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Promessa di duo―太陽ト月―  作者: 俺夢ZUN
第2楽章 学校潜入編
30/40

XⅢ.警告-Caution-


――もし、想いを伝える事で彼女の足枷になってしまうなら。

 この時の俺はまだ、そんな覚悟なんかできなくて、ただ、彼女の前から消える事を考えていた。

 逃げる事しか考えられなかったんだ。




「はぁっ!? お前を虐めてるレナ・スタンと生徒会室に居るレナ・スタンが別人!?」


 次の日、校舎の屋上にて弥王と璃王はクリスに呼び出されていた。 クリスから聞かされた話に、璃王は思わず驚いたような声を上げる。

 その表情は驚きに満ちたもので、隣で一緒に話を聞いていた弥王も驚きに目を見開いていた。

 2人が驚いたのは、クリスを虐めているレナとアリスのレナが別人かもしれない、と言う所もあるが、それだけではなかった。


「お前ッ、まさかとは思うが、一人で――」

「えぇ、そうよ。 貴方達が手を離せない時に呼び出されてたから」

「……」


 しれっと何でもない事のように言うクリスに物申したかったが、本業より副業の方が忙しすぎてクリスの事に目が配れなかったのは自分たちが悪いので、2人は何も言えなかった。

 例え、クリスから何も聞かされていなかったとしても、それを責めるのは違うだろう。

 むしろ、自分たちの経験不足からくる立ち回りの悪さでクリスには悪いことをした。


「それは悪い事をしたな。 大丈夫だったか?」

「えぇ、大した怪我もなく、いつも通りよ」

「なら、いいんだけど」

「あら、心配してくれるの? 裏社会の秩序と聞いていたから、何も思わないのかと思ったけど」


 璃王と弥王がクリスの身を案じると、クリスは一瞬だけ目を見開いてクスリ、と小さく笑った。

 人を近づけさせないような空気を纏っている璃王でさえクリスの心配をしているのだと思うと、何だかおかしくて。


「それじゃただの鬼畜だろ。

 死宣告者だろうが秩序だろうが、人としての感情を失った訳じゃねぇよ」

「そう言う事。 それにまぁ、ウチの組織は結構アットホームな感じだしな」


 璃王と弥王が肩を竦めて言った。

 クリスの中で、“裏警察(シークレット・ヤード)の死宣告者”のイメージがいい意味で崩れていく。


――そうか、完全に冷酷なワケじゃないのよね。


「それに、君みたいな可愛い子を心配しない筈がないじゃないか」

「だからお前、性別!」


 クリスの頬に手を添えて、微笑んだ弥王は言った。 すかさず、璃王が弥王の頭を叩く。

「いてっ!」と叩かれた頭を押さえ、弥王は璃王へと視線を向ける。


「なんだよもー、妬いてんのか?

