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Promessa di duo-太陽ト月-  作者: 俺夢ZUN
第2楽章 学校潜入編
26/41

Ⅹ.魅惑-Fascination-


 嫉妬と心配と応援したい気持ちと。

 今まで知らなかった感情は、私にどんな変化をもたらすのか。



「何だ、このカオス空間」


 生徒会室に戻った璃王が目の当たりにしたのは、阿修羅と化した弥王と、それを抑えるレナとクレハ、レイリスだった。

 弥王は、女子3人が抑えるのもやっと、と言った感じで暴走しており、今にレイナスを殺しに行くかのような剣幕だった。


「離してくださいッ! あんのロリコン野郎、ガチで血祭りだゴルァァァァァアア!」

「ちょ、ミオンちゃん落ち着いて!」

「あっ、ミオンが!」


 弥王はレナとクレハを振り払うと、キチンへ突入しようとした。


「磔獄門に晒っしゃらぁぁぁぁぁぁあああ!」


 キッチンへ向かう弥王の足を璃王が引っ掛ける。

 怒りに周りが見えない弥王は、呆気なく璃王の足に躓いて転んでしまった。

 ゴツッ!と床に顔面からダイブするような非常に痛そうな音が響いて、転んでいない筈のレナとレイリスが「いったぁ~」と顔を顰めている。


「弥音? 何があったんだよ、落ち着けよ」


 転んで床に突っ伏した弥王にしゃがんで声を掛ける、璃王。

 ガバッ!と勢いよく弥王は顔を上げると、璃王の肩を掴んだ。


「璃音、大丈夫か!? あの変態ロリコン野郎(レイナス・リグレット)に何もされてないかッ!?」

「大丈夫だから、落ち着けよ……それと、副音声が酷すぎるから、本当に落ち着け。

 何もされてないし、何もないから」


 ガクガクと肩を揺らしてくる弥王を落ち着かせるように言う、璃王。

 あまり揺らされると、持っている紅茶とおやつが零れてしまうのだが……と思いながら、その間に璃王はレイリスに向かって顔を顰める。

 余計なことを言いやがって、と藍色の瞳がレイリスを射抜く。

 レイリスはしょぼん、と肩を落として、手を合わせた。


 そう、キッチンから出た後のレイリスはそれはもう物凄い慌てようで、それを不審に思った弥王が問いただせば、思わず零してしまったのだ。

“キッチンでリグレット先輩とリー君がぁぁぁぁぁぁぁああああ!!”と。

 その尋常ではないレイリスの反応にリオン’sセ○ムの弥王が暴走したという訳。


「本当に何もされてないか?」

「本当にされてないから。 ただ、転んでレイナスの下敷きになっただけ」

「そうか、なら……良くないっ!やっぱり彼奴を血祭りに上げてくるッ!」


 言うや否や、弥王は璃王すら振り切って、キッチンへ行ってしまった。


「お、おい!」


 璃王が止めたが、時すでに遅し。

 キッチンからはレイナスの絶叫が聞こえてきた。

 今、キッチンに入って行くのが怖いような気がする。

 そもそも、アレはレイナスも悪いし、まぁ、と璃王は弥王とレイナスを放置することにした。


「弥音、余程璃音が好きみたいだね」

「え、何!? GL!? GLなの、リオンちゃん!?」


 クレハの言葉に、恋愛センサーでも反応したのか、興味津々なレナが詰め寄ってくる。 璃王は苦笑して否定した。


「GLじゃない。 ただ、まぁ、昔対人関係で色々あったから、弥音は僕の対人関係には敏感になっているのだと思う」


 テーブルにブラウニーとカップを並べて璃王は説明した。

 レイリスが興味津々にその様子を見ている。 その目は輝いていた。


「これ、リーくんが作ったの?」

「あぁ。 ブラウニーと、ダージリンティー」

「あら、凄く美味しそうね」


 レイリスの質問に答えていると、クリスがテーブルを見て言った。


「クリスの分もあるから、食べ始めとこうぜ。 弥音なら、気が済んだら勝手に来るだろ」


 ブラウニーを分けながら、璃王は言った。

 作りたての甘い匂いが鼻腔を擽る。

 見た目だけでもお店に並んでそうなくらい美味しそうだった。


「リオンちゃんって料理上手よね~。

 このブラウニーなんか、もう最っ高!」

「お茶の淹れ方も文句なしだね」

「紅茶もすごく美味しいわ」


 璃王の作ったブラウニーと紅茶――一名は緑茶――に舌鼓を打って、レナとクレハ、クリスが絶賛する。

 絶賛された璃王は澄まし顔で紅茶を飲んでいた。


「って言うか、何で洋菓子にお茶? 本当、クレハの嗜好がよく解らいわ」

