番外編 百花繚乱
青年は恋をした。 青い黒猫に。
黒猫の少女は恋をした。 赤い流星に。
水色の少女は恋をした。 赤い流星に。
青い少年は恋をしている。 それは、愛とも呼べる恋。
青い少年は黒猫の少女に恋焦がれている。
少年は恋をした。 紫の月姫に。
百花繚乱、千紫万紅。
恋の花は咲き乱れる。
そして、その恋の行方は――。
少年は、窓の外を見て中庭を見下ろしている。
目に入ってくるのは、中庭で劇か何かの練習をしているらしい女子生徒2名と男子生徒1名。
少年の目には、一人の少女しか映っていなかった。
彼女を初めて見かけたのは、彼女が編入してきた日の朝だった。
食堂に行けば、彼女がアリスの連中に紹介されていたのだ。
名前は、ミオン・コウナミ。
ふわふわと波打つブルーマロウの髪は長く頭頂部で纏められており、人懐こそうなエメラルドグリーンの瞳が印象的な少女。
彼女は、変人の集まり……もとい、芸術肌の生徒の集まりである幻寮に在籍する生徒。
学年は中等部2年A組、端麗な容姿に加え成績優秀でアリスや校長のお気に入りとの噂に加え、何処かの上流階級の貴族か王族の末裔なのでは?と囁かれている完璧超人。
そんな堅苦しい肩書を思わせないような明朗快活な少女で、誰に向かっても当たり障りなく笑う顔はまさに女神。
少年が在籍している高等部でも、人気急上昇中で「できればお近づきになりたい女子No.2」、「ウェストスター校美少女ランクNo.1」、「もっと言ってしまえば付き合いたい女子No.1」、「ぶっちゃけ嫁に欲しい女子No.2」という、高嶺の花な少女だ。
かく言うこの少年――ヴァイアー・ゲーゼも、そんな彼女に思いを寄せるミーハーな少年だった。
「可愛いよなー」
ボソッ、と呟いて窓の外を呆と見る。
「おい、ヴァイアー、そろそろミーティング始めるぞ!」
「あ、あぁ、悪い」
後ろからクラスメイトに小突かれ、ヴァイアーは慌てて振り返る。
そこには、学祭でする劇の台本を丸めて呆れた顔でこちらを見る少年の姿があった。
「何を見てたんだよ?」
「いや、何でもない」
「何でもなくないー、気になるだろ!」
「おい、ちょっと!」
ヴァイアーの制止を振り切って、少年は窓の外を見た。
「おっ、あれってミオンちゃんとリオンちゃんじゃねぇか!
いいよなぁ~! 特にリオンちゃん! クールビューティーで男装の麗人!
一緒に居るのは……げっ、彼奴はレイナス・リグレットじゃねぇか!
何で学校1の不良債権がリオンちゃんと居るんだよ、羨ましいなチクショー!」
悔しさからか台本を握りしめて青筋を浮かべている少年に、ヴァイアーは呆れて肩を竦める。
確かに、編入早々学校で1・2を争う人気を誇る高嶺の花の彼女たちに――もとい、ミオン・コウナミに容易く近付く事ができる彼は羨ましいが、彼女たちの様な華やかな人間に、子爵クラスの自分や一般ピーポーの少年がお近付きになれる事なんかあるワケがない。
「何を言っても高嶺の花だよ、彼女たちは」
そう言ってヴァイアーは窓から離れた。
彼はミオンを一目見た時から惹かれていた。
自分とは違う高貴なオーラを持っている彼女は、「お姫様」と呼ぶには少々荒々しく、かといって「普通の少女」と言うには気品のある少女。
いつも、その存在自体が気になって、目で追ってしまう。
「なぁ、ヴァイアー。 ちょっと休憩しない?」
「え、あぁ、もうそんな時間か?」
「もうとっくに休憩する時間過ぎてるんだよ、このオレンジ頭!」
「ずーっとボーっとしやがって、何だ? 恋煩いか?けッ、リア充が!」
「罰として全員分のジュース買ってこい! 勿論お前のおごりな!」
ヴァイアーのすっ呆けた様な態度に男子からのブーイングが来て、ヴァイアーは教室から追い出されてしまった。
くっそ、彼奴ら……後で絶対ジュース代請求してやる。
文句を垂れながら仏頂面でヴァイアーは、旧校舎を目指した。
―― ――
―― ――
「えーっと、もう面倒くさいから、全員ドクターペーパーで良いよな。 俺に任せたんだ、絶対文句言わせねぇ……」
自販機の前で未だに文句を垂れて、ヴァイアーは飲み物を買っていた。
