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プロローグ1

 初めての投稿です。至らないところも多々あると思いますが、どうぞよろしくお願い致します。

「あなた、その子を殺めることをどうかおやめ下さい!」


産まれたばかりの赤ん坊が気を失ったあと、周りの者たちは何やら話し合いを始め、夫である人物は、この子を殺めてしまおうと決断したのだ。


「おそれながら忌み子は、我が国の将来を危うくさせてしまうでしょう。ここは大変申し上げにくいのですが、お隠れになさった方がよろしいかと具申いたいます」


臣下からそう進言された赤ん坊の父は、身なりが良く、いかにも高貴な身分であると思われる容姿と眼光を持っていた。


「しかし、死んで産まれたと思ったが、幸いなことに生き返ったのだぞ。双子だからといってどうしてこの子を殺めなければならないのだ?」


産まれた赤ん坊は一時仮死状態であった。高価な服を着た産婆が「生まれてきたんだろ! ほら!」と産まれたての赤ん坊の背中を何回か叩いた。すると。


赤ん坊の身体がピクリと動き、周りに居合わせた者たちがゴクリと息を飲んだ。産婆は赤ん坊を布の上に置くと、これまで経験したことのない光景を見た。それは周りの者たちも同様であった。


赤ん坊はすくり、と立ち上がると七歩歩くと、右腕を上げ人差し指を天に、左腕は地面に下げ、人差し指を地に指してこう言った。


「天上天下唯我独尊」


赤ん坊は気を失った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 「もう八時半か。利用者さんの笑顔が見られたから良かった。でももう少し時間に余裕を持たないとな」


 千島秀人ちしま ひでと32歳は帰宅途中にそう独りごちた。歩きながら、マンションの隣の家の少女のことを思い出す。


 少女はどうも虐待を受けているようで、時々玄関の前の廊下にいた。腕に叩かれた痕が痛々しく、そして年齢の割には痩せすぎていた。しかし気丈な顔で玄関前にて正座しているのを見かけたり、少女に対し父親とおぼしき人が怒鳴り声を上げたりするのを聞いていた。


 秀人は帰宅時に廊下で少女を見かけた際に、飴やクッキー、チョコレートなどがカバンに入っていたら、少女の負担にならないようお菓子をあげていた。


 念のために職業上繋がりのある、児童相談所(児相)の職員へそれとなくこんなことがあり、現在進行形だと伝えておいたが、児童相談所が家庭に介入することは中々どうして難しい。


 秀人はとある社会福祉法人が持つ施設の相談支援専門員であり、相談系福祉国家資格を二つ、利用者の個別支援計画を立てられるサ〇ビス管理責任者になる資格を持ち、自己研鑽で民間資格の産業カ〇ンセラー試験に合格しており、また中〇災の心理相談員養成研修を修了していた。


 障がい者のグループホーム世話人から持ち上がりでグループホームのサー〇ス管理責任者になり、現在は同じ法人が運営する施設の相談支援相談員として働いている。


 仕事上役所の福祉職職員やケースワーカーなどとは顔を合わす機会があり、同じ勉強会に参加していた児童相談所(児相)職員とは名刺交換の他、携帯番号の交換もしていた。


 ――……ん、今日はあの子、正座させられていないようだな。あとで怒鳴り声が聞こえななきゃいいんだけど……とりあえずはご飯だ、ご飯――


 料理が得意でないため、冷凍のチャーハンと野菜を電子レンジで解凍しどんぶりに乗せて遅めの晩ご飯を摂ることにした。

 ――……まぁ、温めるだけだから不味くなるはずがないよな。美味くもないけど、たまには外食でトンカツを食べたいな――


 チャーハンを半分食べたところで、突然怒鳴り声が聞こえ、秀人はまたかとうんざりした瞬間、女性の叫び声と物が割れる音がした。


 これは危険であると判断し、夜間であるため、児相の職員の携帯に電話をし、事情を話したあと、自宅である201号室を飛び出し、隣の家のインターホンを何度も鳴らしながら、大声で叫び続けた。その間も女性の悲鳴、男性の怒声が鳴りやまない。


 「ドンドン! 隣の者です! 開けて下さい! 何かあったんですか!? ドンドン!」


 悲鳴や怒声が治まり、シンと静かになったあとに玄関のドアが開いた。メガネをかけた神経質そうなサラリーマン風の男が言った。


 「何か御用ですか?」


 サラリーマン風の男を少女の父、玄関の奥で泣いている女性を母と見当をつけながら秀人は訊ねた。


 「どうも初めまして。私は隣の者で千島といいます。旦那さんですよね」


 と話しながら名刺を渡し、隣の家に上がり込み、その隙に少女の姿を目で追った。すると少女はリビングで倒れている。目立った外傷はなさそうだが、おそらく折檻を受けたのだろう。少女は動かない。母は旦那と少女をせわしなく見ているものの、その目は少女を心配している風には思えなかった。