 心配しなくてもオレの正妻は璃王だって~」

「誰が正妻だっ!」

「そんなツンデレなところも可愛いんだから~」

「どうやら本当に死にたいらしい」

「そう言って、オレに傷をつけたこともないくせに~」

「黙らんとその口縫い付けるぞ」


 璃王にだる絡みする弥王を、璃王は引き剝がしながら睨みつけてやる。

 それでも尚、弥王は「マイハニー!」だの言って璃王へ絡むのをやめない。

 完全に気を許しているのか、璃王も口では文句を言えど、本気で弥王を傷付ける様子はない様だった。

 そんな二人の様子をじっと凝視して、クリスは今まで疑問に思ったことを口にした。


「そういえば貴方達って結局、性別はどっちなの?」


 聞かれるとは思ってなかった質問に、弥王と璃王の攻防戦は止まる。

 2人は目を瞬かせて、似たような表情でお互いを見て、クリスへと視線を向ける。

 暫く黙っていると、クリスは続けた。


「貴方達って、裏警察の死宣告者としては男性で通っているわよね? でも、目の前にいる貴方達は女の子の格好をしているし……結局のところ、本当の性別はどっちなの?」


 幾ら風の占い師でも、本人の中身の事は解らないらしい。 顎に指を添えながら考えている、クリス。

 風の呪幻術師でも、その力が弱ければ、相手の風ですべてのことを知ることはできないのだ。

 余程の手練れでもない限りは。 例えばこれが、Jならばきっと、もう少しすれば風から全ての情報を読み取ることができるだろうが、クリスはどうだろう。

 璃王でさえもその力を感知できなかったクリス。

 彼女の力がそれほど弱いのか、それとも、他の異能者に感知できないように隠していたのか。

 きっと、彼女の言葉からして前者だとは思うが。


 黙り込む璃王の隣で、ふと、弥王は自分の性別のことについて考える。

 6年も性別を偽って生きている所為か、たまに自分の性別が解らなくなることがあるのだ。

 女である「ミオン・セレス・ルーン」。 男である「神南(こうなみ)弥王(みお)」。

 名前も性別も違うが、どちらも自分だ。 性別が変わったって、自分がどうにかなるワケじゃない。

 弥王は微笑んだ。


「さぁなぁ、どっちだろうな。

呪幻術師(ユリア)幻奏者(アウラ)も外見補正なんかで性別なんてどうとでもできるし、正直もう、どっちか解らないな」

「そう……」

「でも、もしオレが女だったら、クリスはガッカリするかい?」


 弥王の言葉にクリスは「いいえ」と即答した。

 頬に当てられた弥王の手を包み込むように大事そうに握ると、クリスは微笑む。


「風が貴方の風であるなら、私はどちらでも構わないわ。

 でもそうね、例えば貴方が女の子なら、私の初めてのお友達になってくれるかしら?」

「勿論さ」


 クリスの言葉に、弥王は頷いた。 弥王の返事を聞いたクリスは満足気に微笑んで、弥王の手を離す。


「その返事が聞けただけでも満足だわ。 あぁ、どうしましょう、もう、嬉しくって舞い上がりそう!」


「ふふふっ」と笑うクリスには、「もう舞い上がっ てんじゃねぇか」と言う璃王の声は聞こえないらしい。


「さてと、重大な情報も聞けたし、これからどうし――」

「やっと見つけた……お前ら、ここに居たのかよ?」


 弥王の言葉に被せるように校舎内と屋上を繋ぐ鉄扉が錆びたような音を立てて開いたかと思えば、誰かが屋上に出てきた。

 三人は驚いて振り返る。 そこには、レイナスが居た。


「レイナス!?」


 璃王は先程の会話を聞かれたのだと思って驚いた訳ではなく、 突然話しかけてきたのがレイナスだったことに驚いたらしい。

 その中に隠しきれない嬉しさが顔から滲み出ていることは、弥王には手に取るように解った。

 きっと、本人は無自覚であろうが。


――なんだ、がっつり惚れてるんじゃないか。


 弥王は密かに肩を竦めた。

 やれやれ、こいつがそれに気付くのは何時のことやら。


「お前ら、クラインが呼んでたぞ。 お前らには客引きしてほしいんだと」

「……それで何でレイナスはエルリックの衣装着てるんだよ?」


 レイナスの言葉より、璃王はレイナスがエルリックの衣装を着ている事に疑問を持つ。

 もう一度レイナスのエルリックが見られて嬉しさ半分、驚き半分と言った様子の璃王。


――何回見ても、エルリックの衣装を着たレイナスって何だかいつもと違って見えるよな。


「あぁ、客引きだよ。 俺とお前とコウナミで。

 何か、真偽のアイシャがかなり評判良かったとかで、その見物客が生徒会の喫茶に集まっててさ。

 反響があるなら衣装を着て客引きしろだとさ」

「そうか、解ったよ。 衣装は確か旧校舎の物置――」

「あぁ、衣装は生徒会室の隣の物置に置いてあるから。 そこで着替えろだってさ」


 璃王の言葉を遮って、レイナスは衣装の場所を教える。 衣装を置いている場所が変わった為だ。


「あれ、場所変えたのか?」


――確か、俺が衣装を仕舞った場所は、旧校舎の物置だった筈だ。


 璃王は、旧校舎にある物置の中に何故か大きめのクローゼットがあるのを見つけて、そこに衣装や小道具を仕舞っておいたはずだった。

 いつの間に衣装を出したのだろうか。

 しかし、あの守銭奴な先輩の事だ、多分今日の朝にでも移動させたのだろう、と璃王は結論付ける。


「あぁ、クラインが朝早く呼び出してきてな。 何だと思ったら、衣装を移動させられたんだよ。

 映画の反響が望めるだろうから、君たちにはがっつり客引きしてもらうよ……とか、すげぇ悪巧みしてそうな笑みで言われたな」

「やっぱりか。 あの先輩らしいっちゃらしいな。 オーケー、じゃあ直ぐに準備してくる」


  レイナスが自分達を呼ぶ為に探していたと言う事は、呼ぶように言われてから相当時間が経っている筈だ。 早く行かないと、どんなえぐい刑を言い渡されるか解ったモンじゃない。

