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Promessa di duo-太陽ト月-  作者: 俺夢ZUN
第2楽章 学校潜入編
29/41

Ⅻ.アリス革命-Alice Revolution-



ある少年は願った。

――この“学校”という名の監獄を壊してくれ。


ある少女は祈った。

――この“地獄”に終止符が打たれますように。


そして、アリスは立ち上がった。

――この“学校”という名の監獄を、ぶち壊せ。


「俺はグレア・ウォン・ファブレット、だ。チビじゃない。

 いい加減名前を覚えてくれ、スタン先輩」


 眉に皺を寄せて不快を露にする少年、グレア・ウォン。ファブレット。

 しかし、そんなのはお構いなしに青年――当時の生徒会会長兼深海の穹(ディープシー・スカイ)寮寮長のレイト・スタンはグレアに歩み寄り、その目線に背丈を合わせた。

 グレアの深海の様な目を見て、レイトは言った。


「お前はチビで十分だ。俺よりチビなんだから。

 それより、そんな顔してると顔が戻らなくなるぞ、お姫様?」

「誰が“お姫様”だ。虫唾が走る、やめろ」


 ニッと口角を上げたレイトから言われた言葉に、ムスッと端正な顔を顰めるグレア。

 しかし、レイトはそんな言葉など聞こえないかのように更に言ってくる。


「お前、生まれてくる性別間違えただろ?」

「スタン先輩?一度、表へ出ましょうか?」

「勿体ない。 それで女の子なら、直ぐにでも落としていたのに」

「先輩?気色悪いので先輩をフルボッコにしたいですー、宜しいですね?

 二度と先輩が立ち直れないほどにそれはもう、ぼろ雑巾の様にしばき倒して塵のように吐き捨てたいです、宜しいですね?

 貴方の決定権は今この瞬間に駆逐されたので、死ぬ寸前までフルボッコにしますよ?」


 嚙み合っていない会話にイライラし始めたグレアが殺意を込めた笑顔を作り始めた。

 言葉の最後、顔は笑っているが殺し屋通り越して殺人鬼のような目を向け始めた彼に、レイトは身の危険を感じて口を閉ざす。

 グレアをからかいすぎるとガチで殺されかねない。

 レイトは、グレアと初めて会った時の経験から、それを解っていた。 そう、レイトは一度、グレアに殺されかけたのだ。

 勿論、性別のことに関して誤解したことによって。


「冗談、冗談だから!巷で流行ってるブラックジョークだろ、もう、お前は直ぐに真に受けるんだから~」


 からからと笑うレイトだが、グレアの表情は依然と能面のままだ。

 まだ、ゴミムシを見る目で見られた方がマシだというくらいの無表情さ……流石のレイトもやり過ぎた、とは思う。

 思うだけだが。 彼の対グレアへの辞書には、「反省」という言葉はインプットされていない。


「あー、ほら、シューケーキって最近、食堂で売り始めたヤツあるだろ? あれ奢るから、機嫌直せって~」

「……ブラックコーヒークリームな」

「やれやれ」


 そっぽを向いて釣られたグレアの呟きにレイトは肩を落とす。

 不愛想で何を考えているのか解らないグレアだが、レイトはそんな彼を弟のように思って接している。

 グレアからは相変わらず反発を受けているが、こうしてスイーツで釣られるところは中々可愛げがあるというものだ。

 スイーツで機嫌を取れるうちはまだ、扱いやすいというモノだ。


「まぁ、お前も早く反省文書けよ?

 計画は順調とは言っても一応、従順なフリ(・・・・・)はしておかないとな」


 それだけを言うとレイトはグレアの頭をポンポン、と撫で、原稿用紙を片手に生徒会室を出て行った。


「解ってる、つか撫でんなよ、クソ女誑し」


 レイトに撫でられた頭をさっさ、と払い、グレアは再び本に目を落とした。

 その顔には、「やってられるか」と気だるい表情が浮かべられている。


 と、その時だった。

――バンッ!

 突然、レイトと入れ違いに生徒会室の扉が勢いよく開かれた。

 そして、燃える様な紅い髪を靡かせ、一人の少女が颯爽とグレアの元へ駆け寄り……。


「グ~レアッ!んもう、会いたかったぁ~!」


――がばぁっ!

 ハスキーな声を少し高くした少女がグレアに勢いのまま嬉しそうに抱き着いてきた。

 グレアは心底嫌そうな顔で彼女の肩を押し退けようとする。


「一々抱き着いてくるなっ、鬱陶しい!離れろ!」

「あーんもう、冷たいんだから!

 何でグレアは私にだけ冷たいのかしら? 他の子には優しいくせに!」

「それは、お前みたいなタイプが一番嫌いだからだ。

 早く要件を言って俺の目の前から失せろ」


 漸く少女――当時の生徒会書記兼閃光の穹(ライトニング・スカイ)寮寮長、カナリア・ハーケンから逃れられたグレアは立ち上がって近くの壁に背中を預け、彼女を睨みながら言った。

 それでも、彼女はめげない。

 グレアの元へ歩み寄り、さめざめと泣いて見せる。


「なんて冷たさなの!?

 私との事は遊びだったのねぇ!?」

「お前と遊んだ記憶はない、用がないなら散れ」

「うぅ、貴方って本当にサディストよね。

 何よ、私を虐めて楽しんでるの!?そうなんでしょ!?