 「ご丁寧にどうも。ほぅ、社会〇祉士に精神保健〇祉士と相談支援専門員? 私はこういう者です。ご用件はなんでしょうか?」

 

 どうやら、旦那さんは有名企業の課長職を務めているようだ。身長は秀人と同じくらいで170後半くらい。少し細めの体型で、神経質そうな顔にメガネをかけている。目が笑っておらず作り笑顔が怖い。


 「あの……、こちらから怒鳴り声と物が割れる音がして、びっくりして失礼ですが、チャイムを鳴らさせて貰いました。その……こういうことはご家庭の問題ですので、申し上げるのがはばかれますが、娘さんは暴力を受けて今倒れている状況で間違いはないでしょうか?」


 「ふん、我が家の教育方針に口を出さないで頂きたい。まったく、こいつは私の言うことだけを聞いておけば、将来は安泰だろうに、口ごたえしよって。ですから教育的指導をおこなっているんですよ」


 「あなた! それは違うわ。出世競争で負けてこの子と私に八つ当たりしているんでしょ! 成長期にご飯をあげないなんて、それこそ将来に支障をきたすのが分からないんですか! しかも仕事がうまくいかないときは折檻までして……もうよしてください!」

 

 奥さんは勇気を振り絞り、旦那さんに向かって諫める声を上げた……。しかしその声は届かなかった。


 「なんだと……私の方針に逆らうというのか? お前といい子供といい私は結婚相手を間違えたようだな! クソッ、俺はどこで間違えたんだ。俺は出世街道のトップを走っているはずだったのに、どうして!」


 旦那さんは『私』から『俺』になり、三白眼の形相で怒鳴りはじめたやいなや、いきなり奥さん頰から耳にかけて張り倒すと、奥さんは脳震盪でも起こしたのか、声を上げることなく倒れたまま動かない。


 旦那さんはその状態を確認すると倒れている少女を見やり、そして一心不乱に蹴りだした。少女はすでに微動だにしない。どうやら秀人が上がり込む前に下手をすると致命傷を負ってしまったのかもしれない。


 ――児相さん、はやく来てくれよ。問答無用に意思の疎通を拒否されると時間稼ぎができない。いや、あの子は息をしているのか? 命にかかわるんじゃないか?――


 秀人はそう考えるやいなや、蹴られ続けている少女に覆いかぶさり、旦那さんに負けないくらいの声量で叫んだ。


 「待ってください。話せば分かります。話せば解決できますから、この子を蹴るのはやめてください。私がこの家に上がった時からこの子は倒れたままですよ? このままでは命にかかわりますよ? そうなるとあなたの出世にも響きますよ、いいんですか?」


 「あんたに何が分かるってんだ」


 「私はとある会社で将来の出世頭と目されていました。しかし、同僚に妬まれあることないことを上司に吹き込まれ、居たたまれなくなってその会社を辞めたんです。なので旦那さんの気持ちは少し分かります。落ち着いてください。話をしましょう。話せば分かる!」


 秀人は少女の父に蹴られ続けながらも、少女に覆いかぶさり、必至に会話をしようと訴えた。話せば分かる、と。

 「あんたは会社を辞め、今では何か分からないモヤっとした職業に就いている負け犬だ。そんな奴と話し合って、なんの意味があるだろうか、ないだろ。俺にとっては時間の無駄だ、そこをどかないと蹴りが続くぞ?」


 旦那さんの蹴りは、細い身体にしては切れがある。もしかしたら、学生時代に格闘技をしていたのかもしれない。


 ボキッ、あ、肋骨が折れた。息はできるが苦しい。傷害だな、これは。秀人は痛みをこらえながら冷静に諭すように言った。


「話せば分かる」


「問答無用!」


 ローキックで頭がやられたようだ。頭部と顔面の境目から血が噴き出し、目に入る。視界がぼやけてきた。それでも旦那さんの蹴りは続いた。だが意地でも少女を助けようと覆いかぶさったままの状態で秀人の意識が薄れていった。薄れていくなかで、児相さんが数人部屋に入ってくるのを確認すると、ぼやけた視界は閉ざされた。


 秀人は死んだ。

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