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Promessa di duo-太陽ト月-  作者: 俺夢ZUN
第2楽章 学校潜入編
24/41

Ⅷ.風の占い師-Clith Safisth-



 どうして、こんなにも彼のことが気になるのか。

 その解を知る鍵は僕の手にはなくて。

 この時はまだ、自分の幼さにも気付いていなかったんだ――



「信じてもらえることは既に諦めてるから。

 でも、そうね。 信じてくれるなら、私に協力してくれるなら全部話すわ、リオンさん?」


 その笑みは、現状打破を諦めていない不敵な笑みだった。

「全部話す」その言葉を聞いた璃王に「頷く」以外の選択肢はなかった。

 何か重要な手掛かりになるかも。それすら思えるのは、現在の彼女が「昔の自分」に考え方が似ているせいかもしれない。


「解った、信じよう。

 その代わり、現状を全部話してくれ。

 僕もできる限りのことはする」

「えぇ、解ったわ。

 そうね、お互いの話を信頼できるようにせめて、貴女の身の上を話してくれるかしら?

 悪魔の黒猫さん?」

「!?」


 妖しく微笑みながら、クリスは言った。

「悪魔の黒猫」。 それは、「神谷璃王」を指すもう一つの通り名。

 裏社会の情報屋や占術師が名前の解らない相手を比喩表現して呼ぶ名前だ。

 まだ、「悪魔の猫ディアーヴォロ・ガット」とすら呼ばれていなかった頃、情報屋に呼ばれた名前である。


「あら、ご名答かしら?

 それとも、こっちで呼ばれた方が解りやすい?

悪魔の猫ディアーヴォロ・ガット」さん?」


 ここまで知られているのなら、下手に隠さない方が良いだろう。

 下手に隠して、貴重な情報源に逃げられるのは今は避けたい。

 璃王は降参した。


「ふはっ、バレない様に注意してたんだがな。

 一般人にバレてしまうとは。

 どうして解ったんだ?」

「風は何でも知ってるの。

 私はグラン帝国2大王家だったグレイゼル家の専属占術師の家系の末裔よ。

 3大占術貴族の「ウィング家」って聞いた事あるかしら? その分家筋よ」


 肩を竦める璃王に、クリスは自分の身分を明かす。

 3大占術貴族といえば、裏社会では知らぬ者はないと言われている貴族家だ。

 表向きでは、王家の忠臣と言われている御三家。

 「ウィング」はその一家だった。


 クリスの質問に璃王は頷く。


「あぁ、聞いたことある。

 確か、16年前に滅んだグレイゼル家の懐刀としても有名だった貴族。

「ウィング」、「スターン」、「アビス」の三大貴族だったか?」

「そう、その「ウィング」の家系の末裔。 分家だけどね」


 16年前まで、グラン帝国には「2大王族」と呼ばれた王家があった。 それが、「ファブレット家」と「グレイゼル家」だ。 

 しかし16年前、当時の24代目女王・シャロン・フィア・グレイゼルが若くしてクーデターに巻き込まれ死に、当時最有力候補だったエリザ・フュス・ファブレットが後を継いだのだった。


「まぁ、この話はいいわ。今はどうでもいいもの。

 それより、貴女はこれから生徒会に行かなくてはならないのじゃないの?

 クライン先輩、「ナスはグラウンドを全裸で走りながらラストシーンのセリフを無限ループ」とか言ってるけれど……貴女にも何かしら言われるんじゃないの?」

「あっ、そうだった。

 君を探していたらここで道に迷って……」


 クリスの話を聞いた璃王は、自分がクリスを探していて迷子になったことを思い出した。

 クリスには千里眼のような能力があるのだろうか?

 疑問に思うが、そこには触れない。


「そう。この旧校舎は無駄に広いものね。

 じゃあ、私もそろそろ部屋に戻るから、一緒に行きましょ?

 話は今日の夜にでもするわ」

「あぁ、解った」


 璃王がこれまでの経緯を軽く説明すると、納得したように頷いてクリスは言った。

 クリスの言葉に頷いて、璃王はクリスの後について歩き出した。


―― ――

―― ――


 生徒会室では、クレハの提案により、現在いるメンバーで“真偽のアイシャ”の台詞を覚える為に台本を読み上げていた。


「『私に近付かないでくれるッ!?男風情がッ!』」

「はい、オッケー!