「僕は紅茶なんてチャラついた飲み物に興味がなくてね。

 日本茶は最高だよ。 君も甘い紅茶ばかりじゃなくて、渋い大和茶を飲むと良いよ」

「私は遠慮しておくわ……」


 レナがお茶について突っ込めば、クレハから大和茶を勧められ、レナは丁重にお断りした。

 洋菓子には紅茶、これは譲れないのである。


「どうやったらこんなに美味しくなるの?」

「感性で混ぜて、直感で焼く」

「え、そんな適当なの!?」


 レナの質問に璃王は一言で答えた。 レナは驚いて口が塞がらなくなる。

 それに、いつの間にか一緒にデザートを食べていた弥王が補足した。


「まぁ、璃音は昔から勘が良いですからね。 作った事ない物も、食べただけで勘で作れてしまいますし」

「何そのハイスペック!?」

「それは是非とも、嫁に欲しいな。

 あぁでも、リオンちゃんやミオンちゃんくらいになると、もう求婚者も殺到しているだろうね?」

「!?」


 弥王の言葉に驚き再びなレナとライト。 ライトの言葉に思わずレイナスは璃王を見た。


――いやまぁ、確かにリオンは可愛いし、こんなにハイスペックなら不思議じゃないだろうが……。

 レイナスの心境は何故か複雑だった。

――って、何考えているんだ、俺はッ!


 レイナスは、頭を振った。

――別に、リオンのことなど何も思ってない。

  そう言い聞かせる。


「ふはっ、残念ながら、そう言う酔狂な人間はまだ現れないな」

「確かに世間じゃ14になると婚約者決められたり、お見合いさせられたりしますけど、僕らはまだ、全然そういうの考えていませんし!」

「えー、ウソ!?」

「二人を放っておくような男が居るのかい? 本当に?」


 璃王と弥王の言葉に、レナとライトが驚きの声を上げる。

 女性にしてはすらりと背が高く、髪は綺麗なブルーマロウで波打つロング。

 強気そうなエメラルドの瞳が綺麗なミオン。

 リオンもまた、背が高くてそれでも華奢な印象を持たせる手足に、深い海のような紫みを強く帯びた群青色のストレートロングの髪に深海よりも深いインディゴの瞳が白い肌を際立たせるような美少女。

 二人のルックスだけでも十分男は寄ってきそうなものだが、どういう事だ。

 リオンに至っては、性格はともかくとして、こうして料理上手なハイスペックときたもんだ。

 それなのに、放っておくような奴がいるとは……。


 すると、クリスが立ち上がって言った。


「なら、私が嫁……いえ、婿候補でもいいわ。 立候補する」


 クリスの言葉にレナが「おぉ~!」と感嘆の声を上げた。

 弥王はそれに乗る様に立ち上がり、クリスの手を取る。


「クリスが立候補するなら、僕は大歓迎だよ。 慎ましく――」

「おい、性別!」


 最早、二人の世界に入ってしまった弥王に、璃王のツッコミは届いていなかった。

 肩を竦めて弥王を指し、ライトとレナに言う。


「な? 解ったろ? 彼奴に求婚者が居ない理由」

「ミオンちゃんって、同性愛者なの?」


 レナの質問に璃王は黙り込んだ。 そして、ややあって首を振る。


「いや、彼奴は異性愛者だった筈だ。

 昔――確か、10年前くらいだったか僕に嬉々として、留学生の貴族のお兄さまと将来を約束したの~!私、絶対あのお兄さまのお嫁さんになる~!とか言ってた気がする」

「おぉ!」

「何と!」


 璃王のカミングアウトにレナとライトが驚いたような声を上げる。

 それはつまり、年端の行かない少女に既に婚約者がいるという事で……。

 レナとライトはワクワクした顔で「それで?」と璃王に続きを促す。


「弥音とそいつは再会できたが、今の所進展なし。 まぁ、その貴族も当時は13くらいで弥音は4歳だからな。

 多分、反故になったんだろう」

「なぁんだぁ~!」

「悲しいほど予想通りだね」


 璃王のオチに、レナとライトは脱力する。 レナに至っては、テーブルに突っ伏していた。


「でもまぁ、そうだよな。

 10年前で13なら、現在は23……ロリコンになってしまうからなぁ。

 流石に今のミオンちゃんには手は出せないかー」

「手を出したら犯罪だもんね」


 残念だ、と言いつつ、ライトとレナは納得した。

 ロリコンでも、これが弥王が16歳ならば、成人年齢なのでギリギリセーフだったが。 14では犯罪になってしまう。

 何故か残念そうにライトとレナが肩を落とした。


「ミオンちゃんの話も良いけど、リオンちゃんの話も聞きたいなぁ~?