何気にクラス全員の好みを把握している彼は、口では悪態をついているものの、ちゃんと全員分の好みのジュースを買っている。
こういう細かい気遣いができるからか、ヴァイアー自身も一部の女子から人気があるが、それは本人の知らぬところ。
「あっ……」
不意に隣から、やや低めの声が聞こえてきた。 それと同時に、一つのペットボトルが転がってくる。
中身はミルクティーの様で、柔らかな茶色の液体が入っていた。
転がってきたそれを拾い上げ、顔を上げると目の前に先程話題に挙がっていた少女の雪の様な白い肌が映った。
間近で見えたその顔に思わず驚いて仰け反ってしまう。
「うわっ!」
「あっ、大丈夫ですか?」
仰け反ったヴァイアーはそのまま仰向けに地面に倒れ伏し、そんな彼を心配そうに見下ろす少女。
ブルーマロウの髪がカーテンのように視界に広がって、髪で片目を覆っている緑の目がヴァイアーのアクアマリンの目と合う。
チラリと、髪の隙間からアクアマリンの目が見えた気がした。
「驚かせてしまったようで、すみません。 大丈夫ですか?」
そう言いながら、少女――ミオン・コウナミは手を差し出してきた。
ヴァイアーは差し出されたそれを取るのを一瞬だけ躊躇ったが、差し出されたものを拒否するのは失礼だよな、と思い直して、ミオンの手を取る。
決して、変な意味はない。 断じて言う。 決して本当の本当に変な意味はない。
掴んだミオンの手はやや薄く、しかしとても暖かい。
指先やカフスから覗く手首なんかも細くて、力加減を誤ってしまえばいとも簡単に折れそうなほど細い。
「あぁ、大丈夫。 ありがとう。
これ、君が落としたんだよな?」
立ち上がって先程拾ったペットボトルをミオンに渡す、ヴァイアー。
目線が結構近い。 彼女って近付くとこんなに背が高いのか……。
ヴァイアーは、ミオンと然程変わらない身長に泣きたくなった。
ヴァイアーの背は、クラスの男子の中でも真ん中あたりの為、あまり高くない。
むしろ、炎寮の脳筋馬鹿男子の中では低い部類の為か、よく絡まれることも多い。
「はい、ちょっと手が滑ってしまって。 ありがとうございます」
そう言った彼女の腕には、確かに両腕で抱えるくらいの飲み物が抱えられていた。
誤解するな。 俺は飲み物を見ただけであって、決してその奥のふくよかなモノは見ていない。
ましてや、そのグラマーな体型で本当に中二かよ?なんて絶対に思っていない。
何故かヴァイアーは頭の中でそんな事を言い訳し始めた。
「では、すみません。
生徒会室で練習があるので。 僕は失礼します」
礼儀正しく彼女が頭を下げると、ヴァイアーは「あ、あぁ……」と慌てて返事を返した。
しかし、本当に急いでいたようで顔を上げた時にはミオンの姿はなかった。
暫く、生徒会室へ続く道を見て、ヴァイアーは次に自分の手を見る。
あのミオン・コウナミの手を握ってしまった。
今更になって、嬉しさが込み上げてきて舞い上がりそうだ。
「~~っ!」
本当に彼女は可愛いよな。 少し話せただけでも本当に嬉しい。
ヴァイアーは暫く、その場で悶えていた。
彼の恋が完全に開花するまで、あと1週間。
それが愛に発展するまで、あと1年。
彼の恋物語は幕を開けたばかり。
―― ――
―― ――
事は数日前、少女は買い出しの途中だった。 学祭で使う小道具を買いに行って、その帰りなのだ。
彼女は水色の髪を揺らしながら、両腕に小道具を抱えて校舎棟へ歩く。
「えーと? あとは何が必要……ってか彼奴ら人に物頼み過ぎでしょ、全く……。
私がミオン様の近衛侍女候補じゃなければ、真っ先にぶっ倒すっつーのに……あーあ、猫被るのも疲れるわ」
買い出しメモをうんざりした顔で睨みつける少女――ネル・サクラギ。
彼女はクラスの出し物で必要な材料を買い出しに行っていた。
ブツブツと文句を垂れる言葉に本音が入る。
「あとは生徒会の方に差し入れを持っていくでしょ、で、その後に出し物の準備……はぁ~ッ、大変すぎるわね。
でも、これはミオン様に仕える為の第一歩、必ず踏ん張って見せるわ!
