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Promessa di duo―太陽ト月―  作者: 俺夢ZUN
第2楽章 学校潜入編
15/40

Ⅰ.寄宿学校‐Public School‐



 気が付いたら、距離が遠くなっていた気がする。

  この先の擦れ違いを、2人はまだ知らない。




 シティ・エンドのスラム街を抜けた、街からやや離れた所に廃墟のような佇まいの不気味な病院の地下の部屋に、それはあった。

 仄暗い不気味な部屋には、淡く真っ青な光を放つ、人の等身大の冷凍ケースの中に齢20歳くらいの青年が、静かに眠っているかのように入っていた。

 青白い肌に融けるような琥珀色の髪は、時が止まってしまった当時から伸びていない。


 その冷凍ケースを、1人の人影がじっと見つめている。

 後ろで結わえた茶色の長髪、10代後半から20歳くらいの青年だ。

 彼は、そのケースに触れる。


「ヒリュウ――」


 呟いて、彼――レイナスは、目を閉じた。

 視界を閉ざした脳裏に、今でも鮮明にその時の事が蘇ってくる。

 彼の()()()()()は、4年前で止まってしまっているのだ。


 自分がもっとしっかりしていたなら、起こらなかったであろう事故。

 その所為で彼は、昏睡状態になってしまっていた。昏睡と言っても殆ど死んでいるに近い状態だ。

 自分が彼を殺したといっても過言ではない。

 今はコールドスリープで肉体の時間を止めて、延命しているに過ぎない。


 どういう訳か彼は、肉体から魂が乖離した状態――つまり、霊的なモノとなって、自分たちの前に居る。

 まるで、今でも生きているかのように。

 そんな彼は特にレイナスを責めるでもなく、恨んでいる様でもない。だから、レイナスは時に苦しささえも感じる事がある。

 自分の時間だけが進んでいる事に、罪悪感さえ覚える。


「――行ってくる」


 目を開けて呟くと、レイナスは地下の冷暗所を出た。


―― ――


―― ――


「イ・ヤ・だッ!」


 所変わって、裏警察(シークレット・ヤード)の執務室にて、弥王と璃王の拒否の声が響く。

 2人とも、その端正な顔に嫌悪の表情を浮かべていた。

 そんな2人の反応を見たグレアは苦笑を浮かべて、明日歌はオロオロとグレアと弥王を見比べ、Jとカナメ・リハルは3人の会話を聞いていた。


「百歩譲って学校に行くのは良いとしよう。これも依頼だ、仕方がない。

 しかし、女装は駄目だ、却下だ!」

「何の為に男装してると思ってんだ。女装なんてしたら、本末転倒も良いとこだろうが。

 大体、俺はともかく、ミオン何か見る奴が見たら、素性なんてバレるんだからな」


 弥王と璃王が反論する。

 するとグレアが透かさず、言った。


「夜会の時は女装して着飾って行ったのにか?」

「「う……ッ」」


 それを言われると、何も言えない。 事実であるのだから。

 しかしそれも、結局はグレアに半ば強制的に女装させられたようなモノだ。

 それも、まるで尤もな事をつらつら並べ立てたかのような言葉で武装してきて!

 夜会の時の事は記憶から抹消していたのに、何故ここで蒸し返すッ!?

 余計な事まで思い出してしまった弥王に関しては、再び夜会の時の事を記憶から抹消した。

 二度と夜会なんぞ御免だ。


 そもそも、何故こんな事になったのか。

 それは、5分前に遡る。


 ―― ――


 ―― ――


 遡る事5分前。

 弥王と璃王は、本日の任務を終え、執務室に報告に来ていた。

 先の任務の報告を終えると、グレアは言った。


「突然だが、神南と神谷には明日から私立寄宿学校(パブリック・スクール)「ウェストスター校」へ行ってもらう」

「へぇ……」

「ふぅん……」


 グレアの突然の言葉が、弥王と璃王の耳を右から左へと高速汽車のようにすり抜けて行く。

 そして、数拍の後で弥王と璃王は目を見開いて、聞き返した。


「「……は?」」


 今、何て言ったのか、よく聞こえなかったな?