 私はこんなにも貴方が好きなのに、グレアったら酷いわぁぁぁああ!」

「アーサー、五月蠅いからそこのクソガキ放り出せ」


 カナリアのあまりの鬱陶しさにグレアは辟易してきた。 そして、ソファーで未だに反省文を書いている少年――当時の生徒会会計兼蜃気楼の穹(ミラージュ・スカイ)寮寮長、アーサー・バルバントに言った。


「えぇえッ!?何で俺がッ!?

 つーか、同じ生徒会メンバーに対して扱いが杜撰――」

「知るか。鬱陶しいんだよ、いい加減」


 アーサーの言葉を遮って、グレアは心底怠そうな表情を顔に走らせて言った。


「だからって、俺に言わないでくれよ。

 先輩が捨てたんだったら最後まで責任取ってください」

「あのなぁ、俺はああいうタイプの女は頗る嫌いなんだよ。

 間違っても間違いを起こすようなことはないし、本来なら眼中にすら入れないタイプだ」

「本ッ当、カナリア嫌われすぎだろ……先輩に何したんだよ?」


 呆れたようにアーサーは呟いた。後半はカナリアに向けられたもので、そのカナリアは困ったような表情を浮かべて言った。


「えー、何って……アプローチを掛けても無反応だったから、色仕掛けで迫ったらハニトラ扱いされちゃった」


 てへっ、とでも言いたげに自分の頭を軽く小突くカナリア。

 こいつ、ちょっと弾丸で小突きたい、とアーサーは一瞬でもカナリアに殺意を抱く。


――あぁ、そう言う事ね。

 アーサーは、カナリアがグレアに嫌われている理由を悟った。


(先輩って、派手な外見であからさまな色仕掛けをするような女を嫌うからなぁ。

 まぁ、職業柄仕方ないっちゃあ仕方ないが……。

 カナリアは割と派手な外見してるし、眼中にない相手にしつこくされたんじゃ先輩も辟易するわな)


 初等学校、スターライン校時代からの付き合いであるグレアの好みは知っているため、アーサーはやれやれ、と肩を竦めた。

 それはカナリアが悪い。


「まぁ、もうどうでもいいや。それで、先輩に用があったんだろ?

 どうしたんだよ?」

「そうだったわ!もう、グレアが私をあまりに無碍にするから忘れる所だったじゃない」

「人の所為にするな。……で、何だよ?」


 アーサーの言葉に今思い出したかのようにカナリアは手を叩いた。 そんなカナリアに呆れたように返す、グレア。


「今日、宣戦布告するんでしょ?スタン先輩から聞いたわ」

「あぁ、そろそろスタン先輩も動くみたいだし、年末の大掃除にはちょうどいいだろ」


 突然、カナリアが今までのやり取りとは一変して真剣な目で見てくるから、グレアは少し驚いたように目を見開いた。しかし、それは一瞬の事。

 次の瞬間にはグレアも真剣に頷く。


「大掃除……?」

「お前は気にしなくていい。こっちの話だ。

 とにかく、スタン先輩が動くなら俺が拒否する理由はない」


 それだけを言うと、グレアは持っていた本を閉じて、ソファーの背凭れに掛けていた上着を取り上げると生徒会室を出て行った。


 当時のウェストスター校は教師の理不尽な叱責・体罰に因って生徒たちが疲弊していた。

 しかし、その証拠がない為、理事長はどうすることもできなかったのだ。

 その状況を何とか打開しようと立ち上がったのが、レイトだった。

 レイトは生徒からの証言を集めて必要なら生徒たちに証拠を残すように呼び掛け、一気に教師を叩こう、と考えていたのだ。

 そこで現れたのがグレアだった。


 レイトはグレアの事を調べ上げ、彼が裏警察(シークレット・ヤード)の死宣告者だと知って、彼を生徒会に半ば無理やり引き入れた。

 教師が不祥事を起こしている噂も聞いている。あわよくばそれを利用してグレアに教師をしょっ引いてもらおうという魂胆だった。


 ちなみに、アーサーを引き入れたのもアーサーがグレアの昔馴染みで裏社会に片足を突っ込んでいる諜報員である為だ。

 この時のレイトは、自分の手元にあって役に立ちそうな人間にそれなりの役職を与えて、自分で管理するような人間だった。

 その為周囲には「冷酷」だの言われていたが、本人は意に介していない。


 グレアに「生徒会副会長」という役職を与えたのも、自分がスムーズに動かせて尚且つ起きた問題に関して勝手に動いてくれるところが便利だからである。

 でなければ、グレアが男だと知った時にグレアはその場で切り捨てていた。

 グレアが裏警察の死宣告者だからこそ、役職を与えたのだ。


 アーサーに関しては、グレアは気難しい性格をしている為、一人でも彼の理解者がいた方が助かる、あわよくばグレアの抑止力にもなるだろうと踏んでいた。しかし、アーサーは当初の期待より上回る仕事をしてくれているので、グレアの抑止力になってはいない所は目を瞑っていられる。


 蛇足だが、男ばかりだとむさ苦しい為、レイトが声を掛けた女子の中で一番華やかで可愛げがあり、尚且つ頭が良い女子として、まだ中等部の生徒ではあるがカナリアを生徒会に引き入れたのだ。

