嫌悪 5
そして、次の日。僕は内田さんのことが気になっていたが……来週まで会うことは出来ないことは理解していた。
その時は昼休みで、ぼんやりと、教室で、ひたすら何かを僕に話しかけている友田さんの事を見ていた。
そんなときだった。
「尾張亘君。いるかしら?」
その時、教室の扉が開いて、聞き覚えのある声が聞こえてきた。見ると、教室の前方の扉から、矢那先生が顔を覗かせて僕の名前を呼んでいる。
「お……おい、尾張」
友田さんが不安そうな顔で僕を見る。僕は大丈夫だという感じで優しく微笑んで、矢那先生の方へ近寄っていく。
「……はい。います」
「ああ。いたのね。ちょっとついて来て」
矢那先生は何事もなかったかのように僕にそう言う。僕はちらりと友田さんの方を見る。友田さんは相変わらず不安そうな顔で僕を見ていたので、今一度ニッコリと微笑んでおいた。
矢那先生は何も言わずに階段を昇りだした。どこへ行くのか聞きたかったが……なんとなくだが、どこに行くのかは想像がついた。
そして、実際僕の想像通りに、矢那先生は屋上まで階段を昇りきった。そして、扉を開ける。僕も何も言わずにその後に続く。
屋上に出ると、少し肌寒かった。昼休みに屋上に来るのは初めてだったので、なんとなく新鮮な感じだった。
「で、情けないと思ったでしょ?」
矢那先生は唐突に話を始めた。そして、懐からタバコを取り出し、それがさも自然のことのように、火をつける。
「……情けない、ですか?」
「生徒にあんなふうに言われて……あの子、私のこと嫌いなのよね、きっと」
あの子……それが内田さんのことを指していることは僕にも理解できた。
そして、実際内田さんが矢那先生のことを「あまり好きではない」と言っていたことも思い出していた。
「……先生は、内田さんのこと、嫌いなんですか?」
僕がそう言うと、矢那先生は少し驚いた顔で僕を見る。それから少し考え込んだあとで、煙を口から吐き出しながら、苦笑いする。
「……嫌いではないけど、苦手、かな?」
「苦手、ですか?」
「ええ。私、先生だけど、別に自分のクラスの生徒全員のことを好きになれるなんて思わないわ。アナタだって、自分のクラスメイト全員のこと、好きになれないでしょ?」
「まぁ……それは……」
「それと同じよ。まぁ、私が単純に大人になりきれてないってだけなのかもしれないけど」
そう言って、矢那先生はまたタバコの煙を吐き出す。なんだか、その姿はひどく疲れているようにも見えた。
「……あの、僕の感想を言ってもいいいですか?」
「感想?」
僕がそう言うと矢那先生は不思議そうな顔で僕を見ていたが、僕は構わずに話を続ける。
「似てますよね。先生」
「似てる? 誰に?」
「……内田さんです」
僕がそう言うと矢那先生はしばらくタバコを咥えたままで目を丸くしていたが、口からタバコを離すと、面白そうに笑った。
「あははっ……面白い事言うわね。君」
「え……あ……はい……」
ひとしきり笑うと、矢那先生は小さくため息を付いて、僕の方を見る。
「でも……的外れじゃないわ。私だってそう思っていたし」
「え……そうなんですか?」
「ええ。だからこそ、苦手なのよ」
そう言うと、矢那先生は懐から携帯灰皿を取り出した。タバコをその中にしまい込むと、代わりに一枚の紙切れを取り出す。
「これ。私の連絡先」
「え……な、なんですか?」
いきなりなぜか教員……しかも女性の教員から連絡先を渡されれば、さすがの僕も驚いてしまう。
「別にそういう意味じゃないわよ。アナタ、あの子に頼られているんでしょ?」
「え……どうして……」
「見ればわかるわよ。というか、アナタと同じくらいの時の私がそうだった……誰かに頼らないとやっていけない、そんな弱い人間だったから」
そう言って、矢那先生は屋上の扉の方に向かっていく。
「だから、そんな弱い人間がもし、本当に限界に来た時、教えてほしいの。一応、私もあの子の担任だしね……例え、あの子が嫌っていても、ね」
苦笑いしながら矢那先生は手を振って扉を開けて去っていった。一人屋上に残った僕は先生の連絡先を見てから、今一度フェンスの向こうを見る。
「……大人って、大変だなぁ」
そんなことを呟きながら、僕も教室へ戻ることにしたのだった。