 凄いよ、ミオンちゃん! まるで、本物のレイチェルが目の前にいるみたい!」


 弥王がレイチェルを演じると、レナが興奮したように弥王に駆け寄る。

 その顔は宛ら、ハリウッドでも見た少女の様だ。

 弥王は反応に困る。


 まさか、「普段からこんな感じの人が近くに居ますから……」とは言えない。

 それだけでその人がグレイだとバレてしまうからである。

 グレイと関係があると思われたら、少々厄介なことになるだろう。 それは、スターライン学校に居た時に身に染みて理解している。


 レイチェル・ウェン・グレイゼルは、23代目のグラン帝国女王。

 流れるような銀色のストレートロングに、左目は透き通るような銀灰色、右目は燃え盛る炎のような真紅の瞳の眉目麗しい女性。

 フェンシングの腕に長け、勤勉な姿勢で今でも彼女を支持する国民が居ると言われている。

 しかし、一つだけ欠点があった。 彼女は筋金入りの男嫌い。

 男性が許容範囲より内側へ来ると容赦なく切り捨てたと言われている。


 弥王はそんな女性の役をすることになったのだ。

 その設定を聞いた弥王は「あれ、こんな感じの人、身近にいたな……あ、女王陛下だ」と瞬時に変換し、普段の彼女を思い出しながら先のセリフを言ったのだった。


「はいはい、邪魔だよ、レナ。

 次、レイリスね。

 レイチェルとエルリックに女装させられるシーンのセリフ」

「は、はいですッ!」


 クレハはレナをどけると、レイリスにセリフを指定する。


 レイリスが演じることになったのは、ジョニー・セコッティンス。

 一般にも流通している銃、JNYシリーズの考案者だ。


 ジョニー・セコッティンスは、「稀代の天才発明家」と謳われた発明家、ジョナサン・ジョゼット・セコッティンスの一人息子。

 母親譲りの綺麗な顔立ちに、陽を浴びると金色にも輝く甘栗色のミディアムヘアー、目は優し気な日長石の眉目秀麗な男性。

 発明家である母親・ジョナサンを尊敬し発明家を志すが、本人は壊滅的不器用なので、ガラクタの発明しかしなかった、と言われている。

 そんな本人の希望とは裏腹に剣技に長け、後に「歴代最強の騎士団長」とまで言われるようになる。


 ちなみに、女王私騎士団「銀星(ギンセイ)ノ騎士団」の初代団長として活躍していたが、レイチェルの死と共に騎士団を引退している。

 蛇足だが、彼の風貌は幼馴染であるエルリック・シーズやレイチェルが油断していると女性と見紛う程の美青年であったとされている。


「あう……えっと……『な……何で僕がこんな格好……!

 女装なら、エルが、すればいいじゃない……か』?」


 緊張からか、レイリスのセリフや動きがカクカクになっている。

 まるで、ド素人がアニメーションを作ったかのような酷い動きだ。

 普段のアクティブさは何処へ行ったんだ?


「うーん……レイリス、ガチガチすぎるよ。

 ホットミルクでも飲んで緊張を和らげて。

 別に素人が創る映画だし、完璧は求めないけど……これは酷すぎる」

「あう……はいです」


 クレハの辛辣な言葉にレイリスはしゅん、と肩を落とす。

 上手くできなかった言い訳はしない。 そこが彼女のいい所だ。

 フェンシングの成績に加え、素直さと勤勉さもアリスが彼女を評価してる所だった。


「次はナスだけど……ナスと璃音は?」

「まだ、戻ってないみたいだね」

「はぁー。

 璃音はともかく、ナスは何処で油売ってるんだ?」


 レイナスを探すように辺りを見回すクレハに、ライトが答えた。

 クレハの口から、ため息交じりの言葉が零れる。

 ややあって、クレハはぽつりと呟いた。


「まぁ、いいや。

 ナスは戻ったら、グラウンドを全裸で走りながらラストシーンのセリフを無限ループの刑、だね」


「な……なんつーエゲツナイ刑なんだッ!?」とは、ミオンを含めたアリス以外の生徒たちが心に仕舞ったツッコミである。

 これは言ってはならない。

 これを言ってしまえば、自分たちまで似たような刑を言い渡されるであろうことが予想されるからだ。


 ちなみに、レイナスのラストシーンのセリフは、ヒロインであるアイシャに悠遠の愛を誓う、と言うセリフだ。

 これを全裸でグラウンドを走りながら無限ループ……お分かりだろうか。

 それをすればレイナスは、変態ロリコンロン毛野郎、略して変質者に格下げである。


「ほら、時間はそうないよ!

