前編
前後編2本の予定です。
どこにでもあるようなありふれた言い伝えが俺の住む町にもある。
『妖銀杏』『おばけ銀杏』
そんなふうに呼ばれている銀杏の木が神社の裏手の山にあるというものらしい。何でも春夏秋冬いつでも黄金色の葉をつけ、落葉することはないという。友人達と馬鹿馬鹿しいと笑いつつも、思春期の旺盛な好奇心と謎の行動力が発揮され夏休みに探しに行こうと約束したのがつい先日。
そして、今、俺は絶賛迷子中である。
それほど広くないとはいえ普段入らない山の中、かつ、真夏の日差しに当てられ銀杏探しなどしたことを後悔している。
「くそ、暑いし今どこにいるかも分からんしおまけに電波は通じない!最悪だろ、これ。」
悪態をついたところでどうにもならないと分かっていてもつかずにはいられない。持ってきていた水も大分減ってきた。
「せめて日陰で休みたい…。というか、これはぐれた時点で動かない方が良かったんじゃね…?まぁ、今更か…」
歩きやすそうな道を選んで進んでいくと、今までとは明らかに違う景色が見えた。
真夏なのに黄金色の葉を風に揺らしている、大きな銀杏の木。
「嘘だろ…。まじであったのかよ、おばけ銀杏…!」
「へぇ、今はそんなふうに呼ばれているんだね。この木は。」
「っ!!!!」
「あれ、ごめんね。驚かせちゃったかな?」
いつから居たのか。銀杏に気を取られているうちに俺の前には同い年くらいの男が立っていた。銀杏の葉と同じ黄金色の髪、澄み渡る空の青と同じ瞳。微笑みを浮かべている姿はどこか浮世離れした雰囲気がある。
「誰だ、いや、人に名前を聞く時は自分から、だよな。俺は近衛秋人だ。お前は?」
俺がいきなり自己紹介を始めたからなのか、男はきょとんとした顔をしている。何ともマヌケな顔である。
「おい!」
「え?あぁ、オレの名前だよね。…コノハ。うん、オレはコノハだよ。よろしく。」
「いや、何でお前いま悩んだんだよ。」
「名前を聞かれたのなんて久しぶりだったから…かな。」
突然現れた事といい、名前を忘れてたいた事といい怪しすぎる。
「アキトはわかりやすいね。オレを怪しんでるって顔に全部出てるよ。」
そんなにわかりやすかっただろうか?解せない。というかいきなり呼び捨てかよ。
「で、お前はこんなとこで何やってんだよ。」
「そういうアキトはどうしたんだい?迷子かな?」
「なっ!いや、まぁ、そう…だけど。俺のことはどうでもいいだろ!~っ!笑うな!」
何がそんなに可笑しいのか。
「ははっ!あぁ、ごめんね?でもどうでもよくはないよ。お友達が君を捜してる。君から見て右手の道を真っ直ぐ進めばすぐに会えるよ。心配しているだろうから早く行ってあげなよ。」
今まで笑っていたのに急に真面目な顔をして言われても戸惑う。それに、何故だろうか。まだ、もう少しここに居たいと思ってしまう。
「お前は…お前はどうするんだよ。」
「オレ?オレのことなんて気にする事はないよ。日が暮れると危ない。早くお帰り。」
突き放されたような気がして、それが寂しいと感じると同時に少しイラついた。
「分かったよ!邪魔して悪かったな!!」
言ってから八つ当たりしていることに気づいた。何よりも、悲しそうな顔しているから後悔した。
「アキト。オレは何も君が邪魔だったわけではないよ。それに、嬉しかった。名前を聞いてくれて、話をしてくれて。」
「いや、俺が悪かった。それに、俺の方こそ帰り道教えてくれてありがとな。あと!また、来る。だから!その、またな。」
返事はなかったが気にしない。気にしないようにしながら今度こそ帰り道に歩き出した。
コノハに教えられた道を進んでいたら、本当に友人達とすぐに再会出来た。どこにいたのかとか何してたとか色々聞かれたが、何となく銀杏のこともコノハのことも話したくなかったら言わなかった。