 で、リオンちゃんはどうなの?」

「えっ!?」


 レナがニヤけた顔で訊いてきて、リオンは閉口する。


「自分を卑下して言ってるけど、その実は求婚者が殺到してたりとか、既に婚約者が居たりするんじゃないの~?」

「はぁ?」


 レナの言葉に璃王は素で不快な顔を見せた。 勝手な憶測をされるほど不愉快なことはない。

 しかし、レナはその空気を読まずに更に突っ込んでくる。


「リオンちゃんほどのハイスペックな子、今時居ないよ?

 上流階級の貴族から求婚されてもおかしくないでしょ?」


 レナの言葉に、レイナスは何故か落ち着かない。

 確かに、容姿端麗に加えて文武両道で家庭的なリオンなら、貰い手は数多だろう。

 もう少し年齢が上がれば、綺麗になっているんじゃないのだろうか。

――って、また俺は何を考えているんだッ!

 レイナスは再び、(かぶり)を振った。


「残念ながら、今まで求婚をされた事もなければ、色恋に興味が持てなくてな。

 昔から、剣以外に興味を惹かれないんだ」


 璃王の言葉にレイナスは何故か内心安心した。 何故安心するのか解らない。


「えぇ~!? 勿体ない!」

「いや、そんな事を言われても……」


 レナの反応に困った表情を浮かべる璃王だが、それは微妙な表情の変化の為、誰も解らない。


「でも、こんなタイプの男性が良い!って言うのはあるんじゃないの?

 どういうタイプが好みなのよ~?」


 からかう様に聞いてくるレナに不快感は感じるモノの、璃王は少し思案する。

 璃王の口からどういうタイプが出てくるのか。

 ハイスペックで隙の無いリオンの好みのタイプが全く想像つかないのだ。

 レイナスは緊張した面持ちで璃王の言葉を待った。

 別に、璃王の眼中に入ったらいいな、とかそんなことは思っていない。 断じて。

 ややあって、璃王は口を開いた。


「そうだな……別に感情表現は常にしてくれなくていいから、自分の信念を持ってそれを実行できるくらい強い意志を持っている……のは大前提で、それに包容力と僕より強い腕を持っている人……かな」

「結構、リオンちゃんの婿候補に上がるだけで大変そうね……」


 璃王の上げた内容にレナは頭を抱えた。 璃王の条件を無意識に自分と照らし合わせて考えていたレイナスも項垂れる。

 これは鉄壁過ぎないか? 大前提から無理ゲーだろ、これ!?

