悪役令和
王立メイジ&ウィッチ学園は魔法の才能に恵まれた少年少女たちの通う名門校である。
その生徒会長を無事に勤め上げたとなれば、将来有望は疑いようもない。
妖精界や魔法界といった、別の世界に留学する者も少なくはなかった。
三年生のヒラリーは平民出身の特待生である。
亜麻色の髪は綿菓子のようにふんわりとしており、やや垂れ目ぎみで、おっとりとのんびりとした性格が、そのまま表情に出ている少女だ。
競争を嫌い誰とでも仲良くなれる彼女は、華々しさはなくとも包容力があって特に男子からの人気は高かった。
地味にみられがちだが、その胸の大きさは密かに学園でも五指に入るというギャップも、人気の秘訣なのかもしれない。
魔法の力は平均以下。平民にしてはできる程度であった。勉強はむしろ苦手な部類に入ったかもしれない。とは、あくまでヒラリーの先代の生徒会長だったショコラ前会長と比較してだ。
完璧を持って良しとするショコラ前会長は大貴族の令嬢である。
その方針は“素晴らしくあれ”だった。
そんな彼女が生徒会長だった頃、学園内では競争が大いに推進された。
全校生徒の成績は上がった一方で、過酷さに耐えきれず不登校になるものも少なくなかった。
そんなショコラからバトンタッチしたヒラリーは、癒やし系生徒会長だったと言えるかもしれない。
ヒラリーは生徒会長としては失敗することもあった。特に優しさが甘さに転じて、重要な場面で決断を下せないことも少なくなかった。リーダーの資質で言えば、ショコラが数段上だったとは、ヒラリー自身も認めている。
が、彼女を慕う生徒たちの協力もあって、幾多の困難を乗り越え、なんとか最後まで勤め上げたのである。
そんな彼女は今、学園の全校生徒八百名を前にして講堂の壇上に立っていた。
「これをもって生徒会長としての最後の挨拶と代えさせていただきます。短い間でしたが、ありがとうございました」
ふんわりとした亜麻色の髪を揺らしてヒラリーが一礼すると、生徒たちから惜しみない拍手が贈られた。
任期満了にともない生徒会長の座から降りる。
と、その壇上に小柄な少女が、背中を覆うほどある長い黒髪を振り乱して上がってきた。
備え付けられていた拡声魔導器を手にして黒髪の少女はヒラリーの顔を指さし吼える。
「ようやく辞める気になりましたのね! あーこれで清々しますわ。おーっほっほっほ」
無い胸を張って高笑いする黒髪の少女に、ヒラリーは哀しげに眉尻を落とした。
「レイワちゃん……」
小柄で胸も平らな黒髪少女――レイワはショコラの妹だった。
誰とでも仲良くなれるヒラリーにとって、生徒会の委員として入って来た一つ年下のレイワは実の妹も同然だった。
一方、レイワからすればヒラリーは緩くてナマケモノでおっぱいばかり大きいダメ生徒会長である。
「これでやっと学園が名門の看板を取り戻すことができますわ! その胸の脂肪の塊みたいにたるみきった風紀をきちっとただしてさしあげましてよ!」
ヒラリーは「ひゃっ」と声をあげると自分の胸のあたりを、制服の上から両腕で隠すようにした。
集まった生徒たちからレイワに向けてブーイングが湧く。
「引っ込め悪役令嬢!」
「ヒラリー先輩をいじめないでよ!」
「ヒラリーちゃん辞めないでー!」
レイワは壇上から生徒たちを見下ろした。
「おだまりなさい愚民ども! ヒラリーは明日からウイッチ修行のために魔法界に旅立つのよ? まあ、あなたたちくらいの愚民になると、みーんなヒラリーにおんぶに抱っこしてもらって、やっと学園運営ができるってレベルだものね。ヒラリーがいなくなって困っちゃうなんて、なんて憐れなのかしら?」
すると生徒たちから「俺たちは大丈夫だ!」「ヒラリー先輩を悪く言うな!」「先輩、来年はあたしも魔法界に行ってお手伝いできるくらいにがんばりますから!」と、生徒たちは次々にレイワに反論した。
レイワがニンマリといじわるな笑みを浮かべる。
「ふぅうん。言ってくれますわね。今、声を上げた全員心しておきなさい。次の生徒会長であるこのレイワは甘くはなくてよ?」
全員を敵に回すように啖呵を切った黒髪の少女だが、拡声魔導器を握る手は震えていた。
そんなレイワの後ろに立ち、ヒラリーは包み込むように抱きしめる。
「ありがとうレイワちゃん」
「ちょ! な、なにしますの! わたくしが喋っていますのに。その下品なまでの大きさの脂肪の塊を背中に押しつけるのはやめてくださいませんこと?」
「んふふ~ん……にへへぇ~。やめないよぉレイワちゃん」
レイワの手から拡声魔導器をスッと引き抜いてヒラリーは全校生徒に告げた。
「わたしがダメになりそうな時……こうやってお尻を蹴っ飛ばしてくれたのはいつもレイワちゃんでした。失敗しちゃった時、一番たくさん文句を言って……でも最後までずっとそばにいて、手伝ってくれたのもレイワちゃんでした」
レイワがマイクを奪いかえす。
「べ、別にあなたのためではありませんわ。名門の家に生まれた以上、半端なことはできませんの。あなたを見ているといつもイライラしますの。もう、その弛緩しきった顔を見なくて済むと思うと本当に清々いたしますわ」
またしても生徒たちからヤジが飛びそうになるのだが、再びヒラリーがレイワから拡声魔導器を奪った。
「そうだねレイワちゃん。これからはみんなに心配かけないように、もうちょっとだけしっかりしなくちゃだね」
「あなたはそうやって、いつも他人のことばかり優先して……自分のことも満足にできないのに常識を疑いますわね……本当に……バカで……鈍亀で……でも……優しくて……」
涙がこぼれ落ちそうになるのをレイワは涙腺をぎゅっと閉じてこらえる。
「その甘さが魔法界でどこまで通用するのか、こちらの世界から高みの見物としゃれ込んで差し上げましてよ。学園はこのわたくしがきっちり支配してさしあげますわ。おーっほっほっほっほ!!」
「何泣いてんだ新生徒会長ー!」
「そんなんでやっていけんのかー?」
「ヒラリー先輩に一番懐いてたのお前じゃねーかー!」
「今、懐いてたとか言ってた男子生徒……あとで生徒指導室に来るように! 事実無根の風説の流布の罪、身をもってあがなってもらいましてよ」
レイワは吼えるとヒラリーの後ろからのハグを振り払い、拡声魔導器を手に告げる。
「来月から新時代の幕開けですわ!」
すると生徒の中から声が響いた。
「ヨッ! アンタがタイショー!!」
レイワにも熱烈なファンはいるのだ。が、レイワはそんな声にこう返した。
「タイショーではなくレイワでしてよ!」
学園の生徒会長は選挙ではなく先輩から後輩への指名制である。
ショコラがヒラリーを指名したのも、生徒たちの癒やしになれなかったからだった。
受け継いだヒラリーもまた、自分にはない独善的とも言えるリーダーシップをレイワに感じたからだ。
今年もまた、生徒会長というバトンが会長から後輩へと受け継がれていくのだった。
新たな生徒会長レイワの作る学園の未来を知るものは、まだいない。
が、後に姉のショコラより受け継いだ「令」とヒラリーから受け継いだ「和」を合わせた、希代の生徒会長とレイワは呼ばれるようになるのだった。