それから数日、何度かあの場所にもう一度行こうと山に行ってみたが中々たどり着けないでいる。
「あんときは適当に歩いてたら見つけたって感じだったからな…。くそ、もっと周り見ときゃ良かった…って、うわぁ!」
考えごとをしながら歩いていたせいか見事に木の根に引っかかり転んだ。
「痛てぇ…はぁ…」
「大丈夫?」
「ん、あぁだいじょ…うぶ………!?」
「?」
「居た!!!!ってかお前!!!何でいつも急に出てくるんだよ!吃驚するだろうが!」
ほんとに驚いた。何なら数秒息止まった。
「えっと、驚かせてごめんね?怪我してるみたいだったから、気になって。」
「んあ?擦り傷がちょっと出来たくらいだろ、大丈夫だ。」
「菌が入ったら大変だろう。とりあえず水で洗った方がいいね、おいで。」
ついて来いっていうことなのだろう。大人しく後について行くことにした。何より、やっとまた会えたのだ。ここで見失ってたまるものか。
「ここは…?」
コノハの先導で着いた場所は小さな小屋だった。
「入って。ここなら水道も通っていたはずだよ。」
「お邪魔します…。で、ここどこなんだよ。お前の家かなんかなのか?」
「違うよ。ここは近くの神社の人の所有物。」
「勝手に使っていいのかよ…」
「少し水道を借りるだけだよ、だから大丈夫。それにあの人たちはそんなことじゃ怒ったりしないよ。」
あの人たちと言うくらいだから知り合いなのだろう。なら大丈夫…か?今度コノハの事を知っているか聞いてみよう。
「よし、これでとりあえずは大丈夫かな。それにしてもほんとにまた来るとは思わなかった。」
「当たり前だろ。俺は言ったことは守る。」
「そっか。じゃあ、これからも来てくれるの?」
窓から差し込む陽の光を反射してキラキラと光る髪と少し不安そうに微笑む姿が綺麗で、不覚にも見蕩れてしまった。
「アキト?」
「っ!あ、あぁ当然だろ。まだ前回の礼も出来てないしな。」
何だか気恥しくて顔を逸らしてしまった。
「うん、じゃあ待ってるね。」
そういうとコノハは嬉しそうに笑った。何がそんなに嬉しいのか分からないが、今度は"また"があるのだとそう思ったら俺もつられて笑ってしまった。
「さて、もう少し話したいところだけど…。アキト、今日はもう帰った方がいい。怪我が心配だからね。」
「擦り傷くらいで大袈裟だな。でも、分かったよ。また、明日来る。」
「ふふ。今日は聞き分けがいいんだね?」
小さな子供をからかうようにクスリと笑う。
「うるせえ」
翌日からは今までが嘘のようにすんなりと銀杏の木までたどり着けるようになった。それからは毎日のように俺はコノハと過ごした。ただ話しているだけでもコノハは、世間知らずなのか知らないことだらけで内容には事欠かなかった。
夏休み最終日も俺は例の如くコノハと会っていた。ただ今日こそはあることを聞こうと心に決めていた。
「なあ、コノハ。」
「何だい?」
「お前は何なんだ?」
我ながら質問が下手すぎる。何なんだ?って何だよ…。
「いや、あのその深い意味はなくてな?ただ、同い年くらいなのに学校も行ってないし、世間知らずだしちょっと気になったというか」
「神様、かな。」
は?
いやいやいやこいつ何言ってんの?
「アキトは相変わらず顔に全部出るね。この銀杏の木の付喪神っていうのが正しいかな。まぁ、より正確にはこれもちょっと違うけど。」
嘘を言ってるようにも見えなくて。でも到底現実とも思えなくて。
「やっぱり、信じられない?」
「分からん。だけどまぁ、百歩、いや、千歩、万歩くらい譲って信じてやらないこともない。」
「そっか。…怖くはない?」
あぁ、これは自信をもって言える。
「お前が怖かったことなんて1度もない。」
「そっか」
コノハはどこか嬉しそうに満足そうに笑っていた。
だから、明日もあるとなんの根拠も無く信じていた。
夏休み最終日。あの日を境に俺はコノハに会えなくなった。