Ⅰ.風神-Windy god-
裏社会の力で表社会の人間を脅かす者を排除する――。
それが、裏警察
月が南の空に高く昇って、町中が寝静まった夜中の町の外れに二つの影が走る。
一人は、まるで何かを嘲笑っているかの様な怪人の様に不気味な笑みを湛えた白い仮面を付けている人物。
もう一方は、黒猫の仮面を付けた、白い仮面の人物よりも少し背が低めの人物だ。
何れも長髪で、その色は闇に融けている。
「……璃王、左だ」
声からして、少年であろうか。
白い仮面を付けている人物は誰かを追っている様で、隣を走る、璃王、と呼んだ人物に短く命じた。
彼は、その静かな声を聞き漏らす事もなく頷くと、少年の隣から融ける様に左手の小道へと消えて行った。
それを見届けて、少年は仮面の下の口元に笑みを浮かべる。
バーカ、と小さく声が漏れた。
その声は、追い掛けている標的を嘲笑うかの様な響きがある。
――オレ達の庭で逃げきれるモノか。
夜の路地裏に少年の軽やかな足音が不気味かつ不吉に響いて、消え失せた。
―― ――
―― ――
黒猫の仮面を着けた人物は、左側から標的を追い掛けていた。
壁を一つ挟んだ隣には、恐らく標的が相棒と追いかけっこをしている事だろう。
この辺りの地理は全て把握している。 次の角を曲がれば、標的が走っている先頭を塞げる。
彼は、視界に見えてきた十字路を右に曲がって、標的の行く手を阻む様に走り出した。
狭い路地裏で、前も後ろも囲まれた標的は、唯一の退路であろう、右側の小道に入っていった。
「い……行き止まり!?」
突然、目の前に壁が立ち塞がり、標的は狼狽した声を上げる。
そう、逃げ回っていたと思われていたが、標的は二人に追い詰められていたのだ。
この地形を把握していた、彼らによって。
標的は壁を背に、元来た道を振り返った。
静かな足音を立て、二人の死宣告者にその退路を断たれてしまう。
標的は、その脂塗れの額に脂汗を滲ませた。
恐怖からか、膝がガクガクと笑い、心臓はまるで鷲掴みされたかのように痛い。
上手く息ができないのは、走った所為か恐怖の所為か。
「俺達の庭で逃げられると思うなよ、ゲス。
全く。お前の可愛い可愛い駄犬共は諦めてお縄に掛かってくれたってのに、お前だけは逃げようとするんだからな。
質が悪ぃ」
逃げ切れない事が解った黒い仮面の人物は、ゆっくりと標的に近づき、吐き捨てた。
その言葉には、軽蔑と嫌悪感が窺える。
それは当然のことだった。彼らが標的のハウスを抑えた時に、標的は仲間を見捨てて一人でさっさと逃げたのだ。
仲間に対して義理堅い彼からすれば、それはあり得ない事。
仲間を見捨てて逃げるような人間に強い嫌悪感を持つのは当然だった。
「さぁ、吐け。貴様らの悪事を、全て」
仮面越しに彼は、標的を睨む。
その殺気に標的は戦き、口を噤んだ。
まるで、蛇に睨まれた蛙の様に恐怖し、身動きが取れない。
目の前に死神でもいるかの様な恐怖が体を支配して、声すら上げられない。
――これが、風神と呼ばれる死宣告者の一人、悪魔の猫……!