 そう考えた璃王は、言うが早いかさっさと屋上を出て行ってしまった。

 弥王もそれに続く。


 レイナスと一緒に取り残されてしまったクリスは、レイナスを睨み上げる様にその紺碧の瞳で見上げてきた。


「な、何だよ?」


 あまりに冷たい目で見上げられるものだから、レイナスは一瞬、身構えてしまう。


「貴方には助けられた借りがあったわね、そういえば。

 だから、特別に警告しておいてあげるわ」


 面倒くさそうにクリスは長い息を吐きながら、言った。

 警告? 何を言い出すんだ、こいつは。

 レイナスの目は訝し気にクリスを映している。 まるで、詐欺師を見るような目だ。


「リオンさんの事を想うなら、貴方は彼女に近付きすぎるべきじゃない。

 でないと、近い将来必ず貴方と彼女を引き裂く強い風が吹くわ。 そして、貴方の運命は変わる。

 悠遠の覚悟を迫られることになる。

 その時に贖罪の風は凪ぐけれど……二度も貴方は最も大切なモノを失うことになる」

「贖罪の風……? 意味が解らないな。

 占い師気取りか?」


 クリスの警告は、レイナスには受け入れられないモノの様で不快さを顔に滲ませる。

 しかし、思う所はあるようで、完全に否定できない。


「あら、今の貴方の顔は何か思い当たる節でもあるような顔をしているけど?

 とにかく、貴方とリオンさんが今居る場所は同じだけれど、そもそも貴方と彼女の立つべき場所は全く違う。

 彼女に近付きすぎれば貴方は自滅してしまうし、彼女の足枷になるわ。

 いい? これは忠告ではなく、警告よ。

 彼女がここから去る時、彼女の風からもっと遠くへ離れなさい。

 警告は以上よ」


 それだけを言うと、クリスは弥王の後を追う様に屋上を出て行った。

 その場に取り残されたレイナスは思う。


 自分とリオンを引き裂く強い風。 近い将来にと言う事は、今ではないと言う事だ。

 引き裂くも何も、今は別にリオンとはどういう関係でもない。

 確かに、一方的に想ってはいるが……。

 そう遠くない将来にそう言う関係になったりするのだろうか。

 それとも、今の関係性が失われることを指している?


 次に気になるのが、悠遠の覚悟。 それが示すもの。

 それはつまり……結こ――。


 そこまで考えたレイナスは、「それはない」と、自分の行きかけた思考を打ち消す。

 どんな単細胞だ、と。

 まさかそんな。

 しかし、それではないとしたら、悠遠の覚悟とは一体何の事だろう。


 贖罪の風、レイナスの中で心当たりのあるモノ。


 贖罪の風が凪ぐ、と言う事はどういう事だろうか。

 確かに、過去の過ちからそれに対する罪の意識はある。 今でもふとした時に蘇ってくる事も。

 その罪がなくなるとでも? いや、まさか、そんな筈はない。

 だってそれは、レイナスの罪なのだから。


「リオン……」


 レイナスは、そっと彼女の名前を呟いた。

 昨日、自覚したばかりだった。 彼女への――リオンへ抱いている感情の解を。

 もし、それを伝えれば彼女の足枷になってしまうのだろうか。

 それを思うと、リオンへ抱く感情が怖くなってくる。

 自滅するのは構わないが、彼女の足枷になるのだけは御免だ。


―― ――


―― ――


――どうして、こうなった?


 璃王は現状を受け入れられず、状況を整理している。


 レイナスと別れた後で準備室に行って、言われた通りに衣装に着替えて生徒会室に行ってみれば、生徒会が運営している喫茶で接客することになった、璃王と弥王。

 そこまでは良い。

 客引きが接客に変わっただけなので、全然問題はない。


 しかし、この状況は何だ?