 弥王と璃王は、似たような顔を同じ表情にしてグレアを凝視した。

 聞き返すタイミングも、息がぴったりに重なっている。


「聞こえなかったのか? と言うか、なんだ、このやり取り。

 前にも同じようなやり取りをしたような記憶があるのだが。

 まぁ、いい。もう一度言うぞ。

 神南と神谷で、ウェストスター校に通って貰う、と言ったんだ。 明日から。

 それも、女子としてな」

「ふむ。璃王。

 オレの耳はおかしくなったのか?

 何か、公爵の声限定で声が聞こえないのだが」

「弥王の耳は正常だ。 公爵がパントマイマーになっちまったみたいだがな」

 成る程、納得した」


 グレアの言葉を聞いた弥王が、璃王に困惑したような顔を向けて、言った。

 璃王が弥王の肩を叩いて諭すように言うと、弥王は納得したように頷く。

 グレアは呆れた様子で弥王と璃王にもう一度、今度は一文字一文字言い聞かせるように言う。


「何をどう考えたら、私がパントマイマーという結論に至るんだ。

 解った、もう一度言ってやる。

 お・前・達・は、女・子・と・し・て、ウェ・ス・ト・ス・ター・校・に・通・って・もらう。

 良いな?解ったか?」

「「イ・ヤ・だ・ッ!」」


 そして、冒頭のやり取りに至る。


「大体、何で表の仕事の様な依頼がこっちに回ってくるんだ。

 あの駄犬共(ヤード)はどうしたんだ?」


 璃王が不機嫌丸出しで、目つきの悪い目を更に細めた。

 

 学校での問題なんぞ、わざわざ裏警察(こっち)が出るまでもないだろう。

 学校で問題を起こしているのが裏社会の人間、ならまだ、話は分かるが。


 不満げな璃王に、グレアが溜息を一つ吐く。


「そんな事言われてもな。

 その依頼主は私の学生時代の先輩で、今は母校で校長をしているんだが……まぁ、内々にこの問題を片付けたいとの事だ。

 あのタヌキ野郎(ヤード)に任せると、話が大きくなるだろ?」

「まぁ、そうだろうな。

 と言うか、さっきから、璃王と公爵の一部の単語に副音声が聞こえるのは気の所為か?

 主に、市警察(ヤード)の悪口のような」

「気の所為だろ」

「そうか……」


 グレアの言葉に頷きつつ、弥王は、先程からグレアと璃王が市警察の事を「ヤード」と呼びながら、その言葉に罵声が混ざっているように感じる事を指摘する。

 それを璃王が一蹴した。

 グレアと璃王もまた、一部の市警察(ヤード)の署員以外の署員には良い顔をしていない。

 寧ろ、下に見ている節さえある。

 それもこれも、裏社会の事情に首を突っ込んで、引っ掻き回すことがあり、それを邪魔に思っての事なのだが。


「それはいいとして、だ。

 ザックリと今回の依頼の説明をするぞ」

「いや待て。 俺達はまだ、何も言ってねぇ」

「諦めろ、璃王。 公爵の中ではもう、オレ達が行く事前提になってる」

「「……はぁぁ」」


 グレアが説明を始めようとして、璃王がそれを止めようとする。

 しかし、その抗議はグレアには届いておらず、弥王は璃王の肩を叩いた。

 そして、2人で同時に盛大な溜息が零れる。

 任務の話になると、全くこっちの話を聞かないんだから。


「最近、ウェストスター校で女子が失踪する事件が多発しているらしい。

 ウェストスター校は警察は勿論、政府の介入を一切受け付けない完全独立の私立校だ。

 そんな訳で警察を頼る事も出来ないから、知人と言う事で私に隠密に調査と事件の解決を依頼してきた。

 お前達に女子として編入しろと言ったのは、同性の方が警戒されなくて良いだろうと言う事でだな」

「今回の場合、同性の方が難易度高いように思うのは、俺だけか?」


 グレアの話を聞いた璃王が、ポツリと漏らした。

 今回の場合こそ、普段通り男として編入した方が情報を集めやすそうだ。

 弥王なら、女子にゲロ甘ステータスを遺憾なく発揮してくれて、事件も簡単に解決できるだろう。

 それは弥王も思った様で、弥王は言った。


「確かに。 女子を口説き落として聞き出す方が手っ取り早いだろ」


 弥王と璃王の言葉に、グレアは溜息を吐いた。


「別に、お前達がそこまで男として編入したいのなら止めはしないが……良いのか?