 カナリアはカナリアで、期待通りの仕事をしてくれる上に自分で解決できそうな問題は速やかに対処して事後報告してくれる点でも助かっている。


 この頃のウェストスター校は、問題が山積みだった。その中の一番の問題は教師だったのだ。

 レイトがその問題を解決しようと動いてる事を初めに知ったのはカナリアだった。

 カナリアはあの手この手で教師の不祥事を調べ上げ、それをグレアに伝えていたのだ。勿論、証拠を押さえる事も抜かりなくしていた。


 あとは、グレアやレイトが宣戦布告し、生徒たちが反撃できる機会を与えた上で教師がどう出るのか見届けるだけ。

 上手いこと事が転んでくれれば一番いいが……さて、どうなることか。





――そして、その時はやってきた。

 作戦は放課後、昼も下がり、夕闇が迫るかという時間に行われた。

 いつもの時間なら、部活動に励む生徒たちの声で賑わう時間。

 しかし、今は水を打ったような静寂に包まれ、黄昏に沈みながら強く光る太陽がまた、その不気味さを引き立てていた。


 ギイィ、と前触れもなく重厚な扉が開かれ、フードを被った人物が二人、職員室に押し掛けてきた。

 それを見た一人の教師が立ち上がる。


「何だね、お前たちは!

 今は大事な会議をしている所だ、出て行きなさい!」


 初老の教師が声を荒げ、手を振り回しながら言った。 しかし、二人の人物はそれに臆さず、教室の奥へと進んでいく。


「ある生徒は言った」

「――ここは、監獄」


 一人の人物は徐に口を開いた。 すると、もう一人の人物も口を開く。

 しん、と静まり返った部屋に二人の声は異様に響く。

 我に返った教師は叫んだ。


「あの二人を捕まえろ!」


 言うが早いか、その教師は背の高い人物へ体当たりをしようと、背の高い人物へと襲い掛かる。

 しかし、背の高い人物はそれをひらり、と躱し、その教師を無視してまた、言葉を紡いだ。


「ある生徒は願った」

「この地獄を終わらせてくれ」


 フードを被ったもう一人の人物が背の高い人物の言葉を引き取る。

 その間も、教師は二人を捕まえようと手を伸ばすが、捕まる前に二人が逃げる為、その手は空を切る。


「そして、“アリス”は抗う――」


 背の高い方が言葉を切り、フードを被った人物はフードの裾を引っ張る。

 2人は無造作にフードを投げ捨てた。

 そのフードの下から現れたのは……。


「な……っ、スタンとファブレット!?」


 一人の教師が叫ぶと、その場は静止したかのように止まった。

 静かな職員室に二人の声が静かな冷気を纏い、響く。


「もう、黙って見過ごすことはできませんよ。

 材料も揃った。 あとは貴方達を調理するだけだ」

「何の話だね、ファブレット!

 それに、スタン! お前が付いていながら、何だこれは!?

 お前たち、自分が何をしているのか解っているのか!?」


 前髪が禿げている教師が二人を咎めるように声を荒げる。 しかし、二人はそれを意に介さず、目は真っ直ぐ教頭を見ている。


「何の話、だと? そんなことは自分の胸に訊け。

 心当たりはある筈だが? なぁ、教頭?

 お前が一番の諸悪の根源だもんな」

「グレア、お前口調」


 すっ呆けた様な事を言った教頭に苛立ったあまり、グレアの口調が荒くなった。

 レイトはグレアを口先だけで宥める。

 本気でグレアを宥めるつもりがない事は、その場にいた誰もが悟った。


「俺の口調なんかもうどうでも良い事だろ。

 今更こいつらに頭下げて屈服する気はないんでね」

「まぁ、それは俺も同感だけど」

「なんだと!」


 グレアとレイトの会話を聞いていた教師が、二人に掴み掛らんばかりに怒鳴り上げる。

 それをグレアは嘲笑するように見やる。


「そうやってピーキャーピーキャー喚けば、生徒が屈服するとでも?もう証拠は集まってるんだよ。

 これは、俺たち生徒からの宣戦布告だ。

 ウェストスター校生徒一同、明日からの授業は一切、ボイコット致しまーす。

 これまでの生徒たちへの暴言などはすべて、スタン理事長に報告させてもらいますねー。

 あ、これは理事長の息子であり生徒会会長であるスタン先輩の義務なんで、却下は認めません」

「何を馬鹿な。お前たちが間違ったことをしない様に監督することは教師の務め!

 お前たちのことを思って厳しく指導してやってんだ、有難く思われこそすれ、仇で返される謂れは……ッ!」


 教師を馬鹿にしたような態度をとるグレアに頭に来たらしい、初老の教師がグレアに掴み掛った。

 その瞬間に、その教師の頭の横を何かが過ぎ去り、側頭部が涼しくなる。

 パラパラ、とその教師の唯でさえも薄い髪が床に落ちた。

 そっと、教師が側頭部に触れれば、その部分だけ髪がない。

 軈て腕を引くグレア。その手には、鈍く光るカッターナイフが握られている。


「さーせん? どうも駄目ですねぇ。

 あまりにもムカつく発言に手が勝手に照準合わせたみたいで。

――で? あまり戯言ほざく様なら、その残りの希望も毟るけど?」

「グレア、いい加減にしろ……ククッ、残りの希望、って……真顔で言われると……ッ、虚しくなるだろうが……、そこのハゲが……ッ、ククッ……」


 あまりにも酷いグレアの言葉を咎めているのかと思いきや、何がツボに入ったのかレイトは吹き出していた。

 どうやら自分の腹筋が耐えられないから咎めたようだ。

 真顔で禿を弄るグレアの言葉にレイトは笑いを堪えているようだが、堪えられない笑いが口から零れている。


「えぇと、厳しく指導、だっけ?寝言は寝てから言え。

 何人病院送りにしてると思ってんだ、ジョージ先生?」

「自分の生徒をどう扱おうが私の自由だ!この厳しい指導にお前たちは感謝する時が必ず来る!

