Ⅰ.プロローグ
――それは、ほんの小さな約束だった。
全ての始まりは、ほんの小さな約束だった。
幼い紫の少女が白銀の少年に、初めての恋をした事がきっかけの本当に小さな約束。
「 大きくなったら、お兄さまのおよめさんになる」
紫の少女は無邪気な笑顔で少年に言った。
小さな胸に初めて膨らんだ気持ちは、別れの時を知ると口から零れ落ちてしまって。
それと同時に寂しさと不安が、揺らいだ瞳から溢れた。
一瞬、驚いたような表情を顔に走らせた少年は少女の涙を指で掬うと、微笑んで頷いた。
「君がその時まで俺のことを覚えていたら、きっと、迎えに行くよ。
そうだ、これを君に渡しておこう」
そう言いながら、少年は少女に銀色のペンダントを渡す。
少年はこの時は別に、彼女の言った言葉を本気にはしていなかった。
ただ、自分に懐いてくれている事だけは解っていたので、せめてもの思い出として、ペンダントを譲ったのだ。
いつか、彼女がこの時の事を「思い出」として語るくらいになる頃には、このペンダントもなくなっているだろう。
その時には、少女は自分の顔すら思い出せないかもしれない。
若しくは、交流があれば自分の事をウザがるかもしれない。
それならそれでいいと少年は思ったから簡単に渡せたのかもしれない。
涙で濡れた、零れ落ちるかの様な大きな目を更に見開いている少女の顔は、泣き顔から驚きに満ち溢れていた。
「これ! お兄さまがいつも着けてたヤツ!」
それが、少年が肌身離さず持っているものだと少女は知っていた。
だから、ものすごく大事な物なんだろうな、と思っていたのに。
まさか、それをくれるとは思っていなかったのだ。困ったような顔を少年に向ければ、彼は少女の手を包むように優しく握って、言った。
「俺にはもう必要のない物だから、貰ってくれると助かる」
少年の言葉に目を丸くすると、軈て彼女はそれを大事そうに小さな両手で包み込み、「ありがとう」と笑う。
少女の手に握られたそのロケットペンダントは、朝日を反射して少し眩しかった。
「ずっと、大事にする!
だから、絶対、迎えに来てね!」
それが、最後に交わした、少女と少年の何処にでもあるような約束。
小さな胸に灯った種火は軈て、すべてを包み込むような燃え盛る炎となって、ただ一人を只管に求め続けた。
その約束は、紆余曲折の末に遠い未來で果たされる事になる。
長い長い旅の終着点にあるのは──。