 璃王は、先程から店に来たお客に写真をせがまれていた。

 最初は断ろうとしていたのだが、「撮影会のオプションを付けて生徒会運営費を稼ごうか、リオン」と守銭奴な生徒会会計に言われ、断ろうとしたら「ブリジット・ルーノが今度、新曲アルバムを出すんだけど、実はその初回購入特典付アルバムチケットが2枚当たったんだよね」と、璃王が愛してやまないシンガーのアルバムチケット――しかも、璃王が応募したが獲得できなかった物――をちらつかされ、更には「何なら、ブリジット・ルーノの幻のデビューシングルも付けようじゃないか。 これは、もう市場に出回ってないから入手困難だよ」と言われ、見事に陥落した。


 物で釣られてしまった事に対して大分へこむが、仕方ない。

 誰だって、自分が至上最高に好きな物をちらつかされたら、釣られてしまうだろう。

 これは仕方ない事なんだ。 そうだ、俺は悪くない。


 そう言い聞かせる、璃王。


「まさか、璃王がここまでちょろい人種だったとは……」


 璃王の隣で弥王が呆れたように肩を竦めている。

 10年来の幼馴染だが、ここまで単純だとは思わなかったのだ。


「お前ッ、何を馬鹿なことを。

 良いか? あのブリジット・ルーノの幻のデビューシングルだぞ?

 今やもう歌われてなくて、市場にも出てない超レアものだぞ?

 ずっと喉から手が出る程欲しかったものをチラつかされてみろ、陥落するのも仕方ないじゃないか!」

「はいはい」


 熱弁してくる璃王をあしらい、弥王は目の前の行列をうんざりした様子で見る。

 何でオレまで巻き込まれないといけないんだよ?


 弥王は溜息と共に出かかった愚痴を喉の奥に押し込んだ。

 それを言っても、今更過ぎるだろう。

 釣られた璃王に引っ張られた時点で諦めている。


「客引き終了です~!」


 弥王が溜息を吐いたタイミングで、やたらと明るい声が生徒会室に響いた。

 出入口を見れば、ジョニーの衣装を着たレイリスが大きな看板を持って生徒会室に入ってきたところだ。

 その後ろにレイナスも居る。

 どうやら彼も、客引きを終わらせてきたようだ。


「お疲れ様、イリスとレイナスはそのまま休憩に入って。

 あと、ミオンとリオンももう休憩に入っていいから」

「じゃあ、お先に失礼します!」

「「はい」」


 クレハの言葉に、レイリスと弥王と璃王が返事をする。


「3時までに戻ってきてね。 時間厳守で頼むよ」

「解りました、では、お先に失礼します」


 時計を見ながら言うクレハに、弥王は会釈して生徒会室を出て行った。


―― ――


―― ――


 衣装を着替えて生徒会室から出て行った弥王、璃王、レイナス、レイリスは、校舎内を回っていた。

 勿論そこに、クリスも一緒に居る。

 流石、昼時の校内は人がごった返していて、少しでもよそ見をすると迷子(アリス)になってしまいそうだ。

 生徒会関係者(アリス)だけに? ワラエナイ。

 弥王は、自分で考えた事に自分で失笑してしまった。

 ノリ失笑。 なんてつまらない事を。


「流石名門校の学校祭なだけあって、人が多いわね。

 ほら、あの人。 うちのお得意さんのご子息。

 何でも、来年度の高等部への受験を考えてるらしいわよ?

 そういう人も学祭に来たりするのよね」


 クリスがうんざりして指をさす方向には、すらりと身長の高い優男が居た。

 彼はクリスの視線に気付くと、直ぐにその端正な顔に柔和な笑みを浮かべて、クリスに歩み寄ってきた。


「嗚呼、これはサーフィス伯爵令嬢ではありませんか!

 こんな所で会えるなんて、嬉しい限りです」

「どうも、アーネスト子爵令息。

 来年度、ここに受験すると噂で聞いたわ。

 そのまま、ガーベラ校のエスカレーターに乗ればいいのに」


「お得意さんに対してなんつー冷淡な態度だ!」とは、弥王と璃王、レイナスが言葉にしなかった言葉である。

 自分の店のお得意さんなら、もう少し愛想良くするものではないのだろうか。

 そう思ったが、愛想の良いクリスなんて今まで見た事もないので、黙っていることにした。


「ガーベラ校に居ては、いつまでも貴女と時間を共にすることができない。

 僕は一秒でも長く、貴女と時間を共有したいのです。 婚約者として」


 少年の言葉に、暫しその場の時間が止まる。


 婚約者……婚約者……婚約者?

……婚約者!?


 そして、少年の言葉が弥王と璃王の頭に届いた頃、弥王と璃王は驚愕に目を見開いた。


「婚約者ぁ!?

 婚約者がいるのに、お前ッ……」


 あまりの驚愕に璃王は言葉を詰まらせる。

 婚約者が居ながら、弥王の嫁になるとか言ってたのかよ、こいつ!?

