Ⅱ.歌‐Canzone‐
その歌は、思い出の歌。
唯一の母との思い出の歌だった。
「手始めに、君達が連想する絵を描いて貰うよ。
絵は何でも構わない。 とにかく、君達が思い浮かべたモノだ。
その後で、歌ってもらう。
僕の寮では最低限、歌と絵が出来なきゃ芸術家とは言えないから。
あぁ……ちなみに、合否は僕の気分次第ね」
クレハが寮長を務める寮では、音楽・絵画・創作・文芸・料理など、俗に言う「文化系」の事に特化しており、その大半は音楽と絵画を嗜んでいる。
その為、特に寮を決める校則の中にクレハの言った様な事は含まれていないが、クレハの中では「絵画も音楽も極めて芸術」というモットーがあるらしく、クレハが寮長となった現在では、テストの内容が「音楽と絵画」となっている。
ちなみに、その絵画や音楽がクレハのお眼鏡に適わなければ、合格にはならない。
しかも、クレハの好みや気分次第で合否を決めるので、質が悪いのだ。
(いきなり絵を描け、ってもなぁ……。
あぁ……何かイメージ来たけど……。
こう、もっとこう、見ただけでゾッとする……。
そう言えば昔、ジェフリー・ザ・キラーとかいうサイコパスな殺人鬼が居たっけ……たしか、エルリック・シーズに始末された。
彼奴って、見れば見る程公爵ソックリなんだよなー)
そんな事を考えながら、弥王は絵を描き始めた。
どうやら、何を描くのかをもう決めたらしい。
璃王は璃王で悩みに悩んだらしく、弥王が着色に掛かる頃に漸く描き始めた。
室内では、唯ひたすらに無言で画用紙に筆を滑らせる音だけが響いている。
2人とも、物凄く集中している事が窺えた。
璃王に至っては、画用紙に食らい付くかの様な勢いでそれを見つめ、筆を滑らせている。
「まぁ、こんなモノかな」
弥王は漸く、納得のいく絵が描けたらしく、大きく息を吐いて絵から離れた。
「描けたのかい?」
「はい、それはもう、最高傑作と言っても良いホラーな奴が出来ました」
「どれ」
自信満々な様子で絵から離れた弥王と入れ替わるように、クレハがその絵の前に立って、それをじっと見つめる。
絵を見つめる事数秒。 クレハは弥王の肩を叩いた。
「うん、どうやら君は、僕とは相性がいいみたいだね。 感性も凄く近い。 気に入ったよ。
合格。 この絵は貰っていくよ」
弥王の返事を待たず、クレハは弥王の絵を仕舞い込んだ。
ちなみに、弥王の描いた絵は、何ともグロテスクな人間の顔だった。
何がグロテスクかと言うと、顔は全体的に白く、白銀であろう髪は先の方が焦げたように黒く縮れ、瞼はなく、目の周りは真っ黒で口は真っ赤に裂けている、まるで化け物のような出で立ち。
しかも、よく見ると何処となくグレアに似ているのがツボだ。
どうやら、無意識に弥王は、グレアへの不満を絵にぶつけていたようだ。
蛇足だが、弥王が描いた元の絵はグレアではなく、ジェフリー・ザ・キラーと言う、自分の家族を惨殺したサイコパスな殺人鬼だ。
その殺人鬼は、「逃走の果てにエルリック・シーズによって始末された」と、【伝説の銃騎士】という書籍に書かれているが、実在したのかどうかは定かでない。
そのジェフリー・ザ・キラーとグレアを合体したのが、弥王の絵だ。
サイコパスになる前のジェフリーも、白銀の髪の美青年であったという記述はあるのだが、それも諸説ある。
ジェフリー・ザ・キラーの話はともかくとして。
クレハはどうやら、弥王の奇抜なセンスが大層お気に召したらしい。
「何と言っても、この、口の裂け具合と、目線が良いよね。
このサイコパスな殺人鬼特有の狂気じみた藍色の燐光……今にも動き出して殺しに掛かってきそうだよ。
そして、流石というか、何というか、殺人鬼に必要な物もちゃんと描かれている。
この狂気染みた笑顔。もう、最高だね。
この、背筋をゾクゾクと這う様な冷たい恐怖感……これでこそ、ジェフリー・ザ・キラーだよ。
