番外編 邂逅相遇
彼女に再会した時から、その感覚がずっと纏わりついて来た。
妙な懐かしさと既視感。
彼女と関わり出してからそれは、至る所で顔を見せるようになる――。
青年は、今まで押し付けられていた雑務が漸く終わり、それを報告する為に生徒会室へ足を運んでいた。
そもそも、どうしてこんな事になっているのか。
青年――レイナスは頭を抱える。
ヒリュウからの情報によると、今回の風神の標的はここ、ウェストスター校の中に居るらしい。
何故、一般の生徒しか居ない筈のこの学校に奴らが潜入するのか。
奴らの監視も含めてその目的も探れ、と言うのが、今回依頼された内容だ。
そして、そのついでに次回の任務の時に必要な専門的な資格を習得しろ、と言われ、渋々学校に通うことになったのだ。
その筈が、おかしい。
一体、自分はこんな所で何をやっているのだろう。
何故、生徒会に目を付けられた挙げ句に彼らの雑用係にされているのか。
それは、四日くらい前の事だった。
学校に編入する事に成功した彼は、「学校」という名の世間から隔離された社会を甘く見すぎていた為に多くの失敗をしてしまった。
ある時は、「アリス」の存在を「何それ?」と言ってしまい、「非常識だ!」と返され、白い目を向けられ。
ある時は、高等部の部長クラスしか買ってはならないと言われている幻のメロンパンを買ってしまい、更に部長クラスしか使ってはならないと言われている北校舎の屋上に入ってしまってい、各部活動の部長連合の幹部に目を付けられ。
またある時は、部長連合の会長に目を付けられて、彼を返り討ちにした。
世間に疎い彼は、この4日間ですべての地雷を踏み抜いてしまったのだ。
その行動は枚挙に暇がないが、そうこうしている内に気が付いたらアリスに連行されて、卒業までパシリね、と罰則を貰ってしまったのだ。
面倒くさすぎる、この学校。
それが、レイナスがこの四日間で何度思ったか知れない言葉だった。
レイナスは生徒会室の前に辿り着くと、その綺麗に装飾された取っ手を掴んで、重々しい扉を引き開けた。
扉を開けた瞬間、暖かい空気と共に部屋の中で女子生徒が騒ぐ声が漏れ出てきた。
「何か騒がしいな、何があっ――」
顔を上げた先に見えた人影に、レイナスは思わず扉を閉めた。
あれ、おかしいな?
ここって一般生徒立ち入り禁止だった筈。
罰則の生徒か?それにしては異様に和気藹々としていたような。
レイナスはもう一度、扉を開けた。
次は、ソファーに座っていた蒼い髪の女子生徒と目が合った。その瞬間、もう一度扉を閉めた。
先程の女子生徒が、この間夜会で出会った少女に何処となく似ていた気がする。
(きっと、気の所為だ。 四六時中生徒会にパシリにされてるストレスで変な幻覚見てんだな、きっと。
彼奴ら人使い荒いし、特にクラインはパワハラと言って過言じゃないし――)
――スコーンッ!
思考に耽っていたら突然、レイナスの後頭部に鈍い痛みが走った。
「痛ッてェな――」
「何してるんだい?」
後頭部を抑えて振り向き、文句を言おうとすればそれは、後ろにいたクレハに遮られる。
その声は淡々としていて、怒っているのか違うのか判断に困る。
「入らないのなら、退いてくれるかい?邪魔だよ」
クレハはレイナスを一瞥すると、レイナスを押し退けて生徒会室に入っていった。
その後をエイルが付いていく。
二人が入った後に続いて、我に返ったレイナスも生徒会室に入っていった。
―― ――
―― ――
「お帰り、2人とも。
それと、ナス、遅かったわね?何処で油を売ってたのかしら?」
「誰がナスだ。
油売ってたんじゃねぇよ。教師に捕まってたんだ」
生徒会室に入ったら、真っ先にレナに文句を言われる。
彼女が呼ぶ「ナス」と呼ぶあだ名も、「やめろ」っつーのに聞きやしない。
このやり取りは会う度に毎回やってる気がする。
そんな事を思いながら、教師に「あら、生徒会室に行くの? ついでにこれ、お願いね~」と押し付けられたプリントをライトに渡す、レイナス。
生徒会の人間も人使い荒いが、教師も問答無用で生徒会への用事を押し付けてくることがままある。
本当に「生徒会室の雑務」である。
「「生徒会雑務」の役職を作ったから、君は今日から、「生徒会雑務」だ、頑張ってくれたまえ」と肩を叩いて来たライトの同情する様な嘲笑うような笑顔を思い出すと、イラっと来る。
諸々の感情を抑えつつ、レイナスは一言言った。
「これ、中等部の主任が渡しとけって」
「おや、もう出来たんだ。相変わらず中等部は仕事が早いなぁ。
高等部なんて、まだ出しものすら決めてないとこあるのに」
ライトはプリントを片手に肩を竦める。
ライトが渡されたプリントは、アリーナで行う予定の中等部の演目表だった。
彼の言う通り、6クラスある内の4クラスがまだ、出し物が決まっていない状態だ。
「やっぱり今年はジャック・ザ・リッパー多いな。セカンドの影響か」
ライトの手元のプリントを覗き込んだエイルが言った。
エイルの言う通り、今年はやたらと、「伝説の銃騎士」「ジャック・ザ・リッパ―」、「幾夜のアバンチュール」何かの特に娯楽映画などに興味を示さないレイナスでも聞いた事がある様な、切り裂きジャックを題材とした演目が並んでいた。
ライトは頷く。
「おい、これ見て見ろよ。
ジェフリー・ザ・キラーやるとこあるぞ。
やっぱり、ジャック・ザ・リッパーといえばエルリック・シーズだから、それで関連して出す気みたいだ」
「また、クラインが好きそうな演目だな。今年は騒がしそうだ」
「クレハは猟奇的な物好きだしね」
「僕は素人が作るような中途半端なホラーは好みじゃないんだ。
学校の出し物如きじゃ精々「良かったね」で終わりだよ」
「うわ、辛辣……」
ライトとエイルの会話にクレハが入ってくる。
「あんな扉を開け閉めして、何やってたのよ?