噂に聞いていた目の前の死宣告者は、噂以上に恐ろしい、と生唾を呑み込んだ。
「別の事を考えているとは……そんな余裕があるなら、自分の命の事を考えるんだな。
俺は、その脂肪の詰まった腹に大きめのピアスホールを開けて欲しいのか、と訊いている」
冷たく低い声と共に悪魔の猫と呼ばれる黒い仮面の人物は、サーベルの半分くらいの長さの爪の切っ先を標的の脂肪がたっぷりと詰まった腹に宛がう。
張り裂けそうなスーツ越しにでも爪の鋭さを感じて死の恐怖を感じる、標的。
この状況で心を読まれて恐怖を感じない筈がない。
標的の背中を嫌な汗が伝う。
「まず、エリア・イーストでの事件だが……あの夜、貴様はアリバイがない」
「……」
「……なら、シティ・キャンベルでの変死事件。
狙われているのはどれも、20前後の女だ。
この事件の当夜も貴様のアリバイはない。 その関係は?」
「……」
質問する度に悪魔の猫は、爪を標的の腹に食い込ませていくが、標的は依然と答える気配がない。
それは、黙秘権を必死に使っているのか、それとも、ただ単に恐怖から声が出ないのか。
痛みは感じている様で、その醜い顔を歪めて苦痛に耐えている様だ。
いつまでも答えない標的に業を煮やした悪魔の猫は、「仕方ねぇ」と呟いて爪を離した。
その行動から、彼が尋問を諦めてくれたのだと思って、標的の顔から緊張が解ける。
その次の瞬間だった。
「いっ!?」
一瞬の間で何が起きたのか解らない標的は、突然の耳の焼ける様な痛さに声を上げた。
何が起きたのかは解らないが、ただあった事をそのまま説明するなら、目の前を風が横切って、その次の瞬間に耳に激痛が走ったのだ。
標的は耳にそっと触れる。 すると、どろっとした液体が指に触れた。
それを確認する為に手を見れば、赤黒い液体が月明かりに照らされて、てらてらと鈍く光っている。
それは、紛れもなく自分の血液だった。
悪魔の猫の爪には、標的のモノと思われる紅い液体が滴っている。
それを見た標的は、それだけで「ひっ!」と引き攣った様な声を絞り出した。
恐怖に戦慄く体は限界を迎え、遂にドサリ、と地面に頽れる。
「次は脳天行くからな」
「ひっ!わっ!解った!
話す!話せば良いんだろう!」
血の付いた爪を目の前に突き付けられれば、標的は完全に諦めた。
低い声が死の宣告の様に聞こえたのだ。
叫ぶ様な標的の声は、情けなく二人の死宣告者の耳に届いた。
「お……俺達は……ただのヒキニートのコレクターだった……。
19にもなってロクに仕事も就かず、趣味に没頭していたら親から追い出され、シェアハウスで仲間と暮らしてた……」
やっと観念した標的の話をここまで聞いて、二人の死宣告者は仮面越しの顔を見合わせた。
その仮面の下の表情は、呆気に取られたような拍子抜けしたような顔をしていて、二人は互いが同じ様な表情を浮かべているであろう事が手に取るように解った。
それもそうだ。 二人は今まで、標的の事を30代くらいの中年オヤジだと思っていたのだから。
その顔で19?年齢詐欺も良い所だろうが。
二人は同じ事を思ったが、何も言わず話の続きを聞いていた。
どうせ、下らない理由だろうが、話は聞かないといけない。聞きたくもない話だろうが、関係なしに。
「そんな時、多額のアルバイトで麻薬の密売の広告を見つけて、それから裏社会にハマって……。
俺達がやっていたのは、麻薬の密売と人身売買の仲介役だけで……っ!
どうせ、お前らも同じなんだろ?だから、裏社会に燻ってんだろ!?