 弥王も大概ではあるが、弥王の場合はその場のノリで言っていることもある為流せるが、クリスの場合は――。

 明らかなドン引きの視線を璃王より受けたクリスは、慌てて弁明する。


「ちょ……ッ、勝手なこと言わないでもらえるかしら?

 アーネスト子爵が私を気に入って貴方と縁談を持ち掛けてきた時、私はキッパリしっかりザックリとお断りした筈よね?

 私には心に決めた殿方が居るの。 他の男なんか、目もくれないわ」

「そんな冷たい所もまた、愛らしい!

 僕はより一層貴女を気に入ったので、何度でもアプローチを掛けます、とも言った筈ですよ、サーフィス伯爵令嬢?」


 クリスと少年のやり取りを聞いて、璃王と弥王は「なんだ、ただ言い寄られているだけか」と理解する。


 それにしても、彼にはマゾの気でもあるのだろうか。

 クリスの言う「キッパリしっかりザックリお断りした」と言うのは、毒を混ぜながら丁重にお断りしてそうなものだが。

 例えば、「私には、心に決めた殿方が居るの。 その人は貴方よりももっとずっと魅力的でお強い方で、お顔はまだ拝見したことはないけれどきっと、とても優美な方なのよ。

 その方よりもひ弱そうな貴方になんか、目もくれないわ」くっらいの言葉を言っていそうなモノだが――。


 そんな事を考えていた璃王の耳に、クリスの言葉が通過した。


「私が心に決めたお方は、貴方よりももっとずっと魅力的でお強くて、冷たい眼差しとは裏腹に悪戯っぽい少年の様な表情を垣間見せる、優美な方なのよ。

 貴方の存在なんか、霞むどころか細胞片でさえ見えないわ」


――前言撤回。 想像よりクリスの言葉が酷い。


 璃王は、目の前の少年に同情する。

 恋焦がれている女性にここまでボロクソに言われては、流石の自分でもへこむだろう。

 しかし、彼の精神は屈強だった。


「それでも、僕は諦めませんよ!

 ドライでスパイシーな貴女を必ずモノにしてみせます!」

「しつこすぎる男は嫌いよ。

 行きましょ、ミオンさん」


 クリスは、めげない少年をゴミを見る目で一瞥すると、弥王に微笑んでその手を取り、彼の横を過ぎ去った。

 その場には、クリスに手酷く振られた少年が残っているのみ。

 



―― ――

―― ――


「それにしても、今の人凄かったねー。

 クリスちゃんに好きな人が居るのも驚いたけど」


 少年から離れた後、レイリスが未だに驚きを隠せない様に誰に言うでもなく言った。

 それに賛同するレイナス。


「あんなに拒否られてんのに、すげぇ精神力だよな」

「私だったら絶対耐えられない……」


 レイリスが身を震わせながら、沈んだ顔で言う。

 これが、振られた人の普通の反応だろう。

 きっと、璃王や弥王も振られたなら暫く引きずる自信はある。

 特に弥王に至っては、10年もの間の恋なのだから、尚の事。

 所が先程の少年は、振られても全くめげていなかった辺り、ツワモノである。


「さっきの人は大体、ああいう感じよ。

 きっと、アルティメットマゾなんだわ。

 じゃなきゃ、どんな言葉で振っても近寄ってくるなんて有り得ないもの」

「酷い言い様だな」


 クリスの言葉に肩を竦める、璃王。

 確かに拒否られても言い寄ってくるのは、真正のマゾくらいなモノだろう。

 そこでふと、璃王は昔の事を思い出した。


――そう言えばいつだったか、陛下にもこういう時があったよな。


「まるで、何処かの姫様みたいだな」


 弥王が肩を竦ませて口を挟む。

 その言葉に、その場にいた璃王以外の誰もが首を傾げる。


「何処かの姫様……って、誰の事です?」


 レイリスが疑問を口にした。

 璃王が「おい」と小声で肩を小突いてくるが、弥王はそれを意に介さずに話し出す。


「いつだったかな、僕とリオンがある事情から女王陛下に世話になって2年くらい過ぎた時の事だったと思うけど……」


 弥王は昔を懐かしむように目を細めて語りだす。

 璃王はそれを横目に頭を抱えた。


――あまり拡散されると面倒なことになるだろうが、バカめ。


 璃王としては、グレイやグレアとの関係はトップシークレットにしておきたかったのだ。

 王家やファブレット家と関係があると知られたら面倒なことになる気しかしない。


「丁度、陛下が13、14の時に陛下に貴族が言い寄ってくることが多くなって。

 それにブチ切れた陛下がファブレット公爵にツンデレ発言を繰り返して、それを鬱陶しく感じた公爵が自棄になって貴族たちに「私より弱い奴にグレイはやらん!」とか言って、女王主催のフェンシング大会で貴族たちを悉くフルボッコ、それ以来、陛下は誰にも言い寄られなくなった、ってのは有名な話だよな」

