死に際にて 2
「……どうして、死のうとしているの?」
しばらくの沈黙の後、僕は恐る恐る聞いてみた。女の子は興味なさそうな表情で僕を見ている。
「どうして、って……死にたいからです」
「あ、いやいや……なんで死にたいの?」
僕がそう訊ねると女の子は暫くの間黙った後で、小さく溜息をついた。
「……それは、君に言わなければいけないことですか?」
棘のある言い方だった。いや……確かに言われてみればそうだ。僕と彼女は今日初めて出会った……それならば、こう言われても仕方ない。
「……じゃあ、別に言わなくていいけど」
「そうですか。では、これで」
そう言って、彼女はフェンスの方に近づいてくる。
「え……ちょ、ちょっと待って」
僕の方に近づいてきた女の子はめんどくさそうな顔で僕を見ている。
「……はい? なんですか?」
「あ……ここから、飛び降りようとしているんだよね?」
「……ええ。そうです。それ以外ここで自殺する方法はないのでは?」
それを聞いて僕今更ながら、それが不味いことを理解した。
ここでもし、彼女に飛び降りられると……間違いなく、この屋上は封鎖だ。
そうなると、僕はここから飛び降りて死ぬことができなくなってしまうではないか。
「あ、いや……君は……ここで死にたいわけ?」
僕がそう言うと彼女は更に怪訝そうな顔で僕を見る。
「……なんですか? ここで死ぬな、と言いたいんですか?」
「え、あ……まぁ……だ、だって! 僕の方が先にここに来ていただろ?」
「……早いもの順だって、言いたいのですか?」
僕は何も言わなかった。彼女はその死んだ魚のような目で僕を見ている。
それから、フェンスから彼女は離れる素振りを見せた。どうやら、死ぬことは諦めてくれたらしい。
「そうですか……では、どうぞ」
そう言って、彼女は僕に向かって手を差し出す。
「……へ?」
「ですから、君から先に死んでください」
彼女はなんのことはないという感じで、そう言った。僕は何も言えなかった。
「え……死んでくださいって……」
「だって、早いもの順って言ったのは、君ですよ? さぁ、死んでください」
「ちょ……君は、この場所で死にたいんじゃないの?」
僕は思わず慌てて彼女に詰め寄ってしまう。
「ええ。まぁ、できれば、そうですね。楽なので」
「だったら! 僕がここで飛び降りなんてしたら、屋上は封鎖……君はここでは死ねなくなるんだよ!?」
僕が必死にそう言うと、彼女はようやくそれに気づいたようだった。
「ああ、確かに。まぁ……別に私は、ここでなくてもいいので」
「え……いいの?」
「ええ。ほら、あそこに見えるビル。あそこでも別にいいですよ」
そう言って、彼女は夕日の向こうに見えるビルを指差す。どうやら、彼女にとっては死ぬのはどこでもいいらしい。
「……そ、そう……わかったよ。じゃあ……僕はここで死ぬから」
「ええ。では、これで」
そう言って、彼女はそのまま僕に背を向ける。
「え……ちょ、ちょっと!」
僕が呼び止めると、彼女は少し苛ついた様子で僕を見る。
「……なんですか。死ぬんじゃないんですか?」
「そ、そうだけど……一応……止めたりしないの?」
僕がそう言うと彼女は呆れ顔で僕を見る。
「……止めてほしんですか?」
「あ……いや、そういうことじゃないんだけど……」
「……そういうことでしょう! 死にたいんだったらさっさとここから飛び降りて死んでますよ! 君は! 私に止めてほしい! そうでしょう!?」
彼女の声は夕空に高く、そして、はっきりと響いた。僕は……何も言えずに彼女の言葉を正面から浴び続けた。
そして、それから、彼女は今一度大きく溜息をついてから、僕に冷徹な視線を向ける。
「……もういいです。私、帰ります」
「え……あ……そう……」
僕はただ、情けなくそう呟くことしかできなかった。と、彼女は僕に背を向けた後で、再度、僕の方を見る。
「……一応言っておきますけど。私、来週の金曜日には、確実に、ここから、飛び降りますから。もし、君がどうしても、ここで死にたいのなら、それまでにここから飛び降りてください。それでは」
そう言って怒りながら、彼女は今度こそ、屋上から出ていってしまったのだった。