 璃王は、涼しい顔で言ってのけた。


「僕は、難攻不落の女。 そう簡単に誰の物にもならない」

「か……カッコいい!」

「あー、忘れてた。 璃音は超が付くほどのファザコンだったな。

 そんな、お前の父親みたいな男なんてそうそう居ないだろうに」


 レナが尊敬するような目で璃王を見ているのに対し、いつから聞いていたのか弥王は、呆れたように肩を竦める。

 そう、璃王は一族の周り全員が三津井めるほどのファザコンなのだ。

 そして、璃王の父親もまた、妻と璃王を溺愛しているほどの愛妻家かつ親バカだった。

“将来はお父様のお嫁さんになる~”などと言っていたわけではないが、尊敬する騎士の名に父の名を挙げ、髪型を真似るなどの崇拝ぶり。

 何より、剣の手解きは父からしか受けなかったという逸話まであるのだ。

 そんな璃王の好みのタイプが父親と同じような人であるのは、最早必然であった。


「誰がファザコンだ!」

「まぁまぁ、ファザコンでも良いじゃない。

 女の子はお父さまに良く懐くっていうし」


 弥王に食って掛かる璃王を、レナが宥めた。


「そうだ、今年のスイーツ・アート、リオンちゃんにさせてみないか?」

「賛成ッ!」


 璃王の作ったブラウニーを食べながら、唐突にライトが言った。

 彼の提案にレナとレイリスが目を輝かせる。


「「スイーツ・アート?」」


 聞き慣れない単語を復唱して、弥王と璃王が首を傾げる。

 その疑問に答えたのは、緑茶を飲んでいたクレハだった。


「スイーツ・アートは、毎年生徒会が選んだ生徒が好きなテーマを選んでそれをスイーツで表現するんだ。

 それを前夜祭・後夜祭で飾って、ある程度楽しんだら皆で食べる。

 そう言えば今年は候補が居なかったから、中止になる所だったんだよね」

「そうそう。 でも、候補が決まってよかった~!」


 クレハの後半の言葉にレナが安堵したように胸をなでおろして言う。

 何故か璃王がスイーツ・アートをすることが決まってしまっているが、もうそれは気にしていない。 今更だ。


「ちなみに去年は、クレハが芸術キャッスルとか言って、天井に着きそうなくらい高いお城のケーキ作ったよね。

 あれの彩りといい形と言い演出と言い……色々凄かったよね」


 レナは去年にクレハが作ったケーキを思い出しながら、遠くを見る目で天井を見た。 その顔は真っ青だ。

「何が凄かったんですか?」と、弥王が尋ねるとレナは閉口してしまう。

 余程思い出したくないのだろう。

 ライトが肩を竦めて教えてくれた。


「ケーキの色が紫色で、しかも暗闇でケーキが光っていたね」

「あぁ、私も見たわ。 要塞の様な形の上にドライアイスの演出で凄く寒かったのを覚えているわ」


 ライトの言葉をクリスが補足する。

 その時の光景を思い出したのか、クレハは口元に笑みを浮かべた。


「あの時の観客の驚き様。 筆舌に尽くしがたい表情で固まっていたね」

「クラインだけが満足げに笑っていたな」


 クレハの言葉にエイルが肩を竦めて言った。


 そう、去年のスイーツアートはライトとエイルの推薦でクレハとレナに任された。

 その時にクレハが作ったものを見た生徒や教師、その父兄や来賓は、その奇抜な演出に閉口し、更には腰を抜かす者まで続出したのだ。


「僕は演出にはとことん凝る(たち)でね。 観客を体から心の底まで驚かせるような演出で芯まで恐怖に染める……ホラーは最高」

「でも、あれはやりすぎでしょ。 女王陛下なんか、暫くグレイア様から離れなかったじゃない」


 クレハがうっとりとホラーについて語ると、レナが口を尖らせた。

 そう、去年のクレハのスイーツ・アートで一番被害を被ったのは、グレイだったのだ。

 グレイは自分ではかなり強がるけれど、ホラー系の演出やホラー映画など、とにかく怖い物が駄目なくらいビビり。

 クレハの演出により気を失い、暫くケーキがトラウマになる、というとんでもない事態が起きてしまったのだ。

 それは、王室から貴族の間で暫く語られるほどの大ニュースとなっていた。


「グレイア……って誰だっけ? 名前は聞いた事がある気がするけど……」


 レイナスはグレイア、と言う名前を聞いて首を傾げた。 名前は聞いた事があるような気がするが、思い出せない。

 レイナスの問いに、アリスのメンバーは有り得ないものを見るような目でレイナスを凝視した。


「え、ナス、本気で言ってる?

 グレイア様を知らないとか、有り得ない!」

「大々的に新聞に載ったんだがな」

「もう一度一昨年の新聞読み直したら? 12月辺りの新聞」


 レナとエイル、クレハに言われて、レイナスは何も言えずに閉口する。

 確かに覚えていない自分にも問題はあるだろうが、ここまで言われるような事か――?

 そう思い始めたレイナスの耳に、璃王の言葉が通り抜けた。


「グレイア様はファブレット家の次女に当たる方で、現女王陛下・グレイ・ゼル・ファブレット陛下の姉上だ。

 女王陛下には3人 の姉上と3人の兄上が居て、その中でも彼女はグレイア様に懐いておられる。

 ちなみに一昨年の冬にグレイア様は、現市警察(ヤード)の署長であるアーデス・ヴィクト・ハーウェスト侯爵とご結婚なされていて、一時期新聞で大々的に取り上げられたことが……あ」