 この依頼、一日で解決できるとは思えないぞ。

 だからこそ、校長の方も“特待”として編入させてくれると言っていた訳だが……。

 ウェストスター校は全寮制の共学だ。 しかも、寮は多人数に一部屋。

 更に言えば、殆ど寝に戻るだけの部屋だから、ワンルームくらいの広さしかないぞ。

 ここまで言えば解るだろ。

 運悪く、お前らが別々の部屋になって、男子と同じ部屋になった場合、着替える時とかどうするつもりだ?

 同室の奴とバスルームで鉢合わせとか、よくあるぞ?」

「「うぅ……っ」」


 グレアの話を聞いた弥王と璃王は、押し黙る。 そっちの事は全く考えていなかったのだ。

 そもそも、2人は一日で事件を解決させる事前提で物事を考えているので、そっちの事には頭が回らなかった。

 弥王と璃王は同時に深い溜息を吐いた。

 同室のヤツとバスルームで鉢合わせ、は流石に避けたい。

 性別は偽っていても、まだうら若き乙女だ。

 野郎の着替えシーンなど見たくもないわ。

 逆に見られたくもない。


「解ったよ、女子で行けば良いんだろ、チクショウ」


 これを言ったのは、璃王である。

 言葉が悪いのは、この際気にしないでおこう。

 既に学校を卒業している弥王と璃王からすれば、また学校に通う、と言うのは、社会人が中学生からやり直すようなものだ。

 それは、面倒くさい事この上ないだろう。


 こうして、弥王と璃王は久方ぶりに学校へ短期間ではあるが通う事となった。

 その学校で何が起きるか何て、知る由もなく。


 在る2人の距離は離れ。

 在る2人の距離が近くなる。


 恋歌は絡み合って、縺れていった――。


 ―― ――


 ―― ――


 私立寄宿学校(パブリックスクール)「ウェストスター校」。

 そこは、政府からの介入を一切受け付けない、全寮制の完全独立校。

 創立100年という長い歴史を持つ名門校で、毎年、多くのエリートを輩出している。


 ちなみに、蛇足ではあるが、かの有名な銃騎士、エルリック・シーズや彼の幼馴染であり、弥王の愛用する銃「JNYシリーズ」の生みの親であるジョニー・セコッティンスも、このウェストスター校出身だ。


 寮は成績ごとに4つに分かれており、それぞれ、体育系に特化した生徒の集まる寮【炎の穹(フレイム・スカイ)寮】、科学に特化した生徒が集まる寮【閃光の穹(ライトニング・スカイ)寮】、芸術に特化した生徒が集まる寮【蜃気楼の穹(ミラージュ・スカイ)寮】、そして、全ての成績に偏りがない生徒が集まる寮【深海の穹(ディープシー・スカイ)寮】となっている。


 授業のカリキュラムや部活動などが充実している為、グラン帝国の各地から一般の民衆から貴族まで、入学希望者が絶えない中高一貫のマンモス校である。


 そのウェストスター校の一室、校長室にてグレアと弥王と璃王を迎えたのは、金の長髪にアイスブルーの瞳の美青年であった。

 彼は、グレアの姿を認めると、その端正な顔に柔和な笑みを浮かべる。


「やぁ、久し振りだね、グレア。 去年の学祭以来かな?

 突然連絡を寄越して済まなかったね。 まぁ、元気そうで何よりだ」

「いや、気にしなくて良い。

 レイの方も、相変わらずそうで何よりだ」


 グレアにレイと呼ばれた青年――ウェストスター校の校長であり、グレアの学生時代の先輩でもある、レイト・スタンは、挨拶もそこそこに、弥王と璃王へと視線を向けた。

 その顔は、少し予想外だと言うように驚いている様子だ。


 昨日、レイトに送られてきたメッセージには「腕の立つ優秀な部下を2名送る」とだけ書かれていたので、レイトはてっきり、グレアの性格からも男子が来るのだと思っていたのだ。