「そうだな。

 公爵のシスコン説もそこから来ている」


 弥王に話を振られた璃王は、「もうどうでもいいや」と返事を返す。

 面倒なことになったら全部、弥王に投げればいい。

 弥王と璃王の話を聞いたレイリスとクリスは「へぇ~」と関心を向けた。


「そう言えば、近々剣術大会するんだろ、ここ?

 たしか、後夜祭の前くらい。

 その時に兄貴に出てもらえば?

「兄でしょ? 妹の事守りなさいよ、ばかぁ」とかつって。

 多分、出てくれるんじゃね?」

「無理ね。

 クリフはそこまでシスコンじゃないわ。

 基本的には意見が合わなくて、互いの存在をない物としてるもの」


 璃王の提案を却下するクリス。

 クリスとクリフの年齢を考えれば、兄弟をウザったく感じるのも致し方ないのだろう。

 反抗期とは、そう言うモノである。


「それに、クリケットに没頭して体力作りばっかしてる筋力馬鹿なんて兄だとも思いたくないわ」


――完全にただの反抗期じゃねぇか。


 璃王と弥王は顔を見合わせて肩を竦める。

 上に兄弟がいると、こんなものなのだろうか?

 そう言えば弥王も、基本的には上の姉弟と仲は良かったが、兄のことはたまに雑に扱っていた気がする、と璃王は昔を思い出す。


「えー、でも兄弟がいる方が楽しそうで良いけどなぁ。

 私なんて一人っ子だから、お兄ちゃんが居るクリスちゃんが羨ましいよ」

「そうでもないわよ。

 兄なんてウザったいだけだもの」

「兄がウザいのは解るな~。

 シスコンだと尚更ウザくなる」


 レイリスとクリスの話を聞いていた弥王が、遠くを見つめる目でそんな事を言った。

 その言葉に「あら!」とクリスが驚いたような声を出す。


「ミオンさんはお兄さんが居るの?」

「あぁ、居たよ。

 年の離れた兄と姉が。

 二人とも、僕とリオンにすっごいシスコンだった」


 クリスの質問に答える、弥王。

 その目は何処か哀愁が漂っており、弥王の言葉からすると、二人は――。

 クリスとレイリスは、それ以上は何も言わなかった。


「そう言えば、レイナスとイリスって名前凄く似てるけど、実は兄妹でした~とかないのか?」


 璃王が話題を切り替える様にレイリスとレイナスを見て、言った。

 問われた二人は顔を見合わせる。

 レイナスとレイリス。

 確かに名前も似ていれば、外見もセピア色の髪に、深海を思わせるような藍色の瞳、レイナスの方は深紅の瞳が兄妹で対照的にも思える。

 これで“他人です”は少々無理があるように思えるが――。


「確かに、リグレット先輩もイリスもよく見たら似てるよなー。

 目の色も対照的で兄妹、みたいな感じするし」

「そんな事ないですよー。

 確かに私、お兄ちゃん居たみたいだけど、生きてるか死んでるか解らない、って聞いてるし」

「俺も、兄弟が居る話は聞いた事ねぇな。

  まぁ、兄弟みたいな奴はいるけど」


 弥王の言葉にレイリスとレイナスは二人して首を振る。

 本当にただの他人の空似らしい。


「それに、お兄ちゃんが居るなら、リーくんみたいなお兄ちゃんの方がいいな!」

「うわっ、ちょっと、イリス……僕は一応、女なのだが?」


 飛びつくように腕を組んできたレイリスに、璃王は困ったような表情を浮かべて彼女を受け止める。

 その微妙な表情の変化は解りにくいが、本気で嫌がっている訳ではないことは見て取れた。

 本人たちが兄妹ではないと言うのだからそうなのだろうが、時折、レイリスの雰囲気がレイナスに似ていることがある。

 その為か、璃王もレイリスが懐いて来ても無碍にできない。


「あっ、レイナスぅ~!」


 廊下を歩いていると、背後からのレイナスを呼ぶ声に足を止める、一同。

 振り返れば、後ろから、左側で結っている滑らかな栗色の髪を靡かせて、幼さのある顔の女性が満面の笑みを向けて小走りで走り寄ってきていた。

 女性の顔を見たレイナスの表情は、豆鉄砲を食らった鳩の様な驚きの表情をして目をいっぱいに見開いている。

 女性は、レイナスに向かって走り寄り、そして――。


「やっと会えたぁ!」

「な……っ!?」

「わぁ!?」

「おやおや」