 璃王の説明を聞いている全員が丁寧な璃王の口調を聞いて、固まっている。

 つい貴族に説明する時みたいに説明してしまった事に気付いた璃王は、慌てて紅茶を一口飲むと、取り繕う様にレイナスを見て、何事もなく言った。


「と、とにかく、グレイア様は女王陛下の姉であり、市警察(ヤード)の署長であるハーウェスト侯爵の伴侶で……まぁ、なんだ。

 陛下や長男であるファブレット侯爵以外はあまり馴染みがないからな。 新聞にも出てこないし。

 知らない奴が居ても仕方ねぇよな」


 璃王は無理やり話を締めくくった。

 璃王の話を聞いたアリスとレイナス、レイリスは「彼女って一体、どういう人なんだ?」という疑問に駆られる。

 貴族の知り合いがいると言っても、王家の情報に内通しすぎてやしないか?

 もしかして、彼女が懇意にしてもらっている貴族って……、と勘繰りを始めるアリス達だった。


―― ――


―― ――


 誰か、この状況を説明してくれ。

 レイナスはそんな事を思った。

 今、レイナスは旧校舎の中庭に居て、鉢合わせてしまった弥王から壁に追い込まれ、睨まれている。


 俺が何をしたって言うんだよ? そう思ったレイナスだったが、殺気とも言える迫力にレイナスは気圧されてしまい、何も言えない。

 目の前にいる彼女は笑顔を浮かべているが、駄々洩れな殺気がその笑顔の効果を恐怖に塗り替えていっている。


――何故、こうなったんだ……。

 俺はただ、アリスの奴らにパシられて、旧校舎を通っただけなのに……。


 レイナスは背中を伝う嫌な汗の感触を感じながら、目の前の少女を見下ろした。

 こいつ、本当に堅気かよッ!?

 レイナスがそう思うのも仕方のないことで。

 それだけ、目の前の少女の殺気が一般人の出すそれとは思えないほど迫力があったのだ。


 暫くして、目の前の少女――弥王が口を開いた。


「レイナス先輩? ちょっと伺いたいことがあるんですが……少しの間、お付き合い願えませんかね?」


 お願いされている筈なのに、背後の般若の所為で頷くしか選択肢がない。

 レイナスは、大和に伝わる厄除けの置物、赤べこのようにコクコクと頷く。


「では、唐突に訊きます。 先輩は璃音の事……どう思っているのです?」

「どう、って……」


 ギランッと、鋭い目つき睨んでくる弥王に、レイナスは考えた。

――下手なことを言うと殺されかねない……。

 殺気を孕んだ緑玉石の瞳にレイナスは、今日に最期を見た。


 慎重に考えてみる。

 改めて考えると、自分はリオンの事をどう思っているのだろうか。


 何度か「可愛い」とか「美人」だとかそんな事を思ったことはある。

 初めて会った時のリオンは「可愛かった」。 再会した時はイメージが変わっていて、その時はリオンだと気付けなかったが、第一印象は「美人」だった気がする。

 現在はどうだろう。


 確かに、可愛いと感じる事も綺麗だと感じる事もある。 その時々によって、リオンのイメージが変わっている気がする。

 レイナスが思案していると、弥王は口を開いた。


「今日、先輩の反応を見て思いました。

 貴方は璃音の事、好きとまではいかなくても気になっているんじゃありませんか?」

「……それは……」


 弥王に図星を突かれて、レイナスは顔を背ける。

 たしかに、気になっているのかもしれない。

 リオンを見ると何処か落ち着くし、彼女の一挙一動に一喜一憂している事も否定できない。


「図星ですね」


 レイナスの歯切れの悪い反応を見て、弥王は図星を突いたのだと確信し、その口元に笑みを浮かべる。


「あぁ……多分」

「多分、って何ですか。 はっきりしない野郎ですね。

 そんなんじゃ璃音を落とすなんて夢のまた夢ですよ。 悠遠の夢ですよ」

「誰も、落とすとか……」


 考えていない、そう言おうとしてレイナスは制止する。

 ちょっと待て。 本当に落とそうとか考えたことはなかったのか。

 確かに、女を可愛いだとか思ったのは璃音が初めてで、こういう奴と付き合えるなら良いかもなー、とかは考えていた気がする。

 実際に付き合う・付き合わないは抜きにして。

 更に、「璃音が成人する頃には、きっと今よりずっと綺麗な感じになっているんじゃないだろうか」とか考えてきた気がする。


 あれ、そう思っている時点で、俺って割とリオンの事を好きだったりするのか?

 段々、自分で自分が解らなくなってきた。


「落とすとか考えていない、と言いますか?