幾ら暖炉焚いてるっても寒いんだからね?」
クレハとライト、エイルが話している横で、レナがレイナスに文句を垂れる。
レイナスは目の前のソファーに座っている、リオンにそっくりの少女を一瞬だけ見ると白状した。
「いや、生徒会に一般の生徒が居る事が珍しくて」
「「一般の生徒が」じゃなくて、「知り合いがいて吃驚して」じゃないのかい?」
クレハが耳打ちしてきて、図星を突かれたレイナスはビクリ、と肩を跳ね上がらせるほど動揺する。
クレハは時々、こうして人の内面を見透かしたかのような言動を取ることがあるので、それも相俟って苦手だ。
とはいえ、知り合いにそっくりの人が居たら、驚くのも仕方がない事で。
特に、夜会で一回会っただけで、ずっと何となく気になっていた少女にそっくりの子が目の前に居たら、驚きもするだろう。
多分、他人の空似だろうが。
レイナスの視線に気付いたらしい、ウルトラマリンの髪の少女がレイナスの顔を見るなり立ち上がった。
その顔は驚愕しているようで、彼女の顔を見るに少女はリオンで間違いない様だ。
「もしかして、レイナス?」
うわぁぁぁぁあ、思いっきり知ってる奴だったぁぁぁぁぁああ!
名前を呼ばれ、その声を聞いて、レイナスは彼女があの時の少女なのだと気付く。
グランツ邸で会った時よりも少しイメージが変わって見えるのは、あの時は薄暗いバルコニーに居た所為だからだろうか。
「って事は……リオン・ヴェル――」
名前が口から零れそうになった時、少女――リオンはすぐさま、レイナスの口を塞いだ。
「光の速さ」と言っても過言でないくらい素早く彼の口を塞いだのだ。
突然リオンが至近距離に来たものだから、レイナスは吃驚して目を白黒させる。
柔らかそうな紫みを帯びた青い髪に、深い海の底をそのまま映したかのような綺麗な深い藍色の目、髪や目とは対照的な、病的に白い肌がとても印象的な少女。
紛れもない、彼女は夜会の時に会った「リオン・ヴェルベーラ」だ。
しかし、何故か名前を呼ぼうとしたら口を塞がれてしまった。
困惑するレイナスを放置して、リオンが手を引っ張ってくる。
リオンは言った。
「ちょっと来い!」
あれ、何か夜会の時と随分イメージが違う様な……。
リオンに促されるというか、リオンに引っ張られるまま、レイナスは生徒会室を後にした。
―― ――
―― ――
「まさか、ここの生徒だったなんてな」
「まぁ、今日入ってきたばかりなんだけど」
廊下に出て、しばらくの沈黙の後にレイナスは、リオンに声を掛ける。
声を掛けられたリオンは、苦笑しているような表情を浮かべていた。
生徒会室が一般生徒が立ち寄らないエリアにある所為か、放課後でも廊下は閑散としていて、2人の声だけがその場に響く。
改めてリオンを見ると、彼女は男子の制服を着ていた。
大きく開いている胸元の襟からは白く細い首が晒されており、袖から覗く手首もほっそりとしていた。
腰にはパーカーが巻かれており、腰回りの細さが強調されている。
全体的に華奢で、力加減を誤って抱き締めようものなら、いとも簡単に折れてしまいそうである。
と、制服を見たレイナスの目を釘付けにしたのは、そこではなかった。
いや、確かに小柄で細身ではあるが。 それはついでに視界に入った物だ。
レイナスの目を釘付けにしたのは、リオンの着ているシャツの襟元。
襟の縁を彩っているラインの色は、青色である。
青色系統の制服で青色のラインの入ったシャツといえば。
レイナスは驚いた様に言葉を絞り出した。
「お前、その制服……」
「あぁ、これ? いや、確かに男子の制服着てるけど、戸籍上も生物学上も女だよ?