「最期に母さんのチップフィッシュが食べたかった……!」と、標的は頭を抱えた。
その顔は青ざめて、顔面は汗と涙と鼻水で崩壊している。
尚も号泣しながらマザコン発言を連発している青年に悪魔の猫は引いた。
自分よりも年上の青年がマザコン発言を連発しているのだ、当然と言えば当然であろう。
それまで黙っていた白い仮面の少年は、「そうか」と呟いて、バイオリンを取り出して、弾き始めた。
狭い路地裏に、バイオリンの音色が響く。
「月は諸行無常 常に移ろい
輪廻転生の星 幾千の夜を生まれ変わり
終わらない夜を幾度と繰り返す――」
少年の歌声がバイオリンのメロディーと共に流れる。 少年の声に標的はそのまま、眠るかのように目を閉じた。
少年の声には、特殊な声質が混ざっている。
名を「O.C.波」。
O.C.波は、人の体に様々な効果を齎す。
歌声で生殺与奪を自在に操る彼は、「悪夢の伯爵」の二つ名で呼ばれていた。
標的が気絶した事を確認すると、少年は狼煙を上げて、壁に大きく文字を書いた。
そして、二人の死宣告者は闇に紛れてその場を離れた。
―― ――
―― ――
時間は少し戻り、二十歳ぐらいの一人の青年が廃墟の屋上に腰を下ろしていた。
黒いコートで身を包んだ青年の髪は茶色で、腰まで届きそうな長髪は首の後ろで1つに結ってある。
前髪は目にかかる程度、左目はきつく閉じられており、右目は眼帯で隠されている。
青年はピクリとも動かず、夜風に身を任せていた。
ふと、静寂な空間にヴァイオリンの音色が僅かに響く。
まるでその時を待っていたかのように、青年はゆっくりと目を開けた。そこには、燃え盛る炎を切り取ったような緋色があった。
「始まったか……」
そう呟くと漸く立ち上がり、建物と建物との空間を飛び越えヴァイオリンの音色のもとへ近づく。
ある程度近づくと、そこで歩みを止める。
これ以上近づけば、向こうが此方の気配に気づくか、此方がヴァイオリンの音色と共に聞こえる歌声によって意識を奪われる可能性が高い。
過去に一度、無理矢理近づいて意識を持っていかれそうになり、危うく建物から落ちかけたことがあった。
微かに鼓膜を叩く低い歌声に耳を傾ければ、その心地良い歌声に心まで奪われそうになる。
全てを奪い去る歌声──奴の歌声がそう呼ばれ出したのは、いつだったか。
暫くそこに佇んでいると、ヴァイオリンの音色が止まり、再び静寂が辺りを包んだ。
狼煙が空に上がるのを確認すると、直ぐ様そこに向かい、建物から飛び降りる。
静かに降り立ったそこには、気絶している男と、壁に大きく書かれた文字だけがあった。
壁に凭れている男は耳に傷を負っており、その傷はダガーやサーベルよりも鋭利な物で造られている。
壁に目を向ければ、何事かの落書きがあった。
その壁に文字をなぞるように手をついて文字を読もうとした。
しかし、その言葉は一見すればグランの公用語の様だが、解読できないのでそれ以外の言語である事が解った。
この落書きは毎回見るのだが、読めもしないのに何故かイラッとさせられる。
そう言う意味なのだろうかと青年は思った。
書いたヤツの悪意や人をおちょくっている感じすら読み取れる。
壁の落書きに、気絶させているだけの標的、そして、市警察を呼ぶ為なのか、上げられている狼煙。
そして、未だに来ていない市警察。
奴らと警察が同じ人間を追っていることは事前の調査で解っていた。
そして、標的のハウスを奴らが抑えた後、警察が捜査しているのも確認済み。
それらを傍観した感想は、市警察、どれだけ仕事が遅いんだよ。だ。
毎回の事だが、青年は呆れた。
前も裏警察に先越されていなかったか?
