誘い 4
僕は気がつくと走っていた。向かっているのは当然、内田さんの家である。
内田さんは怒っていた。しかも、普通じゃない。それなりに内田さんと付き合ってきたからわかる。
そして最後のあのセリフ……内田さんは本気だ。僕はとんでもないことをしてしまったと今更になって後悔する。
「……一人で死なないでよ、内田さん」
僕は走りながらそう祈っていた。そして、内田さんのマンションまでやってくる。以前内田さんにつれてこられてよかったと、今更ながらに思う。
そして、エレベーターの中に入ってボタンを押す。エレベーターの中ではとても緊張していた。鼓動が聞こえるくらいに心臓が早まっている。
思えば内田さんにとっては、大本は自分を苦しめる元凶なのだ。それなのに僕は内田さんに酷いことをしてしまった……内田さんが怒るの当然だ。
エレベーターが内田さんの家の階層に着くと同時に飛び出す。そして、内田さんの家の部屋番号まで走った。
「はぁ……はぁ……よし」
僕はなんとか自分を落ち着けようとしながら、チャイムを鳴らす。ピンポーンという間延びした音が聞こえる。しかし……返事はない。
僕は思わず扉を叩く。
「内田さん!? いるんでしょ!?」
しかし、返答はない。思わずドアノブを握ってしまう。
「……え?」
……開いている。鍵はかかっていなかった。僕はゆっくりとドアノブを握り、扉を開く。
冷たい風が部屋の奥から流れてきた。
窓が開いているのか? 窓が開いてるってことは……
「内田さん!?」
瞬間、僕の脳裏に最悪な想像が過る。そして、慌てて部屋の奥まで走った。
「ああ、来たんですね。尾張君」
内田さんの声が聞こえた。僕は立ち止まって前方を見る。
「あ……内田さん……」
見ると内田さんは……ベランダにいた。正確にはベランダの手すりに腰掛けて、座って僕の方を見ている。
少しでもバランスを崩せばそのまま背中ごと真っ逆さまに落ちていく……そんな危険な姿勢で僕を見ていた。
「う、内田さん……そんな所にいると危ないよ……」
「危ない? ふふっ……おかしなこと言いますね? 尾張君。アナタは……むしろ、私にそのまま落ちてほしいのでは?」
内田さんは乾いた笑いを向けながら僕を見る。
「え……な、なんでそんなこと……」
「あの女と仲良くしたいんでしょう? だったら、私も友田さんもいらないじゃないですか。私は……自分を苦しめる奴とアナタが仲良くしているのなんて、耐えられない……」
内田さんの目に涙が溜まっている。その話を聞いて僕は内田さん掛かん違いしていることを理解した。
「ち、違うって! 仲良くなんてしてないよ! 大本が勝手に絡んできただけだ!」
「でも! 一緒に帰ってたじゃないですか!」
「……え?」
内田さんは涙目になりながら、僕のことを睨みつけている。
「あの後、友田さんと再度集まって、アナタのこと尾行してたんです……そしたら、アナタはあの女と一緒に帰ってた……これが私や友田さんへの裏切り以外のなんだっていうんですか!?」
……てっきり帰ったと思っていた。だけど、内田さんと友田さんは僕のことを見ていたのか……だから、こんなに……
「……まぁ、一緒に帰ったのは否定しないよ。でも……それは、アイツが勝手に付いてきただけで……仕方なかったんだ」
「仕方なくなんてありません! 否定して下さい! アイツのことなんて無視して下さい! 言ってくれたじゃないですか! アイツのことなんて可愛そうとは思わない、って……」
そのまま内田さんは泣き始めてしまった。内田さんにとっては、僕と大本が会話すること自体が嫌で嫌で堪らなかった……そういうことなのだろう。
だとしたら、僕は……
「……ごめん」
そう言うことしか出来なかった。内田さんはただ悲しげに僕のことを見ていた。
「……いえ、ごめんなさい。わかっています。そんなの無理だって。ただ、ちょっと、我儘が言いたかっただけなんです……」
内田さんは涙を拭いてから無理に笑っていた。その表情はすでに怒りのものではなかったが、やはり無理はしているようだった。
「……すいませんでした。でも、もういいです。大丈夫……尾張君は私達のことを裏切っていないってわかりました。安心しました」
「あ……ああ……とりあえず、そんな所に座っていると危ないからこっちへ――」
僕がそう言ったその時だった。内田さんは体のバランスを大きく崩す。
それは間違いなく、後方へ落下してしまうバランスの崩し方だった。
「内田さん!」