「グレア、その子達が今回の依頼を受けてくれる子かい?」

「あぁ、 紹介しよう。

 神南(こうなみ)弥音(みおん)神谷(こうや)璃音(りおん)だ。

 今回、レイの依頼を引き受けてくれる事になった。 2人とも14歳」


 目を丸くして訊いてくるレイトに、グレアは内心で苦笑しつつ、弥王と璃王を紹介する。

 ちなみに、名前は一応偽名である。

 と言っても、2人から言わせればこの名前は、自分の名前を大和風にしたモノなので、偽名とは言えないだろうが。


 紹介された2人は、レイトに軽く会釈をする。


「神谷璃音。 よろしく」

「神南弥音です。 お見知りおきを」

「レイト・スタンだ。 こう見えても、ウェストスター校の校長をしている。

 今回の依頼を引き受けてくれた事に感謝するよ。 ありがとう」


 璃王と弥王がそれぞれ挨拶をすると、レイトは物腰柔らかく会釈を返した。

 そして、弥王の手を取り、その手の甲に唇を落とす。


「綺麗だね、君。 裏警察(シークレット・ヤード)を辞めて、俺の嫁に来ないかい?」


 弥王の頬に手を当て、レイトは新緑色の瞳を見つめて、言った。

 まさか、自分が口説かれる立場になるなんて夢にも思っていなかったし、常に口説く専門だった弥王は、そう言った事に免疫がないので、レイトを軽く見上げたまま数秒間固まった。

 こういう時、如何返せばいいのだろう?

 いっそのこと「僕に触るな男風情が!」とでも言ってみようか。 何処かの女王様のように。


──ピキッ。

 弥王が何かを言う前に、凍り付いた空気が割れるような音が聞こえた気がした。

 次の瞬間には、グレアが弥王の腕を引いて、弥王とレイトを引き離していた。


「神南に手を出そうとするのはやめてもらおうか、レイ」

「????」


 何が何だか状況を解り兼ねていると、弥王の頭上から、グレアの声が降ってきた。

 グレアはレイトを睨むように見ており、その睨まれているレイト本人は、目を丸くして驚いているようだった。


「あのシスコンだったグレアがこうまで変わってるなんて、聞いてないんだけど。

 て言うか、そうかそうかー。

 弥音ちゃんはグレアが予約済みだったか。

 流石に人のモノだと手を出せないなー」


 驚いた後で苦笑する、レイト。

 しかし、その言葉は弥王により、否定された。


「よ……っ!?

 違います! 僕はファブレット公爵の部下! それ以上でもそれ以下でもありません!」


 顔を茹で蛸のようにこれでもかと言う程紅く染めて、弥王はグレアの胸板を押してグレアから離れる。

 反応が初々しくて可愛らしいな、と、レイトは微笑ましく思った。


「フラれたな、グレア」

「何が。 今のは別に、そう言う意味じゃない。

 それに、私はお前と違ってロリコンじゃないから、神南の事はどう見ても妹感覚だ」


 苦笑しながらグレアの肩を叩くレイトに対し、グレアは冷淡に言った。

 その言葉にチクり、と針で肌を軽く刺したかのような痛みが胸に走る。

 そんな弥王の心境など、グレアは全く知らない。

 しかし、ここで弥王がグレアの足の一つでも踏んでやればいい物を、平気な表情を顔に貼り付けた。

 グレアの言葉を揶揄う様、または試すような視線を向けて、レイトは。


「ふぅん……どうだか。

 ま、良いや。 君達の事はグレイちゃんに訊くとして――」

「おい、何故グレイに訊く必要がある」

「弥音ちゃんと璃音ちゃんに、我がウェストスター校の説明をしようか」


 レイトは、グレアの言葉を華麗にスルーして、説明を始めた。


「我が校は、テストの成績如何によって、【深海の穹(ディープシー・スカイ)】、【炎の穹(フレイム・スカイ)】、【閃光の穹(ライトニング・スカイ)】、【蜃気楼の穹(ミラージュ・スカイ)】と四つの寮に分けられる。

 【深海の穹(ディープシー・スカイ)寮】は、成績に偏りのない生徒が集まっている寮で、その寮長は高等部3年のライト・レイ君」


 レイトが説明すると、いつの間にか校長室の隅で控えていたらしい四人の生徒の内、金色の長髪を後ろで緩く結んだ、如何にも貴族みたいな出で立ちの碧眼の青年が歩み出てきた。


