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嫌悪 3

 暫くの間、誰も動けなかった。それは僕も友田さんも、内田さんも、そして、矢那先生もそうだった。


 ただ、明らかに気まずい状況になったということだけはその場にいる全員が理解できていた。特に内田さんは明らかに気まずそうな顔で矢那先生を見ていた。


「え……えっと……この二人は内田さんの……知り合い?」


 奇妙な笑顔を浮かべながら、一番最初に口を開いたのは矢那先生だった。


 内田さんはその言葉にぎこちなく頷いた。それを見て矢那先生はひきつったような笑みを浮かべる。


「あ、あはは……そう。いつも、ここで三人で会っているの?」


 今度は僕に向かって話しかけてきた。僕は一瞬戸惑ったが、小さく首を縦にふる。


「へ、へぇ……あ! でも、屋上は立ち入り禁止だから、なるべくなら、別の場所であってほしいかなぁ……なんて……」


 そう言いながら先生は僕のことを見ている。僕は肯定も否定もしないで、ただ、そんな先生を見ていた。


 しばらくの沈黙があって、誰も喋らなかった。しかし、不意に先生は「あ」と何かを思い出したかのような素振りを見せる。


「……あ~……私、そろそろ職員室に戻らなきゃ……じゃあ、皆も今後は屋上に来ないようにね」


 そう言って、先生は手に持っていたタバコを急いでポケット灰皿に突っ込むと、足早に屋上を後にしようとした。


「待ってください」


 しかし、先生が扉を開けようとしたその時、内田さんが口を開いた。


 矢那先生は動きを完全に止めて、顔だけ内田さんの立っている方向にゆっくりと向けている。


「……先生、タバコ、吸ってましたよね?」


 内田さんは矢那先生を鋭い視線で睨みながらそう言った。先生はそう言われて完全に無表情になっていた。


「先生は……私が学年主任の先生に会っている時に、ここで隠れてタバコを吸っていたんですよね?」


「え、その……か、隠れて吸っていたわけじゃ――」


「吸っていたんですよね?」


 内田さんは明らかに怒り調子で矢那先生にそう言う。矢那先生は全く否定ができないためか、そう言われても言い返すことは出来なかった。


「先生は……私がクラスでどんな目に遭っているか、知っていますよね?」


「そ、それは……知っているわ」


「でも、何もしてくれない。何もしてくれないどころか、ここでこうやってタバコを吸っていた……全面禁煙のはずの学校内で。こんなことが……例えば、学年主任の先生にでも知られたら……不味いんじゃないですか?」


 矢那先生の顔が段々と青ざめていく。僕でもわかったが……内田さんは遠まわしに矢那先生のことを脅迫しているのだ。


「……その……本当にごめんなさい」


「はい? なんと言っているかよく聞こえないんですが」


 矢那先生は恥ずかしそうにしながら、内田さんの方を見る。そして、申し訳なさそうに今度こそ頭を下げる。


「……本当にごめんなさい」


 暫くの間、内田さんは矢那先生のことを見ていた。そして、矢那先生がゆっくりと頭を上げると、急に笑顔になった。


「フフッ……冗談ですよ。先生」


 と、その場にいた全員が目を丸くしてしまった。内田さんはニコニコしながら先生のことを見ている。


「別に先生のことを脅迫なんてしようと思っていませんよ。そもそも、私は先生に期待していませんから」


「内田さん……?」


「先生は私がクラスで置かれている状況をどうにかすることはできないってこと、私、わかっていますから。別に先生に対して怒っているとかそういう感情はありません」


 と、今度は不意に真顔になって、内田さんは、怖いくらい無感情な瞳で矢那先生のことを見つめている。


「でも……ここは今の私にとって必要な場所なんです……それに、そこにいる二人も」


 そう言ってから、内田さんは僕と友田さんのことを見てから、今一度矢那先生のことを見る。そして、怒りの篭った視線で彼女を見つめていた。


「だから、私達がここに来ていること、内緒にしてください。そして……二度とここに来ないでください」


 内田さんは本気で言っているようだった。僕にはわかる。内田さんは本気で怒っているのだということ。彼女が今、自分の感情をむき出しにしていることを。


 矢那先生は何か言いたそうだったが、やがてどんな言葉も、今の内田さんには、かける言葉ではないことを理解したようだった。


 そのまま屋上の扉の方に向かっていく。そして、扉の前に立つと、悲しそうな目をしながら僕、友田さん、内田さんを見る。


「……ごめんなさい」


 その場にいる全員にギリギリ聞き取れる小さな声でそう言ってから、矢那先生は扉を閉めたのだった。

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