そして、ミオン様が見つかった時に一番にミオン様に寄り添って、甲斐甲斐しくお世話するの!
あぁ~、それを考えただけで俄然、やる気出てきた!
やってやるわよー!」
独り言が結構大きいため、周りに人が居ないのは幸いだった。
もし周りに誰かいたら、不審者を見る子供の目で遠巻きに見られていただろう。
そして、この言動から解る様に、彼女はルーン家の眷属の家系・桜ノ一族がひとつ、サクラギ家の人間である。
彼女はイリア王国貴族、ヴェルベーラ侯爵家令嬢であるリオン・ヴェルベーラの従姉に当たる。
そんな彼女の夢は、次期イリア王国女王候補であるミオンの近衛侍女になる事。
その為に現在は、グラン帝国にあるここ、ウェストスター校に留学中であった。
ネルがイリアで通っている「アーリア校」は、ウェストスター校の姉妹校。
毎年高等部に上がる生徒の中で品行方正・成績優秀な生徒を選んでその生徒をウェストスター校に留学させているのだ。
そして、ウェストスター校で生徒会には入れればアーリア校ではエリートコースまっしぐら。
ネルはそれを狙っている。
その為、その地位を確実にするために現在は、生徒会に取り入る様に尽くしていたり、生徒に気に入られるように八方美人を決め込んでいる。
全ては、「私のミオン様」の為。
桜ノ一族の中でもリオンより地位が低いネルが這い上がるには、まずはエリートコースを極める必要があった。
「そこの水色の髪がキューティーな君!」
突然、背後から古臭いフレーズで声を掛けられた。 ネルは振り返ってみる。
そこには、素行不良でアリスから要注意人物だと言われている男子生徒の姿があった。
彼は、ネルを上から下からまるで品定めでもするかのように嘗め回すように見ている。
「おっ、誰かと思ったら、学校内で人気のある女子の一人、ネル・サクラギちゃんじゃない~! ラッキー!
ねぇ、学祭の準備なんかサボって、俺と学校抜け出さない?」
「嫌です、離してください!」
腕を掴まれ、ネルは必死に抵抗する。
あークソ、こいつが堅気の人間じゃなきゃ瞬殺してたのによー。
ったく、何で私がこんな奴に絡まれなきゃなんない訳!?
しかも一番質悪い奴じゃないのよ、もう!
内心で毒づきながらも、自分より体格のある男子生徒に腕を掴まれたんじゃ逃げ場はない。 力の差は明らかだ。
ここで呪幻術を使っていいのであればネルに勝ち目はあるが、一般の生徒にそれは赦されない。
何より、自分の立場的にも、暴力沙汰は非常に宜しくない。
「良いじゃねぇかよ、ちょっとくらい。 減るモンでもねだろ?」
「絶対に嫌だー! 付いてったら絶対、貞操的な大切な何かを失くしそうだから嫌だ―!」
「大丈夫だって、初めは優しく手取り足取り……」
「それが嫌だってってるのよー! 絶対なくすヤツじゃん、バカなの!? ねぇ、死ぬの!?」
ネルはせめてもの抵抗として、手に持っていた荷物を不良の顔面に投げつけた。
荷物の中には硬い物が入っていた為、それが不良の顔面にぶつかったのか彼は顔面を血だらけにした。
相手もネルの攻撃に余裕をなくしたらしく、その額に青筋を浮かべ、鬼の形相で睨みつけてくる。
――|貞操どころか人生すら終わりそう《Fine del mia》……。
ネルの脳裏にそんな言葉が浮かんできた。
ギュッ、と目を閉じるネルの耳に、彼以外の声がやや斜め前方から聞こえてきた。
「嫌がってるだろ、やめてやれよ」
その落ち着いた低い声にそっと、目を開けてみる。
目の前には、振り上げられた不良の手を掴んで止めている、青年の姿。
この人は……。
ネルでも知っている。 最近編入してきた青年だ。
編入以降はアリスから目を付けられてパシリにされている、レイナス・リグレット先輩。
彼が助けてくれるとは思わなかったネルは、目を見開いた。
「あぁん? お前誰だよ?」
「誰でもいいだろうが。 それより、そいつ嫌がってるじゃねぇか。
離せよ」
「お前には関係ねぇだろ! 外野がしゃしゃんな!」
