懲罰の快感 1
そして、それから一週間が経った。結局あの後、内田さんは帯びたように立ち上がり、そのまま逃げるように僕から走り去っていってしまった。
まぁ、やり返す、と言われてきっと恐ろしいことを想像したのだろう。
実際、彼女は僕のことを痛めつけたし、普段僕のことを心配しない両親も、さすがにあざだらけになった僕を不審そうに見ていた。
でも、僕にとっては少し期待はずれだった。内田さんは確かに言った。僕を殺す、と。
もちろん、僕のことを痛めつけてはいる。でも僕はこうしてまだ屋上に来ている……内田さんは言ったことを実行できていないのである。
「……そもそも、彼女、死んでないじゃないか」
僕は夕空の向こうにまで広がる光景を見ながらそう言った。学校の内部に続く扉を見るが……まだ開かない。
内田さんはもう来ないだろうか。まぁ、実際思い返してみると、クラスメイトにいじめられている僕が会っても間もない女の子にあんなことをできたというのは、ちょっと信じられないが……
そんな事を考えながら、僕は少し肌寒くなった風に吹かれていた……そんな折だった。
ガチャリ、と扉が開く音がした。僕は振り返る。
開いた扉の先には……黒い髪の少女がいた。今日は髪も濡れていないし、スリッパでもなかった。
ただ、とても不審そうな顔で僕を見ている。
「ああ、どうも」
僕は笑顔で彼女にそう言った。彼女は気まずそうに僕の方を見ている。
そして、恐る恐る近づきながら、僕に声をかける。
「……その……なんで、屋上に?」
信じられないという顔で内田さんはそう言ってくる。そんな質問は想定外だったので、僕は思わず首を傾げてしまう。
「まぁ……内田さんが来るかな、って思ったからかな?」
僕がそう言うと小さくヒッ、と悲鳴をあげる内田さん。一つ疑問なのだが……明らかに僕に会うのが嫌そうなのに、どうして内田さんはここに来たのだろう?
「その……すいませんでした。先週は、急に帰ってしまって……」
「え? ああ、別に。僕も悪かったし」
すると、言いにくそうな顔でなぜかチラチラと内田さんは僕のことを見ている。それを見て僕は思わず笑ってしまった。
「え……な、なんで……笑うんですか?」
「ああ、ごめん……もしかして……僕がこの前のこと根に持ってて、仕返ししようとしてるって思ってる?」
僕がそう言うと少し怯えた様子で内田さんは後ずさった。その分、僕は一歩前に出る。
「するよ。仕返し」
僕がそう言うと内田さんはさらに怯えた様子で僕を見る。
きっと、イジメているクラスメイトにとって、僕ってのはこんなふうに見えるんだろうな……なんてことを、思わず思ってしまったりした。
「あ……わ、私のこと……殺すんですか?」
そして、震える声で内田さんはそう言った。
「え……もし、そうだとしたら?」
「そ、それは……良くないです……やめてください……」
僕は思わず驚いてしまった。しばらく何も言えずに内田さんのことを見ていた。
「……どうかしました?」
流石に僕がずっと黙っているのが不審だったのか、内田さんが僕に話しかけてきた。
「え……だって、内田さん……内田さんこそ、なんで屋上に来たの?」
「なんで、って……それは――」
内田さんが何か言おうとするのを遮って僕は先を続ける。
「だって……内田さんは死にたいから、屋上に来たんじゃないの?」