弥音はよく、この特徴を引き出している。 本当、夢に出てきそうなくらい最高のホラーな絵だよ。
これは、額縁に入れて生徒会室に……」
「飾るなぁぁぁぁぁぁあああ!!」
クレハが弥王の絵について評論していると、レナが半ば泣きそうな顔でレイトの後ろで叫んでいた。
どうやら、弥王の絵にトラウマを持ったようである。
グロテスクな物やホラーな物が大好きなクレハと違い、レナはそう言った物に免疫がない様だった。
その隣でライトとエイルは、こんな話をしていた。
「あれってジェフリーじゃなくて、ファブレット公爵のように見えるのは僕だけかい?」
「あれは、ジェフリーではないな。
ジェフリーは真っ赤な目だ」
弥王の描いた絵がジェフリー・ザ・キラーではなく、グレア・ザ・キラーだと言う事は、グレアと弥王とクレハ以外の人間が気付いていた。
「お前……弥音ちゃんに何をしたんだよ?」
「え、何の事だ?」
唐突に訊かれたグレアは、何も心当たりがなく、レイトの質問の意図が解らずに首を傾げるだけだった。
「描けた」
漸く璃王は筆を置いて、首を左右に捻らせた。
随分と時間を掛けて描いていた所為か、首と肩が痛い。
璃王の絵を取って、クレハは暫く璃王の絵を見つめると、軈て唸り始める。
「うー……ん……。
絵は上手いよ? 上手いんだけど……こう、何かが足りないんだよね……。
そう、こう……脳漿を揺さぶって刺激するような、こう……インパクト?
そう、インパクトが足りないんだ。
あー……うー……ん、難しい……」
某魔法学園の喋る帽子の様に難しそうにうんうん唸るクレハ。
合否を決めかねているクレハの様子は、それほどまでに璃王の絵が酷いのかと言いたくなるほどだった。
軈て、クレハは投げやりに言った。
「まぁ、合格でいーや」
何が基準なのッ!?
璃王の絵を見た全員がクレハに対して思った事だ。
璃王の絵は、至って普通の人物画だった。
描かれていた人物は、夜会で出逢ってレイナスと名乗った、茶髪で赤い隻眼の青年と、弥王の兄である、紅い髪の少年、マオ・ルーン。
何故かこの二人のイメージが璃王の中で浮かんだのだ。
本当に、何がそこまでクレハを唸らせたのだろうか、謎である。
画力は殆ど変わらない、むしろ、璃王の方が少しばかり上手いくらいであるというのに。
「ねぇ、これって、私たちの感性が子供っぽ過ぎるというか、ド素人なのか、それとも、クレハの感性が異常なのか……どっちだと思う?」
「僕は後者だと思いたい」
「まぁ、クラインの感性は個性的というか……独特だからな。
そこが彼奴らしい所ではるが」
「何? エイル、クレハの事好きなの?」
レナとライトの会話に混じると、エイルはレナにからかう様に絡まれた。
ニヤニヤと笑みを浮かべるレナに、エイルは通常運転で答える。
「勿論だ。 生徒会の会計として、そして、寮長としては尊敬している!
あの独特な世界観も素晴らしいと思うぞ」
「あ……え、そっち?」
「まぁ、そうだろう。 クレハは男だし」
エイルの言葉にレナは拍子抜けして、ポカンと口を開けた。
ライトが透かさず頷く。
エイルに色恋沙汰の話を振っても、意図的なのか天然なのか、いつも躱されるのだ。
「あの馬鹿共は放って置いて、次のテストをするよ」
エイル達の会話を聞かなかったことにして、クレハは弥王達を促す。
勿論、エイルへの投こけしも忘れずに。
「痛ッ!?
クライン、またお前はー!」
「おや、ごめんねー。 この子、反抗期みたいで」
「うぬぬ……」
頭にこけしがクリーンヒットしたエイルは、クレハに掴みかからん勢いで怒るが、それを当のクレハは気にも留めずに投げやりに言う。
余りにも乱雑な謝罪に呆れて何も言えなくなり、エイルは黙り込んだ。
このやり取りも、いつもの事である。
「クレハも、絶対満更じゃないよね?