レイナスの言葉に頭に血が上ったらしい不良は、ネルの腕を離すとその手を握り、それをレイナスに向かって振り上げた。
そのまま力任せにレイナスの頬に向けてスイングする。
しかし、それはレイナスの頬を叩くことはなかった。
「な……ッ!?」
不良の拳は、寸での所でレイナスに受け止められていた。
「俺って、何でか喧嘩売られること多いんだよな。
その所為で喧嘩慣れしてるからさ? これくらい受け止めるのくらい、朝飯前なんだよな。
で? このまま腕を捻り上げられて折られるか、フルボッコにされるか投降して逃げるか……どっちだ?」
鋭い眼力で至近距離から睨まれた不良は、「ひッ!?」と情けない声を上げて顔を引きつらせる。
こいつはやばい奴だ! 不良は瞬時に悟った。
喧嘩慣れしてる奴の顔じゃねぇ! 殺し屋の目だ!
そう悟った時には不良は涙をダバダバ流しながら、念仏でも唱えるかのように謝る。
「すみません、すみません、すみません! もうこんな事だけはしないので、命だけはあぁあああああ!!」
レイナスを振り切って不良は何処かへ逃げて行ってしまった。
「おいおい、命だけは、って……。
俺が悪魔にでも見えたのか?」
肩を竦めて呆れたように言った後、レイナスはネルの方を向いた。
「大丈夫か?」
ネルが投げたらしい紙袋を拾ってネルに手を差し出す、レイナス。
ネルは不良が手を離した反動で地面に座り込んでいた。
「は、はい、大丈夫です……」
ネルは差し出された手を取って立ち上がる。 顔を上げた時に、レイナスと目が合った。
よく見ると、レイナスの目は左右で微妙に色が違うのだということに気付く、ネル。
学校では問題児としてアリスに目を付けられているため、彼らの監視下に置かれているという噂を聞くが、果たして如何なモノだろうか。
「ありがとうございました、私はこれでっ!」
それだけを言うとネルは荷物を受け取って、逃げるようにその場を離れた。
握られた彼の手の感触がまだ残っている。
男性の手を握ったのなんか初めてで、妙に心臓が落ち着かない。
自分より大きな手は暖かくて、少し骨ばっていた。
助けられただけで「カッコいい」なんて思うなんて、自分はどうかしている。
きっと、誰かに助けられたのは初めてで、彼の手が初めて触れた男性の手だから、落ち着かないのだろう。
きっと今は彼の微妙に色が違う目が脳裏に焼き付いているのも、一般人でオッドアイが珍しいだけ。
自分たちの家系ではオッドアイなんて珍しくも何ともない。
きっと、一過性のものだ。
ネルはそう自分に言い聞かせながら、教室を目指した。 その顔は誰がどう見ても真っ赤だった。
彼らのトライアングラーまで、あと5日。
―― ――
―― ――
彼は学祭の準備をサボる為、旧校舎に来ていた。
旧校舎は生徒会室のある棟から校舎棟への近道としても使われるが、不良のたまり場としても有名なため、近付くような人間はあまり居ない。
その為、サボる場所には最適だった。
少年は屋上で寝転がり、どんよりと陰っている空を見上げた。
「リオン・ヴェルベーラ……」
少年の口から、一つの名前が零れた。 大事そうに呟かれた名前は、リオンの物だ。
首に掛けているロケットを探って目の前に持ってくると、その銀色の蓋を開けた。 中には、幼い日のリオンがカメラに向かって笑っている写真が入っている。
その写真を撮ったのは幼い頃の自分で、被写体が酷くブレていた。
それは、リオンとの唯一の思い出の写真だった。
先程、リオンと偶然に再会を果たした少年――リト・コスモだったが、彼女は自分の姿を見た時に酷く怯えてしまったのだ。
それは仕方のない事で、リトは昔、幼馴染であった彼女を酷く傷付けてしまったのだ。
その事が今でもトラウマになっているのだろう。
いや、そうなる様にしたのは自分だ。
不慮の事故だったとしても、彼女を傷付けたことに変わりはない。
だから、今更彼女に関して感傷に浸るような資格も、ましてや彼女を好きだという資格もない。
「……」
