綺麗なお姉さん
喫茶店の主人から水の入ったグラスを受け取るとレイリアはそれを男の側に置く。
「起きなさい。もう目は覚めているのでしょ」
机に突っ伏して動かない男に厳しい口調でレイリアが問う。
しばらく動く気配を見せなかった男だがレイリアがグラスに手を伸ばすと自ら体を起こす。
これ以上殴られるのは嫌だと言わんばかりに。
男は犬のように頭を振り体を伸ばす。もちろん椅子に座ったままで。
「おはようございます」
男は白々しくレイリアに挨拶する。その声色はまだ眠そうだった。レイリアは綺麗な顔をかすかに引くつらせながら男に言った。
「朝の挨拶をするには幾分日が昇りすぎてる様に思いますが」
男はレイリアの言葉を確かめるように首を反らし空を見上げる。
白い雲が青い空に流れまぶしい光はすでに男の真上まで来ていた。
「あら、いつのまに」
男はあんぐりと口を開く。レイリアは男の反対側の席に着くと深くため息をつく。
風になびく肩の下まで伸びるサラサラとした銀色の髪。漂うは風に解けてかすかに香る銀糸の薫り
男はその薫りに誘われて視線をレイリアに向ける
「でっお姉さんは何なわけ」
首を元に戻して男は聞く。照りつける日差しの中、座る美女は風に長い銀糸を漂わせ、寒空の夜を照らす月のように幻想的である。
レイリアはどこか軽い雰囲気を漂わせる男をまじまじと見つめる。
短めの茶色い髪にさわやかな笑顔、日に焼けたのか元からなの解らない、うっすらと浅黒い肌
もし別の場所、別の条件であっていたならレイリアはこの男に好感を持てただろう。
しかし場合が場合である、いくらそうだとしても今のレイリアにはこの男に好感を持つわけにはいかない。
「この姿を見て解りませんか」
レイリアは俄然とした態度で冷たく言い放つ。彼女の格好はいわゆる職業服、制服とも呼ばれるがどう見ても町中を散歩する若い娘には見えない。ましてや彼女の着ているのは警備団の制服、おまけに右腕には腕章まで付いている。
悪さをするつもりの人間なら一番見たくない物である。
やはり男もどこか罰が悪そうな表情を一瞬浮かべる。レイリアはその一瞬の表情も見逃さない。男の蒼い瞳に影が刺したのも気が付いた。真剣な顔になった男の口から言われるであろう言葉にレイリアは予想を付ける。
そして取るであろう行動に対処できるよう右手を剣の柄に持っていく。
いつの間にか幻想的だった美女は殺伐とした雰囲気を醸し出していた。
男の蒼い瞳が真っ直ぐにレイリアを写し出す。
緊迫した空気を破り男は言う。
「全然、解らない」
どこか皮肉めいた声色だった。
予想通り、レイリアは心の中でつぶやく。男は彼女の予想した言葉を寸分違わず言った。
レイリアはゆっくりと腰を上げグイッと顔を近づけ尋ねる。彼女の経験上この後の展開は二つ、観念して捕まるか、抵抗して暴れ出すかのどちらか。
後者の場合に備えレイリアは男に気づかれぬよう剣を少し鞘から抜く。
「では貴方には私はどう見えますか」
時を動かすようにレイリアが尋ねる。もとより答えなど解っている彼女なのだが。
男は人好きのするような笑顔で答える。
「綺麗で良い薫りのする柔らかい美人なお姉さん」
ゆっくりと五つは間があった。
「は、はぁ」
レイリアは予想はずれの男の言葉に戸惑った。暴れるか、観念するか、そのどちらか以外考えていなかった為、しばし思考が停止してしまった。
「だから、、、こんな物騒な物出さないでよ。ね、お姉さん」
思考が停止したままだったレイリアは、はたっと驚きその原因を見る。
レイリアの右手にいつの間にか男の手が重ねられていた。剣を握った状態のまま押さえられ抜いていた剣は鞘に押し戻されていた。
「こんな綺麗な手してるんだから」
男は良いながら彼女の手をなでる。きめ細やかな白い肌は健康的で細く、女性の小さな手で握るにはその剣はあまりに不釣り合いで荒々しい。
「離しなさい」
驚きで少々うわずったレイリアの指示。男は笑みを浮かべたまま頷く。
レイリアの危機意識と警戒意識は共に徐々に高くなっていった。今までの様には行かない。その予想が独りでにレイリアを煽り立てる。
「あなた、、、ひゃっ、ぃや」
続けようとした彼女の言葉は小さな悲鳴へと変わってしまった。軽く体をのけぞらせる。
「いやっぱり、たまらない。柔らかいなぁ、暖かいなぁ、良いにおいだなぁ」
男はまたもレイリアに抱きつく、すりすり、くんくん、すりすり、むにむに、と前にも増して頬や頭をすり寄せる。前と違うのは意識がはっきりしているかどうかと言うこと。
「ちょっと、や、やめなさい」
整った顔を羞恥で紅潮させレイリアは制止の声を発する。
しかし男はやめるどころかその動きを激しくする。
いつしか腰に回されていた両腕は右手が上に左手は下へと動き出す。さらに、彼女の腹部で甘えるように、すりすりとしていた男の頭は上へ上へと、レイリアの胸元へ迫っていく。
レイリアはわなわなと怒りで震え始める。キッと握られた拳は高々と持ち上げられ、落下する時を待つ。レイリアの顔は羞恥と怒りで朱に染まっていた。
形が良く警備団の服の上からもしっかりとふくらみの解る、レイリアの胸へ男が顔をすり寄せようとした瞬間。
「この、、、へんたい、おとこっ」
レイリアは怒りに身を任せ、男の頭へと鉄槌を下す。
何度も、何度も、両手を使って右、左、右、左と親の敵を討つように。
繰り返される男への打撃はいつしか左右の拳から、腰に下げていた木の枷を両手でもっての連打になっていた。
「この、この、この、この、この、変態っ」
喫茶店からその様子を伺っていた主人はがたがたと震え、とばっちりを受けないよう願うだけあった。
「あぁ、、、ああぁ、、、無情」
店主のつぶやきはとぎれることのない何かを叩く音にかき消された。