 さっさと練習に戻る!」

「は……はいっ!」


 クレハが切り替える様に手を叩けば、その場にいた生徒たちはしっかりと返事をした。

 ちなみに、今回の映画の監督はクレハが担当している。

 理由は、「猟奇的な映画なら、クレハが適任でしょ」と言ったレナの言葉に全員が頷いた為。



 しばらく時間が経った後、生徒会室の扉が開いて、外から璃王が荷物を抱えて帰ってきた。


「すまない、遅くなった」

「リオンちゃん、遅かったね。

 今、台詞を読み上げて練習してるところなの、リオンちゃんもこの台本、読んでおいてね」

「あ、あぁ……」


 生徒会室に戻った璃王は、突然渡された台本に狼狽えた。

 ピンク色にカラーリングされていて、派手な模様が描いてある真ん中に“True Eyshah”と書かれている。


――これは、レナの趣味なのだろうか。 酷い趣味だな。


 話自体は真偽のアイシャを若干改変しているような物の様で、酷かったのは表紙だけだったらしい。

 派手な表紙の台本を捲って読み進めていくと、ラストで目を疑う指示が書かれていた。


「あの……スタン先輩? これはガチデスカ?」


 レナの肩を叩いた璃王の顔は、全身の血を一滴残らず搾り取ったかの如く真っ青だ。

 レナは璃王が指した指示を読んだ後で、満面の笑みでサムズアップし、言った。


「ガチですよ! 頑張ってね、リオンちゃん!」


――やだぁぁああ! むりぃぃぃい !アカンんんんん !マジでぇぇぇええ!


 カナメではないが、カナメが嫌なことを断る時の台詞が璃王の頭でリアル脳内再生された。

 それも、絶叫バージョンで。

 璃王の指した台本の指示は、こう書かれている。


“キスシーンはガチでキスをする!←ここ重要”


「いや、あの、流石にこれは無理だ!」

「えー、何で?」


 断る璃王に不満そうなレナ。

 レナとしては、大事なシーンの一つだからこればっかりは譲れないのだろう。


――そんな、頬を膨らませて言われても、無理なもんは無理だ!


「何で、って……僕は役者でもないし、付き合ってるワケでもないし……それに、レイナスだって嫌がると思うんだが!?」

「あら、ナスなら大丈夫でしょ。

 それとも、何~? 「好きな人が居るから、その人以外とは無理」……なんて言わないわよね?」

「ッ!」


 できない言い訳をつらつらと並べる璃王にレナは意地の悪い顔でニヤリ、と笑い言った。

 すると、璃王は押し黙る。

「好きな人」と言うワードで何故か脳裏にレイナスの顔が浮かんでしまい、その顔は解りにくいが頬が若干赤くなっていた。


――いやいやいや、レイナスはそんなんじゃないから!


「いや、そういうワケじゃないけど……」

「じゃあ、異議は却下よ!」

「どうしたんだ?」


 璃王とレナが言い合っている声が聞こえたのか、今正に話題の中心だったレイナスが話に割り込んできた。 璃王はドキリ、と肩を揺らす。


「あ、レイナス」

「リオンちゃんがラストシーンで異議を申し出てきてね。 そのシーン、真偽のアイシャを盛り上げるシーンだから外せないのよ」

「あぁ、キスシーンだっけ?」


 台本を見たレイナスが思い出したように言った。


「平気だろ、キスくらい」


 澄ましたような顔で爆弾発言を落とす、レイナス。

「あ、バカ」と会話を聞いていたらしいクレハが呟く。

 パァァアと満面に笑むレナとは対照的に、璃王はレナとは対照に暗い顔で俯いて黙り込んでしまった。


「さっすが19歳! 大人の余裕みたいなのあるわねー!」

「――の」


 (はしゃ)ぐレナの隣で、璃王は呟いた。

「リオン?」と顔を覗き込んできたレイナスを璃王は、ギンッと音が付きそうな眼力で睨み、彼を押しどけて生徒会室を飛び出していった。


「この鈍感ロン毛バカヤローッ!」


 勿論、爆弾発言を噛ましたレイナスへの罵詈雑言は忘れていない。

 その様子を見ていた弥王は、「はーっ」と深い溜息を吐いた。

――レイナスって奴はバカなのか?それとも、経験豊富だからこそそんなことを言ったのか?