 ライト・レイと呼ばれたその青年は、弥王と璃王の前まで来ると、左胸に軽く手を添えて、少しだけ頭を下げる礼をする。

 この礼は、ウェストスター校の基本的な挨拶の作法である。

 弥王と璃王も軽く会釈する。


「僕は、【深海の穹(ディープシー・スカイ)寮】寮長で、生徒会会長のライト・レイ。

 我が寮は、成績に偏りのない生徒が集まる寮だ。

 君達の編入を祝うよ」

「よろしくお願いします」


 普通の女子が見れば、顔を紅く染めてしまいそうな程のキラースマイルを向けるライトに、弥王と璃王は至って無表情に返した。

 想像とは違う反応を見て、ライトは内心で苦笑する。

 今まで、女性と言う女性から無表情で反応された事がなかったので、新鮮な気持ちだ。


「次に、【閃光の穹(ライトニング・スカイ)寮】。

 この寮は、科学に特化した理数系の生徒が集まる寮で、寮長は高等部2年のレナ・スタン」

「ちゃおちゃお~!

 私は、【閃光の穹(ライトニング・スカイ)寮】寮長で生徒会書記のレナ・スタンよ。

 私の寮は、科学に特化した理数系の生徒が集まる寮なの」


 レイトに紹介されると、校長室の隅に控えていた三人の内、ピンクの腰辺りまでの長い髪にライトブルーの瞳の、見るからに天真爛漫そうな少女が前に出てきた。

 見かけ通り、彼女は人懐っこい笑顔を浮かべて、弥王と璃王に挨拶する。


「丁度女の子少ないし、二人とも私の寮に入ってよ!

 二人とも可愛いから、大歓迎よ!」

「2人の寮を決めるのは君じゃなくて、彼女達の成績と校長だよ」


 可愛らしい二人の編入生にヒートアップしていたレナに水を差すように、冷たい声が聞こえた。

 彼女の後ろから、部屋の隅で待機していたフードを目深に被った紫の髪の生徒――制服から、男子である事が窺える――が歩み出てきた。


「僕は、【蜃気楼の穹(ミラージュ・スカイ)寮】寮長であり、生徒会会計のクレハ・エル・クライン。

 僕の寮は芸術的な生徒が集まる寮だよ。

 変わり者の巣窟とか言われてるね」

「そして、俺が【炎の穹(フレイム・スカイ)寮】寮長であり、生徒会副会長、エイル・ギレックだ!

 我が寮は体育会系の生徒が集まっている。

 ちなみに、最近では特に、俺がバスケにドハマりした事もあって、バスケに力を入れているな!」


 クレハの後で、呼ばれもしないのに部屋の隅に控えていた最後の1人の生徒が出てきて、熱血に自己紹介をする。

 黄緑色のスポーツ刈りの頭に、鋭い黄金の目つきは、正に“The・体育会系”。

 そして、中々に良い体躯をしている。 声もはっきりと通っていて、全身から清々しい様な雰囲気を醸し出している。


「バスケ……?」


 彼の話を聞いた璃王は、僅かに目を光らせ、その場に居た人間はそれを見逃さなかった。


「何だ、グレア。 璃音ちゃんはバスケ好きなのか?」

「さぁ……?

 そう言う話は聞いた事がないな。 本人もあまり、好きな事とかの話はしないし」

「璃音はバスケ大好き人間ですよ。 もとい、球技系全般が好きです。

 球技で璃音に勝てるバケモンは今の所、会った事がありませんね」

「それ、遠回しに僕をバケモンつってないか、弥音?」

「それは気にしたらお仕舞いだ」


 レイトとグレアの会話に、弥王が入ってくる。


 そう、璃王は球技となると、人間とは思えない機動力で相手を翻弄しまくる為、球技に関して言えば無敵である。

 元々、裏社会の人間(リバーシ)表社会の人間(ライト)よりも身体能力が高い。

 そして、璃王の猫呪(びょうじゅ)と言う呪いの特性上、裏社会の人間(リバーシ)よりも更に頭一つ分抜けて身体能力が高いのだ。

 そして、本人は普段は晒さないが、球技が大好き。

 理由は単純に「動くものを見ると追っかけたくなるから」である。


「ならば、是が非でも我が寮に入寮しろ、コウヤ!」


 弥王の話を聞いたエイルが、璃王を熱く勧誘する。

 熱血で迫られ、璃王が困惑していると、エイルの頭にこけしが投げつけられた。

 スコーン!と良い音が鳴って、エイルはこけしをぶつけられた頭を押さえてクレハを見るが、クレハは何事も無かったかのように言った。


「それは校長が決める事だっつってんだろ、脳筋馬鹿」

「むぅ、こけしは投げるモノじゃないぞ」

「――で、テスト内容はどうするの?