 璃音の事、結構あっつーい目で見ていましたよね?」

「いや、それはちが――」

「さっきも、卵を凝視してたら目玉焼きができそうなほどあっつ熱の視線で璃音の事見てたじゃないですか」

「それは……」

「実際、璃音の事「可愛いなー」とか「あんな娘と付き合えたらなー」とか考えていたんでしょう?」


 捲し立てる弥王に次々と図星を突かれ、レイナスは逃げ場もなく何も言えなくなってしまう。


「正直、男である先輩が羨ましいくらいですよ。 僕が男なら、絶対に璃音みたいな可愛い娘を放っておきません。

 しかも、性格にこそ難はありますが、才色兼備で文武両道な何処からどう見ても殆ど完璧な娘です。 彼女と言わず、嫁に欲しいくらいですよ」

「それは……」

「レイナス先輩」


 険しい顔から一転、弥王は悪戯を企てる子供の様な表情を浮かべた。


「レイナス先輩がもし、璃音の事を好きだというのなら、僕は二人を応援しますよ。

 璃音も何だか、満更でもないみたいですし」

「えっ?」


 思いもしない弥王の言葉に、レイナスは拍子抜けする。

 弥王の様子から、絶対に交際は反対だ―!とか言ってきそうな予感はしていたのに。

 すると、弥王は言った。


「璃音は僕にとってみれば物心ついた時からの幼馴染で、一つ屋根の下に暮らしていた妹の様なモノです。

 だからこそ、璃音を束縛するつもりはないし、璃音の好きなことはさせたい。

 璃音が望む人には、彼奴の傍に居てやってほしい。 ただ、それだけです。

ですが……」


 弥王は一旦言葉を切ると、レイナスを睨み上げた。 その目は宛ら殺し屋の目だった。

 再び、レイナスの背中に冷たい汗が流れる。


「万が一、璃音が泣いて傷付くなら、先輩を獲物にハンティングをするので……覚悟していてください」


 にっこりと笑っている弥王の顔が怖い。 リオンが言っていたことは本当の様だ。

 本当の本当に彼女を怒らせてはいけない。

 特にリオンを泣かせて彼女を怒らせれば、首と胴体が切り離されるかもしれない。


――リオンを好きになるなら、否、リオンと付き合うなら、全力で彼女を幸せにしないと、目の前の般若に殺されかねない。

 レイナスはそう肝に銘じた。


「もし、本当に璃音が好きなら……あの子の気持ちとちゃんと向き合ってあげてくださいね。

 本当は両想いなのに年齢の差で切り捨てられるほど、辛いものはありません。

 年齢の差なんて、本当は大したものではないんですから。

 それに僕もリオンも、あと2年で成人しますしね」


 最後に一瞬だけ悲しそうな顔を浮かべた後、弥王はその場を直ぐに去って行ってしまった。

 彼奴はそういう思いをした事があるのだろうか?

 レイナスは思わずそんな事を考えてしまった。

 確かに、年齢で切り捨てられたら辛くなるだろう。

 恐らく自分もそういう理由で振られたら、生まれた事すら後悔しそうだ。

 ミオンの言うように、リオンがある程度の年齢になった時に付き合えばいいのだ。

 今を急がなくても。


 しかし、本当に自分がリオンを好きになっていいモノか。

 過去に大きな過ちをしてしまった自分が誰かを愛して幸せになっても良いのか?

 リオンを好きになった時から考えていたこと。

 それは、こんな自分(・・・・・)でも彼女は受け入れてくれるのだろうか――?

 この、過去でも今でも、大きな罪を背負っている自分の事。

 それを知ってしまったら、彼女は離れてしまうのでは?

 それを思うと、レイナスはどうしても彼女への気持ちと向き合えなかった。


「クソ……俺は……」


 リオンを愛したい半面で彼女の感情に触れる事への拒否感から、思わずレイナスは呟いた。


 どうして、こんなにリオンの事が気になるのだろうか。

 何故、リオンの事ばかり考えてしまうのだろうか。

 払っても払っても、頭の中がリオンの事で一杯になってくる。

 再会して1週間しか経っていないのに。 たった1週間で人を好きになれるモノなのだろうか?


 グルグルとそんな事を考えても、何も考える事ができないレイナスだった。


@ミオンから見たレイナス

 リオンを泣かせたらぶっ殺す。

 とりあえず、暗殺対象者リストへリスインしとく。

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