 絶対前者だな、と弥王は思った。

 と、その時だった。

 クレハのこけしがいつの間にかレイナスの頭をぶん殴っていた。

――スコーンッ!


「いってぇな、何する――」

「馬鹿なのかい、君は?

 さっさと璃音に謝ってきなよ」

「は?何で――」

「鈍感もここまでくると罪だよな」


 クレハに文句を吐けようとして、レイナスはそれをクレハに遮られた。 しかし、彼は何故自分が謝らなければならないのかと納得していない。

 そんな彼の言葉にライトが呟いたのだった。


 クレハから、深いため息が零れる。


「良いかい? あの反応からして璃音は恐らく、キスどころか、手すら繋いだ事もないような純粋な子だよ。

 もしかしたら、異性自体に免疫がないのかもね。

 そんな子がキスシーンをせがまれてる上に「キスぐらい平気だろ」って言われたら、八方塞がりになるし、怒るのも無理ないよね。

 男の君と考え方が同じだと思わないよ。

 というか、性差によって考え方が異なるのは当然で、それを念頭に入れてない君は、正に「鈍感バカ野郎」だね。

 璃音はああ言う態度は取っていても女の子だよ。

 あの外見で「性別忘れてた」とか言うほど、君も馬鹿じゃないだろ。

 全く、レナも強制しないよ。

 こう言う事は本人にとってはデリケートな問題なんだから」

「「……」」

「何だい、二人とも」


 クレハの尤もな説教に、レイナスとレナは思わず驚きに目を見開いてしまった。

 まさか、クレハの口からそんな言葉を聞くなんて、と、レナは信じられないようなモノを見る目をクレハへと向けている。

 クレハの言葉に、レイナスが言葉を濁す。


「いや……」

「クレハって意外にそう言う所大人だったの? こけしにしか興味を示さないクレハが?」


 レイナスが濁した言葉は、レナがはっきりと口にしてしまった。

 くどいようだが、まさか、こけしを愛でているだけのような彼の口から、あんな説教が出てくるとは本当に思っていなかったのだ。

 むしろ、こけしにしか愛情を示さないような人が。


「煩いよ、二人とも」


 フイッ、とクレハはそっぽを向いてしまった。


―― ――


―― ――


「あぁ……最悪だ、もう……」


 璃王は、生徒会室を出て暫く走ったら落ち着いたようで、今は旧校舎のベンチに腰かけていた。

「はぁ」とため息が零れる。

 レイナスを突き飛ばすし、練習はボイコットするし。

 これじゃ、ただの我儘な手の掛かる後輩じゃないか。 別にいいけど。


「演技だって初めてだってのに……その上キス、とか……できるワケない」


 璃王は、足をベンチに掛け、三角に座りなおした。 膝に顔を埋める。

――俺がレイナスと? キスシーン?

 それを考えただけで頭が爆発しそうだ。 絶対無理。


「レイナスは平気だって言ってたな、そう言えば。

 ……やっぱり、初めてじゃないんだろうな……」


 呟いて、璃王はハッとする。 何故、そんなどうでも良い様な事を気にしているのだろうか。

 別にレイナスがどうだろうと関係ない。 気にしたところで、自分には特に何も関係ないのだ。


 そうは思っても、どうしても気になってしまうのは何故だろうか。

 何故、こんなに気になっている? 別に、ただ夜会で知り合って一度踊っただけの間。

 それでどうして気にする必要がある?