 今は解らんだろうが、いずれ解るようになる!」


――カシャーン!

 教師が怒声を撒き散らせば、それに被さるように職員室の窓が壊された。


「なっ、何だ!?」

「誰だ、石を投げてきた馬鹿者は!?」


 職員室に投げ入れられたのは、掌大の石。 窓ガラスは割れてその向こう、中庭には、石を持ったアーサーと他の生徒数名が立っていた。

 それを窓の近くに居たレイトは目を細めて見る。


「おやおや?もう始まったのか。

 やれやれ、やっぱりウチの会計は仕事が早いなぁ。

 流石、お前の幼馴染だよ、グレア」

「腐れ縁の間違いだ。

 それより、石はやり過ぎだろ……この窓、誰が弁償するんだよ」

「はははっ、そりゃお前、王族であるお前以外に居ないだろうよ、グレア」

「クソッ、ヤな先輩と後輩を持つとロクな事ねぇな」


 愚痴を聞いたレイトに笑われ、グレアは苛立つ。


――カシャーン。

 また石が投げられた。

 よく見ると次の石には、手紙の様なモノが括り付けられていた。

 それを拾った教師はその手紙を取り出し、さっと文面を読むとグシャッと手紙を握りつぶした。


「あんの問題児ぃッ!」

「おやおや、どうかしましたか?」


 教師の額に青筋が入ったのを見たレイトは、教師を小馬鹿にするような顔で問いかける。

 ちなみに、レイトもグレアも、手紙の内容がどう言うモノなのかは把握している。

 手紙を書いたのはアーサーだが、その文面にあーだこーだと文句を付けたのがレイトとグレアだからである。


「お前たちが命令したのか、これはッ!?」


 手紙を見せながら、教師はグレアとレイトに問う。 それには、こう書かれていた。


“親愛なる教師一同様。

 私たち生徒一同は今日から貴方方に抗い、明日からの授業は全てボイコットさせていただきます。

 貴方方にはそれを抑止することはできません。もし、この抵抗を暴力で片付けようものなら、死宣告者が黙っていないでしょう。

 貴方方が降伏するまで私たちは屈服しません。”


「まさか。 俺やグレアが指図したワケでも、カナリアやアーサーが指図したワケでもありませんよ?

