レイリア
綺麗で良い薫りのする柔らかい美人なお姉さん、は好きですか?
喫茶店ミゼラブルの屋外席の一つで一組の男女が向かい合って座っていた。
けれども彼らは決して知り合いでなどではない。なぜなら、お互いまだ名さえ知らないのだから。
「でぇ、あなたは何者なんです」
レイリアは乱れた銀の髪を手櫛で整えながら男に問う。気のせいか肩で息をしているように見える。なぜか彼女の手元には細長い縄が置かれている
一方、尋ねられた男は爽やかな人好きのする笑顔で答える。気のせいではなく確実に頭部は腫れている。
「俺はライクルドという者です。ライと呼んでお姉さん。独身です。お姉さん、、、趣味はっぶしっ」
レイリアは手元の細長い縄を力一杯引っ張る。すると、どうだろう男は腕を突き出し、顔面を派手にテーブルへとぶつける。喫茶店の主人が気を利かせて持ってきた二つのグラスが衝撃でこつんと小さく挨拶する。済んだ高い音と共にこぼれる少量の水。
「あまりふざけた態度は取らないように、質問には正直に、それと聞かれたこと以外は答えないで下さい。」
レイリアは手に持った縄を何度も引っ張りながら男に忠告する。レイリアが縄を引っ張るたびに、ゴツ、ゴツと音がする。
「そりゃないぜお姉さん」
男は情けない声を上げながらむっくりと顔を上げる。爽やかな人好きのする笑顔の額に丸い化粧。ライクルドは両手を前に出し爽やな笑顔のまま、どん、どん、とテーブルを叩きながら訴える。
「まぁあ取りあえず、これ何とかしてくれよ。あんまりだって。これ嵌められるようなことしてないって」
今、ライクルドの両手は自由に動かすことはできない、嵌められた木の枷で。更に立ち上がることもできない、椅子に縄で縛られているので。
追い打ちを掛けるかのようにライクルドの両手の自由を奪う木の枷から細長い縄がのびている。
その先端は今レイリアの手に握られている、テーブル越しの状態で。
「その枷を外すわけにはいけません。変態を捕まえているのですから」
冷たいレイリアの言葉に男は悄々とテーブルに倒れ込む。
「そんなあぁ。お姉さん、ひどいよぉ」
元気のない声色にレイリアは少々やりすぎたと後悔する。原因はライクルドにあるといはいえ少しかわいそうだとレイリアは反省した。だからこそ、彼女はできるだけ優しい口調と声でライクルドに告げたのだ。
「これは一時的な物です。これからする質問の答えを聞いて、あなたが危険のない人物と解れば解放しますから。この街に暮らす人達の平和のために協力して下さい」
ライクルドは顔を上げずに続けて尋ねる。
「平和のため?」
「えぇ」
「この街の人たちのため?」
「ええ」
「お姉さんの為にもなる?」
「ええ、もちろんです。協力するきになってくれましたか」
ライクルドは気づかれないように、小さく鼻で笑うと顔を持ち上げ、人好きのする爽やかな笑顔でレイリアに答えた。
「解った。世の為、人の為、何よりお姉さんのために協力します」
両手を上げ、まるで宣誓するかのようなその姿をレイリアは微笑ましく思った。
レイリアはそんなライクルドに自ら名乗る。
「面白い人ですね、あなた。私の名前はレイリア・シュレッド。それじゃ始めましょう」
抱きつかれて腹を立てたことなど忘れ、いつしかレイリアは彼の爽やかな笑顔や人好きのする顔と性格で彼に好感を持っていた。
「それでは最初に年齢を教えて下さい。教えたくないなら、せめて成人してるか、していないかを答えて下さい」
レイリアは早速、男に質問を始める。かといって最初から答えずらい事を聞いても仕方がないと思い、当たり障りのないことから彼女は聞くことにした。
「はいよ、レイリアお姉さん。俺は今23歳。文明歴で1856年生まれ」
彼女の配慮の通り男は何の抵抗もなくそう答えた。しかし、レイリアは逆に動揺してしまった。
「23歳って、、、私より上、、、お姉さんって」
独り言のようにつぶやくレイリアをライクルドは不思議そうに眺めていた。
しかし不思議に思っていたのはライクルドだけではない。レイリアは今まで自分より年少の者にお姉さんと呼ばれたことはあっても年長の者にそう呼ばれたことはない。
彼女に限らず普通は年下の者にそう呼ぶ者は滅多にいないし、呼ばれる者もあまりいないことをレイリアは経験から学んでいた。
酒場の働き子などは呼ばれることもあるが、それはごく一部である、と彼女も認識している。
突然レイリアはライクルドに尋ねる。
「私、歳はいくつぐらいに見えます?」
真剣な顔でそのようなことを聞かれ、ライクルドは戸惑ってしまう。だが答えなければ話が進みそうにない事に考えがいきつき、彼は目の前に座るレイリアをぐるりと見て答える。
「見た感じ、18か19そこらだろ。もしかしたら20かな」
ライクルドの答えにほっとため息をつくとレイリアは更に尋ねる。
「私、貴方が思ったように貴方より年下ですよ。19です。なのになぜ、お姉さんっ何て」
呼び方に妙にこだわるなと苦笑いするライクルド。彼女が尋ねきる前に木の枷が嵌められた両手を彼女の顔の前まで持っていき、続くであろう彼女の言葉を遮る。
「別にどう呼んだっていいじゃん。お姉さんと呼ぼうがレイリアと呼ぼうが一緒でしょ。それとも、何か俺が解放されるのに関係ある? 」
そして、爽やかな笑顔でそう付け加える。レイリアはそんな彼の笑顔で我に返り、軽く頭を下げ、簡単な謝罪をする。
「済みません取り乱して。全く関係なかったですね」
「でしょっ」
人好きのする笑顔でライクルドは合図地を打つ。
レイリアはその後も当たり障りのない事を織り交ぜながらライクルドに質問を続けた。彼女はライクルドからお姉さんと呼ばれるたびに、感じる何ともいえない違和感になれずにいた。年上の者にお姉さんと呼ばれる違和感に。
彼女は知らなかった。時と場合によっては、年齢に関係なくそう呼び、そう呼ばれることがあることに。
私は大好きです