 編入は決まってるみたいだけど、どの寮にするかはまだ、決まってないんでしょ?」


 エイルに暴言を吐いた後、エイルの言葉を無視して、クレハがレイトに問う。

 レイトは少しだけ考える素振りを見せて、その後で言った。


「君達に任せようか。

 どうせ、寮を決めるテストだし……君達が考えた方が面白そうだしね」

「解ったよ。 まぁ、校長のテストはエゲツナイからね」

「なら、僕から先にテストを出しても良いかい?」


 レイトの言葉にクレハが納得すると、ライトが真っ先に名乗り出た。


「良いと思うよ。 会長だし、異議はないね」

「じゃあ、早速」


 クレハが頷くと、他の寮長メンバーも納得したように「どーぞどーぞ」と頷いた。

 会長の権力パネェ、とは、弥王と璃王が思った事だ。

 実際には、生徒会は自治組織の一面があるだけで、何でもできるような権力はないのだが。


「やっぱり、クレハの勘は当たってたね。

 問題を持ってきていて、正解だった」


 そう言うとライトは、何処からともなくテスト用の冊子を出してきて、弥王と璃王に渡す。

 パラパラと冊子を捲れば、国語・理科・数学・歴史・地理の問題が10問ずつ書かれている。

 ライトは説明を始めた。


「今から30分以内に問題を解いて、全ての科目で平均6点以上取れれば合格だ。

 まぁ、解けなくても他のテストがあるから入寮できない事はない……と言いたい所だけど……」


 ライトの話を最初の方だけ聞いた後、弥王と璃王は既に問題集を開いて、問題に取りかかっていた。

 そして、10分くらいで冊子の問題を解き終わると、ライトにそれを手渡す。

 弥王と璃王は、裏警察に入った時に飛び級で既に高校を卒業しているので、中学レベルなら簡単にこなせる。

 勿論、苦手な科目はあるのだが、それは他の教科などでカバーしていた。


「ご、合格だよ」


 弥王と璃王のテスト冊子を見て、ライトは項垂れる。


 余程、難しい問題を出していたらしく、あっさりとほぼ解かれた事にショックを受けているようだ。

 科学にミスは多いモノの、それ以外の暗記系や計算系は殆ど正解している。

――え、何でこの子達、中等部に入るの?

 ライトが真っ先に思った疑問であった。


「ライトの敵は私が取るわ! 次は私のテストよ!」


 次はレナが何処からともなくフラスコを取り出して言った。

 何故かライトが殺されたかのように言われているが、女子高生のノリだろう。


 彼女の手に持っているフラスコを見た瞬間、弥王と璃王は2人揃って顔を引き攣らせた。

 まさか、ここにきて宿命の敵(不得手科目)が出てこようとは……。

 そう言えばさっき、科学に特化した寮だと言っていたような。


「このフラスコには、液体Xが入っているわ。

 私が出す問題は、この液体Xが酸性かアルカリ性かを答えて貰います。

 尚、この液体は爆発するので、液体を爆発させれば失格よ」


 レナは弥王と璃王の様子を気にも留めず、校長室に備え付けられているテーブルに、フラスコに入っている透明な液体、マッチ、受け皿、アルコールランプ、BTB溶液、リトマス紙、フェノールフタレイン溶液、錆び付いた銅貨を2人分置いた。


 何故そんなモノを持っていたのかについては、今はどうでも良い。

 気にしたらお終いなのだ。 気にしない方向で。


 弥王と璃王は暫く、その液体Xと睨めっこをしていた。

 下手な事をすると爆発する。

 どうしてそんなモノをテストに出したのか、と思うが、それは考えない事にした。

 科学に爆発はつきもの、とでも言いたいのだろうから。


 今は目の前の宿敵(化学実験)をどう乗り切るかが重要だ。


――そう、弥王と璃王は化学が大の苦手である。

 