事ある毎にエイルには必ず投コケシだし。
あれって、愛の鞭とかそんな感じに取れない?」
「あぁ~、2人ともそう言う趣味だったのかー。
それは気付かなかったな―」
レナとライトの会話に、何故かレイトも入ってきた。
「次は歌唱テストだよ。 これで【幻寮】……【蜃気楼の穹】に入寮できるかが決まるからね。
まぁ、個人的な事を言わせて貰うと、感性が近い弥音をウチに入れたい所なんだけど」
「なによ、さっきは偉そうに『彼女達の寮を決めるのは、彼女達の成績と校長の判断だよ』とか言ってたクセに」
「まぁ、クレハは気に入った人間なら誰でもそう粉を掛けるからね」
クレハの言葉にレナが口を尖らせると、ライトがそれを宥めた。
その言い様だと、まるで僕が女誑しみたいじゃないか。 君とは違うんだ、やめてくれ。
そんな事を思いながらも、クレハは2人の会話を意識の外に追いやり、弥王と璃王に説明を続けた。
「ジャンルは問わない。 何でも好きに歌って。
はい、弥音から」
「はい」
返事はしたモノの、何を歌おう? 今、歌いたいモノってないんだよなぁ。
歌による攻撃が自分の能力の割に、弥王は流行りの歌と言う物に疎かった。
なので、今までO.C.波を使う際に歌っていたものは、マザーグースや一族の間で歌唱訓練として歌われてきた歌ばかりだったのだ。
弥王は考えた。
そして、息をゆっくりと吸う。 弥王は歌い出した。
「月は諸行無常 常に移ろい
輪廻転生の星 幾千の夜を生まれ変わり……
終わらない夜を 繰り返す」
何かの童謡か何かだろうか。 それにしては、歌詞の内容が難しすぎるような気がするが、普通の歌にしてはやけに短い曲。
詩、と言われた方がまだ、解りやすいだろう。
弥王がやめようとした所で、クレハは続きを促す。
「最後まで歌ってくれるかい?」
これだけ短い曲だ。
もう少し聴いてみないと、その人の本質が解らない。
それとは別に、好奇心もあり、続きを促したのだ。
弥王は続きを歌い出した。
「月は巡り東へ 姿現す
月蝕太陽に飲まれても 瞬きは消えず
日食太陽と重なる旋律」
聴いていく内に、グレアは本当に弥王が【ミオン】なのだと思い知らされる。
この歌は、歴代のルーン家当主が子々孫々に伝える、ルーン家の運命を歌った詩なのだ。
いつ、誰が作ったのかは解っていない。
その歌を、ミオンもまた、母親であるイリアの女王、アルテミス・セレス・ルーンから伝えられていたのだ。
それを幼い頃の弥王が歌っている所を何度か見た事がある。
グレアは、弥王の正体がミオンである事を知った時から、ずっと悩んでいる事があった。
しかし、その悩みは今までよりも膨らんでいく。
「星は超新星爆発
その運命終わる時 最期の輝きを放ち
闇夜の彼方へ消えてゆく
夜はそれを包み 星の行方を見る」
悶々と考えていたら、弥王は歌い終わっていた。
弥王の歌を聴き終わったクレハは、興味津々に弥王に質問する。
「今の歌は? 聴いた事がないね。
民謡か何かかい?」
「はい、まぁ、そんな所です」
「ふーん。
不思議な感じのする歌だったね」
クレハの質問に、そんなことを訊かれるとは思っていなかった弥王は、曖昧に返答した。
それに対して言われた感想に、弥王は苦笑する。
初めて聞く人には、いつも言われる言葉だ。
「うん、まぁ、おめでとう、これで晴れて君は、ウチの寮生だよ」
「ちょっと待って!? 何勝手に話進めようとしてんの!?」
弥王の肩をクレハが叩くと、透かさずレナが抗議する。
レナとしても、女の子が少ない寮なので、女の子を増やしたいのだ。
エイルも抗議を始めた。
「まだ、俺のテストも終わってないぞ……痛ッ!?」
「解ってるよ、ただの冗談だろ?