そんな事を考えていたら、けたたましいサイレンが反響しながら此方に近づいてくる。
「チッ、今回は思ったより早ぇじゃねぇか政府の駄犬共……」
青年はそれが市警察が到着した音だと気付くと、毒づく。
まぁ、今回も変化や収穫はなかったから良しとするか。
青年は黒いコートを翻し銃口を真上に向けると、引き金を引いた。
銃口からはワイヤーが飛び出してきて、アンカーが建物に刺さる。
それを確認すると、引き金から指を離した。
青年の体はワイヤーに持ち上げられて、青年はそのまま漆黒の中に紛れ込んだ。
―― ――
―― ――
グラン帝国。
周りを海で囲まれ、5つの島国からなるこの国は、4大洋の西側に位置している大国だ。
冬は特に寒く、夏は比較的温暖で過ごしやすい地域ではあるが、一年を通して雨の多い国。
その島国の中心にある島、グラン最大の都市・首都ロニア。
それを東へ進んだ郊外にある森を抜けたその場所に、ひっそりと大きな白亜の建物がある。
その建物の一つの部屋、執務室からは静かな少年の声が聞こえた。
先程の出来事の報告をしているようだった。
「──今回の標的、ジョン・アレイスに拷問ったところ、薬の密売及び人身売買には携わっていたが、切り裂きジャックⅡ世との関与はないとの事」
少年は先程の黒猫の仮面は着けておらず、その端正な顔にメランコリックな表情を浮かべている。
腰まで長く流れている髪は、紫みを強く帯びた群青色、右目を眼帯と前髪で隠している藍色の三白眼が特徴的な少年だ。
デスクを挟んだ窓側に、少年の上司だと思われる男性が座って、少年の報告を聞いている。
病的に白い肌にその肌に溶ける様な白銀の跳ねている髪、その病的なシルエットとは対照的にしっかりと色の付いたインディゴの瞳が印象的だ。
「最近、裏社会に手を着けたらしい。
その入り口が、“ヨノオワリ”っつー情報以外はどうでもいい情報ばっかだな、見事に」
「そうか」
少年の報告を聞きながら、悠然とティーカップに口を付けて、男性は相づちを打った。
どうやら、今回も手掛かりはなさげだな。
“ヨノオワリ”に関しても、また雲隠れのパターンだろう。
売人ギルド「ヨノオワリ」は、長年追っているギルドだ。
人身売買や薬物・武器の密売には大体、“ヨノオワリ”が絡んでいる。
その組員を一人でも捕まえると、本体はその組員を切って雲隠れする。
その所為で、長年尻尾を掴めないのだ。
切り裂きジャックⅡ世の事件も内臓だけが取られている事を考えると、ヨノオワリが絡んでいそうだと踏んだ為今回の標的、ジョン・アレイスを襲撃したのだが……今回もまた、核心には近づけない様だ。
「奴の端末データをハッキングしても、気色の悪ぃ画像やそれに関するデータしかなくて、切り裂きジャックⅡ世の事もヨノオワリの事も出てこなかった。
つまり、奴はビアンコ──白だな」
少年は、デスクに報告書の書類を投げた。
書類には、今回の任務の報告がぎっしりと書かれている。
これは読むのが大変そうだ。
大体、報告書は大まかな内容でいいのに。
報告書をうんざりと一瞥して、男性は話の続きを待った。
「奴は弥王が精神的に殺っちまったからな……。
明日の朝刊に「麻薬中毒のマザコンヒキニート、捕まる」とでも載るんじゃないか?」
「それは彼女の判断次第だろうな。
囮くらいは使えるだろう?」
少年の報告に男性は言葉を挟んだ。
すると、横から別の少年が言葉を挟む。
「どうだろうな。彼奴、璃王が爪で耳を削いだ程度でかなりビビってたからな……。
引きつける前に銃口向けられて、命乞いして死ぬんじゃないか?」
言葉を挟んだのは、先程から一言も喋っていなかった、弥王、と呼ばれた少年だ。