 暫く液体Xと睨めっこをしていた弥王だったが、いつまでも睨めっこしていても先に進まない、と思い、フラスコの中身を受け皿に少しだけ流して、爆発する危険性がないリトマス紙を手に取り、それを液体に浸した。

 すると、リトマス紙は青から赤へと変色した。


 弥王はその変化を見て、問題用紙に「酸性」と書き込む。


「うん、合・格☆」


 弥王の解答用紙を見たレナが、弥王に向かってウィンクして親指を立てた。

 どうやら合っていたらしい。 ほっと一息吐く。

 まるで、試練を乗り越えた後の様だ。


――ボンッ!

 それと同時に、弥王の隣で小さな爆発が起きた。 規模は小さくても、黒い煙が部屋に充満する。

 部屋の所々で咳き込む声が聞こえた。

 煙が晴れると、爆音の中心には璃王が居た。


「神谷……お前、何をしたんだ……?」


 噎せながら、グレアが璃王に問う。

 テスト前に「爆発する恐れあり」と言われていただろうに。

 問われた本人は澄まし顔で顎に指を添えて、考え込む仕草をしていた。


「ふむ、おかしいな……。

 解らない時は取り敢えず火にくべろ、とは陛下とアーサンの教えだったのだが……」

「彼奴らの言う事は信じるな、という私の教えは何処に行った?」

「化学が嫌いにも程がありすぎだろ」


 不思議そうな顔で言う璃王の言葉に、グレアと弥王は呆れた様に言った。


 璃王の言ったアーサン、とは、裏警察(シークレット・ヤード)の密偵・工作員であり、グレアの学生時代の後輩であるアーサー・バルバントの事だ。

 昔、璃王がグレイとアーサーに「化学が苦手すぎてやばい」と言う話をしたら、2人が口を揃えて「とりま、火にくべろ」と言ったのだ。

 それを璃王は未だに真に受けている事になる。

 その後でグレアが「此奴(こいつ)らは馬鹿だからな。 真似するんじゃないぞ」と言っていたのだが、どうやら璃王の耳には入っていないらしかった。


「コウヤさんは失格ね……」


 レナは爆風でボサボサになった髪を整えながら、璃王に言い渡した。


「次は俺――」

「次は僕のテストね」

「何ッ!? 遮――」

「僕のテスト内容は至って簡単且つシンプルだよ」

「ぬうぅ……」


 エイルが張り切って名乗り出ようとしたら、それをクレハに遮られる。

 それに対して抗議しようとしたモノの、クレハがエイルを完全に無視するので、エイルは唸ってしまった。

 不憫なり、脳筋馬鹿もとい、エイル。


 そんな訳で、次は蜃気楼の穹(ミラージュ・スカイ)寮――クレハのテストが始まる。



@私立寄宿学校「ウェストスター校」

 創立100年の中高一貫のエスカレーター式名門校で、グラン帝国で初めての共学制を導入した学校。

 政府からの介入を一切受け付けない全寮制の完全独立校で、校長は、グレア・ファブレットの学生時代の先輩であるレイト・スタン。

 寮は成績ごとに4つに分かれており、制服として着用するネクタイ・リボン・ベストは寮の色となっている。


深海の穹(ディープシー・スカイ)

 すべての成績に偏りがない生徒が集まる寮。

 寮長はレイト・スタンの従甥に当たるライト・レイ。

 リボン・ネクタイ・ベストの色は藍色。


炎の穹(フレイム・スカイ)

 体育系に特化した生徒の集まる寮。

 寮長は、エイル・ギレック。

 最近はエイルがバスケにドハマりしている為、体育系の催しがバスケ大会になっている。

 リボン・ネクタイ・ベストの色は真紅。


閃光の穹(ライトニング・スカイ)

 化学系に特化した生徒が集まる寮。

 寮長はレナ・スタン。

 ネクタイ・リボン・ベストの色は黄色。


蜃気楼の穹(ミラージュ・スカイ)

 芸術系に特化した生徒が集まる寮。

 寮長はクレハ・エル・クライン。

 ネクタイ・ベスト・リボンの色は紫。

 他の寮からは変わり者と呼ばれている。


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