辛辣 3
「……へ?」
委員長は信じられないという顔で僕を見ている。無論、僕は何も言わなかった。
屋上には僕と委員長だけ……まだ、内田さんは来ないようである。
「……な、なんだって? 尾張……そういう冗談は良くないぞ」
泣くのも忘れて委員長は驚いた顔で僕を見ている。しかし、僕は気にせずに先を続ける。
「そもそも、僕がこの場所に来たのだって、ここから飛び降りるつもりだったんだ。その原因は……クラスメイトの委員長なら分かっているよね?」
そう言うと委員長は何も言わずに気まずそうに黙ってしまった。僕はフェンスの方に近づいていく。
「ほら、見てよ。夕日が綺麗だ……僕が最初にここから飛び降りようとした時もとても綺麗な夕日だったよ」
「……尾張。その……尾張が辛いのは知っている。それを見て見ぬフリをしていたことも……いや。私はむしろ、イジメられていた尾張を見て……安心していた。本当に悪かったと思っている」
すると、委員長は僕の方にやってきた。そして、それまで泣いていたとは思えないほどの真っ直ぐな瞳で僕を見る。
「だけど……死ぬなんて……言わないでくれ」
委員長は……本気で僕のことを心配してくれているような顔だった。その評定だけは嘘偽りのないものだということは僕も理解できた。
僕は委員長のことを見てから今一度夕日の向こうを見る。
「……じゃあ、どうすればいいの?」
「え……」
「僕は辛いんだ。それでも耐え続けなきゃいけないの? それとも……委員長がどうにかしてくれるっていうの?」
そう言っても委員長は何も言わなかった。自分ではどうすることもできない……それは委員長も分かっていることだからだ。
「だから、一緒に死のうよ」
そういって、僕は委員長の腕を掴んだ。委員長は怯えた様子で僕を見る。
その表情は……とても嗜虐心を煽るものだった。それこそ、内田さんのお尻を叩いた時の高揚感と同じくらいの感情が僕の中に沸き起こってくる。
「え……お、尾張……は、離してくれ……」
「何? 委員長。さっき僕のこと心配してくれたんじゃないの?」
「そ、それはそうだが……い、痛い……やめてくれ……」
思わず委員長の腕を掴む力が強くなっていた。しかし、僕構わず今度は委員長の肩を思いっきり掴むと、そのままフェンスに向かって突き飛ばした。
「きゃっ!?」
委員長はフェンスに思いっきりぶつかり、フェンスがガシャンと大きな音を立てる。
僕は委員長の前に立つ。自然と笑みが溢れてきてしまった。
「委員長もさ、本当は嫌なんじゃないの?」
「え……」
「だって、クラスでは誰も委員長のことなんて相手にしてないじゃん。下手するとイジメられている僕より……もしかして、委員長が死んでも誰も気付かないんじゃない?」
委員長の目にまた涙が滲む。僕は自分のことを最低だと理解していたが、すでに制御できなかった。
「だからさ、委員長。僕と一緒に死のうよ。ね?」
「い……嫌だ……私は……死にたくない!」
委員長はそのまま崩れ落ちるように座り込むと、まだ泣き出してしまった。僕は泣いている委員長をずっと見ている。
……さすがにやり過ぎた。僕でも理解できた。委員長は内田さんじゃない。
僕も内田さんもどこか壊れているから、先週はあんなことができたが……委員長はまだまともなんだ。
「あ……委員長……その……ごめん……つい……」
僕が謝ると委員長は顔を上げて僕を見る。それこそ、捨てられた子犬のような哀れみを誘う目だった。
「……くれ」
「へ?」
「私に……居場所をくれ」
委員長はそう言って、立ち上がり僕を見る。僕は間抜けにただ委員長を見ていることしかできなかった。
「……尾張の言っていることは……間違っていない。私だってそんなこと分かっている。だから……私に居場所をくれ」
「え……で、でも、居場所なんて僕には……」
すると、委員長は今一度フェンスの向こうの夕日を見る。目の橋には涙が溜まっていたが、もう泣いてはいなかった。
「……立入禁止だが、ここはいい場所だな」
「え……あ、ああ。まぁ、そうだね」
そう言うと委員長は僕に向かってニッコリと微笑んだ。そして、そのまま僕の横を通り過ぎて行ってしまう。
「尾張! また、来週な!」
校舎の中へ続く扉の前で僕に向かってそう言うと、委員長はそのまま校舎の中へ戻っていってしまった。
僕は間抜けに委員長が去った後の屋上で一人立ち尽くすのだった。