 男性経験のない璃王にとって、例え演技だとしてもキスシーンなんてハードルが高い。

 それもそうだ。 身分を偽る為に性別を偽っていたのだから、男性経験がなくて当然。

 むしろそれで男性経験があったとしたら、「神谷璃王は男色」なんて噂が飛び交っていただろう。


 今回は経験がない事尽くしだ。 どうにか乗り切らなければならないが、どうしても演技でキス……はできそうにない。


『好きな人が居るから、その人以外とは無理……なんて言わないわよね?』


 不意にレナの言葉を思い出した。

 好きな人が居る……確かにそうだ。 今でも、自分はマオが好きで……。


『リオンが兄貴に抱いているそれは、“憧憬”と言うヤツだ』


 しかし、弥王から言わせればそれは、“憧憬”と言うものらしい。

 憧憬。 恋慕とはまた違う感情。 憧れ。


 確かにマオは好き。 それと同時に目標でもあった。

 璃王にとって、初めて父親以外で自分の存在を受け入れてくれた存在。 そして、自分にクナイの扱いを教えてくれた師匠とも呼ぶべき人。


 昔、一度だけ見せてもらったマオの戦闘訓練。

 ナイフ、クナイ、ワイヤーに木の棒やテーブル。 彼の戦闘スタイルは“手元にあるものなら何でもあり”だった。

 次々に武器を持ち換えて、一撃で相手を伸していく彼の姿は今でも鮮明に思い出せる。

 とてもカッコよかった。

 幼いながらに彼のスタイルに“惹かれる何か”を感じ取った。 その時から、マオが好きだったのかもしれない。


 マオが好きなのは今でも変わらない。

 でも、今マオが目の前に現れて、「昔の約束を果たそう」だなんて言われた所でどうだ?

 恐らく混乱して、返事ができないかもしれない。 思わず断ってしまうかもしれない。

 一方、レイナスはどうだろうか。


 夜会で出会ってたった一度、社交ダンスを踊っただけの間。 それ以前に会った記憶はない。

 もし、一度でも会っていれば忘れはしないだろう。

 自分の目が一般的に正常ならば、レイナスは中々イケメンの部類に入るのではないだろうか。

 燃え盛る紅蓮の業火の様な瞳。 最初に印象に残ったのはその目だった。

 その辺の貴族とは違った何かに惹かれたのかもしれない。


 初めて会った時は何だか懐かしくて、その後もずっと何気に気になっていた。

 次に会った時は、再会した驚きよりも嬉しさが先走った。


 恐らく、レイナスの事は嫌いじゃない。 むしろ、好きなのかもしれない。

 マオやミオンに感じる「好き」とはちょっと違う。

 でも、それがどういう意味なのか。 まだ、答えが出ない。

 或いは、それを認めたくないのかもしれない。

 どちらにしろ、今はこの距離感を保っていたいのは事実だ。

 もし、必要以上に近付いてしまったなら。

 そうなればいずれ、レイナスを巻き込んでしまうことになるかもしれない。 一般人の彼を、裏社会に引きずり込んでしまうかもしれない。

 それを考えたら、レイナスに感じる感情の解を導き出すことを躊躇うのは致し方ない事だろう。


「――レイナス……」


 呟いて、璃王は小さな声で歌を口ずさむ。


「――果敢(はか)ない 夢物語 いずれ覚めてく

 貴方が居た 日々さえ幻になる……」


―― ――


―― ――


 レナとクレハは、璃王を探して中庭に来ていた。

 生徒たちの目撃情報から、璃王は中庭に居るものだと予想したのだ。


「璃音を見付けたら、ちゃんと謝りなよ」

「解ってるわよ。  でも、あのシーンだけはどうにか再現したいのよね――」

「しっ、歌が聞こえる。 ちょっと黙って」


 クレハの言葉にレナが頬を膨らませて何かを言おうとしたが、それはクレハに遮られる。

 クレハの言葉を聞いたレナは、クレハに倣って耳を澄ませる。


「――刹那の時間(とき)を 僕にくれますか?

頷いてくれるなら この手を取って――」


 クレハの言う通り、微かに、だけど近くで歌声は聞こえた。


「これは……リオンちゃんの声?

 テストの時も思ったけど、すっごく綺麗な声だよね」


 レナの言葉にクレハは頷く。

――テストの時と違って、素直な願いを感じる歌声だ。


「悠遠の時間 貴方と居たいだけ

 叶わない願い だけど願わせて――」


 いつの間にか、レナとクレハは微かに聞こえる歌声に聞き入っていた。

 その声は、深い海のような透明ささえ感じさせる。

 静かだけど、何処か生命力に溢れていて。

 聞いているだけで癒されるような。


 歌を聴いていたレナが、クレハに言う。


「アイシャの主題歌、リオンちゃんに歌ってもらう?」

「僕は勿論、そのつもりだよ」

「じゃあ、リオンちゃんに突撃だね!」

「ちょっと、レナ!」


 レナの言葉にクレハが頷くと、「善は急げ」とでも言いたげにレナが走り出す。

 クレハはそんなレナを止めるが、遅かった。 レナは既に校舎の角を曲がってしまっていた。

――あのバカは、本当に解ってないな。


 溜息を吐くと、クレハはレナを追いかけた。


―― ――


―― ――


――誰か、現状を説明してくれ。

 目の前に居るレナとクレハを前に、璃王はそんなことを思った。

 目の前のレナはハリウッドでも見るかのような、羨望と期待の眼差しを璃王に向けている。


 どうしてこうなった?