 嬉しさを全身で表す様に、レイナスに抱き着く女性。

 その光景を見て璃王が僅かに動揺し、レイリスは顔を真っ赤にして驚きを露にして、弥王がニヤニヤと笑っていた。

 レイナスは、飛びついてきた女性を慣れたような手つきで受け止める。


「アル姉……ヒリュウッ!?

 何でお前らがここに!?」


 アル姉、と呼んだ女性の後方から、フードを被った男性が爽やかな青年スマイルを浮かべて、歩いて来ていた。

 どうやら、彼が「ヒリュウ」と言うらしい。

 ヒリュウはレイナスに近寄ると、「やっ、レイナス~」と軽く手を振る。


「両手に花で羨ましいね~。

 勿論、レイナスのお熱なあの子を見に――」

「学園祭するって聞いたから、レイナスに会いに来たのよ!」


 軽口を叩くヒリュウの言葉はアル姉、と呼ばれた女性に物理的に封殺された。

 レイナスは未だに目を白黒させて、目の前の女性とヒリュウを交互に見る。


「あんなに来るなって……。

 もう、ガキでもねぇんだから」


 呆れた様に額を押さえるレイナスだったが、この二人が「来るな」と言われたところで来ない筈がない事を知っている。

 その為、学祭中は鉢合わない事を祈っていたのに――。

 そう言う願いはどうやら、何処に居るともしれない神とやらは聞き入れてくれなかった様だ。


「おぉ、君達、真偽のアイシャに出てた子たちだよね?

 たしか、レイチェルをしてたミオンちゃんに、ジョニスをしてたレイリスちゃん!

 で、君がレイナスの相手役をしてたリオンちゃんだね!

 近くで見ると可愛いねぇ~、これからお兄さんとお茶しない?」


 ヒリュウは、ミオンとレイリス、リオンを見ると、興味津々に三人に話しかける。

 それぞれの反応はこうだ。


「初めまして、ミオン・コウナミです、お見知りおきを」

「あああ、あの、私は……」

「あー……っと、謹んでご遠慮シマスデス」


 営業スマイルで見事にスルーする弥王、明らかに動揺して口ごもるレイリス、困惑した表情で言葉がおかしくなる璃王。

 すると、璃王を庇う様にレイナスがヒリュウを睨んだ。


「学校に来てまでナンパとかやめろよな」

「あははー、レイナス怖いなー。

 あぁ、成程、リオンちゃんがレイナスのお熱な子だったか、失敬失敬」

「えっ!?」


 睨まれたヒリュウはどこ吹く風の如くレイナスを茶化す。

 その言葉に、リオンは思わずレイナスの方を見るが、その本人の反応は至って冷淡なモノだった。


「別に、そうじゃねぇよ。

 彼奴とは寮が同じで、生徒会の連中繋がりでよくつるんでるだけだ」

「……」


 レイナスの言葉にチクリ、と何かが刺さったような感覚を覚える、璃王。

 それは、モヤモヤと胸中に淀みながら、突き刺さっていくようで。

――いやまぁ、確かに自分とレイナスはどういう関係でもないが……。


 それでも、少しは、とか期待していた自分に気付く。


――馬鹿みたいだ。


「用事を思い出したから、僕は抜ける。

 あとはお前らで楽しんでたら?」


 思ったより冷たい声が出た璃王。

 それを気にすることもなく璃王は、目の前の階段を上がっていった。


「あーあ、あれ、璃音(りおん)絶対怒ってますねー。

 リグレット先輩の所為で」


 璃王の姿が見えなくなって、弥王がレイナスを睨むように見上げて言った。

 その新緑の瞳は、言葉に反してレイナスをきつく非難しているようにも見える。


「なっ! 何で俺の所為になるんだよ!?」


 弥王の言葉に動揺しながら、レイナスは食って掛かるように言葉をぶつけた。

 そんな彼に、弥王は心の底から溜息を吐く。


「これは、フラグはバキバキにへし折れてしまいましたねー、南無」

「あのなぁ――」

「ちょっと」


 レイナスと弥王のやり取りを聞いていた女性――アルフィミィが、弥王の言葉を絶対零度の声で遮った。


「どういう事かしら?」


 微笑みを浮かべて、アルフィミィは弥王を見上げている。

 その目は笑ってない。

 まるで、歴戦の殺し屋の様な爛々とした殺気を孕ませた目で弥王を見上げていた。


――やばい、この姉さんブラコンか!?