先程まで着けていた白い仮面を外して、右目を前髪で覆ってはいるモノの、端正な顔を今は晒している。
太腿までの長い髪は紫に透ける黒色で、覗く左目は緑玉色の三白眼。
左目尻に四つの雫の先端を十字に並べたタトゥーが在るのが特徴だ。
少年の言葉に男性は「そうか……」と溜息混じりの言葉を零した。
そろそろ、人員を増やす事を考えていただけに、残念だな。
命乞いする死宣告者は要らない。
「後は私が処理しておく。今日はもう休んでくれ。
ご苦労だった、神南、神谷」
「「それでは、また後ほど。
──ファブレット公爵」」
男性の言葉に、神南、と呼ばれたの紫の髪の少年と、神谷、と呼ばれた群青色の髪の少年は一礼して言った。
特に打ち合わせをした訳でもないのに綺麗に揃えられた声に、グレアと呼ばれた男性は微笑んで頷いた。
それを見届けて、二人の少年は執務室を出て行く。
彼らは、グラン帝国の裏社会を仕切る裏警察が誇る死宣告者だ。
裏警察とは、グラン帝国裏社会を仕切る女王陛下直属の特殊武装警察。
正式な名称は、「特殊武装警察裏警察」。
表社会の人間を裏社会の力で脅かす者を、裏の力で排除する義務を与えられている絶対的な存在。
言うなれば、女王公認の陰の死刑執行人だ。
そのボスを努めるのは、弱冠22歳で爵位を持つ王家の長男で女王の兄、グレア・ウォン・ファブレットである。
先程の少年達は、そのグレア・ウォン・ファブレットが誇る死宣告者。
死宣告者とは、戦闘能力と暗殺能力を兼ね揃えた殺しのプロフェッショナル。
たまに諜報能力や情報収集能力を兼ね揃えた情報屋の様な者もいる。
言わば、裏社会の傭兵の様な物だ。
その死宣告者である神南弥王と神谷璃王。
彼らはそれぞれ、「悪夢の伯爵」と「悪魔の猫」と呼ばれている不吉な死宣告者である。
弥王と璃王は二人で風神とも呼ばれており、弱冠13歳で驚く程強い戦闘力を持っていた。
二人が出て行った後の執務室で、グレア・ウォン・ファブレットは感傷に浸る様に銀時計を見つめていた。
その時計は、長い事肌身離さず持ち歩いている為、所々が磨り減って傷だらけになっている。
時計の蓋の裏には、色褪せた写真が張り付けられていた。
写真の中で、まだ幼いブルーマロウの髪に右目が青、左目が翠のオッドアイの少女が笑っている。
その写真を愛しげに見て、グレアは呟いた。
「今、生きていれば13……いや、もうすぐ14、か」
すっかり色褪せてしまった写真の中の少女に語りかける様に呟いた。
あれから8年が経っている。
もう生きている事は絶望的だろう。
生きていれば、どんな娘になっていただろうか、とグレアは思う。
「時間が経つのは早いな、ミオン……」
感傷的に呟かれた言葉は、誰も居ない蝋燭の明かりだけの部屋に虚しく消えた。
―― ――
―― ――
同時刻。
首都ロニアの東部に位置する町、シティ・エンド。
その町の郊外の端に、その建物はあった。
廃屋敷を改装したその屋敷の一室で、ひとりの青年が紅茶を淹れている。
ふと、扉の向こうに気配がした。
青年は、そのコバルトグリーンの瞳を扉に向けて、気配の本人が部屋に入ってくるのを待った。
すると、扉は直ぐに開けられ、部屋に茶髪の青年が入ってきた。
「やっ、レイナス、お帰り~」
飄々とした口調で彼は、茶髪の青年に声を掛ける。
琥珀の髪がコバルトグリーンの瞳に合っていた。
軽そうな性格は外見からも、その口調からも想像できるだろう。
彼は、レイナスと呼んだ青年に「どうだった?」と訊いた。
彼の訊きたい事が解った茶髪の青年──レイナスは、首を振る。
「微妙だな。政府の駄犬共が思ったより早く来たんで、少ししか確認出来なかったが──ほぼ、いつも通りだった」