リトは先程から脳裏にちらつくリオンの怯えた顔を振り払うように、目を閉じて寝返りを打つ。
今更彼女に何を言うつもりはない。
リトは幼馴染であったリオンに想いを寄せていた。
いつか告白して、付き合えたなら。
そして、いつか、お嫁さんにできたら。 そんな夢を抱いていた。
しかし、それは叶わなかった。 リトがリオンを避けざるを得ない状況になってしまったから。
その上、リオンが王女と行方不明になってしまい、足取りは掴めなかった。
その時の絶望感は今でも忘れていない。
その時は自分も死んだように日々を送っていた――リオンともう一度再会する、昨日までは。
しかし、昨日の反応を見てしまって、人一倍警戒心の強いリオンが途中で割り込んできた男――レイナス・リグレットに助けを求める様に縋っていたところを見て、リトは悔しさを感じた。
本来なら、その場所に居たかもしれない。
リオンが助けを求めて縋ってくる場所は自分だったかもしれなかった。
そんな事を思うと、やりきれなくなる。
「あー、もう。 何処かのバカの顔がチラついて眠れないな」
リトはロケットペンダントを仕舞うと、勢いよく起き上がった。
リオンとリトの事情を知っているセラ・アマレーノから、リオンの居場所を教えてもらって偶然にもリオンがグラン帝国に居る事を知ったのが、留学する前日の事だった。
留学を取りやめようとしても前日ではもう後の祭りで、セラを睨んだ記憶がある。
その時、セラはこう言った。
『クククッ、良いじゃないか。 俺からの酔狂な計らいだよ。
まぁ、リオンと会える可能性は極めて少ないけれど、もし会えたなら今度こそ守ってやりな。
あぁ、俺の呪いって結構強力だったりするから、リオンは未だに君を怖がっていると思うけど……まぁ、一目見りゃ君も諦めつくだろう?』
セラのムカつく笑い声が未だに脳内にちらつく。
セラには、グラン帝国留学の事は決まった時から――つまり、去年の年始には話していた。
それなのに、教えてくれなかったとはどういうつもりだ。
そんな計らいなんか要らないっていうの。
そう責め立てたが、セラには暖簾に腕押し状態でのらりくらり躱された。
そりゃ、もしかしたらリオンに会えるんじゃないか、とかそんな淡い期待だってしてしまった。
そんな事を期待するような資格だってないのに。
このまま会えないまま卒業できればいい、なんて思っていたのに。
それが昨日、まさかの再会をしてしまって、あんな光景を見させられて。
諦めがつく? 勝手な事を言うな。
リトは、脳内にちらつくセラの声にそんな事を思った。
リオンになんか再会できなければよかった。
このまま消息不明でいてくれたらよかった。
そんな事を考えているリトの頭には、リオンの怯えた顔がチラついて離れない。
リオンのあんな顔を見るくらいなら、「一目で良いからもう一度会いたい」なんて思わなかった。
リトはチリチリと焼くような胸の痛みを振り払うように、再びその場に寝転がった。
これから晴れそうだし、少し昼寝でもしよう。
雲間から射す眩しい陽射しを遮る様に腕で顔を覆った。
彼の愛が芽生えるまで、あと2年。
―― ――
―― ――
少女は青年と今度の映画の練習をしていた。
明日はいよいよ撮影なので、全員で合わせる前に個々でセリフを合わせていこう、と言う事になったのだ。
なので、主人公の役を任された少女――リオン・ヴェルベーラと青年――レイナスは二人で練習をしていた。
「『悔悛するなら俺と来い……アルジャ・ド・ハーマン』」
「『悔悛など……今更遅いですよ。
僕はもう、手を汚しすぎた。 今更戻れません。
さぁ、貴方がその引き金を引けば終わりです。 終わらせてください』」
物語の中盤、エルリックがアイシャを捕らえるシーンを演じる、レイナスとリオン。
レイナスは地面に座り込んでいるリオンに向かってセリフを言った。
初めの頃より比べると、二人とも大分様になっている。
これで衣装を着て演じれば完璧であった。
