始まり
他が重い分
軽めで笑えて、ちょっと燃えるファンタジーを書きたいなと思っています。
「もう一度説明してもらえますか」
さほど広くもない一つの部屋。南側に大きな窓があり北側にもくせいの扉が創られている。部屋の真ん中に部屋の半分は場所を取っている机。机の上には数えきらないほどの書類が置かれていた。その机の真ん中で真新しい書類に筆を走らせながら彼女は目の前に立つ人物に話しかける。
話しかけられた人物は面倒そうにため息をつく。
そして立場上、上司であろう人物に説明する。
「先ほども言いましたが数日前にある男がこの都市に来ました」
ぼさぼさと伸びた髪と髭は汚れており、よれよれの制服は彼の正確を良く表しているようだった。
かすかに香る煙草の臭いに、綺麗に整えられた眉を歪め、机に座る彼女は筆を止めて彼へと視線を向ける。
「旅人のようで特に危険があるようには見えませんでしたので特に警戒はしておりませんでしたがっ」
早口で話す男に女性は指摘する。
「その報告はすでに四日前に、三日前には対処の必要なしと言った筈ですが」
大きめの蒼い瞳の目をすっと細める彼女に男は舌打ちする。
「ですが、その男が喫茶店ミゼラブルで問題を起こしているとその地区の担当員が報告してきてるのです」
女性は手に持った筆を筆差しに置くと、両肘を机の上にのせ手を組み顎を乗せる。
「で、その問題とは何なんです。無銭飲食、ですか」
男は左右に首を動かす。
「では営業妨害ですか」
男は首をひねり考えた後、首を縦に振る。
「何でも注文した料理を食べ終えた後、必要額以上に代金を支払いそのままテーブルで爆睡しているそうです」
女性は部下である男の話を聞いてもいまいち解らない事があった。
「寝ているのであれば起こしてあげればいいだけのこと、わざわざ私たち平和治安維持機関所属の警備団が動くことでは無いでしょ。そう言ったことは民間の自警団にでも任せれば事足りるでしょ」
男は大きくため息を吐き上の制服の胸ポケットから煙草を取り出すと火を付け口にくわえ白い煙を吐き出しながら喋る。
「それで済むならわざわざここまで話は来ませんよ」
「どういう事ですか」
すぐさま聞き返す女性に男は白い煙を吐きかけながら言う。
「男が喫茶店で食事をしたのが三日前の昼過ぎそしてそのままそこで眠りについた。それ以来、揺らそうが叩こうが全く起きる気配もなく。無理矢理どけようとしても全く動かせないらしい」
女性はしばらく考えるように目を瞑る。そしてそのまま一つの最悪の状態を想定する。
「その人はすでに亡くなられているのでは無いのですか」
女性のその言葉に男は大きく息を吸いそしてゆっくりとはき出す。
「それはすでに喫茶店の主人が確かめています。死んではいない、ただ寝ているだけだそうです。ですが結局その男を気味悪がって店にくる人が少なくなって困ると」
男は言い終わると手に持った煙草を部屋の片隅にある灰皿へと捨てる。
「そうですか。それでは仕方ないですね、誰か人を行かせるしかないですね」
ようやく話の説明をせずに済むと男がほっとしていると女性は提案する。
「最近、都市内の動きがあやしいですからね。今回は私が行きましょう」
その提案に男は驚き叫んだ。
「お前っじゃなくて、レイリア班長が行かれるのですかっ」
「えぇそうです何かいけないですか」
男とは逆にレイリアと呼ばれた女性は至って冷静に答える。
「いけない云々ではなく普通こういった事案では貴方は指示を出すだけで行くのは我々部下でしょ。なのに自ら行くなど」
「みなさん今は他の仕事で手がいっぱいです。おそらく今一番手が空いてるのは私でしょう。なら当然行くのも私でいいはずです。」
「ですがっ」
「これは命令です。問題の喫茶店には私が行きます」
なかなか引こうとしない男性にレイリアはそう言いきると立ち上がる。男性と同じ濃い制服だが男と違ってその制服にはしわ一つ付いていない。また女性用のためか上は胸回りが、したは腰回りに余裕を持たせた作りになっている。
男はせわしなく準備する彼女を見ながらどうすれば思いとどまってくれるかと考えていた。
しかし、考えれば考えるほど一度その気になった彼女を思いとどまらせるなど無理だと気づいてしまう。
何せその行動力こそ入隊から三年足らずと言う異例の速さで班長という役職まで上り詰めた一番の要因なのだからと。
レイリアは右の腰に付けられたフックに木で作られた枷を、左肩のフックには縄を、腰の後ろには幅広の短剣、左腰には警備隊全員に支給される小型の銃を取り付ける。
一通りの準備を終えるとレイリアは一つに結んでいた髪をほどく。
背中まで届く細く風になびく銀色の髪は彼女の持つ雰囲気を独特の物にしていた。
「それでは行ってきます」
準備を整えたレイリアは男にそう告げる。
「レイリア班長。あなたが直に向かわれることについてはもう何も言いません、ですが、机の上の後処理の書類はどうするのです」
男は部屋を出て行こうとするレイリアに机の上の書類を指さし指摘する。
レイリアは困ったようなそれでいて申し訳なさそうな表情で言う。
「後は任せましたよ副班長」
「俺ですかっ」
おおかた予想は付いていたが男はそう言わずにはいられなかった。
「私が戻るまで、、、いえ、私が戻るまでにお願いしますね」
屈託のない笑顔でそういわれ男は頷くことしかできなかった。
部屋を出て行く彼女の横顔を見送りながら男は複雑な心境だった。
こんな仕事などせず、こんな制服など着なければ彼女は普通の少女でいられるだろうにと、あれだけ綺麗な顔立ちならきっと愛してくれる男も多い事だろうと。
副班長である男は机の上の書類に目を通しながらかつての部下であったレイリアの行く末を案じていた。
部屋の灰皿の煙草の数だけが時間と共に増えていった。