声が聴きたくなった」でも大歓迎」
彼女から離れてお道化てそんな事を口走れば、彼女は冷ややかな目でこちらを見上げてきた。
その目は聊か、不審者を見るかのような懐疑的な目をしている。
──いやぁ、そんな目で見られても。
ヴァイアーは内心、苦笑する。
「僕は、軽々しく連絡先を渡してくるような人に興味はありませんが」
先程の弱弱しい口調は何処へいったのか、今度は打って変わって冷たい声でそんな事を言われた。
──あちゃー、やっぱり、ミーハーか何かだと思われたっぽい?
俺、そこまでチャラ男に見えるのか……。
内心で凹むが、それでも、こんなチャンスは二度とはないだろう。
「連絡先の交換くらい、良いだろ?
何があったのか知らないけど、放っておけない後輩の相談に乗るのも、先輩の役目だって」
ヴァイアーは、弥王から差し出されるメモリーチップを受け取らず、差し出されている手を取って、ミオンの指を折り曲げる。
「じゃあま、そう言う事だから!
早く寝ろよ!」
ミオンが何かを言ってくる前に、ヴァイアーは言い捨てるように食堂を出て行った。
少々強引だろうが、気にしない。
気にしたらお終いだ。
そして、彼は自分の寮に戻った後、重大なミスをしている事に気付く。
「やべっ、そう言えばメモリー抜いたから、端末使えないじゃん」
「何やってんの、バカ?」
ヴァイアーの独り言を聞いてしまったルームメイトは、面倒くさそうにヴァイアーに暴言を吐いてさっさとベッドに潜り込んで眠ってしまった。
ヴァイアーは悶々としている内に朝を迎えてしまう事になる。