鬱陶しいからギャーギャー騒がないでよ、発情期の猫じゃあるまいし」
やや近くで声を張るエイルに、クレハは透かさずこけしを投げつける。
エイルの声は普段の声でもやや大きめなので、近くで話されると五月蠅い。
僕の鼓膜が破れるじゃないか。
それでも何かをギャーギャーと騒いでいるエイルを無視して、クレハはマイペースに話を進める。
「それにまだ、璃音の方が終わって無いからね。
はい、次歌って」
「……え、あ、はい」
キャラの濃い人達のやり取りの一部始終を見て呆気に取られていた璃王は、クレハの言葉に数拍遅れて、返事をした。
息を軽く吸って呼吸を整えると、璃王は歌い出す。
「月のない夜空には 満天の星が散りばめられ
燃え尽きる星が 涙のように伝うから 忘れた記憶を蘇らせるよ」
(ブリジット・ルーノ、か……結構マイナーなの知ってるね。
でも……)
クレハは、璃王が歌う歌の正体に気が付くと、心の中で感嘆する。
まさかここで、彼女の歌を知っている人に会えるとは。
ブリジット・ルーノは、最近デビューを果たした、知る人ぞ知るリエト王国のマイナーな歌姫。
顔は見せず、彼女に関する情報は殆ど無い。
一説には、王族の血を引いているのではないか、とか、貴族ではないのか、などと噂されている。
あまりメジャーではない故に、グラン帝国では殆どがその存在を知らない。
なので、璃王が彼女の曲を知っている事に驚いて、感嘆したのだ。
(彼女の曲は良いよ、うん)
クレハもまた、ブリジット・ルーノのファンだった。
「切なさが胸に過ぎるから その度に孤独が炎巻き上げて
記憶を掻き消す調べはもう 消え失せた」
「ストップ。 もういいよ」
彼女の曲を知っていた事は感心するが、しかし。
璃王の歌には大切なモノが欠如している。
それを感じ取ったクレハは、璃王が歌っている途中で待ったを掛けた。
突然歌を中断されて、璃王は訝しむ様にクレハを見る。
「残念だけど、君は不合格だ」
クレハは、淡々と宣告した。
決して歌が下手と言う訳ではないのにどう言う事だろう、と、クレハ以外のメンバーは思った。
「僕が聴きたいのは、人間の感情が歌われた歌だ。
悪いけど、君の歌は機械人形に無理くり声を充てて歌わせたような無感情な歌でしかない。
と言うか、まだ機械人形の方が感情的だから、それ未満。
大和で言う所の“お経”ってヤツに近いね。
と言ったら、お経に失礼の様な気もするけど。
まぁ、とにかく、君の感情はそこにない。
だから、不合格だよ」
「おきょう……?」
クレハの言葉を聞いていたレナが、誰に訊くでもなく呟いた。
「クルシス教で言う所の聖書だよ。
大和の仏教徒が仏壇――まぁ、神みたいなモノの前で読むモノ」
「あぁ……」
レナの呟きを拾ったグレアが簡潔に説明すると、レナは納得したように声を漏らす。
「君はもう少し、素直に生きた方が良い。
じゃないと、いつか酷い火傷をするよ」
璃王にだけ聞こえるように耳元で囁くと、クレハは下がっていった。
何故そのような事を言われるのか、皆目見当が付かない、璃王。
璃王としては、十分に自分の感情に従って生きているつもりではあるのだが。
クレハのこの言葉の意味を知るには時間が必要な事を、この時の璃王はまだ、知らない。
「最後のテストは体力測定とミニゲームだ! 体育館へ来い!」
待ってました! と言わんばかりの張り切りようで、エイルが弥王と璃王に体育館へ行く事を促す。
弥王と璃王は「元気だな―、この人」と思いながら、エイルの後を付いていった。
―― ――
―― ――
体育館に着くと、弥王と璃王はまず、50メートルの直線を走らされた。
エイルは片手にストップウォッチを持って、頷いている、
「うむ、同年代の女子の平均より速いな!