手に持った台本を手から滑らせるように落とし、レイナスはゆっくりリオンに近付く。
この練習では、セリフと動きを関連付ける為にセリフだけでなく動きも練習している。
「『遅くない。 今からでも悔い改めることはできる。
それをするかしないかはお前次第だ』」
「『僕は……』」
「『迷うならばこうしよう』」
レイナスはしゃがむと、短剣を握るかのように手を握る。 本番では作り物の短剣がそこにあるのだ。
リオンの頭の後ろで纏められている髪に手を伸ばして、それを撫でる様に掬うと髪を切る様に払う。
本番では、編集で切ったと見せかけてウィッグを被る。
「『アルジャ・ド・ハーマンは今を以て死んだ。 今からお前はアイシャだ』」
「『本当に貴方と言う人は……。 女性の髪を無断で触ったばかりか、切るとはどういう事ですか。
殺されても文句言えませんよ?』」
リオンは微笑んでセリフを言った。 その淡い微笑みにレイナスはドキリ、と心臓が脈打ったのを感じた。
ドキドキと鼓動が早くなる。
台本の指示には、恋をする乙女の様な顔若しくは男を本気で落とす顔で微笑む、とか無茶苦茶なことが書かれており、数日前に「そんなんできるかぁぁぁああ!」とリオンが荒ぶった事があったので、ちゃんとできるのかと心配になったがどうやら心配なかったようだ。
これが映画の練習で、役を演じている事すら忘れるくらいに、リオンの演技は完璧だった。
それこそ思わず、惚れてしまいそうになるような微笑みだ。
「レイナス?」
気が付けば、リオンが自分の顔を覗き込んでいた。 近い距離にリオンの顔がある。
その距離感にレイナスは驚いて仰け反ってしまった。
「うわっ!」
「あっ、大丈夫か?」
仰け反った時に重心が後ろに行き過ぎてしまって、レイナスはそのまま仰向けで倒れた。 直ぐにリオンが心配そうに顔を覗き込んでくる。
起き上がりながらレイナスは、「あぁ、大丈夫だ」と言った。
「どうしたんだよ、ボーっとして? って、何か顔赤くねぇか?」
「何でもない、大丈夫だ!」
頬に触れようとするリオンの手を遮り、焦ったように早口で言う、レイナス。
リオンはその手を引っ込めた。
「ならいいけどな……まぁ、ちょっと疲れたし、休憩するか。
昼過ぎてるし」
「あぁ、そうだな。
今なら食堂も空いてるし……」
「え?」
「え?」
リオンの提案にレイナスが肯定して食堂の案を出すと、リオンがキョトンとした顔で素っ頓狂な声を上げた。
あれ、俺なんか変な事言ったか?
一瞬混乱して、レイナスも素っ頓狂な声を出す。
そしてリオンは少し離れて置いていた荷物からレジャーシートを出して、草むらに敷くと、カバンの中から重箱の様な弁当を取り出して置き始めた。
「今日はみっちり練習するんだろ?
直ぐに練習に取り掛かれるように、作ってきたんだけど……」
その言葉でレイナスは、リオンが持ってきた物が漸く何なのか解った。
そして、レイナスは反応に困る。
これは、素直に喜んでいい物か、それともスパルタすぎると嘆いていい物か。
嬉しい反面、食事が終わると直ぐに練習という落胆も否定できない。
レイナスが暫く静止していると、リオンはレイナスの顔を窺うように見上げた。
「えっと……もしかして、迷惑だったか?
余計なお世話だったよな、ごめん。 やっぱり食堂に――」
「――ぜ」
「え?」
リオンが困ったように笑うから、レイナスはその笑顔を見てレジャーシートに座り込んだ。
その様子を見て、更に言葉を遮られて、リオンは目を見開いて訊き返す。
レイナスは言った。
「どうせ食堂行っても何もないだろうし、せっかく作ったんだから、弁当の方食おうぜ。
つーかすげぇ量だな。 こんなにも一体どんくらい時間かけたんだよ?」
「あ、うん。 作りだしたら楽しくってつい。
これなんか結構自信作なんだ」
レイナスとリオンは、ひと時の昼食タイムを楽しんだ。
彼らの恋歌は始まったばかり。 その行方は――。
@学園内の恋模様
ヴァイアー→ミオン
リト→リオン→←レイナス←ネル