 俺達はただ、アーサーやカナリアに革命を起こす事を教えただけです。

 何も参加しろ、と命令した訳ではない」

「今ここで破壊活動をしているのは、自分の意志で退学覚悟で集まった、いわゆるレジスタンスだ。

 退学覚悟の生徒は何をするか解りませんよ?かくいう俺も、その一人でーす」


 レイトとグレアは数枚の退学届けをちらつかせると、言った。


「貴方方が降伏するまでこの破壊活動は続くでしょう。生徒たちの今までの恨みを一身に受けると良い。

 俺は時期を見てお前らを必ずしょっ引く」


 それだけを言うとグレアは職員室を退室した。レイトもそれに続く。



―― ――


「なぁ、グレアー。お前、どうなると思う?」


 生徒会室にて、レイトは難しい顔をしてタロットカードを広げ、ソファーに寝転がって本を読んでいるグレアに問う。

 レイトのタロットカードは一般のタロットカードとは違うデザインの絵が描かれている。

 占い方法も独自のモノを採用していた。


 グレアはレイトに目もくれず、本に目を向けたまま興味なさげに言った。


「……さぁな。教師の行動次第だろ。

 教師が彼奴らを鎮圧して強制すればするほど、抵抗は酷くなるだろうし……かと言って、それだけで降伏するような教師でもない。

 勿論、生徒達も教師の抵抗に屈服するような奴は居ない。

 教師が降伏する前にこの学校は廃墟になっているだろうな?」


 グレアの言葉にレイトは肩を竦める。

 確かにグレアの言う通り、教師も生徒も一歩も譲らないだろう。 そして、教師が鎮圧しようとすればするほど、生徒たちの抵抗も激しくなる。

 その前に教師を落とす為の爆弾をグレアは持っている癖に。 それを今使わなかったのは、彼なりに何かあるのだろう。


「うーん、まぁ、俺たちの勝利は確実みたいだけどね」


 捲ったカードを見て、レイトは満足そうに目を細めて言った。 グレアはレイトの言葉に溜息を落とす。


「また占いか?まったく、本当に女々しいのはどっちなんだか。

 大体、占いとか当てににならないだろ」

「へぇ、じゃあ、何が当てになるんだい?」

「死宣告者にとって、的確な情報以上に当てになるモノなんてない。

 それに腕と運が付いてくる程度だ。

 的確な情報さえあれば、何とかなるもんだ」


 グレアは起き上がると、本を閉じて立ち上がる。


「あれ、何処かに行くのかい?」

「ここに居てもつまらないから、部屋に戻る」

「今は何処に居ても同じだろうに」


 グレアの言葉に肩を竦めたレイトだったが、その言葉はグレアの耳に入る前に彼は生徒会室を出て行ってしまった。

 レイトは、窓の外を見やった。中庭を隔てた向こう、職員棟では未だに暴動が続いている。

 教師は立て籠もっているようで、外には生徒の姿しか見えなかった。


「まったく、いつも暴力で捻じ伏せて「出る杭は打つ」だの偉そうに行ってる癖に。

 変に見下してたから、逆襲されるんだよ」


 職員棟から聞こえる喧騒をシャットアウトするように、レイトは窓を閉め切った。


 彼らのクーデターが終わるまで、あと3週間。



―― ――

―― ――


 レイトたちの宣戦布告から、ひと月が過ぎた。

 依然と生徒たちによる集団ボイコット、破壊活動は留まる所を知らず、ひと月もしない頃には逆に激化していた。

 最初の頃は教師たちも躍起になって暴動を押さえつけようとしたが、退学覚悟の捨て身の暴動に教師たちが彼らを押さえつける事ができなくなり、出勤しても職員室に立て籠もる日々を送っている。

 そんな日々ではストレスや鬱憤が溜まりに溜まってしまい、精神的に追い詰められていたのだった。


「彼奴ら……やりたい放題しやがって……!」

「奴らを退学にすべきだ、全員!」

「それは横暴過ぎでは?彼らの目的は解りませんが、ここは話し合うべきじゃ……」

「話し合う気がないから、奴らは暴力に訴えてきたんじゃないのかね?」


 一人の教師が疲弊したように言うと、その言葉を聞いていた教師が怒鳴った。 もう何回同じことを話し合ったのか解らない。

 しかし、結論は出ない。

 彼らの目的が解らない為、どう出ればいいのかが解らないのである。

 職員室に沈黙が流れる。誰も何も言えない。


 その沈黙は、突然開けられた扉によって破られた。


「Hello,evry one.

 ご機嫌如何(いかが)?」

「な……ッ、ファブレット、それにスタン!

 何しに来たぁッ!?」


 職員室の扉を破壊して、グレアとレイトが入り込んできた。

 この二人は職員の中では一番見たくないメンツである。

 彼らの所為でこの暴動は起きたのだから――。

 二人の姿を見て頭に血が上った教師が二人に掴み掛ろうとする。 しかしそれは、二人に避けられた。


「おやおや、血気盛んですね?

 そろそろ疲弊したかなーって頃合いを見計らってきたのに、外れたかな?」


 ひらり、と襲い掛かってくる教師を躱しながらレイトは言った。


「何をしに来た!?」


 教師はレイトを睨んで凄む。

 そんな教師に苦い笑みを浮かべて、レイトは言った。


「実は俺達、もうこのクーデターに飽きてしまいましてね。

 そこで、クーデターを終わりにしようと来ました。

 対話の時間です」

「ふん、何を今更!

 今頃降伏しようたって遅いぞ!」


 禿げ散らかした老教師が凄んだ。

 良く話も聞かないで、水を得た魚のように大きな態度を取るこの教師にレイトとグレアは呆れたような顔を見合わせる。


「やれやれ。降伏?誰が降伏すると言いましたか?」

「どっちかって言うと、アンタ達が降伏しないといけないんだがな?」


 教師の言葉にレイトとグレアが肩を竦めた。

 動揺する教師たちをそっちのけに、グレアが笑みを浮かべて言う。


俺達(アリス)が降伏しちゃ意味ないだろ?

