殴打の喜び 2
「……え?」
僕は間抜けに声をもらしながら、内田さんの方を見る。
内田さんは無表情で僕のことを見ていた。
「……これで、分かりましたか?」
「分かった……何が?」
僕がそう言うと、内田さんは眉間に皺を寄せて僕を睨む。
「……私は、言ったことを実行しました! いいですか! これ以上私の邪魔をするというのならば、私はアナタを本当に……!」
そこまで言って内田さんは僕をずっと睨んでいる。しかし、僕は思わず首を傾げてしまった。
「……実行?」
「ええ……実行したでしょう? 私はアナタに暴力を振るいました……ですから、これで――」
「……実行、してないよね?」
僕がそう言うと内田さんはしゃべるのをやめる。そして、信じられないという顔で僕を見る。しかし、僕は構わずに、そのまま先を続ける。
「だって、内田さんは言ったじゃないか。痛めつけるって。これが痛めつけるってことなの? この程度で?」
僕は自分が内田さんを挑発していることを理解していなかった……いや、理解はしていた。しかし、それを止めることはできなかった。
内田さんは何も言わずにただ、僕のことを見ていた。しかし、しばらくすると、先ほどと同じように手を方の高さまで上げ、そのまま――
パシンッ、と、先程よりも強めの乾いた音が屋上に響いた。
僕はヒリヒリと痛む頬を擦りながら内田さんを見る。内田さんは怒りを抑えながら僕を見ているようだった。その細い肩はなんとか怒りを抑えているようで、大きく上下している。
それを見て、僕は思わずニヤリと微笑み、自然と口から言葉が漏れてしまった。
「……で、終わり?」
瞬間、目の前の内田さんの中で何かがブチッと音を立てて切れるのが分かった。
会って間もない人間相手だと言うのに僕は内田さんのことを理解した。
内田さんは……この人は……僕と似たような人間だということを。