「まぁ、彼らはあの事件を解決できなくて焦っているから、少しでもマシな評価が欲しいんだろう」
淡々と言ったレイナスの言葉に、青年は目を細めて言った。
青年の言った「あの事件」とは、切り裂きジャックⅡ世の事である。
その事件を解決できていない市警察の評価は急降下中の為、少しでも評価を上げたいのだろう、と青年は見た。
表社会が主な活動領域の癖に、裏社会事にまで手を出すのだから、市警察が解決できないのは当然の事だ。
幾ら、裏社会の人間と表社会の人間の中間的組織といえど、その大半は表社会の人間。
裏社会の人間が起こした事件を解決できる筈がない。
裏警察が動いてるのがその証拠だ。
青年の言葉にレイナスは呆れた様な口調で言った。
「評価つっても、今日の奴はシロ!ただの売人だとよ。
売人1人捕まえられない様じゃ、裏警察がいつ市警察になってもおかしくねぇぞ?」
「ははっ、それならこの国も安泰だね」
レイナスの言葉に、青年は空笑いした。
そうは言っているが、彼らは決して裏警察の肩を持っているわけではない。
かと言って、政府の駄犬、と警察を罵っている様に、警察の肩を持っている訳でもない。
どちらかと言えば、この二人は“傍観者”である。
青年は、ふと思い出したかの様に少し間を開けて口を開いた。
「話が変わるけど、明日、社交期最後の夜会が――」
青年の話にみるみると顔が歪んでいく、レイナス。
その顔は、嫌忌に満ちて酷い顔になっている。
余程、社交界が嫌いだと見た。
まぁ、気持ちはわかるが。
その酷く嫌そうな顔を見て、青年は言葉を止めた。
「って、そうイヤそうな顔しないでよー」
「お前が逝け」
青年の言葉にレイナスは青年に向かって首を親指で指して横に流し、そのまま親指を下に向けて落とした。
所謂、「首を切って死ね」のモーション。
幾ら仕事だとしても、夜会にまで潜入しようとは思わない。
それなら、無駄に社交的なお前が行けよ──。
「日の光は浴びたくないな~」
「あと君、言葉怖いよ~」と軽口を叩く青年にレイナスは、「お前は吸血鬼か」と突っ込んでしまった。
「安心しろ……夜会は夜だ」
「だから、お前が逝け」と、レイナスは青年に食い下がる。
夜会とは夜にやるモノだから、日の光は関係無い。
あるのは、煌びやかなシャンデリアと、少しの電気だ。
日光でないから問題ないだろう。
それすら問題なら、この部屋には居られない筈である。
「きゃっ!夜とかハレンチな!
それに夜会って、僕みたいなイケメンが行くとマダムに迫られるんでしょ!?
尚更イヤよ!」
体の前で腕をクロスしてオネェ口調で言う青年のテンションに付いていけず、レイナスは「お前、一回病院逝けよ」と一蹴する。
全くもってその通りである。
お前のキャラ、どうした?と思うが、今更なので何も言わない。
彼は自分をからかって遊んでいるだけなので、気にしたらお終いである。
「あー……、裏警察絡みか?」
このままじゃ話が収拾付かなくなる為、レイナスは不承不承ながらも折れた。
仕事内容によってはバックレても良い訳で、話くらいなら聞いてやろう。
すると、青年は頷いた。
「まぁ、そんなとこだよ。
今度の標的が、グランツみたいでさ~。
まぁ、同じく夜会に潜入するなら、風神の仮面の下が見れるかもね~?」
「別にそんなモノには興味ねぇけど──仕方ねぇから行ってやる」
青年の言葉に、レイナスは頷いた。
別に奴らの仮面の下なんかには興味もない。
たまにちらほらと色んな噂を聞くが、特に何も思わない。
ただ、この選択が後に自分を追い込んでいく事を、彼は知らなかった──。
@使用した歌詞
夜空詩
作詞・俺夢ZUN