 折角アーサー達がお前たちを揺さぶってくれたんだ、ちゃんと埃は出てきたし、あとは時期を見ていただけ」


 意味深な事を言うグレアだが、その言葉の意味を教師たちは知らない。

 教師たちは首を傾げるだけだった。


「先生、貴方方はアリア条約と言うモノをご存知ですか?」

「何を言っている、知っているのは当然だろうがそんなもの」

「おやおや?ではこれは、一体どういう事、ですかね?」


 レイトの言葉に額に青筋を浮かべて答える教師。 すると、レイトの口調が変わった。

 それを合図に数枚の写真をグレアがばら撒く。

 その写真には、グレアと変わらない年齢の少女が目の前の教師と歩いている姿が映されていた。


「な……ッ、これは……ッ!」


 写真を見た教師の顔が青ざめる。それを見たグレアはにやりと笑った。


「この女性、綺麗な人ですね?名前は確か、キャサリン・ジェニー。

 テムズ校の生徒会長でありながら、援交を繰り返して現在は停学処分」


 教師を見据えながら、グレアは淡々と収集した情報を語る。

 そう、この暴動自体は教師たちの精神を疲弊させて彼らの悪事を暴こうと言うモノだった。

 グレアの読み通り、精神的に疲弊した状態ではまともな判断すら付かなかったらしく、直ぐに彼らの不祥事の証拠を集められた。


「さて、先生?アリア条約で女性の成人は何歳からでしたっけ?」

「……16だ」


 目の前の教師に問いかけた後、グレアはレイトに問いかける。


「じゃあ、スタン先輩。彼女の年齢をこの老朽化した鼓膜に教えてやってくれ」

「お前、一々言葉が酷すぎるだろ……。ちょっとは俺の腹筋のことも考えてくれる?」

「早く答えろ」


 グレアの言葉のチョイスが酷すぎるせいで腹筋が崩壊寸前のレイトはグレアに抗議するが、それはグレアの絶対零度の眼差しにより言わなかったことにされた。


「殺気立ったグレアが怖すぎるので言います。

 彼女はなんと!今年15になったばかりです!」

「と言う事で、先生? アリア条約では、未成年に手を出せば禁錮4年……しかも、ファブレットの女性はかなーり男性に対して手厳しいので、厳罰は免れないかと。

 さて、俺は罪人の首を吹っ飛ばす義務は与えられているけど、罪人を見逃す権利は与えられていないものでね。

 覚悟してください?」


 殺し屋の目で目の前の教師に迫るグレア。

 ガタガタと目の前の教師は恐怖に慄く事しかできない。


「教頭、何と言う事ですか、貴方という人は!」


 目の前の教師――教頭の罪状に、近くに居た教師が非難の声を上げた。

 グレアはそれに対してキョトン、と不思議そうな表情を顔に走らせた。


「何を驚いているのです?

 別に教頭が援交をしていたくらいで貴方が驚くようなことはないでしょう、ジェーン先生?

 だってそういうアンタは、違法薬物の売買をしているギルド“ヨノオワリ”の末端じゃないか。

 そうそう、そのギルドだけど、薄情だよなー。アンタの情報がバレたらまた、雲隠れしやがった。

 まーた最初から洗い直しだよ、まったく」


 グレアの言葉に教頭を非難した教師は顔を真っ青にした。

 それに目もくれず、グレアは毒づく。


「あぁ、他にも証拠は挙がってますよ?

 例えば、ジョエル先生。貴方の顔、見覚えがあったと思ったんですよ。

 昔の顔写真よりかなり変わってるから解らなかったが……アンタ、切り裂きジエルだろ?

 少し前に流行った殺し屋。

 さて、裏社会の人間が表社会の人間に暴力沙汰を起こした場合……どうなるのか勿論、解ってるよな?」

「ぐ、ぬぅ……」


 グレアの言葉に、体育会系の教師が言葉を詰まらせる。

 切り裂きジエル――。少し前に流行った殺し屋で、金さえ払えばどんな殺しもしてきたというフリーの殺し屋(ヒットマン)

 そんな人物が教師職に転向していたとは、まさかのグレアも思わなかったのだ。

 次から次にへと上がっていく教師たちの不祥事に、グレアは辟易とした表情を浮かべる。

 これで何で教師ができているのか、どんな顔で教師共は道徳を生徒たちに説いてきたのか。

 全く理解ができない。


「この学校、見ただけで教師の半数が裏社会の人間なんだよな。 まったく、そんな奴が表社会に暴力による干渉するとかどういう神経してんだ?

 まさか裏警察(シークレット・ヤード)が見張ってるとか思わない所が凄いよ、いやまったく感服だ」

「しかも、見つかってるから間抜けだよな」

「ど、どういう事だ?」


 グレアとレイトの言葉に教師は首を傾げた。二人の会話の意味が解らないらしい。

 レイトは呆れたような顔で肩を竦める。


「おやおや、本気ですか。

 裏家業をしていて、裏警察(シークレット・ヤード)の名前を聞いた事ないなんて言いませんよね?

 貴方達の目の前にいるじゃないですか、裏警察の絶対零度の太陽(ソル)と呼ばれている死宣告者が――」

「あぁもう、一人ひとり罪状を上げて言ったらキリがないし面倒だ。

 全員、“裏社会の人間の表社会干渉”でいいな。

 アンタ達の後任は手配済みだ。

 あとはお前たちをとりあえず警察(ヤード)送りにして報告書を出せば任務完了(コンプリート)……。

 逃げ場はないぜ?つーか誰一人逃がさねぇし」


 グレアの言葉に教師たちは「終わった……」と絶望の色を表情に浮かべた。

 まさか、こんな年端も行かないまだ子供が裏警察(シークレット・ヤード)の死宣告者だったなんて。

 教師が絶望の中で意気消沈している間にグレアは教師たちを拘束し、警察に彼らを引き渡した。


 余談だが、この時教師を引き取りに来た警察官は当時はまだ新米だった、後のグレアの妹であるグレイア・フィル・ファブレットの婿になるアーデス・ヴィクト・ハーウェスト。

 この時から、グレアとハーウェストは何かと結託して事件を解決していくのだが、それはまた別の話。




 それからは、冬休みを挟んだ後、新任の教師が入ってきた。

 幸いにも新任の教師たちはウェストスター校の生徒たちの事情を知っていた為、彼らのケアを優先して接してくれる教師ばかりだった。

 そんな教師たちの歓迎会を生徒会(アリス)が主体となって執り行った時だった。


 その時に事件は起きた。


「おい、グレア・ウォン・ファブレットとか言う奴は何処だ!出てこい!」


 校庭で数人の男子が騒いでいる。 年齢は15、6くらいだろうか。

 グレアと大して歳の変わらない少年たちが校門を突破して学校内に入ってきた。

 騒ぎを聞きつけたグレアとレイトが野次馬を掻い潜って彼らの前に出て行く。

 不良の一人の顔に見覚えがあった。


「グレア・ウォン・ファブレット、とは俺のことだが?

 お前は……あぁ、何処かで見た顔だと思ったら、ハゲタヌキ――失礼、前教頭に似ているな?