 璃王は約三分前の記憶を遡ってみた。


 歌を小さな声で口ずさんでいた璃王は、歌が終わったと同時に現れたレナに「リオンちゃん、アイシャの主題歌歌って!」と言われてしまった。

 その返答に璃王は困っている、と言う状況。

 どうしたものか。


「嫌なら断っても良いよ。 レナが暴走しただけだしね。

 でも、「真偽のアイシャ」の主役は君だから、歌えるなら君に歌ってもらった方がイメージにもピッタリだよね。

 さっきの歌も、主題歌のイメージに合うし」


 クレハに言われ、璃王はまた考え込む。


 断ることもできるみたいだが、さっき、ラストシーンの事できつく断ってしまったばかりだし。

 あれも嫌、これも嫌、じゃあ本当にただの我儘じゃないか?

 それはそれで別に問題はない……が。

 それよりも、裏社会では通用しない自分の“声”が表で通るなら……と、ふとリオンは考える。

 弥王にはあって、自分にはない能力。

 その能力は、自分が望んでも手に入れられないもので。

 自分の歌声は、裏社会的には必要のないモノ。 だが、しかし――。


「何もかも嫌、じゃあ話にならねぇよな。 引き受けるよ」


 別に歌うことが嫌いではない。 むしろ、好き。

 だからこそ、璃王はレナの提案を引き受けた。


「ありがとう、リオンちゃん! 早速、作詞に――」

「あの、作詞、僕に任せてくれないか?」


 自分の頼み事に璃王が頷いたことで燥ぐレナに、璃王は自分から作詞を申し出た。

 レナとクレハは最初は驚いていたものの、折角璃王がやる気になってくれたのだとそれを了承した。


―― ――


―― ――


「え……嘘でしょ……?」


 その夜。

 璃王は弥王と共に幻寮のクリスの部屋に来ていた。

 クリスの部屋に行けば、弥王の姿を見たクリスがまるでハリウッドにでも会ったかのように興奮して頬を紅潮させているのが傍から見ても解る。


「えっと……えぇっ、ちょっと待って、本当に?

 あぁ、でも夢じゃないのよね?

 あぁっと、あの、部屋が狭くてごめんなさいね、えっと、座るところがないから、ベッドにでも座ってもらって……あ、今お茶入れてくるけど、ダージリンでもいいかしら?」


 突然の弥王の来訪にテンパってしまったのか、昼間のあの淡々とした態度は何処に行ったんだ?と言うくらい動揺しているクリスは、弥王と璃王にベッドに座るように促す。

 二人は言われたまま頷いて、ベッドに腰かけた。


「なぁ、彼女、めっちゃ可愛くね?」

「だから、性別!」

「良いじゃん、任務用の男装中だし」


 弥王の言葉に呆れたように突っ込む璃王に、弥王は言った。

 そう、弥王の言う通り彼女たちは今、男装中である。

 理由は、こっちの方が気が引き締まる、と言う事だそうだ。

 そして、弥王の姿を見たクリスがテンパってしまった。という状況。


「つか、何でそんなテンパってんだ?

 オレが|悪魔の猫《ディア―ヴォロ・ガット》って知ってんなら、一緒に編入してきたミオンも悪夢の伯爵(ナイトメア・カウント)だって解るだろ?」

「昼はリオンさんもミオンさんも女の子の姿だったから、確証がなかったのよ!

 男の子の格好で……いえ、裏社会の秩序とも言える風神(ウィンディ・ゴッド)の姿をこの目で見た今、とても落ち着いてられないわ!