ただ、女物の服って──」
「いや、そうじゃなくて、だ」
「うん?」
レイナスの言葉にリオンは言い訳の様な物を並べるが、レイナスが聞きたいのはそっちではない。
話を遮られたリオンは、首を傾げる。
コテン、と首を倒したその仕草が可愛く見えたとかはこの際、どうでも良い。 いや、どうでも良いわけではないが、そうじゃない。
「その制服のライン……お前、中等部……?」
「え、そうだけど?」
レイナスの質問に、リオンは不思議そうな顔で頷く。
「中等部……2年?」
「そう、2年」
「年齢詐欺でなく?」
「うん、ガチで」
今解った事実。リオンが年下だということ。
グランツ邸で会った時は彼女の身長も相まって、少し童顔な同年代くらいだと思っていたのだ。
いや、年代で言えば、自分もまだギリギリ10代なのだが。
彼女が中等部2年と言うことは、13、4くらいだ。自分の5つ下ということだ。
年下に声を掛けてダンスのお誘いとか、傍から見たら不審者以外の何物でもないじゃねぇか……。
「マジかよ……」
レイナスは、窓の手前に付けられている手摺に腕を乗せ、そこに項垂れた。
気付かなかったとはいえ、未成年に声を掛けていたとは。
なるほど、それならば彼女から見たら不審者に見えていたかもしれない。
「えっと……なんか、ごめん?」
項垂れていたら、リオンが何故か謝ってきた。
顔を上げてリオンの方を見れば、困惑している様にも見える表情を浮かべていた。
何故だろう、非常に失礼な誤解をされている気がするのは。
困惑している様にも取れるその視線は、見方を変えれば引いている様にも見えた。
「……今、色々と酷い誤解してねぇか?」
冗談めかして訊いてみる。
「……、ベツニー」
一拍の後、あからさまに視線を外して棒読みで答えるリオン。
あ、これは変な誤解をされてそうだ。
「何でカタコト!?」
「ベツニ、「ロリコンだったのか」なんてコト、思ってマセンヨ?」
まるで、「ワタシ、ガイコクゴ ワカリマセーン」みたいな似非外国人のような発音に、図星だと察するレイナス。
一体、彼女の中でどうしてそんな誤解が生まれたのか。
「ちが……、誤解にもほどがある!!」
とりあえずここは、弁明しておく。 本当にロリコンではないので。
「ふは……っ、冗談だって」
クールに笑う彼女の言葉は本当に冗談なのか何なのか。
とりあえず、これ以上追及してもしつこすぎるのでここは、冗談だという事で納得しておく。
これ以上「本当にロリコンじゃない!」とか言い出すと、収拾が付かなくなりそうだ。
「すっかり騙されたな。
てっきり、同い年か少し下くらいだと思っていたが……まさかの14って……」
窓の外に視線を向けたリオンに思った事をそのまま言うと、彼女はこちらに視線を移した。
その瞬間、眉間に皺を寄せる。
何かまずいことを言ったのだろうか、と考える間もなく、彼女は言葉を投げかけてきた。
「……面白くもないお世辞をどうも。
実年齢より上に見られたのは初めてだ」
声の感じからして怒っている様子ではないが、顔は怪訝そうな表情をしている。
なるほど、彼女が自分を「ロリコン」だと誤解してきた理由が何となく分かった様な気がする。
年齢の話題の後で項垂れたらそりゃそんな誤解もするよな。
そして、何故今、そんな憮然としているのか。
これはあれか?俺が冗談を言っていると取られている?
「いや、本当にそう見えたって」
「はいはい、ソレハ ドーモ」
「最後何でカタコト!?」
「ふはっ」
そんなやり取りをした後で、リオンが噴き出す。
その特徴的な笑い方も、もし、知り合いに同じような笑い方をする人が居たら忘れる筈がないと思うのだが……。
ふと感じた既視感に、レイナスは何も言えなくなる。
「あぁ、そうだ。
今は父方のファミリーネームを名乗ってるから、「リオン・コウヤ」だ。
改めて、宜しく、レイナス」
「あぁ、こっちこそ、宜しくな、リオン」
レイナスとリオンは、どちらかともなく微笑んだ。
(……?“コウヤ”……?)
レイナスは、微笑む傍らでリオンの名前に引っ掛かりを覚える。
何処かで聞いた事がある様な気がする名前だ。
それは一体、誰の名前だっただろうか――。
【現在のリオンとレイナスの関係について】
リオンはレイナスを「夜会で出会ったちょっと雑な紳士」だと思ってます。
今はそれにプラスして、ロリコン疑惑も。
しかし、それを差し引いてもなぜか彼の事を懐かしいと感じてしまうリオンちゃん(14)なのでした(*´▽`*)
(あ、中学生相手だと、アリスコンプレックスになるんだっけ?
この辺、分類があやふやな俺夢です。
まぁ、どの道リオンはレイナスを不審者と見ている、という事で())
レイナスはリオンを「勘違いで声を掛けた懐かしい面影のある娘」だと思ってます。
再会した現在は、リオンが思ったよりずっと年下だという事実に驚愕するとともに「不審者じゃねぇか……」と反省中。
何故か所々で懐かしさを感じる。
作者の予定では、この学園編で友達以上恋人未満にする予定。