 弥王の笑顔が引き攣る。


「いえ、何でもないですよー? こっちの話です、本当にもう……あはは……。

 あぁ、ほら、リグレット先輩!

 身内なんでしょう!?  校内でも案内して差し上げてください!」

「なぁ、ちょっと、おい、神南!?」


 引き攣った笑顔で後ずさると、弥王はレイナスの背中に隠れてレイナスの背中を押す。

 背中を押されたレイナスは肩越しに振り返り、弥王に苦情を入れようとするが、それは弥王により遮られた。

 弥王は背伸びをすると顔を近づけて、レイナスにだけ聞こえる様に耳打ちをする。


「先輩が傍に居ないと、リオンが殺されかねませんよ。

 見てくださいよ、あの目。

 軽く5桁は殺ってそうな殺し屋の目じゃないですか。

 カタギの目じゃないですよ、あれ」


 そう言って、レイナス肩越しにアルフィミィを見る、弥王。

 レイナスもアルフィミィに目を向けるが、怒っているような顔をしているとは思えない。


「お前の気にしすぎじぇねぇか?」

「女の敵は女、ですよ。

 リグレット先輩は男だから気付かないだけです。

 しかし……」


 レイナスを睨んだ後、弥王は言葉を切った。

 その後に「ふはっ」と弥王が噴き出す声が耳元で聞こえて、その後から小さく笑う弥王の声が聞こえる。


「あの人……っふ……ゴブッ、ゴブリ……っふは……ッ」

「はぁ?」


 触れている肩越しに弥王が震えながら笑っている事に気付く、レイナス。


――こいつ、何で笑ってんだ?


 その疑問は弥王の口から明かされた。


「あの顔、ゴブリンそっくり……ッ、くふッ、ふはは……ッ」

「……」


――こいつの感性が解らない。


 レイナスは、アルフィミィの殺気の籠った顔を見て「ゴブリン」と言った弥王に、呆れを通り越して関心すら覚えたという。

 しかしまぁ、何処をどう見たら人の顔がゴブリンに見えるのだか……。

 レイナスは改めて、弥王の感覚が人とずれている事を認識する。


── ──


―― ――

──さて、これからどうしたものか。


 璃王は、校内を一人で歩いていた。

 レイナスの言葉に何を考えたのか、思わず弥王達から離れてしまったが特に用事などない。

 しかし、今はあまりあの場に居たくない為、戻ろうとも思わない。

 はぁ、と璃王の口から溜め息が零れる。


 何だか、レイナスと会った時からずっとそうだ。

 心臓が落ち着かない。

 レイナスに対する感情の事。

 璃王はまだ、それをよく考えていなかった。

 何となく気にして、衝動的に調べようとして、詰まって。

 それから、何事も無かった様に日々は流れて、それでも、ずっと脳裏に焼き付いていて離れなかった。


 どうしてこんなにレイナスが気になるのか。

 ただの一度、夜会で出会って、踊って話しただけの間柄じゃないか。

 あの日の事は、よく覚えている。

 初めて会った、あの夜の事。

 真摯に見上げて来た紅い目が印象的で、まるで、御伽噺(おとぎばなし)の王子様の様だった。


「って、何処のメルヘンだッッ!」


 変な方向に思考が行きかけた頭に対し、璃王は思わず声に出してしまった。

 誰もいない場所でよかった。

 もし誰か居たなら、痛いモノを見る様な目で見られていただろう。


──僕は一体、何をしにきたんだ、全く。


 璃王は屋上へ辿り着くと、目の前の扉を開けて外へ出た。

 一旦、頭を冷やすべきだろう。


 1月の冷たい風が璃王へ襲いかかる様に吹き付け、校内へ通り抜けていく。


「あ……」


 屋上には先客が居て、その人物を見ると璃王の体が強張った。


 風に揺れるアクアマリンの長い髪、右と左で色の違うオッドアイは銀灰色と藍色で、その目に璃王の姿を見つけたらしく、その途端に色の違う双眼が鋭い眼光を放った。


 その視線は、憎悪とも取れるモノだった。


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