 前教頭の血縁者か?」


 グレアは騒いでいるスキンヘッドの不良を睨む。 その目は殺気立っていた。

 しかし、目の前の不良はそんなグレアの殺気立った視線を物ともせずにニヤニヤと笑みをこぼしてグレアを上から下から嘗め回すように見る。


「威勢が良いなぁ、カワイ子ちゃん?

 お前みたいな女がウチの叔父貴を豚箱にぶち込んだなんて思えねぇけど……そうだな。

 お前が俺たちに付き合ってくれるなら――ッ!?」

「グレア!」


 厭らしい笑みを浮かべてグレアの肩を掴んだスキンヘッドの顔面に、グレアの渾身の鉄拳が飛んだ。

 それは、スキンヘッドの顔面を容赦なく殴りつける。

 その様子を見ていたレイト、グレアに対して制止の声を上げるが、少し遅かった。


「おっと悪い。手が勝手に動いた」


 内心、ハラハラと気が気ではないレイトに対して、グレアは冷めた目で自身がが殴りつけたスキンヘッドを見下ろす。

 不良たちはそんなグレアを囲んだ。


「てめぇ、よくも総長を!」

「女だからって調子乗るなよ!?」


 周りの不良たちが殺気立ってグレアに怒鳴り散らす。

 また女扱いされたグレアの顔は能面を通り越して夜叉が降臨しており、相当お怒りなのが窺える。

 女女言われて怒りのボルテージが溜まり、限界突破したらしい。

 グレアはカッターナイフを取り出した。


「女女五月蝿いんだよ。お前らちゃんと目の神経通ってんのか?

 俺をどう見たら女に見えるんだ? 俺は男なんだが……それともお前らは余程死にたいらしいな?

 良いぜ、一人ずつ殺ってやらぁ……」

「おい、待てグレア!これからって時に殺人事件起こす気か!?」

「チッ」


 殺気立ったグレアを制止するレイト。グレアは渋々と言った感じで――それでも舌打ちは忘れず――カッターナイフを仕舞った。


「でも、どうする?

 まず先にこいつらから俺を呼び出して殺気立ってたじゃねぇか。 お礼参り的な奴だろ?

 なら、多少喧嘩しても問題ないと思うが?」

「お前の場合、“多少”じゃ済まないから言ってんだよ。 死宣告者(おまえ)一般人(かれら)の力の差を考えろ!?」

「チッ」


 レイトに諫められて、グレアはそっぽを向いて舌打ちした。

 どんだけ戦闘狂なんだよ、こいつは!?

 レイトとその場に居たアーサー、そして目の前の不良たちは同じことを思った。


「そうだな。お前たちはこっちの“お姫様”に用があるんだろ?

 だけど、こっちとしては俺の目の前で暴力沙汰はやめてもらいたい。

 他校の生徒と暴力沙汰を起こしたら俺の責任になるし……まぁ、ちょっと特殊な事情があって、こいつはお前たちに手出しすると、怖ーい般若様からドギツーイお叱り程度じゃ済まないような刑罰が与えられて、俺としてはそれは困るんだよなぁ。

 やっと見つけた超絶便利な手駒だし」

「お前らの事情なんざ……」

「ストップ、俺はまだ喋ってるよ?人の話は最後まで聞きなよ?」


 レイトの話を聞いていた不良は痺れを切らせて口をはさんできた。

 レイトはそんな不良の口を物理的に閉じさせると、不良を睨み上げる。

 何こいつ、絶対カタギじゃねぇ……。絶対3~4桁くらいは殺ってる……絶対。

 不良は涙目でレイトを睨みながらそんな事を思った。


「まぁ、暴力沙汰を起こして困るのはそっちも同じだろう?

 お前らの顔、どっかで見た事あると思ったんだけど、今思い出した。

 バートーン校の球競技選手代表だろ?毎年球技大会でウチと当たってる所だったよな。

 丁度いいから、来年度の球技大会の予選と称してウチで一発やっていかない?

 こっちが負けたら勿論、そこの“お姫様”はお前らにくれてやる。

 煮るなり焼くなり売るなり好きにすればいい」

「俺を姫呼ばわりした挙句に何勝手に人を戦利品に仕立て上げてんだ、スタン先輩ッ!?」


 レイトの話を聞いていたグレアが咎める。その顔には鬼が降臨していた。

 それもそうだろう。“お姫様”呼ばわりされた挙句に戦利品扱いされたのだから、怒って当然だ。


 しかも、レイトの言葉ではこちらが負けた場合、グレアは恐らくグルグル巻きにされて彼らに献上されるだろう。

 勿論、死宣告者であるグレアは捕縛された時の対処法は心得ている為それは問題ないが、問題は正当防衛と称しても、グレアが彼らに本気で手を上げてしまえば、グレアはしょっ引かれることになる。

 しかも、妹に。


 何が悲しくて7つも下の妹にしょっ引かれなければならないのか。

 かと言って、無抵抗を貫き通せばその先は、ガクガクブルブルの恐怖の未來しかない。


「まぁまぁ、そうムキになるなって。お前なら余裕で勝てるだろ?

 ただし、こっちが勝ったらお前らは出ていけ。いいな?」


 後者の言葉は不良たちに言った言葉だ。


「へへっ、次の球技大会は確かバスケだったなぁ?

