死の際にて 4
「あ……どうも……」
僕は思わず立ち上がって、曖昧に微笑みながら少女に笑ってみせた。少女は仏頂面で僕のことを睨んでいる。
「……見に来たんですか?」
「え……何を?」
「言ったでしょう? 今日、私はここから飛び降りると」
少女は完全に怒っているようである。まぁ……あの言葉は本気のように聞こえたし……それでいて僕はヘラヘラ笑っていたら、怒るよな……
「あ……別に見に来たわけでは……」
「では、なぜここに? まさか、よりにもよって、今日、君はここから飛び降りるんですか?」
そう言われて僕は思わずフェンスの下を見る……高い。ここから飛び降りるって……普通に恐ろしい話だ。
「あ……いや、そういうわけでも……ないんだけど」
「はぁ? じゃあ、なんで……いえ。もういいです。飛び降りるわけでもないのならば、今度こそ、ここから出ていってください」
少女はそう言って、僕の方に近づいてくる。僕は言われてもその場から動かなかった。
「……聞こえませんでしたか? 出ていってください」
少女は苛ついた様子で僕にそう言った。僕は彼女の顔を見る。
前回と違って髪は濡れていない。長い黒髪は、左目に少しかかっていて、どこか暗い感じを醸し出している。
「その……僕が出ていったら、君は本当に飛び降りるの?」
僕がそう言うと、彼女はさらにわざとらしく大きく溜息を付いた。
「……何度も言わせないでください。君は頭が悪いようですね。その問いに関していえば……そうです。飛び降ります。私は言ったことは実行する主義なので」
彼女はそう言って僕のことを再度にらみつける。しかし、なんだろう……僕は怖がりで臆病だが、彼女に睨みつけられても全く怖いと感じなかった。
「じゃあ……もし、僕がずっとここにいたら?」
こんな質問を自分がするとは思わなかったが、してしまった。そして、彼女は僕の質問に完全に面食らってしまったようだった。
「……はぁ? 意味がわからない……ずっとここにいるって……なんで?」
「あー……さっき気づいたんだ。ここなら、誰もこないし……僕は、誰にも傷つけられることはないんだ、って」
僕は自分の本心を彼女に話した。しかし、彼女は明らかにイライラしているようだった。
だけど……僕はなぜか全く動じなかった。誰かの怒りや感情の爆発にいつも怯えている僕が、なぜか彼女に対しては全く恐怖しなかったのだ。
「……いい加減にして! 君、おかしいんじゃないの!? 私は死にたいの! それなのに……どうして……邪魔するの……」
そのまま彼女は急にしゃがみこんでしまった。そして、しばらくすると、彼女の嗚咽が聞こえてくる。
「え……だ、大丈夫?」
彼女は……泣いているようだった。僕はさすがに戸惑ってしまった。
「……お願いだから……放っておいてよ……」
彼女は悲痛な声でそう言った。僕にはどうすることもできなかったので……言われるままに彼女をしばらく放っておくことにしたのだった。