二人とも、陸上か何かやっているのか?
特に、僅差でコウヤの方が速い!
次は──」
「待って、エイル」
「ん、何だ?」
次の種目をさせようとしていたエイルに、クレハが口を挟んだ。
エイルは不思議そうな顔でクレハを見ている。
「まさか、体力測定をした上でバスケをさせるつもりなの?」
「あぁ、そのつもりだが?」
事も無げに頷くエイルに、クレハは溜息を吐く。
やっぱこいつ、脳筋野郎だ。
問題点を解っていない様なエイルに、クレハは言う。
「君は馬鹿なのかい?
ここの体力測定、項目がいくつあると思ってるのさ?
全部させてたら丸一日潰れるし、何より、彼女達の体力が保たないでしょ。
男の体力と女の体力一緒にしてない? いや、男子でもキツイと思うよ。
その上でバスケとか、死ねって言ってるようなモノだよ。
彼女達の運動量を測るだけなら、ミニゲームだけで充分でしょ。
どうせ君が欲しいのは、次の学祭で勝たせてくれる、有能なプレイヤーだろ?」
「う、うむ、確かにそうだな」
クレハの言葉に納得したように頷く、エイル。
彼女たちの体力の事を失念していたのだ。
ちなみに、ウェストスター校では体力測定は6日に渡って行われる。
その種目は、以下の通りだ。
・50メートル走
・ハンドボール投げ
・長座体前屈
・反復横跳び
・腹筋
・握力
・立ち幅跳び
・走り幅跳び
・垂直跳び
・持久走
・シャトルラン
・素振り
・重量挙げ
おおよそ体力測定に必要なのかと疑問な項目や被っているような項目があるが、これらがウェストスター校で行われている体力測定だ。
エイルはこの項目を弥王と璃王に全部させた上で、バスケまでさせようとしていたのだ。
中々の鬼畜である。
弥王と璃王と言えど、流石にこの項目を全てさせられた後でバスケは出来ないだろう。
2人の体力は、同年代の男子に比べて多いくらいなだけであって、その体力は無限ではないのだ。
幾ら、暇があれば私騎士団で訓練を付けてもらっている璃王でも、体力は保たないだろう。
「なら、ミニゲームをするぞ。
5分以内でそれぞれが俺より点を多く取るか、スリーポイントからのシュートを決めたら合格だ。
体力の差があるから、1on2でいいぞ」
「じゃあ、審判は僕がするよ」
「あぁ、頼んだ」
エイルがテストの内容を言うと、クレハが審判を名乗り出た。
エイル自身も、クレハに審判を頼むつもりだったので、クレハに審判を頼む。
こういう所を見ると、お互いに信頼し合っているのは想像が付く。
かといって、それを色恋沙汰に持って行かれるのは釈然としないが。
「じゃあ、ゲーム開始」
クレハは、言葉と共にコートの真ん中でボールを投げる。
ジャンプボールは、高く飛んだ璃王が取った。
(ふむ、中々どうして見所はありそうだな。 これは是が非でも、我が寮に欲しい人材だ)
璃王が取ったボールは、弥王の手に渡っており、弥王はエイルの背後にあるゴールへ一直線に駆ける。
エイルは弥王をマークして、ゴールへ行かせないようにする。
「弥王!」
璃王が声を掛ける。
弥王の視線が璃王へ向くと、弥王は璃王へパスを回そうとした。
エイルはそれをはたき落とそうと、手を伸ばす。
刹那、弥王の口元に笑みが浮かんだ。
そのボールは璃王へ渡る事はなく、弥王は高く飛んでその場からゴールへボールを放った。
(フェイント! しかも、無理矢理軌道を変えたと言うのに、フォームは殆ど完璧……!)