 あぁ、私、実は悪夢の伯爵(ナイトメア・カウント)様のファンなの、もう愛してると言っていいくらい好きなの、会えて光栄だわ!」


 璃王の言葉にクリスは興奮冷め止まないと言ったように捲し立てる。

 その目は本当に弥王が気に入っているらしく、子供のようなキラキラとした眼差しを弥王へと向けていた。

 弥王は立ち上がってそんなクリスに歩み寄ると、彼女の手を握った。


「こんなに可愛い娘に好かれているなんて光栄だな。

 春休みにでも入ったら一緒に紅茶でもどうかな? ちょうど、おすすめのカフェを知ってるんだ」

「だから、性別!」

「私、もう一生手を洗わない」


 クリスをナンパする弥王に、璃王とナンパされた張本人であるクリスがそれぞれ反応した。

 握られた弥王の手は、男の子というには柔らかくて暖かかった。


「えっと、気を取り直してだな。

 まず、クリス。

 これから話すことは機密事項だと理解していただきたい。

 もし他言すれば、呪幻術による記憶操作も辞さない事を了承してもらう」

「えぇ、解ったわ」


 璃王が気を取り直して説明すると、クリスはしっかりと頷いた。

 そして、次の言葉は余計だったのかもしれない。


「じゃないと、折角悪夢の伯爵(ナイトメア・カウント)様に会えたのに、それを忘れてしまうことになるもの。

 そんなの、絶対に嫌よ。 だから、絶対に他言しないわ」

「いやぁ、そんなに? 照れるなぁ」

「だから、性別!」


 クリスの蛇足に弥王がデレデレしてしまって話が進まないじゃないか。

 璃王は一体昨日と今日で何回目か知らぬ性別についてのツッコミをする。

――こいつ、本当に生まれてくる性別間違えてやがる。

 それすら思ってしまった、璃王。


「知っての通り、俺と弥王は二人で風神(ウィンディ・ゴッド)と呼ばれている、グラン帝国女王直属特殊武装警察裏警察(シークレット・ヤード)の死宣告者だ。

 こっちは、悪夢の伯爵(ナイトメア・カウント)神南(こうなみ)弥王、俺が|悪魔の猫《ディア―ヴォロ・ガット》の神谷璃王だ」


 璃王は自分たちの正体を明かす。  その為に男装をしてきたのだ。

 璃王の話の続きを弥王が引き取る。


「オレたちはレイト・スタン校長に頼まれて、中等部女子失踪事件を解決しに来た。

 校長は話を大きくしたくないと、わざわざ表の警察の仕事であるこの依頼を裏警察に頼んできた。

 そこで、オレと璃王がそれを引き受けることになったんだ」

「なるほどね。 校長らしいと言えばそうかもね。

 あの人は何だかんだで学校で解決できそうなことは自分たちで解決していくスタンスでいるから。

 だから、現状を知らないんだわ。 失踪した子たちが苛めを受けていたことも」

「その話、詳しく話してくれ」


 弥王の話を聞いたクリスは、嘲笑を含んだ口調で納得したように言った。

 クリスの話を聞いた弥王は、クリスに詳細を求める。 すると、クリスは頷いた。


「えぇ、解ったわ。

 この際、私に協力してくれる人が学校外の人でも構わない、いいえ、弥王様だから協力してほしいわ」


 後半のクリスの言葉は独り言に近い呟きだった。

 クリスは少しずつ、事件について話し始めた。


「璃王さんから、昼間の事は聞いたかしら?

 私は、レナ・スタンに呼び出されて旧校舎の裏に来ていたの」


「あぁ、それはもう聞いている。 旧校舎に迷い込んだ璃王に助けられたんだろ?