 俺達の勝ちは見えてるんだ、この後が楽しみだなぁ、カワイ子ちゃん?」


  嘗め回すようにグレアを見下すスキンヘッドの態度に、グレアの表情が鬼から閻魔に変わった。

 指をボキボキと鳴らしながら、額に青筋を浮かべてスキンヘッドを睨み上げる、グレア。

 相当殺気立っていて、その顔は軽く5桁くらいは殺っていそうである。

 人前に出してはいけないような形相、と言えばいいだろうか。


「言ったな、テメェら……。面倒くさいから2on4で相手をしてやる。

 お前ら全員で掛かってこい。瞬殺してやらぁ――」

「だから、喧嘩じゃないんだぞ、グレアッ!?」


 今にも彼らに襲い掛かりそうなグレアを諫めるレイトだが、怒りのボルテージがカンストしたグレアにレイトの言葉は聞こえていない様だった。



 場所は校庭からアリーナへ移動して、不良たちとの試合が始められた。


「ルールは2on4、10点先取が勝利条件。戦利品はグレア先輩。

――で良いんですよね?レイト先輩?」

「あぁ、じゃあ審判頼む」

「はーい」


 アーサーがルールを読み上げ、レイトに確認を取る。 レイトが頷いたのを確認すると、アーサーはホイッスルを咥えた。

 ホイッスルに息を思いきり吹き込めば、ピーッ!と甲高い音がアリーナに鳴り響き、試合開始の合図が鳴る。

 ボールが高く舞い上がり、ジャンプボールはスキンヘッドが奪った。


 それを見届けたアーサーは試合範囲より更に後ろへ後退する。


「悪いなぁ、俺達、身長(たっぱ)があることが自慢でよ」


 ニヤニヤと余裕の笑みをこぼすスキンヘッド。

 彼の言う通り、彼とその取り巻きの3人はグレアやレイトよりも身長が高く、ジャンプボールは容易く取れた。

 しかし、それを聞いてもグレアもレイトも動じていない。 むしろ、ボールを取られても余裕そうな笑みを浮かべていた。


「おいおい、ボールから目を離すなよ?」


 一瞬の出来事だった。 目の前に居た筈のグレアの声が、何故か背後から聞こえたかと思うとその刹那、ボールが手から零れ落ちていた。


「え?」


 スキンヘッドは状況を理解するのに5秒の時間をかけた。

 状況を理解した時には既にボールはゴールに向かって投げ込まれ、ネットを擦り抜けていた。

 甲高いホイッスルの音が響く。


「アリス、2点!」


 点数を数えるアーサーの声が鼓膜を叩いて、スキンヘッドは我に返った。

――いつの間にっ!?


「おやおや?先程の威勢はどうしたんだ?」


 ニマニマと意地の悪い笑みを浮かべるレイト。

 そんな彼にスキンヘッドは「うるせぇっ!」と吐き捨てた。

 不良の一人がスキンヘッドに向かってボールを投げてくる。 それを受け取ろうと前に出たスキンヘッドだったが、それはサッと通り過ぎた風に阻まれる。


「アリス、4点」

「え……?」


 ホイッスルが鳴って、いつの間にかボールがゴールから落ちていた。

 不良たちは訳が分からないまま呆然とする。

 風が通り過ぎていたかと思うと、いつの間にか相手のシュートが決まっているのだ。

 それで驚かない筈はない。


「“お姫様”舐めてると痛い目見るぜ、金柑頭?

 て言うか、グレアお前本気出し過ぎだろ」

「誰が“お姫様”だ。女で話を進めるな。

 それと、本気出すの当たり前だろ?もし負けたら、景品として差し出されるんだから。

 別の意味で危機感を覚える」


 苦笑するレイトに、真顔でグレアが答えた。


 グレアの言う通り、スキンヘッド達の元に行けば自分にどんな危害が及ぶのか解ったものではない。

 しかも、相手はこちらを女だと思い込んでいる。尚更身の危険を感じる。

 寧ろ、身の危険を感じない方がおかしいレベルだ。

 当然、現役の死宣告者であるグレアが本気で動けば、一般人であるスキンヘッドたちはその機動力に追い付けないだろう。

 グレアを追いかけまわしている内に彼らは息が上がっているのに対し、グレアはまだまだ澄まし顔で汗一つ掻いていない。


「やれやれ。あの外見で情け容赦のない様は正に“絶対零度の太陽(ソル)”だな」


 グレアにパスを回しながら、レイトは肩を竦めて呟いた。


―― ――

―― ――



「アリス、10点。

 10対0でアリスの勝ち、だな」


 斯くして、3分もしない内にグレアとレイトに因ってスキンヘッドたちはフルボッコにされた。

 グレアたちの完全勝利である。


「嘘だろ……あんなん、ゼハァ……反則、だって……オエッ……」


 スキンヘッドは走り過ぎて呼吸すらできないようで、その場にへたり込んで嘔吐(えづ)く。

 日頃から運動不足なのだろうか?


「お前……ゴホッ、化け物かよ……ゼェ……ゼェ……」


 肩で息をしながら、不良が言った。

 グレアは涼しげな顔で――ご機嫌に笑いながら――不良たちを見下ろす。


一般人(おまえら)とは鍛え方が違うんでね。

 騎士団団長の従姉とか騎士団の妹に日ごろの鬱憤晴らしだとかで不意に襲われる事はないだろ」

「んだそりゃ……」


 グレアの言葉にスキンヘッドはその場に倒れた。


 そんな事もあって、現在のウェストスター校では学祭に球技大会も行われるようになったのだった。

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