的確な角度で投げられたボールはゴールを外すことなく、綺麗な放物線を描いてゴールへと落ちた。
少々狙いがずれていたのか、ボールはリングに当たるとグルグルとリングを回って、ネットに入る。
「弥音2点」
クレハの乾いた声が、体育館に響く。
「ふぅ……久々だとどうも、狙い通り上手くいかないな……」
弥王は呟いて、璃王にボールを投げた。
その後は、弥王と璃王が人間とは思えないえげつない――否、俊敏なフットワークと高い跳躍力でエイルを翻弄し、対するエイルも人間とは思えない――否、力強いプレースタイルで食らいつくが、えげつない弥王と璃王の連携プレーに悉く引き離された。
え、何このバケモン?
女子だからとハンデを与えた意味ぃ……。
そもそも、弥王たちとエイルで、基本的な身体能力が違うのだ。
エイルが二人に翻弄されるのも仕方がない事で。
特に璃王は、猫呪の影響もあり、身体能力は殆ど人間離れしていた。
それに食らい付くエイルも、凡そ人間とは言い難いだろう。
そして、エイルの点数が追い縋った所で、璃王が先に点数を制した。
「10対9で璃音の勝ちだよ。
璃音はゆっくり外周を歩いてから、呼吸を整えて休憩して」
「はい」
クレハの言葉に頷きながら、璃王はエイルと弥王の邪魔にならないようにコートの外側をゆっくり歩く。
呼吸を整えるまで全力のプレーはしていないが、身体が急に冷えないように歩いた。
「さっすが」
璃王がコートから出た後、弥王はそれを横目に一瞥して感服するように呟くと、ボールをゴールへ向けて高く投げた。
ボールはゴールへと綺麗な弧を描いて落ちていき、ネットの中へ落ちた。
「弥音5点」
(ここからどう巻き返すかなぁ……)
8対5で弥王は何気に苦戦中だった。
「どうした? 先程の威勢がないようだが?」
「あははー、僕は璃音程体力が無いモノで」
向かい合ってドリブルをしながら問うてくるエイルに、弥王は苦笑で返す。
ここでエイルに点を入れられたら、弥王は負けてしまう。
別に入学できれば何処の寮でも構わないのだが、生来の負けず嫌いで定評のある弥王は、テストはどうでも良く、目の前の細マッチョカマキリに負ける事がどうしても嫌だった。
それは恐らく、弥王の無意識の「死宣告者である」――否、自分が裏社会に名を馳せる「悪夢の伯爵である」ことのプライドが許さないのだろう。
目の前の細マッチョカマキリに負けると言う事は即ち、死宣告者である自分が一般市民に負けると言う事だ。 そんなの、許せる筈がない。
そう、例えこれが、ゲームでも。
「なら、ここで降参するか?」
「冗談でしょう。
僕の辞書に「降参」「投降」「撤退」の2文字はありませんよ」
「そうこないとな」
会話から察するにエイルもどうやら、テストの事を頭からデリートしてしまっているらしい。
純粋に勝負を楽しんでいるようだった。
まず、エイルから動いた。
エイルは身を翻すと、一旦弥王から距離を取ろうとする。当然、弥王はエイルを追う。
しかし、弥王はエイルに追い縋る事が出来ず、エイルに距離を開けられた。
充分に距離を引き離したエイルはコート内を大きく迂回し、ゴールの下へと向かう。
弥王はエイルの先頭へ回ろうとエイルの真横から追い掛けていく。 弥王がエイルに追い付いた。
エイルはその場で急停止し、投球フォームを作ると体勢を整えることなく力任せにボールを振り上げる。
そのモーションを見た弥王が、焦って跳躍する。
エイルの投球と弥王の跳躍が同時に行われた時、事故が起こった。
弥王が跳躍して直ぐ、頭に衝撃が走ったかと思うと弥王の視界は天井を仰いで、次の瞬間には頭と背中に衝撃が来て鈍い痛みが襲ってきた。
「弥音!?」
「神南ッ!?」
「「ミオンちゃん!」」
璃王とグレアとレイトとレナが呼びかけてくる声は聞こえたが、突然の衝撃に朦朧とする意識の中で弥王が出来た返事は精々、彼らの方を向くだけだった。
エイルは思わぬ事故で放心状態になっている。
心配そうな顔で璃王が覗き込んでいるのを最後に、弥王は意識を閉ざした。
@使用した歌詞
夜空詩
infinito・sera
作詞・俺夢ZUN