死に際にて 1
フェンスの向こうには、オレンジ色の光景が広がっている。
すべてのものが遍くオレンジ色に照らされていて、とても綺麗だ。
僕はフェンスを右手でギュッと握る。
この向こうに行けば、楽になれる……そう考えていた。
そう。僕、尾張亘は死のうと思っていた。金曜日の放課後、立ち入り禁止の屋上にいるのはそのためだ。
理由は……様々だ。クラスではいじめられているし、家族からも辛い目にあっている……まぁ、色々あるのだ。
ただ、少なくとも僕はかなり考えて、自らを殺すことを思い至った。ノリと勢いでは断じてない。
ただ……
「……いざとなると、怖いな」
屋上はかなりの高さ……それにフェンスを乗り越えなければならない。
それでも僕は選択した。選択は完遂されなければならない。
僕はギュッとフェンスを掴み、それを攀じ登ろうとした……その時だった。
「……何しているんですか?」
声が聞こえた。女の子の声だ。僕は振り返る。
そこには、確かに女の子がいた。
黒い長い髪、そして、死んだ魚のような目の女の子……顔つきは整っていたが、見るからに幸薄そうな感じだった。
おまけに、すでに夏も終わりかかっているというのに、なぜか女の子は黒い長い髪が濡れていた。プールの授業なんてもうないはずなのだが……
「え……あ……」
僕はフェンスから手を話す。最悪だ……死のうとしているところが見られてしまった。
「あ……その……屋上からの景色を見てるだけ……」
あまりにも不自然に微笑みながら、女の子を見る。女の子は興味なさそうに僕を見ている。
「そう、ですか。それじゃあ、悪いんですけど……ここから出ていってくれますか?」
女の子は不躾にそう言った。僕は思わず驚いてしまう。
「え……なんで?」
屋上は確かに立ち入り禁止のはず。だが、今初めて会った女の子に出て行けと言われる筋合いはない。
「なんでも、です。出ていってください」
「……嫌だ」
僕ははっきりとそう言った。女の子は表情を変えずに僕を見ている。
「……なぜ?」
今度は女の子が問いかける番だった。僕は女の子を見る。そうだ、もう僕は死ぬんだ、怖いものなんてない――
「……悪いけど、これから僕は……ここから飛び降りる……死のうと思っているんだ……!」
……さぁ、どうだ。これでビビっただろう。眼の前で死なれるのは嫌だろう。嫌だったらさっさと出ていって――
「おや、奇遇ですね」
女の子はようやく表情を変えた。そして、不思議そうに僕を見る。
「え……奇遇?」
「ええ、だって、私だけだと思っていましたから」
女の子は額に張り付いた濡れた髪を指で摘みながら、僕の方を見ている。
「……私だけ、って?」
「ですから……ここから飛び降りて死のうと思っているのは、私だけだと思っていました、ということです」
女の子は無表情で答えた。冷たい風が僕と女の子の間に吹く。
「……えぇ……」
そして、僕の口からは気の抜けた声だけが漏れるのだった。