 その時に一緒にスタン先輩が居た、って……。

 君を疑うワケじゃないが、本当にスタン先輩だったんだよな?」

「えぇ、そうよ。

 校内でも目立つような風貌の人の姿を見間違えないわ。

 それに……スタン先輩には、もう半年以上虐められているもの……もう直ぐで一年は経つわ」


 弥王の言葉にクリスは神妙に頷く。

 虐められて一年、それを聞いて、璃王は驚きと共に引っ掛かりを感じた。


 イリスから聞いていた話では、失踪した生徒は半年と経たずに失踪していたのだ。

 イリスも虐められてちょうど半年くらいになる。そろそろ、自分も消されるのではないか、と彼女は笑顔の裏でずっと怯えていた。

 その話を聞いているからこそ、璃王は引っかかるものがある――が。

 ここは静かに、クリスの話を聞くことにする。


「生徒会や校長に掛け合っても無駄だったわ。

 スタン先輩に虐められていることを言っても、スタン先輩は知らない、とシラを切ってそれをアリスや校長は鵜呑みにしてる。

 むしろ、私が被害妄想者だってアリスに目を付けられる始末よ」


 クリスの話を聞いた弥王と璃王は違和感を覚えた。 恐らく、アリスや校長も同じ違和感を覚えたに違いない。


 そう、弥王も今回の話だけを聞くに璃王が迷っていたであろう時間は、レナも他のアリスも全員が生徒会室に居た。

 そんな中でレナは一度も抜け出さずに、むしろ弥王にベッタリとしていたのだ。

 レナにはアリバイがある。

 クリスの話は残念ながら、鵜呑みにはできなかった。


「そうか。 クリスの場合は犯人が明確に解っているから何とかできそうだな」

「私の場合は……って、他にも誰か虐められてる人が居るの?」


 弥王の言葉に目を見開いて驚いた様子でクリスは首を傾げた。

 弥王は困った様に眉を下げ、苦い笑みを零す。


「一応、居るにはいるんだ。 だけど、それは言えないことになってる。

 個人情報を守るのも裏警察シークレット・・ヤードの仕事だからな。

 守らなきゃ、こわーい女誑しの上司か、男にはとことんシビアな女性が剣だのサーベルだの振り回しながら尋問してくるからさ。 ごめんな?」

「いいえ、守秘義務はあるものだと納得しているから大丈夫よ。

 それより、何とかするって? 何かいい手でもあるのかしら?」


 弥王の話にクリスは特に気にしていない様に言った。

 それよりも、弥王の言った「何とかなりそうだ」と言った言葉が気になるようだ。

 首を傾げるクリスに弥王は頷く。


「あぁ。 直接君が虐められているなら、その現場を押さえれば良いだけだ」


  弥王の言葉にクリスは納得した。 確かに、その方が確実なわけだ。


「もう少し情報が欲しいな……スタン先輩が主犯だったとして、明確な証拠を突きつけないとまた、あしらわれて終わりそうだし。

 とりあえず暫くは泳がせておくとして、クリスはなるべくオレから離れずに行動する事。

 スタン先輩に呼ばれても一人で行かずにオレに一言相談してくれ。

 んで、璃王は引き続きもう一人の方と情報収集をメインに頼む。

 どうもオレは情報収集は向いてないみたいでね」

「だろうな、まったく。

 仕方ねぇからお前らは生徒会室で大人しくしてろ。

 そうだな。 弥王は今度の映画の衣装でも考えておくんだな」


 弥王の言葉に、璃王は肩を竦め、頷いて言った。

 これで、衣装係は弥王に押し付けられそうである。

「あ」と、クリスは思い出したかのような声を上げる。 何かを言い忘れていたらしい。


「どうしたんだ?」

「いえ……そういえば私がレナ・スタンに虐められていることを相談したその後、クライン先輩にこっそり言われたの。

“もし本当にレナに虐められているようなら、僕も協力するよ”みたいなこと。

 何かクライン先輩もレナ・スタンを疑ってるところがあるみたい」


 問うてくる弥王にクリスは話を付け足した。

 それを聞いて、弥王は驚いたように目を瞠る。


「クライン先輩が?」

「クライン先輩が失踪事件について探っているらしいことは知っているが……目星まで付けてるとはな。

 それでも何故彼は行動しないんだ? 何か理由でも――」

「璃王」


 クリスの話を聞いた璃王が考え込みだして、弥王はそれを制止した。

 まだ深く考えるべき段階ではない。

 現状で答えを導きだそうとしても、まだ仮定に過ぎないのだ。

 実際、レナの行動と彼女の話には矛盾が生じている。

 まずはそちらを考える事の方が先なのでは?


 言葉の外でそれを璃王に伝える。

 弥王と璃王の間ではアイコンタクトで大体の言いたいことが解る為、璃王は頷いた。


「気になる事がいくつかできたな。

 とりあえず今日はもう遅いしこのままお暇させてもらって、また明日迎えに来るな」

「あ、はい」


 後半の弥王の言葉はクリスに向けられたものだ。

 弥王の言葉にクリスは頷いて、弥王達が部屋を出て行くときに小声で一言言った。


「ありがとう……これから、よろしく頼むわ」

「こちらこそ、よろしく、クリス」


 肩越しに振り向き、弥王は最後に微笑んで扉を閉めた。


「~~っ!」


 弥王たちの足音が遠ざかると同時にクリスは、顔を真っ赤にして自分のベッドで暫く悶えていたとか……。


@使用した歌詞


 Catarsi del gatto nero


作詞・俺夢ZUN

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